Transmigration of the Cold Rain 時に消える蒼い涙
尸魂界・瀞霊廷。
「阿散井副隊長!!」
「んあ?どうした?」
なかなか減らない虚に、うんざりしていた恋次はだるそうに振り返る。
駆け寄ってきた六番隊の席官は、恋次の前で止まって口を開く。
「阿散井副隊長!!ずいぶん大虚も減りました。ここは我々にお任せください!」
言われて渡りを見回してみると、初期よりだいぶ減ったように感じる。
「わかった。ここは任せたぜ」
「はい!!」
恋次のもとを離れた席官は、そこらに居る隊士達に指示を出していく。
隊長達の霊圧にあてられ気を失っていた隊士達も、徐々に回復を見せてきている。
これなら大丈夫だと思った恋次は、ルキアの元に急いだ。
「ルキア!!」
「恋次か。どうしたのだ?」
構えていた態勢を崩して恋次に振り返ったルキア。
恋次は蛇尾丸を鞘に戻しながら口を開く。
「だいぶ隊士達も復活してきたようだしよ。ここは任せようぜ。乱菊さんもお前も限界だろ」
「そうだな・・・」
ルキアは頷いて乱菊を振り返る。
「松本副隊長!!」
「朽木?恋次?」
「どうしたの?」と聞きながら乱菊は不思議そうに駆け寄ってくる。
「隊士達が増えてきたので、我々は一時休みましょうと思いまして」
「・・・そうね。もう!あんまり戦い詰めだとこっちの気がおかしくなりそうよ!」
うんざりしながら言う乱菊に、恋次とルキアは微笑する。
乱菊はわざとらしくため息を吐くと、灰猫を鞘に仕舞って「行きましょ!」と言って先に行ってしまった。
「お、お待ちください!松本副隊長!!」
「ら、乱菊さん!早いッスよ!!」
二人は叫びながら、慌てて後を追った。
あれからずっと結界を張っていた雛森は、額から流れてきた汗を片手で拭う。
「雛森君、休んだ方がいいんじゃないかい?」
「だ、大丈夫よ!これくらい・・・!」
雛森は無理して笑うが、自分でも虚しくなったのかため息を吐いた。
「あたしって駄目だね。吉良君・・・」
「そ、そんなことないよ!雛森君!」
すっかり落ち込んでいる雛森を必死に励まそうとする吉良だったが、雛森はため息を吐くばかりだった。
そんな雛森に、吉良がどうしようかと困っていると、雛森がふと顔を上げた。
「あ、乱菊さん!」
「え?」
雛森の見つめる方角を振り返ると、そこには大きく手を振る乱菊と、その後ろに乱菊を必死に追っている恋次とルキアの姿があった。
「おーい!雛森ぃ!吉良ぁ!」
「乱菊さん!」
乱菊が地上に降り立つのと同時に、雛森と吉良は乱菊に駆け寄る。
「大丈夫でした?」
「大丈夫よ!あたしがそんな簡単にくたばると思ってんの?」
心配そうにしている雛森の頭を軽くペシッと叩いて、乱菊は微笑んだ。
そんな乱菊に、雛森はキョトンとしてから「そうですね!」と言って笑う。
「ら、乱菊さん・・・速いッスよ・・・!」
「松本副隊長・・・流石です・・・」
漸く乱菊に追いついた恋次とルキアは、肩を上下させながら荒い息を吐く。
そんな二人に乱菊は呆れた表情で「情けないわねぇ、恋次」と言って再び雛森と吉良を振り返った。
「ところであんた達、ずっと休んでないんじゃないの?」
「何で俺だけ!?」「煩いぞたわけ!!」「んだとルキアぁ!!」と後で言い争っている二人を背に、乱菊は雛森と吉良に訊ねた。
「それは乱菊さんも阿散井君も朽木さんも一緒じゃないですか」
「あたしたちは平気よ~☆でも、ずっと一定に結界を張り続けるのは大変だったでしょう?」
「でも、檜佐木さんが援護してくれていたので・・・!」
「修兵が?」
首を傾げた乱菊に吉良が頷くと、乱菊は感心したように声を上げる。
「たまにはやるじゃない!修兵も」
「たまには、ですか・・・」
檜佐木先輩・・・ご愁傷さまです、と吉良は哀れみの思いを檜佐木に向けた。
「あ!乱菊さん、この傷・・・!」
雛森が突然声を上げ、乱菊の腕を指差した。
乱菊が不思議そうに自分の腕に視線を落とす。
