Transmigration of the Cold Rain 時に消える蒼い涙





ズズ・・・―――


「っ・・・!?」


水の壁から人の気配を感じた日番谷は、バッと顔を上げる。

そこには、自分をここに閉じ込めている四人の姿があった。

日番谷は無表情で四人を見据える。

すると、こちらに歩み寄ってきた輛冰がおもむろに口を開いた。


「現世で、死神代行だと名乗る者に会ってきた・・・」

「――!!」


輛冰の言葉に、日番谷は眼を見開く。

その死神代行が一護だと気付いたから。

そんな日番谷の様子に、輛冰は少しだけ眉を寄せた。


「・・・どうしたんだよ、そいつを」


輛冰達を睨みながら日番谷は静かに問う。

それに答えたのは澪尓だった。


「おそらく死んだだろうな。あの出血では助からない」

「っ!!」


澪尓の言葉に日番谷は確かな殺意を覚えて、今にもこの四人を殺してやりたいと思った。
しかし、力が入らないこの身体では何もできない。

日番谷は下唇を噛みしめる。


「ほんと、輛冰に楯突くからああなるのよ。自業自得ね」


今では、この脉媛の言葉でさえも腹立たしい。





不意に輛冰が口を開いた。


「あの者とは、どういう関係だ?」

「・・・」


何故そんなことを聞くのか。苛立ちで我を忘れている日番谷には思い浮かばなかった。


「――仲間だ」


今ならはっきりと言える。

仲間に頼れと言ったあの少年のことを、他の死神達のことを、胸を張って堂々と。

自分にとって、大切な仲間なんだと。

輛冰はジッと日番谷を見つめる。
そんな輛冰の様子に脉媛がハッと気づいたように顔を上げる。


(何・・・?あの輛冰・・・)


あんな輛冰、私は知らない――。


「澪尓、脉媛、氷渮。出ろ」

「はい」


返事をした澪尓と、輛冰が言うのと同時に踵を返した氷渮は、水の空間から出ていく。
しかし、脉媛だけは動かなかった。
いや、動けなかった。


「脉媛」


早く出ていけと促す様に言う輛冰に、脉媛は小さく首を横に振る。


(何よ・・・これ・・・?)


嫌な予感しかしない。

輛冰に手を伸ばそうとした脉媛は、ピクッと振るわせてからその手を引っ込める。

そして、何も言わずに俯いてその空間から出ていった。



.







「・・・」

「・・・」


三人が出ていった後、しばらく沈黙が続く。

日番谷は警戒するように輛冰を睨み続ける。

輛冰はゆっくりと日番谷に歩み寄った。


「死神など、私達にとっては恨みの対象でしかない」

「・・・」

「だが、お前からは私と同じ過去を感じた」

「――っ!?」


急に腕を引かれてストンと輛冰の腕の中に収まる。

あまりの突然の出来事に、日番谷は眼を見開いたまま動揺して抵抗しない。


「私は――・・・」

「・・・」


何かを言いかけた輛冰だが、そのまま何も言わずに口を閉ざした。

日番谷は思い詰めた表情で、ゆっくりと俯いた。


(何だよ・・・)


こいつは敵のはずなのに。

何故か悲しみが離れない。

こいつから滲み出ている過去の辛さと苦しみが、自分のそれとよく似ていて・・・

――拒絶、できない。



.




輛冰は日番谷を抱きしめたまま、ゆっくりと口を開いた。


「死神など、我々を苦しめるだけだ」


だから、死神を捨てろ。

そう言いかけたが、日番谷が全身の力を抜いたことに気づき、口を閉ざす。

沈黙が流れる。

俯いていた日番谷がゆっくりと口を開いた。


「俺は・・・死神だ・・・」

「・・・」


受け入れるわけでも、拒絶するでもなく、日番谷はただそう言った。

輛冰は、何も言わず日番谷を抱きしめる腕に、少しだけ力を入れた。

しばらくして、輛冰はゆっくりと腕を離すと、日番谷は体を支えるものが無くなってゆっくりと膝から崩れ落ちる。
輛冰は日番谷の体を支えると、水の塊の上に腰かけさせた。

困ったような表情で日番谷をジッと見つめた後、踵を返して水の壁へと姿を消した。


「・・・」


日番谷は輛冰が去った後も、しばらく呆然と地面を見つめていた。

死神である自分は、死神を恨む輛冰にとって敵であるはず。
何故、輛冰はあんなことをした?
何故、輛冰は死神代行の一護を殺しに行き、自分は殺さない?
何故、自分はここに居る?

