Transmigration of the Cold Rain 時に消える蒼い涙





ザアァァァ―――・・・

澪尓は、ゆっくりと伏せていた目を開ける。

あれから俺達は死んで、輛冰の能力で生き返った。

心を無くした俺達は、ただ死神を殺すためだけに働いた。

断界に異世界を作り、そこを拠点とした。

氷渮の能力で隊長共の霊圧を奪い取り、その時の反動で尸魂界を滅ぼした。

死神全てを滅ぼすために、現世にも手を打っておこうと現世に降りた。

妙な死神に出会ったが、今はそんなことどうでもいい。

死神を一刻でも早く殺さなければならない。

輛冰があの銀髪の死神を連れ帰ったことには驚いたが、それもどうでもいい。

さぁ・・・もう少しで全てが終わる。

俺達を裏切った、死神共の最後の舞台。

幕を引こうではないか。


「・・・」


澪尓は踵を返して、地平線の見える世界を歩き出した。










ハッキリとしない意識の中で、ドンドンと何かが物に当たっているような音が聞こえる。


「っ・・・」


自室で目覚めた一護は、その騒がしい音で目を覚ます。

寝ぼけた頭のまま、一護はその音の根源の方へ振り向いた。


「・・・何やってんだ、コン」

「うるせえ!!テメェの寝言で、夜眠れなかったんだ――グフッ・・・!」


押し入れを開けると、勢いよく飛び出してきたコンは、寝不足の所為で着地に失敗して、バタッと倒れる。

しかし、直にバッと起き上るとビシッと一護を指差した。


「何だよ・・・」


鬱陶しそうに返す一護は、再び寝ようとベッドに横になる。

コンは「寝るな!!寝るな!!」と叫ぶと、一護の顔の上に飛び乗った。


「うわッ!!何すんだよ、コン!!」

「うっせえ!!お前に寝られたら、俺様が困るんだよ!!」

「ああ・・・!?」


先程から何を言ってるのか、一護はコンを睨みつける。




「だから、何だよ・・・」

「テメェ・・・『冬獅郎』だとか『俺は弱い』とかブツブツブツブツうるせえんだよ!!」

「っ・・・!?」


コンの台詞に一護はバッと飛び起きる。

その所為でコンは吹っ飛ばされ、壁に思い切りぶち当たる。


「グヘッ・・・!」

「本当か・・・?コン・・・」

「ぁあ!?何が!?」


顔面を擦りながら、苛立った口調で返すコンだが、一護の真剣な表情を見てたじろぐ。


「な、何だよ・・・!?」

「俺は本当に、そんなことを言ってたのか・・・?」

「あ、ああそうだよ!!おかげで俺様は一睡もできなかったぜ!!」


真剣で、険しい表情をしているというのに、その奥で悲しみのようなものを見せる一護に、コンは戸惑いながら突き放す様に言った。

眠れないなら夜中でも起こせばいいものを、それをしなかったのが、そう呟いている一護がとても辛そうに感じたからだ。

でも流石に朝まで耐えきることができず、こうして日が昇る前に起こしてしまったわけだが・・・


「お前、どうしたんだよ?」

「・・・」


あれから何かを考え込むように黙り込んでしまった一護にそう訊くも、一護は口を開かない。

こんな状態になった一護には、本当にてが掛かる。


「その『冬獅郎』っていう奴、助けに行くんじゃねえのか?」

「・・・」


うわごとから、一護が敵と戦ってその『冬獅郎』を助けに行けなかったということが分かった。
しかし、それが何だというのだ。
いつもの一護なら、そんなことお構いなしに「助けにいく!」と護廷十三隊を敵に回してまで仲間を助けに行くようなやつなのに、今日の一護にはそれが見られない。

今の一護は、まるで内なる虚に悩んでいたときの一護のようだ。


「見損なったぜ俺は!お前は、護廷十三隊を敵に回してまでも仲間を助けに行ってたやつなのによ!俺はそんなお前のこと、本当にちょびーっとすげえ奴だと思ってたんだぞ!」

「・・・」

「そんな情けねえ奴を少しでもすげえと思った俺は恥ずかしいぜ!お前なんか、そこらへんの雑魚虚にでも食われてろ!今なら俺様の方がすごいって姐さんも認めてくれるぜ!」





コンはそう言うと、窓を開けて飛び出していってしまった。

一護は俯いて自分の手元を見つめていた。


(わかってんだよ・・・そのくらい・・・!)