「ああ、これね。ただの掠り傷よ」
「でも、放っておくわけにはいかないです!」
雛森はそう言うと、傷口に手を翳して治療を始めた。
乱菊は「あんたも相変わらずねぇ」と苦笑した。
「でも、ありがとうね。雛森」
「いえ」
乱菊が微笑んで素直に感謝を述べると、雛森は嬉しそうに笑って治療を続けた。
「・・・――」
「?どうした?ルキア」
乱菊の怪我を雛森が治している間、少し前に言い争いが収まったルキアと恋次だが、先程から何かを考えるように俯いているルキアに、恋次が問いかける。
するとルキアはハッと顔を上げて、「いや、少しな・・・」と視線を逸らして呟いた。
「現世に様子を見に行きたいのだが・・・人手を少なくするわけにもいかんだろう?」
「まぁ、そりゃそうだな・・・」
ルキアの言葉に頷いた恋次は、思案するように顎に手を添える。
「やはり、現世でも何かが起こっているような気がするのだ・・・」
「・・・」
険しい表情で言うルキアを、恋次は一瞥してから視線を外して空を仰いだ。
「治りました!乱菊さん」
「ありがとね、雛森」
乱菊はもう一度雛森にお礼を言うと、ルキアと恋次を振り返る。
「どうしたの?あんたたち」
「いえ・・・現世の方が気になっておりまして・・・」
「現世?」
聞き返した乱菊にルキアは頷いた。
「なにか嫌な予感がしておりまして・・・」
「そう・・・」
しばらく考えるように黙っていた乱菊だが、不意に顔を上げてニコッと笑った。
「なら、行って来ちゃいなさいよ!」
「え!?」
乱菊の言葉に驚いた二人は眼を見開いた。
そんな二人の様子を全く気にすることもなく、乱菊は続けた。
「気になるんでしょ?なら、ここはあたし達に任せてあんたたちは現世に行きなさい」
「し、しかし・・・!いくら皆が戦える状態になったとしても、一人でも人手があったほうが・・・!」
ルキアは言葉を紡いでいくが、途中で乱菊が悲しげな表情に変わったのを見て、口を閉ざす。
乱菊は静かに言葉を発した。
「心配な人がいるのに、あんた達が駆けつけないでどうするの」
「乱菊さん・・・」
「松本副隊長・・・」
乱菊は二人から視線を外し、俯いた。
「あたしが心配する人は、いつもあたしの手の届かない場所にいるの。あんた達は、行こうと思えば行けるでしょ?」
「・・・」
乱菊の言葉に、二人は口を閉ざしてしまう。
すると乱菊はスゥと顔を上げて、二人を見つめた。
「だから、早く行きなさい」
「乱菊さん・・・」
優しい笑みで言う乱菊に、二人は胸が苦しくなった。
すると突然、巨大な霊圧が瀞霊廷を揺らした。
「な、何だ!?」
「この霊圧は・・・!?」
五人は戸惑いながら、辺りを見回す。
すると、遠くの方で眼に見えるほどの霊圧を出しながら飛んでいく大きな影と、小さな影が二つ見えた。
「あれは・・・!!」
「ハハハハハ!!」
「行っけぇ~!剣ちゃ~ん☆」
「更木隊長!!?」
五人が見たのは、斬魄刀を振り回し次々と虚を斬っていく更木剣八と、その背にしがみ付いている草鹿やちるの姿だった。
阿散井達が眼を見開いていると、近くで良く知る人物の声が聞こえて、その方角を振り返る。
「更木隊長!待ってください!!」
「一角!僕も先行くよ!?」
「何だと弓親!!抜け駆けは許さねえぞ!!」
「一角さん!!弓親さん!!」
恋次が二人のもとへ駆け寄ると、二人は同時に振り返って恋次に気付いた。
「おう!恋次じゃねえか」
「更木隊長、眼が覚めたんスか!?」
「ああ、ついさっきね」
四人は恋次の後を追って駆け寄ってきて、期待しているように乱菊が口を開いた。
「他の隊長達は眼を覚ましたの!?」
「それが、眼を覚ましたのはうちの隊長だけなんだ」
「そんな・・・」
弓親の言葉に雛森は残念そうに呟く。
「でもどうして更木隊長だけが・・・?」
吉良が眉を顰めてわけがわからないというように言う。
それに弓親が更木が起きた時のことを説明しだしだした。