いろんな疑問が浮かび上がっては消えていく。

そこまで考えてふと思う。


(黒崎・・・黒崎は無事だろうか・・・?)


霊力がなくてもわかる。
輛冰の霊圧は、隊長達のそれを遙かに上回ることを。

不安と困惑でどうすればいいのかわからない。




輛冰達がここに居る時点で、一護が負けたことは確実。

そして、あの澪尓という男は一護は死んでしまったと言ったが、それは定かではない。

現世には井上織姫がいる。
瞬盾六花でどんな重傷でも治る。

それはわかっているのに。

日番谷は強く拳を握りしめる。


(信じることが出来ない・・・!)


一護が生きてることを。

助かっていることを。

この目で見るまでは。


――どうすればいいんだろう・・・。









「うそ・・・!」


脉媛は、水の壁の前で輛冰と日番谷の様子を見ていた。

澪尓は「脉媛!」と窘めるが、脉媛の耳には入っていない。


(嘘よ・・・!なんで輛冰はあんなことしてるの・・・!?どうして・・・!?)


死神のことをあんなに憎んでいたのに。

こんな醜い能力を使ってまで、死神に復讐しようって言ってたのに。

どうして・・・!?


脉媛はフラフラと地面に座り込む。


「輛冰・・・!」

「どうした?脉媛」


不意に頭上から声をかけられ、バッと顔を上げる。
そこには、自分が愛して止まない――


「輛・・・――っ」

「・・・」


鋭い眼で睨まれ、脉媛は口を閉ざす。




『見ていたのか?』

『お前は今まで何をやっていた?』

『使えない仲間は切り捨てると言ったはずだが?』


輛冰が口を開かなくてもわかる。

頭の中に声が響いてくる。

輛冰の声が――。


「ごめんなさい・・・」

「・・・」


輛冰は何も言わずに脉媛を通り越して行った。

脉媛は俯きながら、下唇を強く噛みしめる。


――こんな能力要らないのに・・・。


人の声が聞こえる。

眼が合った瞬間、その人の心の声が聞こえる。

これが、忌々しい生まれた時から私に身についていた能力。

こんなものいらない。

人の心なんて、知りたくもない。

皆上辺だけで、直に人のことを騙そうとする。

だから極力使いたくなかった。

でも、好きな人ができると、そんなちっぽけな覚悟、直に崩されてしまって・・・

あの人は私のことをどう思ってるの?

あの人は今、何を思ってるの?

奥の奥まで知りたくて、使ってしまったこの能力。

いつも、絶望しか感じなかった。



.




「りょう・・・ひ・・・っ」


あれから泣いたことなんて一度もなかったのに。

この愛しい雨に紛れた涙が、頬を伝った。

突然、脉媛は強く拳を握りしめる。


「ゆる・・・さないッ・・・!!」


あの死神を。

あの子供を。

想い人と奪ったあいつを。


「脉媛」

「ッ・・・!?」


何故か怒ったような口調で自身の名を呼んだ澪尓に、戸惑いながら振り返った。

そこには、こちらを睨む澪尓の姿があった。


「な、何よ・・・?」

「勝手な真似はするなよ」

「――・・・どういうことよ?」


脉媛の問いに澪尓は何も答えず、脉媛に背中を向けて離れていった。

脉媛は、おそらく自分の考えに気づいた澪尓を睨みつける。

邪魔はさせない・・・!

