空を翔る鳥の想い





(本当に誤算だった・・・!)

天飛は日番谷の腕を引きながら一護達から逃げる。

(奴らの口から「死神」が出るなんて)

本当は、日番谷のことだけ考えて向かってくるかと思っていたのだった。
しかし、一護たちが「死神」と言ってしまったことで、日番谷は思い出してしまうかもしれない。
死神のことを。
―――あの日のことを。

(それだけは避けたい)

―――たとえ、自分の命を犠牲にしてでも。

「天飛・・・?」

不安そうに自分の名を呼ぶたった一人の家族。
冬獅郎だけは、絶対に護る。

「大丈夫だよ」とだけ返した天飛は、一護達から逃れるべく、スピードを上げた。

(こうなったら、あの術を使うしかない)

しかし、この術は―――

「待ちやがれ!!」

まだ離れてはいるが、追いつかれるのは時間の問題だった。

(迷っている暇は―――ない!)

そう決意すると、天飛は日番谷の腕をつかんでいる手を放し、その手でもう一方の腕を掴み、掴んだその腕を掌を天に向けて上に挙げた。

「できればこの術は使いたくなかった・・・。でも、冬獅郎のためだから」
「天飛・・・何を・・・!?」
「ごめんね、冬獅郎。やっぱり、前みたいに一緒に暮らすのは・・・無理そうだ」

天飛は悲しげな表情で、そう言うと、両腕に霊力を込める。

「何言って・・・!」
「僕は、冬獅郎を護りたいだけだった!それなのに、こんなことになるなんて・・・」
「天飛!!」
「最後まで、抵抗してみせるよ。冬獅郎を護るために、やっと手に入れた力だもん」

腕に、青黒い霊力が見え始める。

「なんだよ、それ・・・!」
「最後の手段・・・ってやつ」

そう言うと天飛はニコッと笑った。

「これで勝ったとしても、もう『僕』には戻れないかもね」
「そんな・・・!」

日番谷は何かを否定するかのように、首を横に振る。

「・・・冬獅郎。じゃあね」
「―――!!」

天飛の掌から、青黒い霊力が溢れ出し、空に向かって一直線に向かっていく。
それと同時に、快晴だった空が厚い雲に覆われていく。

「っ・・・!?」
「大丈夫。冬獅郎には何の危害もないよ」

そう言う天飛は、霊子に分解されているかのように、体全体が青黒い霊力になっていっていた。

強い風が吹く。
それと同時に天飛の体が空へ昇っていった。

「天飛ーーーー!!!!」

日番谷は叫ぶが、天飛は塵のように天へ昇っていく。

「冬獅郎!!!」

ようやく追いついた一護達が見たものは、

「なっ・・・!!」

夜かと思うくらい黒く染まった空に浮いた、先ほどの天飛から出ていた霊力をまとった大きな鳥の形をしたものだった。

「なんだアレは・・・!」
「しかもこの霊力・・・!」
「アレは一体・・・!」

三人がそう驚いていると、

「天飛・・・」

そう日番谷は悲しそうに呟いていた。
それを見た一護は、顔を引き締めると、

「冬獅郎」
「?」

急に呼ばれたことに驚いた日番谷はバッと一護を振り返る。

「あいつは・・・天飛なんだな?」
「あ、ああ・・・」

日番谷はそう戸惑いながら頷いた。
一護は「そっか・・・」と呟いた後、何かを思案するかのように顔をしかめさせる。

「・・・?」

日番谷が不思議に思って見ていると、一護はフッと顔の力を抜いて日番谷を見た。

「お前は、あいつが大事か?」
「え・・・?」

見知らぬ人物―――もしかしたら敵かもしれない人物にそう問われ、さらに戸惑う日番谷。
しかし、顔を引き締めて、

「ああ・・・!」

はっきり頷いた。
その答えに満足したのか、一護は「よしっ・・・!」っと何かを決めたかのような口調で言い、斬月を構えた。

「お前がそう思う奴なら、絶対に助け出してやる!」
「えっ・・・!?」

日番谷は何を言い出すんだと言わんばかりに目を見開く。
そんな日番谷に一護は笑顔を向ける。

「お前は、俺達の仲間だからな!」
「なか・・・ま・・・?」

目を見開いている日番谷に一護は強く頷くと、ルキアと恋次を呼ぶ。

「確かに今まであいつのやってきたことは許せねぇけど・・・やってくれるよな?」
「ったく、しょうがねぇ奴だぜ!」
「もちろんだ!日番谷隊長のためにもな!」
「っつぅわけで、冬獅郎!」