「先刻バッと目を開けてね。僕達に今何が起こってるか聞いたら直に飛び出していったのさ。何で、隊長だけが眼を覚ましたのか知らないけど、隊長曰く「霊力失くしたぐらいで寝てられっか」だってさ」
「・・・更木隊長なら納得できるぜ」
更木の霊圧は一護以上に垂れ流しで霊力が大きい。だから他の隊長達よりも回復が速い・・・と何故か納得させられた恋次だった。
「漸く隊長も眼を覚ましたことだし、俺達も行くぜ」
「君達は随分楽しんだようだからね。ここからは僕達に任せてもらおうか?」
「もちろんそのつもりよ☆朽木!恋次!」
乱菊はそう言って一角と弓親にウィンクして、ルキアと恋次を振り返った。
「ということだから、あんたたちは現世に行きなさい!」
「しかし・・・!」
まだ躊躇っているルキアの背中を恋次が叩く。
「痛っ!何をするのだ!!恋次」
「乱菊さんもこう言ってるんだ。行こうぜ、現世に」
「恋次・・・」
「それに、疲れきっている俺達より、更木隊長や一角さん達のほうがよっぽど頼りになるだろ」
恋次の言葉に、ルキアはしばし考えてから「そうだな・・・」と頷いた。
「すいません、松本副隊長」
「だからいいて言ってるでしょ☆さっさと行ってきなさい」
「はい!!」
ルキアと恋次は顔を見合わせて互いに頷くと、現世へと向かう穿開門へと向かった。
「じゃあ、俺達も行くぜ弓親!」
「そうだね、一角」
二人も今も尚暴れている更木の後を追って飛び出していった。
乱菊はジッと、ルキアと恋次が去った方を見つめている。
「乱菊さん・・・」
「――雛森、あんただって苦しいのにね・・・」
「・・・」
たった一人の幼馴染を失い、確かに雛森も傷ついている。
でも、彼を助けるためにはうじうじしていられないとそう思い、強がっていたのは自分でもわかっていた。
でも、それが本当の強さかどうかわからない。
だから――
「乱菊さん・・・あたしだって強くないです・・・」
「・・・雛森・・・」
今だって、膝から崩れ落ちそうなくらい、不安定な心なんです。
そう思って、雛森は眼を伏せた。
.
現世・浦原商店。
織姫は障子を開けて皆の集まっている和室に入った。
「やあ、井上さん」
「石田君、浦原さんはまだ眼を覚ましてないの?」
「まだじゃ。その傾向さえも見せん」
織姫の問いに答えたのは夜一だった。
壁に寄りかかって腕を組んでいる夜一は、ため息を吐いた。
「一護の方も全くどうしようもない状態じゃ。あれから一言も話そうとしない」
「そう、ですか・・・」
夜一の言葉に、織姫は悲しそうに呟いた。
その様子を見て石田が夜一を窘める。
「夜一さん・・・!」
「しょうがないじゃろ。いつまでも放っておくわけにはいかん。そろそろあの馬鹿者を殴ってくるかの」
「ちょ、ちょっと待って夜一さ・・・!」
さっさと一護のもとに向かおうとする夜一を、織姫が慌てて止めようとした矢先、部屋中に光が満たされ二重になった障子が現れた。
その中から地獄蝶とともに、現れたルキアと恋次を見て、織姫が驚いたように口を開いた。
「朽木さん!?阿散井君!?」
「井上、何故ここにいるのだ?」
織姫に気付いたルキアは少しだけ眼を見開いて問う。
織姫は今までにあったことを話し出した。
「何!?浦原が倒れたのか!?」
「しかも、現世(こっち)にも虚が現れていたのか」
「うん。でも、途中にスッと消えちゃったの」
「消えた?」
織姫の言葉に、ルキアが訊き返す。
それに織姫は頷いた。
「何でかよくわからないんだけど、突然消えちゃったの。本当、よくわからなくって・・・」
「井上、一護は何処に居るのだ?」
ルキアの問いに、織姫は肩をビクッと震わせて、慌て始める。
「え?く、黒崎君?黒崎君は・・・!」
「どうしたのだ?井上」
尋常じゃない様子に、ルキアは首を傾げる。
すると織姫は落ち着いて、少しだけ俯いた。
「黒崎君は・・・」
「黒崎なら向こうにいるよ」
「うおっ!!」
突然織姫意外の声が聞こえ、恋次は驚愕して声を出す。
声の鳴った方を向くと、そこには呆れた目でこちらを見つめる石田の姿があった。
