Desperate Future 孤独の中で生きる二人
一番隊隊舎・隊首会議場。
【一】と書かれた扉がゆっくりと開く。
室内に入ると、一番最初に声をかけてきたのは浮竹。
「やぁ、日番谷隊長。無事だったんだね」
「色々と面倒なことになったねぇ」
後からやって来た京楽が言う。
日番谷は「そうだな・・・」と頷いて、定位置に付く。
いつもと違う様子の日番谷に、浮竹と京楽は顔を見合わせた。そしてもう一度日番谷を見てみると、俯いていて表情がわからなかった。
ガッ!
いつの間にか来ていた元柳斎が、床に杖をつく。
浮竹と京楽も日番谷と同じく定位置についたのを見て、元柳斎は口を開く。
「これより、緊急隊首会を行う。今日は二つの件について報告しようと思う。一つは旅禍の侵入について。もう一つは―――」
元柳斎の口から出た次の言葉は、皆を驚愕させるものだった。
「―――死神代行・黒崎一護の死について」
日番谷は唇をかみ締め、拳を震わせている。
他の隊長達は一護の霊圧が消えていた―――死んでいたことに全く気付いていなかったようで、眼を見開いている。
「どういうことですか!?元柳斎先生!!」
浮竹は動揺を隠し切れず一歩踏み出してそう叫ぶが、
「それをこれから話すと言っているのじゃ」
と、静かだが有無を言わせない口調で言われ、黙って定位置に戻る。
「まず旅禍についてじゃが、正体はまだ小さい子供らしい。だが油断してはならん。少なくとも我ら死神を操っているのじゃからな」
「現在七番隊では隊士の四分の一が敵によって操られております」
元柳斎の言葉に狛村が続けて言う。
「操られている者の対処法はまだわからん。だがこのままにしておくつもりもない。至急旅禍を捕らえるのじゃ」
そこで一泊置いてから元柳斎は口を開く。
「そしてもう一つ。黒崎一護の死についてじゃが―――日番谷隊長」
他隊長の視線が日番谷に集まる。
予測していたことなので、日番谷は大して動揺することなく「はい」と返事をする。
「おぬしから詳しく話してもらおうかの」
「―――わかりました」
そう言うと一歩前へ出た。
「旅禍が言うには、黒崎一護を殺した理由が「自分にとって一番の危険人物」らしいです。旅禍は斬魄刀らしき刀を持っており、その能力は花弁一枚一枚を刃に変えて敵に放つものでした」
「花を刃に・・・?」
卯ノ花が繰り返して問う。
それに頷いた日番谷は報告を続ける。
「旅禍の目的はわかりませんが、あの時共に居た俺を殺さなかったということは、仮にもあの時の狙いは黒崎一護のみだった、と考えられます」
「おい。テメェは一護が死にそうだったってのに何もしなかったのか?」
更木が日番谷を睨みながら言う。更木にとって一護は「強い奴」で、その一護を自分が殺せなくなってしまったことに腹を立てているのだろう。
日番谷は更木のその言葉に、若干視線を下げる。
「言い訳になるかもしれないが、旅禍の能力で動きを封じられてしまい、それを破ることができなかった」
「全く情けない話だネ。それじゃあ君が黒崎一護を殺したことと同じじゃないかネ?」
涅が悪態をつく。浮竹がそれを注意しようとするが、「ああ・・・」という日番谷の声に開いた口を閉ざす。
「俺に黒崎を護れるほどの力がなかったのは事実だ」
まるであのときの光景を思い出しているかのように目を閉じて言う。
日番谷の気持ちがどれだけ辛いか、わかりたくてもわかってあげられない。浮竹何と声をかけていいのかわからず、黙ることしか出来なかった。
重い空気が漂う中、京楽も浮竹と同じ気持ちだったのか、口を開く。
「まぁ、彼が死んじゃったのはショックだけどさ。今更話し合ったことで彼が生き返るわけじゃないんだし、・・・もういいんじゃないの?」
京楽は皆、主に更木と涅に言う。