そう言いながら日番谷を振り返る。

「な、なんだ・・・?」
「辛いかもしれねぇけど、お前はここで待っててくれ。あいつと、お前の記憶も取り戻してくるから」

そう言うと、一護は日番谷に背を向け刀を構える。

「ま、待て!俺は・・・!」
「信じてほしいんだ!!」

日番谷の言葉を遮った一護はそう叫ぶ。

「・・・?」

日番谷は驚いて口を閉ざす。
一護は日番谷に振り向かずに口を開く。

「俺は信じてるんだ・・・記憶は無くなっても、仲間同士の絆は繋がってるって。だからお前も、俺の言葉を信じてほしいんだ・・・」
「・・・だが、俺にはお前と仲間だったという記憶がない・・・」
「それでも、俺はお前の魂を信じてる。お前の魂は、俺達のことを仲間だと思ってるって」
「・・・魂?」
「ああ。魂は、嘘はつかねぇからな!」

そう言うと同時に、空飛ぶ大きな鳥の形をしたようなものに向かって、一直線に向かって行った。
それを呆然と見つめる日番谷は、

「魂・・・」

何かが引っ掛かるような気がして、胸に手を当てた。

「で?どうすんだ?一護」

恋次は抜刀しながら問う。

「そうだな・・・」
「この禍々しい霊圧・・・近づくだけで危ないぞ?」

悩む一護にルキアがそう言う。

「だったら遠距離からの攻撃だ!!」

一護は斬月を頭上で構え、

「月牙天衝!!」

斬撃は、鳥に一直線に向かっていくが、途中で見えない壁に阻まれたように進行方向を変えた。

「何!?」

驚いた一護の横で、ルキアが斬魄刀を構えて、開放させた。

「舞え、袖白雪。次の舞、白蓮!」

切っ先から出た氷の塊が、鳥に向かって広がっていく。
しかし、一護の斬撃同様、軌道を外れて他場所を凍らせた。

「くっ・・・!」
「どうすりゃいいんだ・・・!」

ルキアと一護は攻撃が効かないことに、顔をしかめる。

「こうなりゃ、卍解するしかねぇな!」
「恋次!」
「卍解!!」

恋次は卍解をしようと構えるが、

『無駄だ・・・!』

突如聞こえた声に、卍解を止める。

「この声は・・・!?」

ルキアは声が聞こえた方向―――天を見上げる。
俯いていた日番谷も、この声に反応した。

「天飛・・・!」
『この術は、僕がお前ら死神を倒すためだけにつくった禁術・・・お前ら程度の力じゃ、コレに傷一つ付けることはできない・・・』
「俺ら、程度・・・?」
『ああ・・・お前らの攻撃は、コレに攻撃を与えることすらできない・・・』

天飛はクスクスと笑う。

『所詮その程度の力なんだよ、死神は。僕が冬獅郎と一緒に居たいという気持ちを我慢して、ずっと、ずっと修行してきたこの術に、お前らが敵うわけがない』

その言葉だけで、天飛がどれだけ日番谷と一緒に居たかったかわかってしまった日番谷は、顔をしかめる。

「「一緒に居たい」か・・・なら、なんでそんな危ねぇ術を使ってまで、俺達を殺すことにこだわるんだ?」
『お前達にはわかんないだろうね・・・あの時の、冬獅郎の苦しみと、僕達の家族関係を壊した苦しみを・・・』
「俺の・・・苦しみ・・・?」

記憶を消され、思い当たる節がない日番谷にとって、天飛の言っている意味がよくわからなかった。
記憶にあるのは、天飛が突然姿を消してしまった、あの日のことだけ。
そこまで考えて日番谷はハッとする。

(そういえば、天飛は何で出て行ったんだ・・・?)

