Transmigration of the Cold Rain 時に消える蒼い涙



ザアァァァ―――・・・

雨の音が、耳から離れない。

何故?この空間は滝のような勢いで流れている水の壁に阻まれているというのに。

何故?一度も聞いたことのない、この世界の雨音を聞くことが出来るのか。

また、雨の音で眼を覚ました。


「ぅ・・・」


ゆっくりと目を開くと、睡魔に襲われる前に見ていた蒼い世界が見える。

滝の、水の壁の音がうるさい。

日番谷はゆっくりと身体を起こし、辺りを見回した。

そこに、輛冰達の姿はない。

――『・・・現世へ行く』

不意に輛冰の言葉を思い出し、現世へ行ったのかと思いだし納得した日番谷は、自分の寝ていた直方体の水の塊に腰かけた。

眠ったことで眠る前より体力の回復を感じるが、霊力の回復は感じられない。


この空間から出られないことは眠る前に確認済みだ。
態々無駄な体力消費をするより、どうやってここから出るかを考える。
それに――まともに体を動かせないのは、起き上って気付いた。

霊力がないことが、ここまで動けなくなるとは思わなかった。

日番谷は軽くため息を吐くと、改めてこの空間を見回す。

滝のような音を出し続ける水の壁以外に、この世界には何もない。
しかし、この立方体のような四角い空間を囲む水に、幻想的に思えた。

蒼い髪に蒼い瞳を持つ輛冰に、似ているとなんとなく思った。

日番谷はゆっくりと俯いた。


(今頃、尸魂界と現世はどうなってるんだ・・・?)


自分の知らないところで仲間が傷つき、倒れていく。
そんな光景、想像もしたくない。

日番谷は両手を強く握りめる。

何故自分だけがここにいるのか。

何故自分だげが傷つくこともなくこんなところに居なければならないのか。

何も出来ない自分に腹が立つ。

自分がいくら傷つこうとも何とも思わない。

けど、仲間が傷つくことだけはどうしても許せない。

それでも何もできない・・・。

両手両足に枷がついてるわけでもないのに、全ての自由が奪われた気がした――。




.







瀞霊廷・四番隊隊舎。

流魂街共に瀞霊廷は、見渡す限り大虚で溢れていた。

隊長達は、未だに眼を覚まさない。


「はぁ・・・」


自隊の隊長である卯ノ花烈の眠るベッドの前で、副隊長である勇音はため息を吐いた。


(隊長・・・)


卯ノ花が意識がない今、自分がしっかりしなければと頑張ってきた。
しかし、被害は増える一方で、人手が足りなすぎる。

勇音がもう一度ため息を吐いた矢先、病室の扉が開いた。


「姐さん!」

「清音・・・どうしたの?」


勇音が訊くと、不安げな表情で清音が駆け寄ってくる。


「姐さん!このまま浮竹隊長は眼を覚まさないの!?」

「わからない・・・卯ノ花隊長も眼を覚まさないし・・・」


言われて清音はベッドを覗いて俯いた。

病室は嫌なほど静かになる。

すると、不意に勇音が口を開いた。


「清音」

「?」


呼ばれて顔を上げると、勇音が優しげな微笑みを浮かべていた。


「姐さん?」

「頑張ろうね」

「――!」


そう言う勇音を見て、清音は強く頷いた。



.






同時刻。

外で戦っていた恋次達は、次第に追い詰められていた。


「くそっ・・・!!いい加減に、しろ!!」


恋次は次々と蛇尾丸を振るうが、次から次へと虚は襲い掛かってくる。

そんなときに、背後に迫る虚に恋次は気付かない。


「恋次!後だ!!」

「っ!?」


ルキアの声に後ろを振り返った恋次の目の前には、大虚の巨大な手。


(ヤベェ・・・!!)