二人は拗ねた子供のように眼を逸らすと、ようやく空気が軽くなったのと同時に元柳斎が口を開く。
「そう、黒崎一護が生き返ることはないのじゃ」
『黒崎一護が生き返ることはない』
その言葉が日番谷に重く圧し掛かる。
「今は奴の死を無駄にしないためにも、一刻も早く旅禍を拘束することが先決じゃ」
旅禍――ー
『望みを叶えるために、僕はなんだってする。それが、この世界を滅ぼすことになっても。それが―――君を殺すことになっても』
「これにて、隊首会を閉会する」
黒崎―――
「日番谷隊長」
名前を呼ばれ、振り返ると浮竹と京楽沈痛な面持ちで自分を見ていた。
「・・・なんすか?」
感情がない。まるで操られていた隊士達のようだ。そういわれてもおかしくないような顔の日番谷に、浮竹は一瞬臆するが、ゆっくりと口を開いた。
「君の所為ではないよ」
「・・・」
その言葉に日番谷は口を閉ざしてしまう。
「気にするな、とは言わないけど、責任を感じることはないと思う」
京楽はそう言って日番谷の肩に手を置く。
日番谷はその二人の優しさを避けるように頭を下げると、そのまま背を向けて隊首会議場を出て行った。
二人はしばらくその小さな背中を見守っていた。
「・・・」
乱菊達の元へ向かう日番谷は、先ほど浮竹に言われた言葉を思い出した。
『君の所為ではないよ』
そう言われたところで、心が軽くなるわけがない。自分を励まそうとしてくれていることは嬉しいが、自分の責任だと感じずにはいられない。
『君が黒崎一護を殺したことと同じじゃないかネ?』
涅に言われた言葉。
そんなことはわかっている。ただ―――
『黒崎一護が生き返ることはない』
自分がどんなに憎まれようとも、かまわない。だが、この事実だけはなんとかしてほしかった。
黒崎一護の死、だけは―――
「隊長!」
その声に我に返った日番谷は慌てて顔を上げる。
「松本・・・」
「隊長、大丈夫ですか?私たちに気付かないでそのまま通りすぎちゃうところでしたよ?」
「そうか・・・すまなかった」
「日番谷隊長」
呼ばれて振り返ると、花を抱えたルキアが微笑んでいた。
「行きましょう」
双殛の丘へ―――。
日番谷はルキアの表情を見る。
一護の死で辛いはずなのに、笑っている。
それでも、無理をしているのはすぐにわかる。
自分はどれだけ周りを苦しめれば気が済むのか。
「ああ、そうだな」
せめて、償いをさせてくれ。
***
サァァ―――・・・
あの時のような風が吹く。だが、心地よい気がしない。
目の前にあるたくさんの墓石が、二人をそんな気分にさせるわけがなかった。
『草冠宗次郎』
そう書かれた墓石の前に来ると、日番谷は歩みを止めた。ルキアも立ち止まる。
しかし、日番谷はチラッとそれを見ただけで、また歩き始めた。
ルキアはその背中を見つめる。
彼は、どうしてここまで大切な人の『死』を感じなければいけないのか。
いや、自分もそうかもしれない。
大切な上司を自分の手で殺した。
彼も、大切な親友を殺した。
自分はそうは思わないが、彼はきっとそう思っているに違いない。
自分達は、どこか似ているのかもしれない。
「朽木?」
「あ、すみませぬ!」
日番谷に呼ばれ、我に返ったルキアは花を抱えなおして小走りで日番谷のもとへ向かった。
ルキアが追いついたのと同時に、日番谷は背を向け歩き始めた。
(この小さな背中で、一体どれだけのものを抱え込んでおられるのだ)
それは、自分には到底理解できないほど、辛く、苦しいものなのだろうな。
「ここにするか」
「はい」
そう言って、空いていた墓石の横に抱えていた花を置いた。
「隊長・・・」
乱菊は暗い表情のまま呟く。
「乱菊さんが暗いんじゃ、日番谷隊長はもっと暗くなっちゃうっすよ?」