何か、天飛と自分の間で辛いことがあった・・・そんなような記憶はある。
しかし、はっきりとしたことは覚えてなかった。

「そんなことをして、日番谷隊長が喜ぶとは思えないな」

ルキアが若干項垂れている日番谷を横目で見る。

「貴様がわたしたちを倒した後、残りの死神達に復讐しに行き、それが成功したとしても、そのあとはどうするつもりなのだ?」
『・・・』
「日番谷隊長は、一人になってしまうぞ?」
『それでも、お前らのところに置いておくよりはマシだ』
「それは貴様の意見だ。日番谷隊長はどう思うか・・・考えたことあるか?」
『冬獅郎は・・・』

天飛はここからでは表情の見えない日番谷を見る。


―――ずっと一緒。

それが叶えばどれだけ嬉しいことか。

でも、全て狂わされた。

僕の人生。

冬獅郎と歩むはずの人生・

死神に―――。


『冬獅郎は・・・僕とも、お前らとも、一緒にいちゃいけないんだ』
「・・・!?」

天飛の言葉に疑問を持つ一護。

『僕は・・・力を手に入れるために、どんな事でもした。・・・人を殺すことだって』
「・・・!!」

天飛の言葉に日番谷はバッと上を向く。

『それでも、成し遂げなければならなかったんだ・・・死神を潰すこと・・・』
「天飛・・・お前、なんでそこまで・・・」
『・・・』

天飛は一つ間を置いてから話し始める。

『あの日―――冬獅郎に助けてもらったあの日。僕は本当にうれしかった。君達死神にわかる?地獄の底から救い出された者の気持ちが。わからないでしょ?君たちは幸せな者を地獄に引きずり込む側なんだから。そして、僕も・・・この力を手に入れてから・・・いや、最初からだったかもしれない。冬獅郎と出会ってしまったから、冬獅郎を苦しめる羽目になった。だから僕は、この命に賭けて、冬獅郎を護る。たとえ冬獅郎が拒んでも、お前らのことを頭の中から消し去ってやる』
「―――!!」

日番谷は驚いて目を見開く。

「あま・・・と・・・お前、本当に・・・俺の、記憶を・・・?」
『・・・ごめん。冬獅郎』

日番谷はガクンと両膝から崩れ落ち、そのまま両手をついた。
その眼は未だ見開かれたままである。

「・・・じゃ、じゃぁ・・・俺が死神だっていうのも・・・?」
『うん・・・冬獅郎は、死神の、隊長だよ・・・』
「隊・・・長っ・・・!?」

いくら思い出そうとしても記憶がない。
自分が死神だったということも、ましてやその隊長だったということも。
この、「自分を信じろ」と言った、橙頭のことも、その他の死神のことも。

それによく考えて思い至る。
記憶が、途中ポッカリと穴が開いたようにないことに。

「お前は・・・俺を、騙していたのか?」
『・・・』
「なんとか言え!!」

日番谷は顔を上げずに怒鳴る。
天飛は口を開かない。

「何が、「俺のため」だ・・・全部、てめぇのためじゃねぇのか・・・!?」
『ち、違う!!』
「何が違うんだよ・・・」

そう言いながら、日番谷はゆっくりと立ち上がる。

「人の記憶を勝手に消しやがって・・・お前は随分と変わっちまったんだな、天飛・・・」
『冬獅、郎・・・』
「こんなことするようになりやがって・・・。俺は、お前を信じてたのに・・・」

そう呆然と呟いた日番谷はハッとなる。
黒崎一護のあの言葉―――

『信じてほしいんだ!!』
『・・・?』
『俺は信じてるんだ・・・記憶は無くなっても、仲間同士の絆は繋がってるって。だからお前も、俺の言葉を信じてほしいんだ・・・』
『・・・だが、俺にはお前と仲間だったという記憶がない・・・』
『それでも、俺はお前の魂を信じてる。お前の魂は、俺達のことを仲間だと思ってるって』
『・・・魂?』
『ああ。魂は、嘘はつかねぇからな!』

あの時の一護の気持ちがわかった気がする。

「『信じる』、か・・・」

日番谷は、ゆっくりと顔を上げた。
そこには、あいつが夢にまで見ていた「鳥」の姿。
でもこれは、お前がなりたかった鳥じゃない。

「俺とお前は、本当の兄弟のよう育ってきた。短い間だったが、俺は少なくとも、お前のこと家族だと、今でも思ってる」
『・・・!』
「家族が、間違ったことを起こそうとしているのであれば、止めればいい。人任せには、できない」
「―――!」

