空を翔る鳥の想い




瀞霊廷。

瞬歩で来た一護は、吹っ飛ばされた場所と瀞霊廷までそう遠く離れていなかったため、五分弱で瀞霊廷の中へ入ることが出来た。だが、ここまで来るのに一護は違和感があった。それは、兕丹坊をはじめ、その他死神たちから生気が感じられなかったこと。

それでも、中には入れたので、入ることにはしたが、それでも気になって仕方が無かった。出会う死神たちは、その場で蹲り、呆然と空を見上げている者もいれば、口をあけてまっすぐどこかを見つめているような者もいる。気味が悪くて近寄りたくなかった。こんな気持ち悪ぃ奴がいるのかと。だが、さすがに知り合いがこのような状態だと、声をかけざるを得ない。

「れ、恋次!?」

そう。六番隊副隊長・阿散井恋次が、見事に座り込んで、しかも口をあけて呆然としていた。視界には、崩壊いている白道門が見えているはず。

「恋次!おい、しっかりしろ!恋次!!」

いくら目の前で手を振っても、肩を揺らしても、頭を殴っても←おい。
恋次の目に生気が宿ることは無かった。

「くそっ…!どういうことだよ…!」

日番谷を抱えていた青年を追ってからここに戻ってくるまで十五分足らず。いや、もう少し早かったかもしれない。その短時間で死神たちがこうも急変してしまうと、さすがにおかしい。
それに、日番谷の行方、青年の正体など、謎ばかりだ。恋次までこの様子だと、死神たち全員がこの様子だろう。

そう一護が考えていると、視界にゆらりと動くものが見えた。

「―――?」

それは、まっすぐ一護のほうに向かってくる。それが暗闇の中にいるため、顔が良く見えない。一護が目を凝らしてみていると、それは黒髪の自分よりずいぶんと小柄で、少し男のようにきつい性格をしている…

「ルキア!!」

十三番隊隊士・朽木ルキアだった。

一護はそれの正体がルキアだと分かると、すぐさま駆け寄る。あちらも一護に気づいたようで、バッと顔を上げる。

「いち…ご…?」
「ルキア!!お前は大丈夫なんだな!?他の奴らはどうしちまったんだ!?まるで生気が無いみたいに…!!」

一護が混乱しながら話していると、ルキアが「わかっている…」と言いながら、一護に静止をかける。一護はハッとして、ルキアを見る。彼女は随分衰弱していた。

「ルキア!?大丈夫か!?」
「ああ…それより、一護…日番谷隊長はどこだ…?」

ルキアは言いながら座り込み、一護がそれを支える。

「…冬獅郎は謎の奴に連れて行かれちまった…」
「そうか…。…一護…日番谷隊長を…助け出せ…!」
「なっ!?」

ルキアがこんなことを言うのはめずらしい。一護が、目の前で仲間が連れ去られるのを見れば、確実に助け出すことを知っている彼女が。

「何言ってんだ!当たり前だろ!!」
「…わかっておる…だが、私が言いたいのは…日番谷隊長とその人物と、どういう関係か知っても…ということだ…」
「何!?」

何を言っている?彼女は何が言いたい?

「どういうことだ!?」
「うっ!!」

途端に頭を抱えて苦しむルキア。

「ルキア!!」
「すまない…私もそろそろ限界のようだ…一護…たのん…だ…ぞ…」

そう言うと、ルキアの目から生気が消えた。

「ルキア…」

一護は彼女の体から手を放し、立ち上がる。

(どういうことなんだ?冬獅郎とあいつ…どんな関係があるってんだよ。ルキアもなんでそのことを知ってるんだ?)