それを見た恋次は呆れた顔で言う。しかしそれは、恋次なりの励まし方だった。
乱菊はそんな恋次に「そうね」と言って、微笑んだ。
「あたしがしっかりしないと、隊長すぐダメになっちゃうんだから!」
「あなたにそれを言われちゃあ、日番谷隊長はおしまいっすよ」
「それどういう意味よ」
やっといつもの調子に戻ってきたことに、二人は笑った。
しかし、瞬歩で現れた目の前の人物を見て、それはすぐに止まった。
「修平!?」
「檜佐木先輩!?」
二人が驚いたのは無理もない。
檜佐木は、二人に自身の斬魄刀・風死を向けていたのだから。
「ちょっと!なんのつもり!」
「檜佐木先輩!どうしちゃったんですか!?」
しかし、何を言っても檜佐木は虚ろな目で二人を見据えているだけだった。
「乱菊さん、これは・・・」
「ええ・・・あのときの隊士達と同じ様子ね」
首謀者と思われる子供が言った、「操り人形」。それに檜佐木もなってしまったというのか。
檜佐木の斬魄刀は既に始解しており、黒い二本の鎌が鈍く光っている。
二人はこちらも始解しようと抜刀するが、その前に檜佐木が斬りかかってきてそれはかなわなくなる。
「修兵!いい加減に眼を覚ましなさい!」
「檜佐木先輩!!」
二人の言葉をまるで聞こえていないかのように無視して、再び斬りかかる。
回転する鎌は、休むことなく二人に襲い掛かる。
「くっ・・・!」
「どうすりゃいいんだ・・・!」
仮にも相手は自分たちと同じ副隊長。今まで戦ってきた普通の隊士達とは違い、一筋縄ではいかない。
「っ!!」
襲ってきた鎌をギリギリでかわす。しかし、その弾みで体勢を崩してしまった。
「恋次!!」
漆黒の鎌が、恋次を襲う。
その頃、一護の墓石を立てていた日番谷とルキアは、全ての作業が終わり、ルキアの希望で一護が死んだ場所―――双殛の丘に来ていた。
「・・・」
「・・・」
二人は何も言わず、ただその場でじっとしている。日番谷と一護が、最後に言葉を交わした場所で。
あの時見たこの景色は、心を穏やかにさせてくれた。しかし、今見ているあの時と同じこの景色は、一護が死んだときの苦しさと辛さしか出てこない。
あの時の、後悔とともに―――。
「日番谷隊長・・・」
ルキアは戸惑いがちに声をかける。
しかし、日番谷の表情は俯いていてよくわからない。
再び沈黙が流れる。
ルキアがどうしようと困っていると、日番谷がゆっくりと口を開いた。
「すまなかったな・・・朽木」
「え・・・?」
それはどういう意味か尋ねようとしたが、それを拒むように日番谷が背中を向けてしまったので、聞くことが出来なくなった。
(日番谷隊長・・・)
聞かなくてもなんとなくわかったルキアは、ただ、その背中を見つめることしか出来なかった。
「っ―――!!?」
「唸れ、灰猫!!!」
乱菊の斬魄刀の刀身が灰に変わって、檜佐木に襲い掛かる。
それに気づいた檜佐木は慌てて避ける。
「っ・・・!乱菊さん!」
「大丈夫、恋次!?」
スタッと恋次の隣に着地した乱菊は、そう言いながら檜佐木に切っ先を向ける。
「恋次。ここから先は本気で行かないとこっちが危ないわ。あんたも始解しなさい」
「え・・・!?でも・・・!」
「いいから、さっさとする!!」
「は、はい!!」
乱菊の背後に黒いオーラが見え、恋次は恐怖に怯えながら始解をする。
「咆えろ!蛇尾丸!!」
恋次が私解したのを見ると、乱菊は視線を檜佐木に戻す。
「行くわよ!恋次!!」
「はい!」
その言葉を合図に、二人は同時に檜佐木に斬りかかった。
檜佐木は無表情のまま、二人を見据えている。
「うおおおお!!!」
先に恋次が切りかかる。
檜佐木はそれを瞬歩でかわしたが、その背後を乱菊にとられる。
「これで・・・終わりよ!!」
(修兵・・・あんた一体、どうしちゃったの?)