「石田!?お前居たのか!?」
「相変わらず失礼な奴だな、君は。最初から居ただろう!」
「全然気付かなかったぜ」
「・・・」
存在感が全くないと言われたようなもんで、石田はこめかみを引きつらせるが、すぐに気を取り直してある方角を指差した。
「あっちの部屋に黒崎はいる。わかったらさっさと出てってくれないか?阿散井」
「なんで俺だけなんだよ!?」
「君だけがうるさいからだよ!!」
両者互いに睨みあってると、「お主も五月蠅いぞ、石田」と言う声に四人は振り返った。
そこには苛立っている表情で腕を組んでいる夜一の姿があった。
「夜一さん・・・」
「くだらないことをやってないで、一護のもとに向かうぞ。早くしないなら織姫、本当に一護を殴るからの」
「ま、待ってください夜一さん!」
そう言いながら行ってしまう夜一の後を慌てて織姫が追って行く。
そのあとをルキアと恋次は追って行った。
石田は胡坐を掻いたまま、はぁ・・・とため息を吐いた。
.
「一護!入るぞ!!」
そう言って、夜一は大きな音を立てて障子を開ける。
するとそこには、布団の上で体を起こし、相変わらず沈んだ表情で俯いている一護の姿があった。
そんな一護の姿に夜一はため息を吐く。
「一護、お前に客じゃ」
「客・・・?」
虚ろな目で顔を上げた一護は、夜一の後で一護の姿を見て驚いているルキアと恋次に気づく。
「ルキア・・・恋次・・・」
「一護・・・」
「お前・・・」
夜一はやれやれと肩をすくめながら、室内に入る。
しかし、二人の足は動かない。
一護は気まずそうに視線を逸らして「何か用か・・・?」と聞く。
「一護・・・貴様どうしたのだ?」
「・・・」
ルキアはそう訊きながら室内に入るも、一護は視線をあわせようとしない。
そんな一護の姿に痺れを切らした恋次はズカズカと一護に歩み寄って、その胸倉をつかむ。
「おい、一護!!一体何があったか言いやがれ!!」
「・・・」
しかし恋次の強引な方法でも、一護は口を開こうとはしない。
そんな一護に腹を立てた恋次は、怒鳴ろうと口を開くが、それはルキアによって阻まれる。
「止せ、恋次」
「ルキア・・・」
ルキアの諭すような視線に、恋次は舌打ちしてから一護を放す。
投げられた衝撃で尻もちをついた一護は、俯いて何も言わない。
そんな一護にルキアが歩み寄る。
「一護・・・」
「・・・」
ルキアは静かに腕を上げて構えた。
俯いている一護はそれに気づかない。
「この馬鹿者!!」
「痛ッ!!」
ルキアは構えた腕を思いっきり振り下ろし、その拳で一護の頭を思いっきり殴った。
一護は殴られた箇所を手で押さえながら、顔を上げてルキアを睨みつける。
「何すんだよ!!」
「貴様がいつまでも腑抜けておるからではないか!!一体何があったというのか!?」
逆に怒鳴り返され、たじろぐ一護だが、直に視線を逸らす。
ルキアと恋次の後では、織姫が心配そうにその様子を見つめていた。
「・・・」
「貴様の問題だけではないだろう?我々にも話せ、一護」
ルキアがそう言うと、一護は眼を伏せてからゆっくりと口を開いた。
「この騒動の、黒幕に会ったんだよ」
「何!?」
一護の言葉に二人は眼を見開く。
そんな二人の様子を横目で見てから、一護は続ける。
「あいつらが、冬獅郎を連れ去っていったんだ」
「日番谷隊長を・・・!?」
日番谷はやはり、敵に連れていかれていたのだ。
ルキアは、乱菊に報告しなければと思う。
一護は続ける。
「俺は・・・」
「そいつらに負けちまった。そうだろ?」
「・・・」
恋次が一護の言葉を遮って言うと、一護は黙り込む。
「恋次・・・」
「おかしい奴だな。いつものお前ならその程度じゃ諦めねえだろ。なんで、日番谷隊長を助けに行こうとしねえんだよ?」
「・・・」
恋次の問いに、一護は答えようとしない。
恋次はさらに続ける。
「相手がどんなに強くても、テメエはいつも突っ込んでいくじゃねえか。一体何があったんだよ?」