避けきれない、と覚悟した恋次だったが、恋次に届く前に大虚の腕は下に落ちていった。

不思議に思って前を良く見てみると、長い槍のようなものが見える。
それを辿って見えたのは、


「一角さん!」

「よう、恋次!何やってんだお前は」


槍のような姿をした斬魄刀『鬼灯丸』を肩に担いで、ニヤリと笑って恋次を見下ろすのは、十一番隊・第三席の斑目一角だった。

恋次は「すんません」と謝りながら一角に駆け寄った。


「一角さん、今まで何やってたんスか?」

「・・・副隊長がしつこくてな」


十一番隊副隊長の草鹿やちるは、隊長の更木剣八が倒れたことで、騒ぎに騒ぎまくり、その被害を被ったのが一角だった。


「そりゃ、お疲れさまでした・・・」

「ああ・・・」


ハッキリとその光景を想像しながら、恋次は哀れむような眼で一角を見て言い、それにゲンナリとしながら一角は頷いた。

そこへ、もう一人近づいてくる。




「全くだよ。一角の所為で僕まで被害にあったんだ」

「弓親さん!」


声の鳴った方を振り返ると、疲れたような表情で『藤孔雀』を携えた一角の同隊・第五席の綾瀬川弓親が立っていた。


「何だよ弓親、俺の所為って!」

「一角が「逃げる気か弓親!」って僕を放さなかったじゃないか」

「だから弓親さんも居なかったのか・・・」


恋次は呆れたように呟いた。

そう話しているうちに、大虚が自分達を囲んでいることに気づき、三人は斬魄刀を構える。


「恋次!今まで散々楽しんできたんだ!ここは俺達に譲れよな!」

「言われなくとも喜んで譲りますよ!」

「じゃあ行くよ、一角!」

「ああ!」


二人は同時に大虚の群れに飛び込んで行った。

恋次はそんな変わらない二人の様子に笑みを浮かべながら、近づいてきた大虚達を斬っていった。








(隊長・・・)


乱菊は、大虚と戦いながら日番谷のことだけ考えていた。

あなたは今、何処に居るんですか?

あなたは今、無事でいるんですか?

あなたは今、苦しんでいませんか?

傍に居ないだけでここまで心配になるとは思わなかった。

副隊長なのに・・・

隊長が危ない目にあってるかもしれないのに・・・

何もできない・・・

それがとても辛い。




隊長がいない今、しっかりしないといけない。

わかっているのに――集中できない。


「松本副隊長!!」

「――!!」


ルキアに大声で呼ばれて、ようやく我に返る。

振り返ると、ルキアがこちらに駆け寄ってきていた。


「大丈夫ですか!?」

「え、ええ・・・大丈夫よ!」


心配そうなルキアに、乱菊は無理やり笑って誤魔化す。

納得できてなさそうなルキアだが、「そうですか・・・」と頷くと、近づいてきた大虚に気付いて袖白雪を構える。


「次の舞、白漣!」


氷の塊が大虚を襲う。

その様子を見て、乱菊は日番谷を思い出す。

ルキアの袖白雪より、厚く、強い意志が感じられる純粋な氷。


(隊長・・・!)


乱菊は目の前に迫る大虚を見据えて、灰猫を構えた。


「唸れ、『灰猫』!」


何があっても、助けに行きます――。


何も出来ないなんて、思いたくない。

思わない。



.