乱菊はそう思ってから、子供の言葉を思い出した。
『鬼は・・・そこにいる僕の操り人形達だ!』
(操り人形・・・?それは一体どういうことなの?)
『七番隊の隊士数名が、他死神に襲い掛かっているらしい』
『あのときの隊士達と同じ様子ね』
(操り人形・・・あの時と同じ・・・)
何かがわかりそうになったとき、一際大きな爆発が起きた。
その場所は―――双殛の丘。
「朽木!!!!」
「っ―――!!!」
大きな火の玉がルキアを襲う。
日番谷は瞬歩でルキアの隣に移動すると、その体を抱えて火の玉を避ける。ある程度距離をとって着地するとルキアを降ろして上空を見る。
そこには、一護を殺した子供が、ニヤッと笑いながら二人を見下ろしていた。
「貴様は・・・!!」
「やぁ、また会ったね。お二人さん」
「・・・」
驚いて目を見開いているルキアとは裏腹に、日番谷は黙って俯いている。
そんな日番谷にクスッと笑うと、子供はゆっくりと地面に降り立った。
ルキアは警戒して自らの斬魄刀に手をかけている。
「さて、と・・・」
そう言って未だに俯いている日番谷に視線を移す。
「いつまでそうやっているつもり?あの人を殺した僕を恨んでいるんでしょ?僕を殺しに来ないの?」
そう挑発しても、日番谷は俯いたまま動かない。
「それからね。今回、また君の前に現れた理由はね―――そこの彼女を殺しに来たんだ」
「―――!!」
子供のその言葉にビクッと反応する日番谷。それを見て子供はニヤッと笑って、ルキアに歩み寄る。
「・・・!」
「喜べよ?君はもうじきあの世に居るあの人に会えるんだから」
ルキアは「くっ・・・!」と顔をしかめて警戒しながら、一歩一歩子供の歩幅に合わせるように後ろに下がっていく。
「そう怯えんなって。君もあいつと同じように苦しまないで殺してやるから」
「ふ・・・ふざけるなっ!!!」
そう叫んで抜刀し、子供に斬りかかるが、
「伏せろ、朽木!!!」
と言う声に反応して素早く伏せると同時に、自分の頭の上を巨大な炎の塊が通り過ぎていった。
それは、子供の使った物よりも上回る鬼道。
「・・・日番谷隊長・・・!」
日番谷の方を振り返ると、日番谷はかつてないほどに眉間に皺を寄せて、ルキアの先―――子供が居る方を見据えている。
ルキアは日番谷の視線を眼で追って、子供の方を見ると、
「な、んだと・・・!」
子供は傷一つ付いていないまま、平然と立っていた。
「あの程度の攻撃で、僕を殺そうとしたの?それとも、アレが限界?」
子供はクスクスと笑いながら日番谷を見ている。
ルキアは驚愕で目を見開いた。
(あの程度だと・・・!?アレは、食らえば確実に大怪我を負うほどの威力だったはずだ)
鬼道に長けているルキアは、日番谷の撃った鬼道がどれほどの威力か正確にわかる。
さすが隊長格。というほどの威力。
あの速さからして、詠唱破棄をして撃ったのだろうが、それでも凄まじい威力だった。
(それをまともに食らって傷一つないだと・・・!)