自分が今、ものすごく情けないことくらい。

強くなって、仲間を護ることができると思っていたのに、護ることができなかった。

それが、すごく悔しくて、また護れなかったらどうしようと、怯えてることくらい。

わかってる。

でも動くことができない。

どうすればいいのだろうか・・・


不意に、一護は外から何か気配を感じた。

殺気と言うか、そういうたぐいのもの。

そう思った刹那、自分の目の前を大きな刃が通り過ぎる。

ザクッと音を立てて壁に突き刺さったそれは、よく見てきた斬魄刀で・・・


「ッ!?」


バッと飛んできた方向を振り返ると、仁王立ちしている恋次とルキアの姿があった。


「な、何してるんだよ。お前ら・・・!」

「一護。死神化しろ」


ルキアは冷たい眼で一護を見据えながらそう言う。

一護は突然のことで理解できていない。


「は・・・?何で・・・」

「いいから死神化しろ、一護!」


恋次が一護の代行証を手に取ると、無理やり一護の額へと押しやる。

すると一護は強制的に死神化することになった。


「な、何すんだよ、恋次!!」

「うるせぇよ」


恋次はそう突き放す様に言うと、壁に突きささった斬魄刀――蛇尾丸を抜きとった。


「お前ら、何考えて・・・」

「一護!私と恋次と、戦え!!」

「なッ・・・!!」


ルキアの言葉が信じられなくて、一護は驚愕して目を見開く。





「どういうことだよ、ルキア・・・!?」

「貴様から来ぬのなら、私から行くぞ!!」


ルキアはそう言うと、掌を一護に向ける。


「縛道の四、『這縄』!!」

「うわッ!!」


ルキアの手から放たれた光の縄は、一護の腕に絡みつく。
それと同時にルキアは思い切りその縄を引っ張った。

室内から強制的に出された一護は体勢を整えるも、自分の上方から気配を感じて振り向くと、そこには今にも刃を振り下ろそうとしている恋次の姿があった。


「ッ!?」


一護は間一髪でそれを避けると、背中に担いでいる斬月に手をかけた。


「漸く戦う気になったか?一護」

「・・・」


恋次の言葉に、加えた力を抜く一護。

しかし、ルキアの鋭い視線に再び強く握りしめる。


「一護。貴様がいつまでもそんなだから、我々が貴様を殺さなければならないのだ」

「殺すって・・・!?」

「テメエを殺せって、浦原さんと夜一さんが俺達をここに寄こしたんだよ」


二人の言葉に一護は衝撃を受けて、動くことができない。


「浦原さんと・・・夜一さんが・・・!?」

「そうだ、だから俺達と戦え!」


そう言って恋次は再び一護に襲いかかる。





「くッ・・・!」


一護は慌てて斬月を構えると、その振り下ろされた刃を受け止めた。

その刃の重さから、恋次が本気で自分を殺そうとしていることに気づく。


「恋次・・・!お前本当に俺を・・・!」

「あぁ、さっきから言ってんだろうが」


恋次はそう言って斬月を弾き飛ばす。

それで少し体勢を崩した一護だが、直に立て直す。


「止めろよ!俺は、お前らとは戦いたくない・・・」

「貴様が戦いたく無かろうと、私達には貴様を殺すという義務がある」


ルキアはそう言いながら自信の斬魄刀を抜刀する。


「舞え、『袖白雪』」


解号と共に、斬魄刀の刀身が純白に染まっていく。

ルキアは続けざまに、袖白雪の切っ先を一護に向ける。


「次の舞、『白漣』!」

「ッ・・・!!」


切っ先から出た氷の塊は、流石に防ぎきれないと思い、一護は瞬歩でそれを避ける。


「くそッ・・・!」

「一護。本気で掛からねえと、俺達には勝てねえぞ」


蛇尾丸を肩に担ぎながら言う恋次を、一護は見据える。