「・・・俺は、あいつらには勝てない」
一護の言葉に、ルキアと恋次は驚愕する。
「貴様、何を言って・・・!」
「俺に冬獅郎を助けにいくことなんて出来ねえんだよ!!」
一護は怒鳴り散らす様にそう言うと、二人に背を向ける。
「俺はあいつらに全力で挑んだ!!けど、あいつには・・・傷一つ付けられなかった!!」
「それがどうしたというのだ!?そんな敵でも貴様は諦めずに立ち向かって行ったではないか?!」
一護の言葉に戸惑いながら、ルキアは言葉を発していく。
しかし、今の一護には通じない。
「あいつらは今までの奴とは違う!俺には・・・」
――『貴様に・・・あの死神を助け出すことはできん』
輛冰の言葉が今でも頭を離れない。
現実逃避することさえも許されない。
そんな状況の中で、どう奴らに立ち向かえばいいというのだ。
一護は強く拳を握りしめる。
そんな一護の背中をルキアと恋次は何とも言えない表情で見つめていた。
.
「どうにもならんの」
夜一はそう呆れたように言うと、よいしょっと立ち上がった。
「わかったじゃろ?今のこ奴に何を言っても無駄じゃ」
「・・・」
ルキアは黙って一護の背を見つめる。
その背はいつもの頼れる仲間の背ではなく、葛藤に沈む見ているだけでこちらが辛くなるものであった。
「喜助の様子が気になる。儂はこれで失礼するぞ」
そう言って夜一は部屋を出ていった。
織姫はその姿を見送ってから、再び三人に目を向ける。
(黒崎君・・・)
先程聞いた一護の叫びに、織姫は心を痛めていた。
前に聞いた時よりも、一護の思いがより強く伝わってきて、その辛さとか全部を感じた。
織姫はその場から逃げるように立ち去った。
「一護・・・貴様がそれほどまで情けない奴だとは思わなかったぞ」
「・・・」
不意にルキアは、静かに怒っているように強い口調で言う。
一護は何も言わない。
「尸魂界では、隊長達不在の元、皆頑張っているのだ」
「・・・」
日番谷のことを心配しながらも瀞霊廷のために戦う乱菊と雛森。
他にも霊力が回復したばかりだというのに戦っている隊士達。
休むことなく隊士達の怪我を治し続ける四番隊。
皆頑張っているというのに、一体一護は何をやっているのだ。
「貴様には幻滅したぞ・・・」
「少し頭を冷やすんだな」
「・・・」
ルキアと恋次は、そう言って部屋を出ていった。
残された一護は、一人「どうしろってんだよ・・・」と呟いた。
浦原のことも気になっていた二人は、夜一のもとに向かった。
「夜一殿、浦原は?」
「おぉ、ルキアか。喜助はまだ眼を覚ましておらん」
「そうですか・・・」
ルキアと恋次は部屋に入ると、胡坐をかく夜一の隣に腰を下ろした。
「十一番隊の更木は眼を覚ましたようじゃの」
「えぇ。しかし、他の隊長方はまだ・・・」
「そうじゃな。じゃが、これで少しは希望を持つことが出来たの」
夜一の言葉に、二人は揃って頷いた。
更木が目覚めたことにより、隊長達が永久に眼を覚ますことがないわけではないことが分かった。
もともと、隊長達は全霊力を失っただけであって、他に外傷はない。
他隊長達があとどれくらいで目を覚ますのかわからないが、隊長達を信じて今は待つしかなかった。
「それにしても、一護の腑抜けっぷりはどうじゃった?」
「あれは酷すぎますね・・・」
ルキアはため息を吐きながら言う。
それに夜一も「そうじゃろ」と頷く。
「けど、逆にすげえよな。あいつをあそこまで腑抜けにさせる奴がよ」
「そうだな・・・それほど、今回の敵は強敵ということだろう」
恋次の言葉に、ルキアは頷きながら言う。
「それにしてもあれはないじゃろ」
「そうで・・・」
「それは・・・違います・・・」
突如聞こえた声に驚いた三人は、バッと声の鳴った方を向く。
そこには、辛そうに体を起こした浦原の姿だった。
「喜助!!」
「浦原さん!!」
「どうも、皆さん。ご心配おかけしました」
そう言って頭を下げる浦原に、夜一が「気にするでない」と言って、浦原の背中をバシバシ叩く。