ルキアは自分より遥かに小さい子供に、恐怖を感じた。
「・・・朽木」
「っ!は、はい・・・!」
いつもより低い日番谷の呼びかけに我に返ったルキアは、慌てて返事をする。
「・・・下がってろ」
「え・・・。しかし・・・!」
ルキアは一人では無理だと戸惑うが、日番谷はもう一度口を開いて、
「いいから、下がってろ」
「は・・・はい・・・」
有無を言わせない口調で言われ、ルキアはおとなしく返事をして、慌てて立ち上がり日番谷の後方へ瞬歩で移動した。
それを確認すると、日番谷は子供に向き直る。
「へぇ~。もうこれ以上仲間は殺させない、って?」
「・・・てめぇの目的は何だ?」
子供の問いかけを無視してそう問う。
「またぁ?それ前も聞かれたんだけど。・・・まぁ、君になら教えてあげてもいいかな」
そう言うと瞬歩で日番谷の背後に移動する。
「くっ・・・!!」
迫ってくる刃を慌てて氷輪丸で防いだ。
「それだよ。僕の目的は」
「何・・・!?」
子供はニヤッと笑うと日番谷の耳元に顔を近づけ、
「その―――氷輪丸だ」
「っ―――!!」
ガキンッ!!
子供の刀を弾くと、距離を置いて着地する。
切っ先を子供に向けて構えると、日番谷は子供の言葉を反復する。
「氷輪丸・・・だと?」
「そう。その刀が欲しいんだ」
子供はゆっくりと日番谷に歩み寄ってくる。
「なら、何故黒崎を殺した!?初めから俺を狙えばよかっただろうが!!」
「僕はその刀も、君も汚したくないんだよ。いずれ僕の物になるというのに、君を殺しちゃ意味がないだろ?」
「てめぇ・・・!!」
日番谷は怒りを露にして子供を睨みつける。
一方ルキアは、ここまで怒っている日番谷を始めて見て驚いていた。
(余程、一護の死が重く感じていらしたのだろな)
それはそうだと思う。
自分の目の前で殺され、しかも自分は敵に捕まっていて何も出来なかった。
何も―――。
それが、どれだけ辛いかルキアは知っている。
以前、自分の上司がそれと同じような形で死んでいったのだから。
ルキアは下げていた視線を上げて再び日番谷を見る。
(日番谷隊長・・・)
日番谷は今もなお、子供を睨みつけている。
子供はそんなこと何とも感じていないらしく、ニヤニヤと笑っている。
「そんなに睨みつけたって、彼が生き返ること無いし、僕だって死なない。そんなことしているより、早くそれを解放して僕を殺しにきなよ。時間の無駄だ」
「・・・」
日番谷の拳は怒りで震えている。
しかし、始解する気はないのか、氷輪丸は持ったままでいる。
てっきり怒りに任せてすぐにでも解放すると思っていた子供は、だんだんと苛立ってきていた。
「・・・!!!なら、無理やりにでも始解させてやるよ!!!」
そう言うと子供は瞬歩でルキアの背後に異動する。
「なっ・・・!」
「こいつを殺せば、お前は始解するんだろう?」
子供はルキアの頭目掛けて刀を振り下ろす。
「止めろ!!!!」
間に合わない―――。
「散れ、千本桜」
「っ―――!?」
突如目の前に現れた桜の花弁に驚いた子供は、慌てて後方に飛び下がる。
「誰だ!?」
「兄様・・・!」
ルキアの視線の先には、刀身が消えた千本桜を持っている朽木白哉の姿があった。
白哉は自分を睨みつけている子供を見据えながら、日番谷の隣まで歩み寄った。
「朽木・・・隊長・・・」
「日番谷隊長。あやつがこの騒動の黒幕か?」
そう言う白哉の視線の先は、予想外だったのか突然白哉が現れたことに驚いて目を見開いている子供がいる。
「あ、ああ・・・」
「そうか・・・」
それだけ言った白哉は、瞬歩で子供の背後に移動する。
「なにっ・・・!?」
あまりの速さについていけなかった子供は驚愕する。
「貴様のような子供に、あの黒崎一護が殺られたなど・・・信じられんな」
「くっ・・・!」
子供は少なくとも手強いと感じた白哉と距離をとるため、一歩後退る。
そして警戒しながら、
「お前、何者だ・・・!?」
「それは貴様が言う台詞ではないだろう」
そう言いながら白哉は千本桜を構える。
一方、そんな二人の様子を見ていた日番谷は自分の力の無さを実感していた。
(あいつが、警戒しているだと・・・!?)