絶対に――



.









ザアァァァァ―――・・・

雨。

昔はそんなに雨を求めていなかったのに。

今では依存するほど雨を欲している。

これも全て、死神の所為。

好きでこんなことをしているのではない。

死神に憧れ

死神になり

死神へ忠誠を誓った。

なのに、上層部はそれを裏切った。

掟とやらに縛られ、我々を裁いた。

我々は何もしていないというのに。

好きで、裁かれるような人間になったわけではないのに。

我々は、復讐を誓った。

尸魂界に

瀞霊廷に

死神に――・・・

しかし、予定外の事態が起きた。

あの銀髪の死神――

脉媛に言われずとも、彼が自分に似ていることなど直に気付いた。

あの死神に、死神でいてほしくない。

死神など、人を苦しめるだけだ。

この想いが何なのか、わからない。

ただ――もう、死神には渡したくない。

渡さない。

死神に戻らせるなど、決してさせない。

直にでも、死神を滅ぼさなければ――



.




「輛冰・・・」

「・・・どうした?氷渮」


珍しく口を開いた彼女は、輛冰の隣に立った。


「意外。死神に構うなど」

「そうだな・・・」


自分でも信じられない。

死神に未練などないはずなのに。

死神を恨んでいるはずなのに。


「あまり情を出すな。いつかはあの死神を殺さなくてはならない」

「・・・わかっている」


氷渮はジッと輛冰のその背中を見据えると、「そう・・・」と言って踵を返した。


(わかっている・・・)


死神など、生かしておいてはいけない。

しかし、今の自分にそれは出来るだろうか?

いや、あの死神を殺すことはできるだろうか?

少しずつ、雨が止んできている。

雲の厚みが薄くなってきている。

水の流れが、遅くなってきている。

全て、あの死神を見た時から。

復讐の心までも、無くなってしまうのではないかと恐怖すら覚える。

しかし――それもいいのかもしれない。

わからない。

あの死神が現れてから。

わからない。

この感情は?

心の闇が、浄化されていくような気分は。

わからない・・・



.





『輛冰!ようやく俺達、死神になれるんだな!』


『ああ。ようやく、夢が叶うんだ』


輝かしい未来を信じて、死んでも尚、幸せや楽しみを求めて死神になった。


『りょうひ~!あたしもあなたと同じ――隊に入ったわよ!』


『何だと・・・!お前はストーカーか!?』


『失礼ね!!ストーカーじゃないわよぉ!』


仲間とともに、大切なものを護ることに喜びを感じ、死神になったことを心から幸せに思った。

しかし――


『何故俺達が処罰されねばならないのですか!?』


『これは起きてなり。逆らうことは許されぬ』


『俺達は何もしてない!!何もしない!!』


『さっさと連れて行け!』


『俺達は死神に忠誠を誓ったんです!!決して死神を裏切ったりはしない!!』


――お願いします!!


死神はそんな我々を裏切り、処罰を与えた。


裏切られたのだ、我々は。


忠誠を誓った、死神に。



そんな過去が、脳裏にフラッシュバックした。




.








尸魂界・瀞霊廷。

見渡す限り、黒い大虚・メノスで埋め尽くされていた瀞霊廷は、漸く数が減り始めていた。


「漸く、減ってきたわね・・・」

「乱菊さん!」


呼ばれて振り返ると、蛇尾丸を右肩に担いだ恋次が駆け寄ってきていた。


「恋次、そっちはどう?」

「はい、今ルキアと出来る限り大虚を倒していますが、漸く数が減ってきたところです」

「そう。そっちもなの」

「ということは・・・?」


乱菊の「そっちも」という言葉に、恋次が訊き返すと、乱菊は無言で頷いた。


「こっちも漸く大虚が減ってきたところなのよ」


乱菊はそう言うと、まだ残っている大虚を仰ぐ。


「でも、まだまだ終わりそうにないわね」

「そうッスね」


二人は自身の斬魄刀を構えると、同時に飛び出した。




「初の舞、『月白』!」


天地に掛かる氷の柱に、一体の大虚が閉じ込められ、粉々に砕け散った。

ふぅ・・・とため息を吐いたルキアは、周りを見渡す。


「減ってきたのはいいが・・・何やら嫌な予感がする・・・」


こういう場合の嫌な予感は当たるものだ。
ルキアはもう一度ため息を吐くと、再び袖白雪を構える。


(何なんだ、この嫌な予感は・・・!)