「わかってんだろ?俺達が本気だってことが」

「・・・」


一護は辛そうに顔を歪めて俯く。


「お前らは、俺に何を訴えてるんだよ・・・」





「貴様はまだわからんのか!?」

「わかんねえよ!!一体、何で俺を殺そうとするんだよ!?」


一護が叫ぶようにしてそう言うと、ルキアと恋次は真剣な表情で一護を睨みつけた。


「一護、貴様はまだわからんのだな・・・。私達は本当は、こんなことをしたくないのだ」

「ルキア・・・」

「勘違いすんじゃねえぞ、一護。お前を殺すことに俺達は何の意義も持ってねえからな」


恋次の言葉に、一護は「じゃあ、何なんだよ?」と二人を警戒しながら問う。


「貴様をこの戦いに再参加させることを、我々は反対したのだ」

「なッ・・・?!」


ルキアの言葉に、一護は驚いて目を見開く。


「何を驚いているのだ?貴様は元々これから戦う気などなかったのだろう?」

「・・・」


言われて気付く。

そういえば、自分は奴らと戦うことを避けていたではないか。

それなのに、仲間の口から「お前は部外者だ」と言うような言葉を聞かされて何故ショックを受けるのか。

一護は強く拳を握りしめた。


「一護・・・。日番谷隊長を助けに行きたくはないのか?」

「・・・」

「どんなに強い奴らでも、仲間を助けに行くという貴様の想いは、覚悟は、何処へ行ってしまったのだ!!」


覚悟――。

一護は、強く握りしめた拳を和らげる。

自分でも思う。

あんなに強く自分の魂に誓っていたというのに、その想いは何処へ行ってしまったのだろうか・・・。






「貴様がもし、このまま役立たずで終わるのならここで殺せ。それが、私達がここに居る理由なのだ」

「・・・」


一護は俯いたまま口を開こうとしない。

ルキアはそんな一護に袖白雪を構えた。


「初の舞、月白!」

「ッ・・・!!」


天地を凍らす氷をなんとか避けた一護は、背後からの攻撃を瞬時に気付けなかった。


「咆えろ、『蛇尾丸』!!」

「ぐはぁッ・・・!!」


瞬歩で背後に移動した恋次の攻撃を、肩に受けた一護はそのまま地面へと落下していく。


「一護・・・」


ルキアはそれを悲しそうな目で見据えていた。

仲間を殺そうとすることが、悲しくないわけがない。

仲間が苦しんでいるところを、さらに追い打ちをかけることが、辛くないわけがない。

それでも、こうしなければならないのはそんな大切な『仲間』を助けなければならないから。

日番谷を心配し続けている乱菊を、早くいつもの明るい彼女に戻さなければならないから。

日番谷を助け出して、奴らを倒して、尸魂界を元に戻さなくてはならないから。

全ては、一護が居ないと始まらないのだ。


「立てよ、一護!」

「・・・ッ」


廃墟に落ちた一護は、瓦礫の中からゆっくりと立ち上がる。

その瞳(め)は、先程よりも強く鋭い。


(・・・!)


ルキアは、元に戻ったか!?と表面に出さずに期待する。


「うるせぇよ、恋次」







「一護・・・?」


ルキアが呟くように言うのと同時に、一護はこちらに叫ぶようにして口を開いた。


「お前らいちいちうるせぇんだよ!こっちにも心の整理ってもんがあんだよ!少しは放っておくとか、気のきいたこと出来ねえのか!?」

「な、なんだと!?」


いきなり迫力が上がった一護に、恋次はたじろいでいる。

ルキアは、呆然としてその様子を見ていた。


(・・・一護?)


「ったく、そんだけのことで俺を殺そうとしやがって・・・!まぁ、お前らに俺を殺せるとは思ってねえけどよ!」

「てめえ、一護!!本当に殺してやろうか!!」


まさか、とルキアは思う。

戻ってくれたのではないか?