今まで、どこにでも居るような子供の素振りをしていたあの子供が、白哉の前では警戒して後退っている。
(俺は・・・)
―――まだまだ、弱い。
「どうする?貴様程度の力では、私に勝つことは不可能だ」
「っ・・・!」
子供は一瞬顔をしかめるが、ニヤリと口角を上げる。
「・・・確かに、今の状況じゃあなたに勝つことなんて出来ない。だからここは一旦逃げようと思う」
子供のその言葉に、白哉は眉を顰める。
「・・・それを私がさせるとでも?」
「もちろん、そんなこと思ってないさ。だから・・・」
すると、子供の足元から大量の弦が子供を包み隠すように伸びて、子供の全身に巻きついた。
「・・・!」
「こうやって、完全防御状態で逃げるのさ」
子供がそう言うのと同時に弦は子供の全てを覆い隠して、地面の中に吸い込まれるように消えていった。
「・・・」
白哉はそれをしばらく見つめ、羽織を翻して踵を返した。
「兄様。助けていただき、ありがとうございました」
歩み寄ってきた白哉にそう言ってルキアは頭を下げる。
「いや・・・それより日番谷隊長」
そう言って日番谷に視線を移す。
「あの子供の刀・・・どう見ても斬魄刀にしか見えなかったのだが」
「斬魄刀!?やはり、あの刀は斬魄刀だったのですか!?」
驚くルキアとは対照的に、日番谷は「ああ」と言って思い出すように目を伏せる。
「俺ももう一度よく見てみたが、やはりあれは斬魄刀だった。しかも、誰かから奪ったのではなく正真正銘あいつの物である可能性が高い」
「しかし、あ奴は死神ではありません。死魄装と似ている着物ではありましたが・・・それにあんな能力の斬魄刀があるなど、聞いたことも・・・」
「わかっている。だが、朽木隊長も言ったとおりどう見てもあれは斬魄刀だったことには、間違いないんだ」
そう言って伏せていた眼を開ける。
「とにかく、朽木隊長は総隊長に報告を頼む。俺と朽木は松本達の所に戻らねぇとな」
「了解した」
そう言って白哉は瞬歩で消えた。
それを見送った後、日番谷はルキアの方を向いて、
「まぁ、そうなったんだが・・・悪いが朽木。先に行っててくれないか?」
「え?何故ですか?」
日番谷は踵を返して、
「少し、急用ができた」
「はあ・・・わかりました」
ルキアのその返事を聞くと、日番谷は瞬歩で消えた。
残されたルキアは、日番谷の様子に疑問を持ったが、乱菊達の元へ急ぐことにした。
***
「待ちなさい!修兵!!」
そのころ、双殛の丘での大きな爆発と共に姿を消した檜佐木を、乱菊と恋次は追いかけていた。
「乱菊さん。もう霊圧も感じないッスよ」
「・・・はぁ~」
恋次にそう言われてため息をついた乱菊は、諦めて立ち止まった。
「まったく。なんなのよ一体・・・!」
「にしても、檜佐木先輩・・・どうしちまったんスかね・・・」
そう考え込んでいると、遠くから声をかけられる。
「松本さん!阿散井くん!」
「んぁ?」
そう言って駆け寄ってきたのは三番隊副隊長の吉良イヅル。
「吉良!あんたどうしたの?」
「どうしたのじゃないですよ。敵に操られている隊士は七番隊だけじゃないんですから」
吉良のその言葉に二人は驚く。
「なんですって!?」
「吉良!そりゃどういうことだ!?」
そんな二人のすさまじい剣幕に「落ち着いてください二人とも」と少し引きながら吉良は話し始める。
「実は、三番隊でも突然仲間に襲い掛かってきた隊士が続出しまして、その隊士達を今から押さえ込みに行こうと」
「お前一人でか?」