強い不安を抱えながら、ルキアは袖白雪を振るった。



.








ザアァァァ―――・・・

止まない雨。

しかし、今ではその音は聞こえない。

その音がすることが、当たり前になっているから。


「・・・」


――『死神など、我々を苦しめるだけだ』


輛冰の言葉が頭を過ぎる。

日番谷はその言葉を否定できないでいた。


(俺は、大切な友を失った・・・)


独りだった自分に、普通に接してくれた大切な友達。

彼だけでなく、自分のたった一人の幼馴染さえも、死神の所為で傷ついた。

もしかしたら、輛冰の言う通りなのかもしれない。

けど、死神になって苦しい思いをした反面、死神になって良かったと感じることもある。

結局、何が正しいの変わらない。


「・・・はぁ・・・」


日番谷は深くため息を吐くと、水の壁を仰いだ。

雨の音は全く気にならない。

むしろ、雨が止んだ方が違和感があると思うだろう。

そう考える自分は、やはりもう尸魂界には戻れないのかと、そう思う。

不意に、気配を感じて視線を前に戻した。




水の壁から現れたのは輛冰だった。


「・・・」


輛冰は何も言わず、水の壁にそっと手を触れるとそこから水の壁に穴が空き、トンネルのようになる。

輛冰はジッと日番谷を見つめた後、静かにそのトンネルから出ていった。

日番谷は輛冰の行動の意図が掴めないまま、ふらつきながら水の壁を抜けた。




「――・・・」


見渡す限り、地平線の彼方まで雨が降っている。
不思議と絶望感はない。
なんとなく、予想はしていた。

この世界から、出ることは不可能だと。


「・・・あそこにずっといるのも疲れるだろう」


不意に輛冰がそう言う。

結局は出られないのだから、あの空間に居ても居なくても同じということか。
そう納得した日番谷は、何も言わずただジッとこの世界を見据えていた。

ここは何処なのか?

改めてその疑問が浮かび上がる。

尸魂界や現世とは近い場所にあるのか?

それとも、遙か遠い、抜けだせない場所に居るのか?

そんな様々な疑問が浮かび上がっては消えていく。
何故か、思い浮かんだ疑問が、どうでもいいかというように直に消えていく。
まるで、この雨に流されてしまっているみたいだ。

日番谷はゆっくりと天を仰いだ。

暗く、厚い雲に覆われた世界。

閉じ込められているというよりも、温かく抱きしめられている、という感覚がある。
まるで、あの時の輛冰のような――。




(どうしちまったんだよ・・・俺は・・・)


日番谷はそっと溜息を吐く。

今すぐに、この四人を倒してここから出る方法を考えるべきではないのか?

しかし、日番谷はその考えを打ち消す。


(それは不可能だ・・・)


今、自分には四人を倒す力がない。
返り討ちにあうだけ・・・。

しかし、本当はそんな理由じゃなくて――


(怖い・・・)


何が怖いのか。
どうすることが怖いのかわからない。

だが、輛冰達を倒してここを出て、死神達の所へ戻る。

その行動の何処かに恐怖を感じる。

輛冰達を殺すことに恐怖を感じているのか。

死神達のもとに戻れないかもしれないことに恐怖を感じているのか。

わからない。

こんな複雑な思いは初めてだった。


(止まない、雨・・・)


この雨に、いつまであたっていればいいのだろうか?

日番谷は天を仰ぎ、眼を伏せた。

仲間(みんな)は無事だろうか。

尸魂界は?

現世は?

世界は?