「痛っ!痛いッスよ!夜一さん!」
「それより、『違う』とはどういうことだ?」
ルキアが真剣な表情で浦原に問う。
それに、痛がっていた浦原も真剣な表情になる。
「黒崎さんと戦った相手は、おそらく『蛆虫の巣』に居た者たちです」
「なんじゃと!?」
「『蛆虫の巣』って・・・なんスか?」
驚く夜一に、わけがわからないという表情の恋次とルキア。
そんな二人に浦原が説明する。
「『蛆虫の巣というのは、二番隊の隠密機動が管理する、危険分子を集めた場所ッス」
「危険分子・・・?」
「正確には、危険分子となりうるだろう人を閉じ込めておく場所ッス」
「そんなこと・・・ッ!」っとルキアは驚愕する。
浦原は辛そうに首を横に振った。
「残念ながらあるんスよ、現実に」
「それで、その『蛆虫の巣』に居た奴が一護と戦ったからってどうなるんスか?」
恋次が問うと、浦原は「『蛆虫の巣』に居た人だからというわけじゃないんです」と説明しだした。
「黒崎さんと戦った者、いやおそらく複数ですか?」
「何故それを・・・?」
「思い当たる人達が居るんス」
浦原はそう言って、思いだす様にしながら話し始める。
「『蛆虫の巣』には、危険分子となりうると判断されたものが徴集される場所。その中で飛びぬけて変わった能力を持った死神が居たんスよ」
「変わった能力?」
「普通『蛆虫の巣』に聴取される死神は、危険な思考を持った者が多いんです。つまり何もやっていなくても危険分子になる人たち。しかしその中には特殊な能力を持つ者達も入ります」
「『何もしなくても危険分子』・・・か」
「はい。そしてその特殊な能力を持つ死神は四人居たんス」
浦原はそこで区切って、人差し指を立てる。
「まず一人目。虚と対話する能力の持ち主ッス」
「なッ・・・!?虚と対話!?」
驚く二人に浦原は頷いてからさらに薬指を立てる。
「はい。そして二人目は、目を合わせるだけ手人の心を読むことが出来る持ち主。そして三人目は未だ謎に包まれている能力の持ち主・・・」
「四人目は・・・?」
ルキアが問うと、浦原は一拍置いてから口を開いた。
「四人目の方の能力は――転生」
「転生?」
恋次が訊き返すと、浦原は頷く。
「転生能力――それは、一度死んでもまた生き返ることのできる力ッス、そのままの意味で」
「じゃ、じゃあ!一護と戦った奴らは一度死んで・・・!?」
「はい。一度死んで、この時代にまた現れた・・・」
浦原の言葉に、ルキアと恋次は驚愕に目を見開いている。
「アタシが彼らに会ったのは、アタシが隊長になる前後でしたから、もう数百年前は立ってます。それに、アタシは実際には確認してないんですが、聞いたところによると彼らはアタシが隊長になったあと姿を消したとか」
「そんなことってあるんスか!?」
恋次が叫ぶようにして問うと、浦原は耳を押さえて頷く。
「だから、特殊能力って言ってるじゃないッスか。ちゃんと話を聞いてくださいよ阿散井さん」
「そうだぞ、このたわけ」
「まったくじゃ」
三人に責め立てられ、恋次は「スイマセン」としぶしぶ引きさがる。
ルキアはしばらく恋次を睨みつけていたが、視線を浦原に戻した。
「その特殊能力というのは、彼らに本来備わっているものなのか?」
「おそらくそうでしょうね。自然現象で怒るほかに、こんな特殊能力備わるわけありませんから」
浦原はそう言うと「よっこいしょ」と言ってふらつきながらも立ち上がる。
「喜助?」
「このことを黒崎さんにも教えないといけないッスからね」
「ちょっくら行ってきますよ」と言って部屋を出ようとするのを夜一が止める。
「止さんか喜助。まだ寝ていろ。一護なら儂が連れてくる」
「あれ?夜一さん優しいッスねぇ!どうせならもっとお言葉に甘えて黒崎さんに説明を・・・」
「よし、ルキア!行くぞ!」
「はい」
浦原の言葉を無視して、夜一はルキアを連れて部屋を出ていってしまう。
室内に沈黙が流れる。
「・・・酷いッスね」
「調子に乗るからッスよ」
.