信頼できる背中を持った――いつもの一護に。


「でも、やっぱり時間が無限じゃねえからな。いつまでもこうしてるわけにはいかねえよな」

「一護!!」


その台詞(ことば)だけで十分だ。

ルキアは一護のもとへ飛び出していくと、思い切り一護の頭を殴りつけた。


「痛ぇッ!!何すんだよ、ルキア!!」

「馬鹿者!!貴様が腑抜けていたのが悪い!!」

「悪かったよ・・・」


自分でも自覚しているのか、一護は素直に謝る。

ルキアは「わかれば良いのだ」と言って踵を返すと恋次を呼ぶ。









「いいのか、これでよ」

「もう良い。一度浦原商店へと戻るぞ」


ルキアは恋次の頷くと、一護を振り返る。


「さっさと行くぞ、一護」

「お、おう」


三人は同時に足場を蹴って、浦原商店へと向かう。

不意に、一護は前方にいる二人に問う。


「なぁ、お前ら本当に俺を殺す気だったのか?」

「ぁあ?」

「いやだって、最初ここに来た時すげー殺気放ってたからよ」


一護の言葉に、ルキアは一拍置いて振り返った。


「当たり前だろう。腑抜けた貴様など、見てて腹が立ってくるからな。さっさと殺して、日番谷隊長を助けに行こうとしていたのだ」

「マジだったのか・・・」


一護はがっくりと肩を落とした。

ルキアは前方に浦原商店を見据えながら、たまにはこういう刺激もいいだろう、と思いながらニヤリと笑った。

恋次的には、もちろん一護を殺す気などなく、元に戻すだけだと思っていたのだが、ルキアの言葉と今の表情を見て、「こいつは本気だったのか・・・?」と恐怖を感じていた。




何故急に覚悟が出来たのか、自分でもわからない。

少なくとも、二人に殺されかけたからというわけではない。

二人から、自分の力を必要とされているということが、仲間が自分を頼っているということが、何より自分を動かすことができた。

本当に今まで何をやっていたのだろうか。

仲間を助けに行かなければならないのに。

一刻も早く、平和を取り戻さなければならないのに。

自分のことに精いっぱいになっていたなんて、情けない。


(遅くなった、冬獅郎・・・!)


もうすぐ、助けに行くからな――




.


















ザアァァァ―――・・・

愛しい雨が自身を濡らしていく。

この雨は、いつまでたっても幸せだと感じることができる。

あのときだって・・・





「輛冰!」

「・・・脉媛」


最後の虚を倒し終わった輛冰に、脉媛は慌てて駆け寄る。


「大丈夫!?何処か怪我してない!?」

「大丈夫だ」


心配しすぎる脉媛に、輛冰は苦笑いしながら頷く。
それを見た脉媛は「良かったぁ・・・」と安堵の息を吐く。


「お前、心配しすぎだ。輛冰のことを少しは信用しろよ」

「馬鹿ね、澪尓!信用してたって心配なものは心配に決まってんじゃない!」


そう怒鳴る脉媛に、澪尓は「うるせぇよ・・・」とげんなり呟く。

今日は偶々五番隊と八番隊が合同任務で、念願の三人で任務をこなすということが出来たのだが、脉媛は先程から輛冰のことばかりで、すっかり任務のことを忘れてしまっている。

澪尓はそのことに深いため息を吐いた。


「輛冰!あんま無茶しちゃダメだからね!」

「わかってるよ」

「死神なんだから、死と隣り合わせなのは当たり前だろ」

「うるさい、澪尓」

「ッ・・・!!」



澪尓はキッと脉媛を睨みつけるが、脉媛は知らん顔して輛冰に抱きついている。


「脉媛・・・離せ」

「ぇえ!?ヤーダー!」

「・・・脉媛」


呆れてため息を吐く輛冰は、諦めて澪尓を見た。

「どうする?澪尓」

「ああ・・・、とりあえず隊長達の所へも行かなきゃな」

「そうだな」


輛冰はそう言って頷くと、脉媛を無理やり引き剥がして、澪尓と共に自隊の隊長達の元へ行こうとする。


「あ、ちょ、ちょっと待ってよ!輛冰!」

「早くしろ脉媛。おいて行くぞ・・・――ッ!?」


そう言って振り返った輛冰が見たものは、今にも脉媛に襲いかかろうとしている大虚の姿だった。


「脉媛!後だ!!」

「ッ!?」


澪尓の言葉に振り向いた脉媛の目の前には、既に大虚の腕が迫っていた。


(間に合わないッ!!)