現世。

すっかり日が沈み、辺りは薄暗くなっていた。

そんな町中を歩いていた一護は、「クロサキ医院」と書かれた家の前で立ち止まって中へ入った。


「ただいま」

「あ!お帰り、お兄ちゃん!」


リビングからひょっこりと顔を覗かせた遊子が駆け寄ってきた。


「親父は?居ねえのか?」


いつもなら帰ってきて直に煩い声を聞くはずだが、今日はそれがないことに一護は遊子に聞いた。


「うん。今日は会合があるんだって」

「そっか」


靴を脱いだ一護は、そのまま部屋へ向かおうとする。


「お兄ちゃん、夕飯は?」

「悪い、今日は腹減ってねえんだ」

「駄目だよ、食べなきゃ!」


そう言って引きとめようとするも、「悪い」と一言行って、階段を上がっていってしまった。

心配そうに二階を見上げる遊子に、風呂から出てきた夏梨が気付く。


「どうした?遊子」

「お兄ちゃん、おなか減ってないんだって」

「ふうん・・・まぁ、腹減ったら下りてくるでしょ。心配することないって」

「うん・・・」







ガチャっと部屋の扉を開けた一護は、電気を付けずにそのままベッドで仰向けになる。


「・・・」


険しい表情でしばらく天井を睨みつけていた一護だが、やがて寝返りを打って目を閉じた。









ザアァァ―――・・・


雨。


地平線の果てには、何も見えない。


ひたすら続く大地に、降り続ける雨。


一護は、その何もない大地にポツンと立っていた。


(これは・・・?)


不思議と、歩いたり見回したりしてここが何処なのかと知りたいと思わなかった。

ただ、真っ直ぐに前を見つめて、その雨の中に何があるのか――そのことだけしか考えていなかった。


何分そうしていただろう。

暗闇に目が慣れてきたかのように、雨が薄くなっていく。


(・・・)


不思議に思いながらも、ジッと前を見つめる。


遠くの方に雨の中、佇む一つの影。


「っ――!!」


一護はハッとして、駆けだした。



今なら、今ならわかる気がする。


『っ・・・!』


静かに嗚咽を繰り返し俯いているのは、暗いこの世界でもその銀の髪を光らせている少年――


「とう・・・――!!」


近づこうとするも、雨が見えない壁となって行く手を阻む。


「くそっ・・・!!」


激しく降りだす雨。

まるで、あの少年に近づくなとでも言いたいかのように。


目の前に腕を翳し、その雨を避けながら一護は一歩ずつ進んでいく。

進めば進むほど、激しくなる雨。

しかし、今ここで諦めるわけにはいかなかった。


「とうし・・・!」

『・・・――?』


不意に顔を上げた少年は、ゆっくりとこちらを振り返る。


もう少しで・・・――!


「冬獅郎!!」と叫ぼうと口を開いた一護だtったが、ついに視界すらも雨に乗っ取られ、何も見えなくなった――。






.








「っ!!」


一護はパッと目を開けてガバッと起き上った。


「はぁっ・・・!はぁっ・・・!」


荒い息遣いで、窓の外を見る。

薄暗かった町も、今では闇に包まれ夜空と町には所々と光が見えていた。

一護は視線を自分の手に落とすと、先程の夢を思い出した。


(あれは・・・)


今朝見た夢と同じ、雨の中、一人の影が佇んでいて途切れてしまった夢。
しかし今朝と違うのは、そこに自分がいて、その影が――日番谷冬獅郎だったこと。

その夢が何を意味するのかがわからない。

もしかしたら、日番谷があの世界にいるかもしれない。

後もう少しで届きそうだったのに、届かなかった。

一護はため息を吐いた。


(冬獅郎・・・)


雨の中、何故泣いていたのか。

聞きたくても聞けない。

逢いたくても逢えない。

一護は強く、拳を握りしめた。




.







涼しい風が辺りを包みこむ。

暁の空に、遠く向こうから日の光が見えてくる。

朝早いこの時間は、出歩いている人も少ない。

そんな町の上空で、一人の男が日が出るのを待っていた。


「輛冰?」

「・・・」


不意に名を呼ばれて振り返ると、不思議そうな顔をした脉媛が首を傾げていた。


「何しているの?」

「・・・何かが起こる」


そう言って、輛冰は再び顔を日の光に向けた。

脉媛は輛冰の隣に立って、同じく日の光を見つめる。


「何かって・・・それは、私たちにとって良くないこと?」

「・・・」


脉媛のその問いに、輛冰は何も言わなかった。

脉媛は不安そうに輛冰を見つめるが、後から「輛冰様」と声の鳴った方を振り返った。そこにはこちらに駆け寄ってくる澪尓と氷渮の姿があった。

振り返らない輛冰の後で、澪尓が片膝を折った。


「いかがなさいますか?」

「・・・」


何も言わずに数歩前出た輛冰は、振り返らずに口を開いた。


「やるぞ」

「「「はい!!」」」


それを合図に、四人は四方向へ飛び散っていった。







ドォォオン!!!