俺は・・・?

あの四人は・・・?

もう、わからない――




.




ここまで苦しくなるのなら、いっそ深い水溜りに嵌ってみようか。

重力に身を任せ、深く暗い水の中に身を沈めてみようか。

もう、抵抗力は残されていないのだから。


(黒崎・・・)


お前のことだから、俺のことを助けようと輛冰達に向かって行ったのだろうが、もう何もしなくていいから。

無事で――。








浦原商店。

布団に寝かされた一護の傍で、織姫はずっと一護の様子を見ていた。


「黒崎君・・・」


傷は完治させたものの、一護は未だ眼を覚まさない。

織姫は心配そうにため息を吐いた。

すると、後で障子が開く音が聞こえて、織姫はゆっくりと振り返った。


「変わろうか?井上さん」

「石田君・・・」


障子を後ろ手で閉めた石田は、織姫の向かい側に座った。

織姫は慌てたように「大丈夫だよ!」と無理したように笑う。


「あたし、まだ平気だから・・・!」

「・・・そうかい」


彼女が無理しているのは見え見えだったが、石田は一泊溜めて頷いた。

織姫はへへへと頭に手を置いて笑っている。

石田は呆れたようにため息を吐いた。


(全く、井上さんは相変わらずだな・・・)


一護のこととなると、いつもこうだ。
ルキアを助けに行った時、志波家で世話になった時もそうだった。

石田はもう一度ため息を吐くと、一護に視線を落とした。




「黒崎はまだ目覚めないのか・・・」

「仕方ないよ・・・すごい酷い怪我だったから・・・」


織姫は思い出す様に言って、悲しそうな表情をする。

一護の怪我は、命に関わるほど酷い怪我だった。
それに出血量も半端なく、あの時織姫が駆けつけてなければ本当に死んでいるところだったのだ。

石田は「そうだね・・・」と頷くと、織姫に視線を向けた。


「浦原さんもまだ目覚めてないんだ。夜一さんが言うには、浦原さんが目覚めないことには、黒崎を襲った奴のことはわからないらしい」

「そう・・・」


織姫はそう呟くように言うと、少しだけ俯いた。


「・・・黒崎君、早く眼を覚ますかな?」

「・・・」


織姫の問いに、若干戸惑い言葉を詰まらせた石田だったが、ゆっくりと頷いた。


「黒崎がそんな柔なわけないじゃないか」

「・・・そうだね!」


織姫は顔を上げて微笑んだ。

少しでも表情が軽くなったのを見て、石田は安堵したように頷いた。


(それにしても・・・)


一護にここまで負傷させる相手とは一体・・・

石田は眉根を寄せて表情を険しくする。


(相手にする敵は、とんでもない奴かもしれない・・・)


石田は、眼鏡の奥で眼光を鋭くした。




.






尸魂界。

ポツっと何かが頬に当たるのを感じて、乱菊は顔を上げる。


「・・・雨?」


ポツポツとそれは次第に増えていき、サアァァ――と静かな音を立てて、雨が降り出した。


「こんなときに・・・嫌な気分にさせないでよ」


乱菊はため息を吐くと、灰猫を持ち直した。


(この雨・・・)


不思議と不安が募っていく。

それも、自分のことや他の仲間のことではなく、自分の敬愛する日番谷のことの不安。

乱菊は斬魄刀を握る手が震えているのに気付いて、もう一方の手でバッと押さえる。


(何なのよ、もう・・・)


心配なら探せばいい。
不安ならそれをどうにかしようと動けばいい。

でも、自分にはこの尸魂界を護るという、副隊長としての義務がある。

その葛藤の中で、乱菊は完璧に油断していた。

ハッと気付いた時には、目の前は真っ赤に染まっていた。


(虚閃・・・!!)