バンッと大きな音を立てて、夜一は一護の居る部屋の障子を開ける。
「一護!喜助が起きたぞ」
「浦原さんが・・・!?」
虚ろな目をしていた一護だが、夜一の言葉にバッとこちらを見て目を見開く。
「奴らのことについて喜助から話を聞いて来い」
「奴らって・・・浦原さんは奴らについて知ってたのか?」
「そうじゃ」と頷いた夜一は、一護の腕を掴んで無理やり立たせ、その背中をドンッと押す。
「ほら、さっさと行って来い!」
「あ、ああ・・・」
一護は戸惑いながら頷くと、頼りない足取りで浦原のもとへ向かって行った。
「・・・酷い扱いですね」
「あ奴のあの姿を見ていると、腹が立ってしょうがないのじゃ」
「・・・わかります」
腕を組んでため息を吐く夜一に、ルキアは酷く納得したような表情で頷いた。
一護は静かに障子を開けると、そこには胡坐をかいた恋次と布団の上で体を起こしている浦原の姿があった。
「浦原さん・・・」
「こりゃまた随分腑抜けた顔ッスね、黒崎さん」
部屋に入ってきた一護の顔を見るなり、浦原は苦笑する。
恋次が呆れ顔で「お前まだそんな状態なのかよ」と呟いた。
「座ってください、黒崎さん。話があります」
「ああ・・・」
頷いた一護は恋次の隣に腰を下ろした。
.
「特殊、能力・・・」
浦原の説明を聞き終えた一護は、何かを思い込むように俯く。
「そうッス。本来なら持ち得るはずのない能力(ちから)が彼らにはあるんです」
「けど、あいつらの強さはそれだけじゃねえだろ」
一護の言葉に、顎に手を当てて思案するような仕草で頷いた。
「そうッスねぇ。彼らは皆席官以上の力を持っていますからね」
「席官以上ッスか!?」
浦原の言葉に恋次が驚いて身を乗り出す。
それを制しながら浦原は頷いた。
「はい。皆さん席官でありながら席官以上の力を持っていた。それに加えて特殊能力を持っていたっていうので、『蛆虫の巣』に入れられたっていうのありそうッスね」
「席官以上・・・」
一護は小さく呟く。
二人は不思議そうな顔をしながら一護を振り返った。
「黒崎さん?」
「一護?どうしたんだ?」
二人がそう問うと、一護は顔を上げる。
「あいつらは席官以上の強さどころじゃなかった!たぶん・・・俺は副隊長以上だと思う」
「まぁ、黒崎さんがそこまでの重傷を負うんス。それだけの力があってもおかしくないッスよね」
「・・・」
一護は口を閉ざすと、また俯いた。
「とりあえず、休養は必要ッス。黒崎さん、いつまでもここに居るのもアレですし、お家の方も心配するでしょう。家に帰ってもっらっても結構ッスよ?」
「・・・ああ・・・」
浦原の言葉に、一拍置いて頷いた一護は、ゆっくりと立ち上がった。
そのまま踵を返して部屋を出ていこうとする一護を、浦原が呼びとめた。
「黒崎さん」
「・・・?」
顔だけ振り返る一護に、浦原はため息を吐きながら口を開く。
「いいですか黒崎さん。日番谷隊長を助けられないことをいつまでも気にしているのは、あなたらしくありません。相手がいくら強いからといって諦めるのもあなたらしくありません。日番谷隊長を助けようと努力し強くなることが、あなたが今一番しなくてはならないことじゃないんスか?」
「・・・」
浦原の言葉に、一護は何も言わずに部屋を出ていった。
部屋に残っている二人は同時にため息を吐く。
「たまにはいいこと言うッスね。浦原さん」
「阿散井さんとは違いますからね」
「・・・!」
阿散井はニヤリと笑っている浦原をギッと睨みつけた。
「のう、一護。どうしたのじゃ?」
浦原の居る部屋を出た一護は、横から声をかけられ振り返った。