「っ!?」


突然起きた爆発のような音に、驚いた一護はバッと起き上る。


「な、何だ!?」


一護は代行証を取り出すと、死神化して窓から飛び出した。





「澪尓!さっさとやりなさいよ!」

「うるさい、黙れ。俺はお前のように暴れまわる趣味はない」

「何ですって!?」


焔を纏った斬魄刀を握ったまま、脉媛は振り返った。


「あんた、本当にその斬魄刀の持ち主なの?信じらんない」

「俺が知るか」


そう突き放すように言うと、澪尓は空間を切り裂くように手を振り下ろすと、そこから虚が現れる。


「それ、氷渮の?」

「ああ」


澪尓は虚に手を伸ばして、手懐けるようにその頭に手を伸ばして優しく撫でた。

その様子に、脉媛はため息を吐く。


「ほんと、悪趣味よね」

「・・・」


澪尓は脉媛を無視して、虚に町を破壊するよう指示する。

虚が虚閃を放とうと口を大きく開いた刹那、一筋の閃光のようなものが見えたかと思うと、虚が真っ二つに切り裂かれて塵のように消えていった。


「「っ・・・!?」」




二人はあまりにも一瞬の出来事に驚いて目を見開く。


「何やってんだ、てめぇら」


突然、目の前に瞬歩で現れた橙頭の男に、澪尓と脉媛は眉を顰めた。


「誰だ、貴様は?」

「俺は、死神代行、黒崎一護だ!」


一護はそう言って斬月の切っ先を二人に向けた。


「今、何やってたんだよ」

「・・・」


黙っている澪尓に、脉媛が変わりに前に出て強い口調でいう。


「あんたに関係ないでしょ?何?死神代行って。正式な死神でもないのに、あたし達に関わってくんじゃないわよ」

「死神だろうと死神じゃなかろうと、自分の町が破壊されそうになってるてのに、黙ってられっかよ!」


一護は怒鳴るように言うと、斬月を構えた。


「お前らの方こそ、死魄装を着てるってことは死神だよな?なんでこんなことしてんだよ?」


こちらを睨んでくる一護に、澪尓はため息を吐いて「ふざけるな」と険しい表情で言う。


「俺達が死神だと?笑わせるな」

「どういうことだよ?」

「俺達は疾うに死神を捨てている。貴様のような曖昧な奴などに興味はない」


澪尓はそう言って、一護に背を向けた。


「・・・?」


逃げ出すのかと思い構える一護だが、不意に感じた二つの気配にバッと後ろを振り返った。

.