そう思ってギュッと目を瞑る脉媛。

しかし、いつまでたっても痛みはやってこない。

恐る恐る目を開けると、そこには滝のように水の壁が出来ていた。


「こ、これは・・・!?」


脉媛が驚いて目を見開くと、後から輛冰の声が聞こえた。



「堕ちろ『氷彗雨(ヒョウスイウ)』」


静かに発せられた解号に、水の壁が一瞬にして鋭利な氷柱になり、大虚の仮面を貫いた。

その瞬間大虚は塵のように一瞬にして消えていったのと同時に、雨が突然降り始めた。

その光景を呆然と見つめていた脉媛は、その雨にハッと我に返って後ろを振り返る。

そこには静かに自身の斬魄刀『氷彗雨』を鞘に納める輛冰の姿があった。


「り、輛冰・・・!」

「大丈夫か?脉媛」


落ち着いた表情で訊ねてくる輛冰。
その後ろで、「まったく危ねぇな、脉媛は・・・」と澪尓が呟いている。

脉媛の目にはだんだん涙が溢れていた。

突然のことに二人は驚く。


「ど、どうしたんだよ!?」

「り・・・りょうひぃいい!!」


突然大声で泣きながら、輛冰に抱きつく脉媛に、当の本人は珍しく目を見開いて驚く。


「ッ――!?」

「うっ・・・!うぅ・・・!りょうひぃ・・・!」

「何で泣いてるんだよ脉媛!?」


脉媛の突然の行動に未だ驚いている輛冰に代わって澪尓が問うと、脉媛は嗚咽を繰り返しながら話しだした。


「だって・・・!だって、怖かったんだもん!」

「はぁあ?!」


脉媛の台詞に、澪尓は呆れかえった。


「お前、死神が大虚なんか怖がるなよ」

「うるさいわよ!澪尓はだまりなさい!」


顔を引きつらせながら起こる澪尓を、睨みつけている脉媛。
そんな二人を見て輛冰はため息をついた。

十分に澪尓を睨みつけた脉媛は、再び輛冰の胸に顔を押し付けて、とてもうれしそうに笑った。


(怖かったのもあるけど・・・本当は――)

「うれしかったんだ――」

「・・・何か言ったか?脉媛」


聞き取れないほどの声で呟いた脉媛に、聞き返す輛冰だが、脉媛は「なんでもない」と首を横に振った。


――貴方が私を護ってくれたことが何よりもうれしくて、つい泣いてしまったんだ。


そんなこと、恥ずかしくて絶対二人には言えないけど。

大好きな人が降らした雨は、未だ降り続いていた――。









「――・・・」


冷たい雨が降り注ぐ中、脉媛は静かに目を開いた。

あれはいつのことだろうか。

だいぶ昔のことのようにも感じるし、つい先日のことのようにも思える。

あれはまだ、私達が死神としての魂(こころ)を持っていた頃のこと。

幸せだったと、偽りだとしても感じていた頃のこと。

偽りでもいい――幸せでいたい。

最近そう考えるようになってしまった。

偽りでない幸せを求めて、輛冰と澪尓と氷渮でそれを叶えようとしているのに、これでは裏切りではないか。


「ッ・・・!」


脉媛は慌ててその考えを振り払うように頭を左右に振る。


(何を考えてるのよ・・・私は・・・)


何のためにここまでやってきたのか。

私は大好きなあの人と素晴らしく幸せな世界を生きたいがために頑張っているのだ。

でも――最近疑問を感じる。

あの少年が現れてから・・・その幸せな世界が未来にあると思えないのだ。


「――日番谷・・・冬獅郎か・・・」


そう名前を呟くだけで、怒りと嫉妬が満ち溢れてくる。

あの少年の所為で輛冰が自分を見てくれなくなったのもあるのだろう。

でも、本当の理由は・・・


(私・・・もう仲間とも思われてないのかな・・・?)


自信がなくなってきたのだ。

彼にとって自分は仲間であるのかどうか。


――辛い・・・

胸が苦しい・・・

こんなの望んでない・・・

私はただ、幸せでありあたいだけなのに――


(もう、どうすればいいのか・・・わからないよ・・・)


虚ろな瞳で空を見上げながら、脉媛は斬魄刀を抜刀した。

厚い雲を通して差す光が、彼女の斬魄刀に反射して輝いて見える。


「輛冰――私は、もう・・・」


――止められない・・・









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イイネ!