しまった、と気付いた時には既に遅く、避けることが出来なかった。

乱菊はギュッと眼を瞑る。

しかし、いつまでたっても痛みはやってこなかった。


「何やってるんスか!?乱菊さん!!」

「ご無事ですか!?松本副隊長!!」

「恋次・・・朽木・・・」


ゆっくりと目を開けると、そこには心配そうにこちらを見つめる恋次とルキアの姿があった。




二人の姿を確認した乱菊は、軽く微笑んで「ありがとう」と言う。


「いえ・・・それよりどうしたんスか?ぼーっとして」

「・・・」


恋次の問いに、乱菊はため息を吐いてから自嘲気味に笑う。


「もう・・・情けないわ」

「乱菊さん?」

「松本副隊長?」


二人はどうしたのかと、首を傾げる。


「この雨・・・降りだした途端に、また隊長のことが気になっちゃってね・・・」

「・・・」


乱菊の言葉に、二人は黙り込む。

乱菊はゆっくりと天を仰いだ。


「心配で、今にもこんな虚達なんかほったらかして探しに行きたいのを、頑張って抑えてるのよ」

「乱菊さん・・・」

「でも、それじゃあ隊長が怒るでしょ?いつも見たいに「何やってるんだ松本!」って。いつもなら怒られてもそれが日常だから、どっちかというと嬉しいのに、今はそれがとても嫌なの」

「松本副隊長・・・」

「こういう時だからこそ、『優秀な副隊長』って思われたいのに・・・この有様よ。それが情けないってわけ」


乱菊はもう一度ため息を吐くと、二人に向き直った。


「ありがとうね、恋次、朽木。これからはもう油断しないから」

「は、はい・・・」


辛そうな乱菊に、二人は何も言えず、ただ頷くことしかできなかった。




乱菊はもう一度微笑むと、斬魄刀を構えて飛び出していった。

二人はそれを見送ると、視線はそのままでルキアは口を開いた。


「松本副隊長・・・やはり日番谷隊長のことが心配なのだな・・・」

「そうだな・・・」


恋次は頷いて、蛇尾丸を構える。


「乱菊さんがあんな頑張ってんだ。俺らも行くぜ!」

「・・・」

「ルキア?」


恋次は飛び出そうとしたが、ルキアが立ち止ったままに気づいて、足を止めて振り返る。


「・・・わたしも、松本副隊長と同じなのだ」

「どういうことだよ?」


ルキアは戸惑いがちに口を開く。


「この雨が降ってから、日番谷隊長のこと・・・それから、一護のことも気になって仕方がないのだ」

「一護?なんでだよ?」

「わからぬ。しかし、尸魂界だけの問題ではない気がするのだ」

「そうか?」

「このたわけ!!」

「痛ッ!!」


ルキアは恋次を思い切り殴ると、腕を組んで仁王立ちする。


「この異常事態に、尸魂界だけで収まってると思うか!?」

「ま、まぁそうだけどよ・・・」

「現世で何かあったのではないか。それを心配しておるのだ、わたしは」


ルキアはそう言うと、斬魄刀を構える。




「恋次、こっちが一段落したら現世へ向かうぞ!」

「わかったよ。早く片付けちまおうぜ」

「当たり前だ!」


ルキアと恋次は同時に飛び出した。


「破道の三十三、蒼火墜!!」

「狒骨大砲!!」


限界に近い体力を振り絞りながら、斬魄刀を振るっていく。

それでも頑張れるのは、大切な仲間が心配だから。

自分よりも、大切な仲間の方が苦しんでると思うから。

自分の苦しみなど、大切な仲間の苦しみに比べたら大したことないと思うから。


自分よりも大切な仲間の方を心配する。

自分はどうなってもいい。

死ぬほど苦しい思いをしてもいい。

大切な仲間が苦しむ方が、自分にとって一番つらいことだから。


昔からの望みを捨てても、守らなければならないものがある。

それは、人としての残された感情なのか。

復讐者として復讐以外に残された感情なのか。


それぞれの想いを胸に、まだ終わらない戦い。


護るための戦い。

奪うための戦い。


自分の為に。

人の為に。

この世界の為に。


戦う。




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イイネ!