「どうしますか?輛冰様」


澪尓の言葉に、二人の気配――輛冰と氷渮はこちらに歩み寄ってきた。


「死神・・・代行か・・・――」

「誰だお前は」


一護は他の三人とは比べ物にならない程の威圧感に、警戒しながら輛冰と呼ばれた男を睨みつける。


「お前に言う必要はない」

「・・・」


一護は不意に日番谷のことを思い出す。

まさか、と思い口を開いた。


「お前ら、銀髪の死神を知ってるか?」

「――」


一護の言葉に輛冰がピクッと反応する。

わかりづらい反応だったが、一護はそれを見逃さず確信した。


「お前ら、冬獅郎をどうしたんだよ!?」

「・・・」


輛冰は真っ直ぐに一護を見据えたまま、何も言わない。

その様子に苛立った一護は、斬月の切っ先を輛冰に向けて脅す様にもう一度「どうしたんだよ!?」と叫ぶように言う。

すると、輛冰がゆっくりと口を開いた。


「貴様ら死神には一生手の届かない世界にいる」

「何っ・・・!?」


どこか現世や尸魂界の果てに連れて行ったのだろうと思っていた一護は、輛冰の言葉に驚いて目を見開いた。


「死神代行とはいえ、死神の能力(ちから)を持っていることは確か・・・。なら、貴様を殺さない理由はない」

「っ・・・!!」


輛冰の言葉に一護は斬月を構えた。


「お前達は手を出さなくていい」

「けど・・・」

「わかりました」

「・・・」


脉媛以外の二人は納得して瞬歩で少し離れた場所に移動した。

脉媛はチラッと輛冰を一瞥してから、「わかったわ」と言って二人同様瞬歩で別の場所へ移動した。




それを確認した輛冰は、静かに腰に挿してある斬魄刀をゆっくりと鞘から引きぬいた。


「さっきの男が言ってたけど、お前らは死神を捨てたんだよな?」

「・・・」

「それなのにお前は斬魄刀を使うのか?」


一護の問いに、輛冰は己の斬魄刀を一瞥したあと、視線を一護に戻して口を開いた。


「確かに、死神を捨てたかもしれない。私以外は」

「何っ・・・!?」


一護は眉を寄せてどういうことだ、と表情で問う。
輛冰は、未来を見据えるかのように顔を上げて口を開いた。


「私は、これから死神を捨てるのだ」

「どういうことだ?」

「この世界から、『死神』という存在その物を捨てる」


そう言うと同時に、輛冰の眼が鋭く冷たい眼に変わる。
その眼に多少の恐怖を覚えた一護は無意識に半歩下がった。


「この、世界から・・・?」

「しかし、それでは納得できない。だから・・・」


輛冰はゆっくりと斬魄刀の切っ先を一護に向けた。


「死神だけでなく、全て――世界を壊す」

「――!!」




途端に輛冰の霊圧が急激に上がる。

それは、奪われた隊長達の霊圧より、遙かに大きいものだった。

一護は、ガクンと膝を突きそうになったが、何とか踏み止まる。


「意味わかんねぇ・・・!なんで死神だけじゃなくて、世界まで壊そうとするんだよ!」

「死神が消えればこの世界も同時に消える。ならば、それを利用しようというのだ」


輛冰はバッと斬魄刀を、まるで刀身についた血を振り払うかのように振り下ろすと、突如鍔から水が溢れだし、その刀身を包み込む。


「貴様に、私の斬魄刀の名を教えるつもりはない」

「・・・!」


昔、恋次に『始解』と『卍解』について聞いたことがあった。

『卍解』を極めた者はその斬魄刀の解号を言わなくとも『始解』することが出来ると。

つまり、輛冰は卍解を得ているということだ。

一護は舌打ちすると、斬月を構えた。


「断言するぞ。貴様に私は一生倒せない」

「俺も断言するぜ。お前を倒して絶対冬獅郎を助け出す!!」


二人は同時に足場を蹴った。




.






ガキン!!

金属の交わる音が辺りに響き渡る。

輛冰と一護は、近距離で睨みあう。


「てめぇ、冬獅郎をどうする気だ!?」

「あの死神には人質になってもらう」


激しい音を立てて輛冰の斬魄刀を振り払った一護は表情を険しくする。


「何だと!?」

「困るのだろう?あの死神が死んでは」

「当たり前だ!!」


そう叫んだ一護は、瞬歩で輛冰の背後に回り込む。

席官クラスの隊士なら、ついていけないスピードだが、輛冰は背後に一護が来るのを予想していたかのように、スッと振り返り斬魄刀を振り下ろす。


「っ・・・!」

「まだまだ甘いな」


斬魄刀が振り下ろされる前に斬月を眼の前に翳して防いだものの、その威力は強く、後方へ大きく飛ばされる一護。


「ぐぁあ!!」


大きな音を立てて建物に激しく打ちつけられた一護は、よろめきながらも立ち上がった。


「くそっ・・・!」

「貴様のその霊圧・・・隊長格と同等かと思っていたが・・・その戦闘技術は席官クラス。見かけ倒しというわけか」


淡々と述べる輛冰に、一護は内心舌打ちをする。






(畜生・・・っ!思った以上に強ぇ・・・!)