日番谷の言葉に、ハッとなる一護。

「記憶はなくとも、魂で覚えている!!俺は―――死神だ!!!」
「冬獅郎・・・!」

一護は嬉しそうにそう呟く。

『・・・魂、か・・・。魂まで死神に染まってしまったんだね、冬獅郎・・・』
「・・・」
『わかった。冬獅郎がそこまで言うなら、もう、いい』

天飛がそう言うのと同時に、空が光り始める。

「ちっ・・・!」

「戦う」と宣言したが天飛と戦り合う力がないということに舌打ちするが、

「隊長ーーーー!!!」
「・・・!?」

その声に振り向くと、蜂蜜色の髪の女性が、刀を持って走ってくるのが見えた。

「お前は・・・?」
「隊長!忘れ物です」

ハイ、と言って渡したソレは日番谷の斬魄刀・氷輪丸だった。
あの日、天飛に連れて行かれたあの日、氷輪丸を手に取る前に天飛に気絶させられたため、ずっと執務室に置きっ放しにされていたのだった。

「これは・・・」

氷輪丸を受けとった日番谷は、記憶がないのに、見覚えのあるソレに、何かを感じた。

「隊長?」

記憶を失ったことを知らない乱菊は、いつもと様子のおかしい日番谷に首を傾げる。
日番谷は「なんでもない」と言った後、乱菊に背を向け、天を見上げる。
何か黒い光が稲妻のように空を翔けていた。

「天飛・・・。お前をその術から、解放してやる」

天飛に届くように、自分にそう覚悟を決めるかのように、そう呟いた日番谷は、抜刀して駆けだした。

「冬獅郎!」

駆けだした日番谷の隣に並んで走る一護。

「お前は・・・」
「黒崎一護だ!」

名前は?と聞こうとした日番谷だが、一護は日番谷がそう聞くのをわかっていたかのように、名乗る。
近くに来た恋次とルキアも、

「阿散井恋次ッス」
「朽木ルキアです」

そう二人が言ったと同時に、四人は足を止める。

「ずっと思ってたけど、でけーよな」
「まったくだ。これでは瀞霊挺を一瞬にして影で覆い尽くせるぞ」
「全く、もっと考えて技を使えよってんだ」

呆れ口調の三人の言葉に、日番谷は苦笑いして、

「そうだな・・・。あの馬鹿の頭を冷やしてやるか。阿散井、朽木、黒崎」
「おう!」
「「はい!」」

一護達が返事をすると同時に、恋次とルキアは瞬歩で天飛に近づく。
日番谷も行こうと踏み出したが、

「冬獅郎!」
「ん?」

一護は氷輪丸を指差しながら、

「解号、わかってるか?」

つまり、一護の言いたいことは、死神の記憶がない日番谷に、斬魄刀を扱えるかということ。

「・・・」

日番谷は、氷輪丸を見つめる。

(不思議だ・・・)

まるで、記憶があるかのように覚えている。
この刀のこと。
日番谷は顔を上げて一護を見る。

「大丈夫だ」

はっきりと言った。
そんな日番谷に、一護はニッと笑って「そっか」と安心した表情になると、二人を追って瞬歩で天飛のところへ向かった。

一護に続いて日番谷も天飛に向かっていく。

―――不思議だ。

そう思ったのは、先刻からではない。
あの橙頭の死神に会ってから、ずっと感じていた。
あの黒髪の少女と、赤髪の男も同様。
そして、この刀を届けに来た、蜂蜜色の髪の女性も。
本当は、警戒なんて全くしてなかった。

「こいつらは敵じゃない」

と、本能的に感じていた。
でも、天飛を信じた。
でも、裏切られた。
本当に衝撃を受けた。
だから、あいつを止める。
これが、黒崎(あいつ)の言っていた、魂なんだろうな・・・
記憶がなくても、覚えている―――。

「頼むぞ、氷輪丸―――」

この刀に関しては、一番信じられた。

「―――霜天に坐せ、氷輪丸」

これは、自分の魂から生まれたものだ。
切っ先からでた氷の竜を、宙に浮いている鳥に向けて放つ。
しかし、先程の一護達同様、それは途中で壁にぶち当たったかのように軌道を変えた。