そこには、浦原の部屋に来ようとしていた夜一をルキアの姿があった。
「夜一さん・・・ルキア・・・」
「一護、話は終わったのか?」
ルキアの問いに「ああ」と頷いた一護は、そのまま二人の横通り過ぎようとする。
「何じゃ一護。帰るのか?」
「ああ・・・」
「そうか・・・」
二人が納得したのを確認するかのように、一護は顔だけ振り返ると、元に戻して何も言わずに行ってしまった。
「・・・」
「喜助と話して、更に何かを考えるようになってしまったようじゃの・・・」
「そうですね・・・」
呆れて呟く夜一に、ルキアがため息をつきながら頷いた。
浦原商店を出て、帰路につく一護は俯きながら浦原の言葉を思い出していた。
『いいですか黒崎さん。日番谷隊長を助けられないことをいつまでも気にしているのは、あなたらしくありません。相手がいくら強いからといって諦めるのもあなたらしくありません。日番谷隊長を助けようと努力し強くなることが、あなたが今一番しなくてはならないことじゃないんスか?』
それと同時に輛冰の言葉も頭に浮かんでくる。
『貴様に・・・あの死神を助け出すことはできん』
力の差を思い知らされた。
全力の一撃が、怪我一つ付けられなかったことに恐怖を感じた。
言葉が重く圧し掛かってきた。
あの言葉一つで、自分には日番谷を助けられないことを酷く植えつけられた気がした。
自分がこんなにも弱いだなんて、仲間からの言葉で気付いた。
今はどんなに体に言うことを聞かせようとしても、動くことが出来ない。
日番谷を助けに行くことが出来ない。
どうすればいいのだろうか・・・
わからない・・・
そんなことを考えていると、いつの間にかクロサキ医院に着いていた。
一護はハッとして顔を上げる。
(何やってんだよ、俺は・・・)
本当に自分でも情けないと思う。
けど自分が思う様に行動することができない。
抜けだすことのできない無限ループに嵌ったように、同じことを考えている。
自分は弱い。
日番谷を助けに行くことが出来ない。
奴らを倒すことはできない。
自分に世界を救う力などない。
――自分は弱い。
家の扉を開けると、ドタドタドタという激しい足音が聞こえてきた。
「お帰りーー!!イッチゴーー!!」
「お兄ちゃん!今まで何処行ってたの!?」
「一兄、どうしたんだよその怪我?!」
その勢いに若干圧されつつも、一護は「心配かけて悪かったな」と言うと、そのまま三人の横を通り過ぎる。
「どうした一護!?父ちゃんを無視するなんて・・・!」
「お兄ちゃん!?」
「悪い遊子。飯が出来たら呼んでくれ」
「一兄・・・どうしたんだ?」
階段を上がり、自分の部屋の扉を開けた一護は、部屋の電気も点けずに、ベッドに横たわった。
浦原商店を出てからも気付かなかったが、辺りはすっかり暗くなっていた。
暗い部屋の中で、一護はゆっくりと目を伏せる。
――ふざけるな!
――私達を何だと思ってるのよ!!
――我々は何もしていないではないですか!!
――・・・私と手を組まない・・・?
そんな声が、頭の中に響いてきた。
.
閉ざされた空間の中で、迷い人を見つけた。
他の蛆虫とは違う。
一目見ただけでわかった。
使えると思った。
恨みの果てに、奈落の底から抜け出して、天から世界を見下す願いを、叶えることができると。
自分には能力がある。
誰にも負けることはない。
死神の隊長だろうが、大虚の破面だろうが。
この能力はどんな力にも負けることはない。
さぁ、間抜けな駒よ。
お前らの主人の為に働くのだ。
駒にされているという自覚なしに・・・