一護は体制を整えると、再び輛冰に向かって行く。

輛冰はスッと斬魄刀を眼の前に翳す。
すると、その刀身を覆っていた水が、急激に溢れだし一護を襲う。


「何っ・・・!?」


一護は驚いて眼を見開き、慌てて瞬歩で遠くまで逃げるものの、輛冰の斬魄刀から離れた大量の水は、一護を追い続ける。


「チッ・・・!」


一護は舌打ちすると、追ってくる水の様子を見ながら、瞬歩で逃げ続ける。

輛冰は首だけ動かして一護を視線で追う。


「無駄だ。その水からは逃れることは出来ぬ」

「くそっ・・・!!」


一護は振り返って、追ってくる水を見据えると斬月を頭上に構えた。


「月牙天衝!!!」


勢いよく振り下ろした斬月から、光る斬撃が放たれ、それはそのまま追ってくる水へ直撃する。

しかし、一度二つに分裂した水は再び一つに戻り、一護に向かってくる。


「駄目か・・・!」


一護は踵を返すと再び瞬歩で逃げる。






「流石輛冰様ね!あんな蒲公英頭なんて直に殺しちゃうわよ!」


遠くから二人の戦いを眺めていた脉媛が、嬉しそうに声を弾ませる。

一方で、澪尓は険しい表情で、水から逃げ続ける一護を視線で追っていた。


「いや・・・あいつは侮れない」

「何ですって?」


「・・・いや、あいつは侮れない」




輛冰を貶されたと思った脉媛は、眉を寄せて澪尓を睨みつける。

しかし、そんな視線をもろともせず澪尓は続ける。


「あの男・・・今は確かに輛冰様より断然弱い。しかし、内に秘められている力が危なげに思える」

「どういうことよ?輛冰様よりあいつの方が強いってこと!?」


不満げに澪尓の詰め寄る脉媛に、澪尓は嫌そうに脉媛を睨みつける。


「あの男から虚の気配を感じる」

「え!?」


澪尓の言葉に、脉媛は眼を見開く。

その後ろで氷渮は無表情で二人の会話を聞いていた。


「どういうこと?死神から虚の気配を感じるなんて・・・!」

「さあな、俺にもわからん。だが、あの男の中に虚がいることは間違いない」


澪尓はそう言って再び一護に視線を向ける。

死神から虚の気配を感じるなど、前代未聞だ。
しかも、あの男は正式な死神ではなく、人間である。

澪尓は表情を険しくした。


(あの男・・・一体何者だ?)


しかしそう考えて澪尓は首を横に振った。

何も不思議に思うことじゃない。

自分達もあの男と同類ではないか。

死神のくせに、死神とはかけ離れた能力を持っている。

特に自分は――


「じゃあ、あの男、少しあんたに似てるかもね」


だって、あんたは虚を手懐けることが出来るんだもの。


――死神のくせに、虚と対話する能力(ちから)を持っていたのだから。




.








「諦めが悪いな、死神」

「そう簡単に、諦めてたまるか!!」


一護はそう怒鳴り返しながら、逃げ回る。

何度月牙天衝を放っても元に戻ってしまう水に、打つ手がない一護は、逃げ回りながら輛冰に攻撃する機会を窺っているのだが、何とか輛冰を攻撃してもスラリとかわされてしまうのだ。