「・・・」

日番谷はこれをどうするか考える。
その間に一護達は攻撃を繰り返していた。

「チッ!やってもやっても切りがねえぜ!!」
「どうすればよいのだ!?」
「冬獅郎!!」

三人が口々に言う中、日番谷は天飛を見据える。

(あいつの性格上、必ずどこかに欠点があるはず・・・それを見つけることができれば・・・)

日番谷は必死に考える。

『無駄だよ。いくら冬獅郎でも、この術を破ることなんてできない』
「うるせー!やってみなきゃわかんねぇだろ!!」
「無敵な術などあり得ん!!」

ルキアの言葉に日番谷も納得する。

(そう。無敵な術なんてありえない。だから―――)

そこまで考えて日番谷は思いつく。

(そういえば昔。あいつと遊んでいたとき―――)





それは、天飛と出会って一カ月ほど過ぎた頃。

「・・・」

天飛は息を殺して、木陰に隠れていた。
辺りは風と、葉と葉が擦りあう音のみ。

(自然だなぁ~)

と先程までの警戒心はどこに行ったのか、空を仰いでぼ~っとしていたら、ポンっと肩に手を置かれる。

「うわっ!?」
「天飛・・・お前、油断しすぎだ」

日番谷は呆れて天飛を見る。
天飛は「うぅ~」と口を尖らせる。
そんな天飛に微笑すると、

「ほら」

座り込んでいる天飛に手を差し伸べる。
口を尖らせていた天飛も、ニコッと笑って、

「うん」

差し出された手を取って立ち上がった。





(あいつは、背後の警戒心が薄い。眼に見えているところ、前方しか注意していないはず。ならば―――)

日番谷は、余計なことを考えず、体が動くままに任せて、天飛に気付かれないように鳥よりさらに上まで昇る。

「霜天に坐せ、氷輪丸!!」
『っ!?』
「「「っ!!」」」

氷竜は今度は真っ直ぐ天飛へと向かっていく。
気付いた天飛だったが、すでに遅く、鳥の背中部分はすべて凍りついた。

「黒崎!!」
「おう!!」

一護は斬月を構え、

「卍解!!」

黒い霊圧が一護から流れ出す。

「天鎖斬月」

卍解した一護は、瞬歩より早い移動で、日番谷と同じく鳥の背後に回り込む。

『何度も同じ技が通用すると思ってんのか!?』

天飛は一護のほうへ振り返る。

「チッ・・・!」

舌打ちする一語だったが、

「大丈夫だ、黒崎」

一護は日番谷を振り返る。
日番谷は若干俯いていて、よく表情は見えなかった。

「お前なら、できるから」
「冬獅郎・・・?」
「やれ、黒崎・・・」

その声色には悲しみが出ていたが、日番谷をジッと見つめた一護は、「ああ」と頷いて天飛に体を戻す。

「・・・冬獅郎!」
「・・・?」

一護に呼ばれ、日番谷は顔を上げる。

「絶対、あいつは助け出して見せるからな!」
「・・・!」

背中を向けていて、表情が見えないが、一護のその言葉とその背中に、何かとてつもない信頼と自信を感じた。
日番谷の暗くなりかけていた表情は、一護のその言葉によって光が射していく。