「いや、緊急で収集した隊士達と共にね」
そう言って自身の後方を指差す。
そこには、本当に緊急で集められたのか、二班程度の人数の隊士達が整列していた。
「二人は何を?」
「実は、修兵があたしたちにいきなり襲い掛かってきて、それを追っていたところなの」
乱菊がそう説明すると、吉良は驚いて目を見開いた。
「檜佐木先輩が!?」
「ああ。吉良見なかったか?」
恋次がそう問うと、吉良は「いいや、見てない」と首を横に振る。
「やっぱり、檜佐木先輩も・・・」
「ええ。敵に操られているんでしょうね」
その事実に皆黙り込む。
その沈黙を破ったのは吉良だった。
「とにかく、僕は急がないといけないから・・・」
「ああ」
「わかったわ」
そう返事をした二人に頷いて、吉良は後ろに整列していた隊士達に合図をすると、二人が来た方向へと急いで行った。
「さてと。私たちはこのことを隊長に報告しなきゃね」
「はい」
そう言って双殛の丘に向かおうとした二人だったが、
「恋次!松本副隊長!」
「ルキア!」
瞬歩で現れたルキアは二人に駆け寄る。
「よかった。丁度向かおうとしていたところなの。隊長は?」
「それが・・・急用があるとどこかへ行ってしまわれて・・・」
「急用?」
乱菊は心当たりがないか記憶を探ってみるものの、そのようなことを日番谷が言っていたかは思いつかなかった。
「詳しくは聞いてねぇのか?」
「ああ。聞こうと思ったんだが、わたしが返事をすると同時に行ってしまわれたのでな。聞けなかったのだ」
「・・・そう。どこ行ったのかしら?」
***
その頃、人気の無い瀞霊廷の端。
日番谷は狭い路地のような場所で一人佇んでいた。
「・・・いい加減、出て来いよ」
そう言うと後ろの死角から出てきたのは―――
「やっぱりバレてたか。うまく隠れてたつもりだったんだけどね」
一護を殺した。そして、ルキアを殺そうとした。
日番谷の氷輪丸を狙っている―――
「・・・何の用だ?」
「酷いなぁ。言ったでしょ?君のその刀が欲しいって」
日番谷はゆっくりと振り返る。
そこには、とてもこの騒動を起こしている首謀者とは思えないほど、無垢な子供のようにニッコリと笑っている―――
「・・・」
黙っている日番谷をジィ・・・と見つめた子供は、何か考え出したかのように「あ!」と叫ぶと、
「そういえば、まだ自己紹介してなかったね!僕の名前は紅月零(ベニヅキ レイ)。斬魄刀の名前は蒲黄花(ガマキバナ)。将来の夢は、その氷輪丸を手にすることです!よろしくおねがいします!」
子供―――零はそう言って頭を下げた。
「・・・いい加減その演技を止めたらどうだ?何のためにやっているかは知らないが」
そう日番谷が言うと、零は下げていた頭を上げる。その眼は、今まで見たことも無いほど鋭い眼光を放っていた。
「そうだな。正直言って疲れるんだよこの演技。こうすれば敵は油断してくれるかな、と思ってたけど・・・どうやらお前は違ったみたいだ」
雲がより一層厚くなっていく。
それに比例するように辺りは暗くなっていった。
そんな中、子供の眼光とその眼の紅だけは、鈍く光っていた。
「・・・もう一度聞く。何しに来た?」
「僕がお前を尾行してるって気付いてたんだろ?それをわざわざこんなところで待ってたなんて・・・お前のほうが僕に用があるんじゃないのか?」
零がそう言うと日番谷は一度目を伏せ、ゆっくりと開けてから口を開いた。
「 」
―――それは、この事件の本当の引き金となる言葉。