こんなとき鬼道が使えればと思うが、自分には鬼道の素質がないことを昔思い知らされたので、今更使えるようになろうなどと思わない。

しかし、このままでは埒が明かない。

そう考えに耽って、辺りに警戒心を配れなかった一護は、ハッと眼の前に迫ってくる水に気付いた。


「しまった・・・!!」


そう思って身を翻した時にはすでに遅く、手に少し水が触れてしまった。
その刹那――


「うぁあああ!!!!」


高圧電流に触れたように体に電流が走り、一護は叫ぶ。

電流が体から無くなると、一護は地面に吸い込まれるように落ちていく。

それを輛冰は冷たく見下ろす。


「油断する暇は、与えないぞ?」


ドサッと地面に叩きつけられた一護は、腕を震わせながらゆっくりと起き上ろうとするが、ガクッと再び地に這いつくばってしまう。


「く・・・くそ・・・っ!」


一護は輛冰を睨み上げる。

輛冰は無表情で一護を見据えると、ゆっくりと口を開いた。




「絶対に、あの死神を助けるのではなったか?」

「――っ!!」


輛冰の言葉にピクッと反応した一護は、今朝見た夢を思い出す。

冷たい雨の中、泣いていた日番谷。

何があったのかはわからない。

それでも、自分が助けに行かなければ。

一護は、痛む体を無理やり起こして、斬月を地面に突き刺し、ゆっくりと立ち上がった。


「何、あいつ!しぶといわね!」

「・・・」


苛立ちを露わにする脉媛。
一護をジッと見据える澪尓。
興味無さそうに眼を伏せている氷渮。


「もう、終わりか?」


輛冰は、挑発するように言葉を発した。

一護は輛冰をギッと睨み上げると、足に力を込めて、ダンっと地面を蹴った。


「うぉおお!!!」


力の限り、思い切り斬月を振り下ろす。

斬魄刀も構えていない輛冰は、少しだけ眼を見開いた。


(やったか!?)


そう思った刹那、腕に衝撃が来る。

あの瞬間で、輛冰は斬月を己の斬魄刀で受け止めたのだった。

しかし一護は諦めず、霊圧を上げていく。


「卍解!!」


卍解して、死魄装と斬魄刀の形が変わるのと同時に、一護は斬月に極限まで霊圧を込める。





流石にマズイと感じた脉媛と澪尓は身を乗り出した。


「「輛冰様!!」」

「・・・」


氷渮は静かに眼を開いた。

一護は腕に力を込めて、この至近距離で再び斬月を振り下ろした。


「月牙天衝ぉおお!!!」

「っ・・・!」


大きくて黒い斬撃が、輛冰を襲う。

辺りに、砂煙が立ち込めた。


「輛冰!!」

「輛冰様!!」


脉媛が慌てて輛冰の居た場所に、そのあとを澪尓が追うようにして、駆け寄った。

しかし、砂煙で輛冰の安否が確認できない。


「輛冰!!!」

「輛冰様・・・!」


脉媛は冷静になれず、辺りをキョロキョロと見渡すが、輛冰の姿はない。


「はぁっ・・・!はぁっ・・・!」


大きく肩で息をする一護を脉媛は睨みつけながら、己の斬魄刀を構えて向かって行く。


「許さない!!!」

「待て!脉媛!!」


澪尓の制止に、脉媛は舌打ちして振り返った。


「何よ!?」

「取り乱すな、脉媛。輛冰様がこの程度の力でやられるわけないだろう」


あんたも取り乱してたでしょーが、と文句を言いながら、輛冰がいた場所を振り返った。


「っ――!!」


一護はハッとして砂煙が立ち込める方向を見つめる。

確かにそこには一つの人影があった。



砂煙の中から出てきた輛冰は全くの無傷だった。

その光景に、一護は大きく眼を見開く。


(う、嘘だろ・・・!!)


自分の全霊力を集めて打った月牙天衝が、全く傷をつけられていないなんて。

そんな絶望で油断していた一護を切り裂くことなど、輛冰にとっては造作もなかった。


「二度も油断するなど、殺してくれと言っているようなものだぞ?」

「っ・・・!」


気付いた時には、肩からわき腹まで一本の傷が出来ていて、そこからドバッと血が溢れていた。

赤と青の水滴の向こうに、冷たい表情でこちらを見据える輛冰の姿が見えた。


「貴様に・・・あの死神を助け出すことはできん」


その言葉が深く頭に残ったまま、一護は意識を失った。

ドサッと、自分の体が地面に叩きつけられた音を聞いたような気がした。






「殺してないよ?輛冰」

「・・・」


脉媛が不満そうに聞くが、輛冰は身を翻してその場から離れていってしまった。

脉媛は殺意を込めた眼で一護を睨んだ後、輛冰の後を追う。

氷渮も、ゆっくりと後を追って行く。

澪尓は、一度振り返って一護を視界に入れる。


(おそらく、死ぬだろう・・・)


そう思ってため息を吐くと、澪尓も三人の後を追った。


地面に倒れた一護の周りは、赤い水溜りが出来ていた。



.