―――記憶がなくても覚えている。
こいつは、こんな奴だった―――。

どんな闇に堕ちようとも、こいつなら助けてくれる。
そんなことを思わせる、強い意志。

日番谷は、その橙頭の眩しさに目を細めると、

「ああ・・・」

と力強く頷いた。

「行くぜ!天飛!」
『死神なんかが、僕の名前を気安く呼ぶなぁあ!!!』

あの頃、僕は独りだった。

「お前は、全部間違ってんだよ!」

独りで、飢えていたときに出会った一人の少年。

『僕は何一つ間違ってなんかいない!僕は―――』

雨の中見た彼の髪は、太陽の光以上に光っていた。

『僕はただ、冬獅郎のためだけに!お前ら死神の存在を、冬獅郎から消し去っただけだ!』

闇の中に居た自分にとって、それは、神様から与えられた光だった。

「それは、冬獅郎のためなんかじゃねえ!!」

彼に―――助けられた。

「てめえ自身のためにやったことだ!!」

彼だけが、僕を見てくれた。

『そ、そんなわけあるか!僕は・・・!』

彼だけは、大切にしようと思った。

「てめえは冬獅郎とずっと一緒に居たかっただけだ!ただ、それだけだ。そう思うことは悪ぃことじゃねぇ・・・けどよ―――」

彼だけは、命をかけて護ろうと思った。

「冬獅郎の言葉も、聞いてやれよ」

僕の大切な・・・

「そうすりゃ、互いが納得できて・・・」

僕の命よりも大切な―――

「どっちも幸せになれんだろ?」

―――家族。

『・・・死神にも・・・』

冬獅郎・・・。

『いい奴は、居るんだね・・・』


さ よ な ら


『冬獅郎のこと・・・よろしくおねがいします―――』



天飛がそう呟いたと同時に、一護は刀を振り下ろす。
振り下ろしたその部分から、七色の光があふれ出す。
全ての光が消えた時、人間の姿に戻った天飛は、地上で倒れ伏していた。

「天飛!!」

日番谷は慌てて駆け寄り、その体を抱き起こす。
天飛は「うっ・・・」と唸り、目を開けた。

「天飛・・・」
「冬獅郎・・・」

天飛は目の前にいる日番谷に目を向け、クスッと笑う。

「やっぱり、冬獅郎には敵わないや」
「それでも、随分強くなったな、天飛」

日番谷の言葉に天飛は「ヘヘッ」と笑う。

「冬獅郎・・・」
「ん?」
「僕が、昔に言ったこと覚えてる?」
「それは・・・」
「そう。僕が、鳥のように空を翔びたいって言ったの・・・」
「その夢は、叶ったのか?」
「僕さ、気付いたんだ・・・」
「・・・?」
「あの時、冬獅郎と会うまでは、僕は地を這ってた。でも冬獅郎と会って・・・冬獅郎と会った時点で、僕はもう、空を翔んでたんだって・・・」

天飛は日番谷の後に見える、空を見つめる。

「気持ちよかったなぁ~」
「天飛・・・」
「でも、僕は、冬獅郎に与えられた羽を、折ってしまった」
「・・・」
「これは、自業自得なんだよ」

そう言った天飛の目が、ゆっくりと下りていく。

「天飛・・・!?」
「まだ、大丈夫・・・」
「『まだ』ってどういうことだよっ・・・!?」

日番谷は泣きそうな顔でそう言う。
それに天飛はゆっくりとほほ笑んで、

「もうすぐ、本当の『さよなら』だってことだよ」
「―――!!」

天飛の言葉に日番谷の目が、瞳がこぼれるかというくらい開かれる。

「橙頭の、君・・・」
「俺か?」

そんな日番谷から視線を外して、一護に向ける。
それに気付いた一護は、ゆっくりと二人に歩み寄った。

「君には本当に悪かったと思ってる。それに、冬獅郎のことも・・・」
「ああ・・・」
「君のおかげで、今までの行動は、間違ってたことに気付いた・・・ありがとう・・・」

天飛の言葉に一護は、ニッと笑って、

「・・・ああ!」

天飛もそんな一護に笑い返した。

「『天飛』か・・・いいじゃねぇか、その名前」
「うん。冬獅郎につけてもらったんだ」

その二人の会話に、日番谷がピクッと反応する。

「うれしかった・・・!本当に・・・!」
「天飛・・・!」

日番谷は、呆然と呟く。

「そういえば、君の名前は・・・?」

天飛の視線が、再び一護に向く。
一護は、優しく微笑んで、

「黒崎一護だ」
「黒崎・・・一護・・・か。・・・ヘッ!僕の方が、いい名前だもん!」
「なんだと!?・・・でもま、そうだよな」

一護は、日番谷の肩に手を置いて、

「冬獅郎がつけた名前だもんな」

日番谷は俯いていて表情はわからないが、その肩はまちがいなく震えていた。

「天飛・・・!」

日番谷が小さくその名を呼ぶ。
天飛は、「ん?」と優しく返す。
しばらく間を置いた日番谷が、やがてゆっくりと口を開いた。

「・・・天飛・・・、ありがとな・・・」

―――俺の大切な人になってくれて・・・
そういう意味を込めて、言った。

伝わったかどうかはわからない。
でも、天飛は、

「うん!」

と、昔の笑みで、そう返してくれた。

そのあとの記憶は、一切ない。

天飛は、生きているのだろうか?



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イイネ!