ヒュ――――・・・

風を切る音が聞こえる。

それは止むことなく自分の鼓膜を振るわせている。

脉媛はチラッと輛冰を見た。

無表情で何を考えているのかわからない。

しかし、いつもと様子が違うのは明らかだった。


(ホントは・・・このチカラは使いたくないんだけど・・・)


そう思いながら、輛冰の横に並んで両目で輛冰の片目を見る。
いつもならこの気配に気づくはずの輛冰が、今はそれがない。

やはり様子がおかしいと、脉媛は瞳孔を広げた。


「・・・輛冰、何を怒ってるの?」

「・・・」


脉媛の問いに、輛冰はチラッとこちらを一瞥しただけで、何も言わない。

その態度に、脉媛は悲しげに言葉を震わせる。


「どうして、あの死神を助けようとするあの男に苛立っているの?」

「・・・」


単刀直入にそう聞いても、輛冰は脉媛に視線も合わせず口も開くことはなかった。


(どうして・・・?)


――どうしてそんなに、あの死神のことを気にかけているの?


ジッと輛冰を見つめる脉媛の後で、氷渮が何かを考えるような表情でその様子を見ていた。





.





「霊圧が消えた!?」


石田は、住宅地を全力で走り抜けながら、四つの霊圧が消えたことに眼を見開いた。

そして、もう一つ――一護の霊圧が弱くなっていることに舌打ちする。


(何やってるんだ!?黒崎!!)


石田は走るスピードを上げた。



荒い息を吐く中で最初に見たのは、尋常じゃない血の量を流している一護の姿だった。

石田は慌てて駆け寄ってその体を揺する。


「おい!黒崎!起きろ!!」


全く反応がない。

早く治療しなければ死に至ることは間違いなかった。

そう思って織姫を呼ぼうと立ち上がった石田だったが、「石田君!黒崎君!!」と言う声に振り返った。


「井上さん!早く!!」

「うん!!双天帰盾!!」

言いながら駆けてくると、織姫のヘアピンから二つの光のようなものが飛び出し、ラグビーボール状の光が一護の体を包み込んだ。


「ふぅ・・・」


織姫は安堵のため息を吐くと、その光に手を翳した。


「すまない、井上さん・・・」

「ううん!当たり前のことだもん!」


織姫は困ったような表情で笑うと、再び視線を一護に落とす。


「黒崎君・・・」

「・・・」


みるみる血の跡も傷も無くなっていくが、顔色が悪いのは明白だった。

織姫は辛そうに表情を歪める。





「もっと早く駆けつけてれば、黒崎君は・・・」

「井上さん・・・」


何と言っていいのか分からず、石田はやるせない表情で織姫を見つめる。

暗い空気になってしまったことに気づいた織姫は直に明るい表情になる。


「ごめんね!黒崎君は必ず治すから関係ないもんね!」


そう言って笑うが、無理して笑っていることに石田は気付いていた。

「そうだね・・・」と頷いた石田は、天を仰いだ。


(あの霊圧は尋常じゃなかった・・・。黒崎は途中で卍解もしていた。しかし結果はこの有様・・・)


一護が卍解して勝てないのなら、自分達が挑んだところで勝ち目はないだろう。

そして今、瀞霊廷の隊長達は霊圧を奪われ眠っているという・・・。

勝ち目はあるのか・・・?

そんな思いが頭を過ぎるが、石田は首を横に振った。


(弱気でどうする・・・!あいつらは現世をも破壊しようとしてたんだぞ)


そう自分に叱咤するように思うと、一護を浦原商店に運ぶため、茶渡が来るのを待った。




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イイネ!