一護はそこまで考えて、日番谷に再び会うべく、目撃者を探しに行った。





***





潤林安外れの小屋。

「ん…」

深い眠りに堕ちていた日番谷は、ようやく目が覚めた。

体を起こし辺りを見渡して見ると、天飛はまだ帰っていなかった。日番谷はゆっくりと立ち上がり、キィィと今にも壊れそうな音を立てながら扉を開ける。同時に入ってきた光に、眩しくて目を瞑る。それでもゆっくりと歩きながら外に出る。

「ここは…」

天飛と初めて会い、ともに暮らした場所。自分の生まれ育った場所。人々に「氷のようだ」と言われ続けていた場所。死神の決意をした場所。

「そうか、ここは潤林安だったのか…」

天飛は「また一緒に暮らそう」と言った。それは、「また昔のように、潤林安で」という意味も入っていたのか。

(というか、あいつとの思い出は此処しかねぇからな…)

そう思いながら苦笑いする。
日番谷は懐かしく此処に来たため、少し歩きたくなった。

(だが…あいつが帰ってきたときに心配するんじゃ…)

帰ってきたら日番谷が居なくて、心配性の天飛はすぐに日番谷を探しに来るだろう。
それでも、ジッとしているのはあまり好きではないので、「少しだけ」と思いながら、街の中を歩き始めた。

そこは、昔と変わらず、平和な街だった。

「本当に…何も変わってないな…」

死神の、しかも隊長である日番谷は、実家にいる祖母にもなかなか会うことが出来ない。今、瀞霊廷に混乱が起きていても、やはり、懐かしいと思わずに入られなかった。いくら、周りのものに怖がられていたとしても。



日番谷は「そろそろもどったほうがいいな」と思い、踵を返す。と、同時に聞こえてきた自分を呼ぶ声。

「冬獅郎!!」

思わず、足を止める。振り返ったその先には―――

「黒崎…?」

一護が自分に向かって走ってきていた。

「ハァ…ハァ…やっと…見つけた…」

相当走っていたらしい、ずいぶん息切れをしている。

「どうしたんだ?そんなに慌てて…」
「お前がどっか行っちまうからだろ!!でも、無事でよかった…」
「それは…」

天飛に無理やり連れて来られたから…

「そんなことより、瀞霊廷が今大変なことになってんだ!」
「なんだと…!?」

日番谷は目を見開き、一護を見る。

「説明は後でする。早く行くぞ!」
「ああ!…っ!!」

日番谷は一護のあとに続いて走ろうとした途端、足に力が入らず転びそうになる。そこを一護が慌てて支えた。

「冬獅郎、どうした!?」
「あ、足が…急に…」

日番谷は言いながら右足首を押さえる。一護は慌てて袴を捲る。

「なっ…!?」

そこには、足かせがついていたような痣があった。

「なんだ、これは…!?俺はこんなもの知らねぇぞ」
「冬獅郎も知らねぇのか!?じゃあこれは一体…」

二人が戸惑っていると、上空から声が聞こえる。

「冬獅郎!!!」
「あいつは…!!」

一護は、空から降りてきて日番谷に駆け寄ってくる青年を見て、驚く。
日番谷も、一護と天飛が知り合いだったことに驚愕する。

「お前、天飛を知っているのか!?」
「アマト…?」

初めて聞く名に、一護は首をかしげる。だが、突然頬に激痛が走り、そのまま後方へ飛ばされる。

「うぁあ!!!!」
「黒さ「冬獅郎!!大丈夫だった!?」

一護に駆け寄ろうとする日番谷の腕を掴み、自分のほうへ抱き寄せる。
天飛は一護を思いっきり殴ったのだ。

「天飛!何をするんだ!黒崎は…」
「あいつに何かされなかった!?ごめん。僕がもっと早く戻ってくればこんなことには…」

天飛は一護のことを完璧に敵と思っているらしく、日番谷のことだけを心配する。
日番谷はそんな天飛の様子に苛立ち始め、天飛を叱るように怒鳴る。

「何言ってる!!黒崎は俺の仲間だ!!」
「仲間…?」

天飛は、日番谷が突然声を張り上げたことに驚き、「仲間」という意味をわかっていないようだった。

「そうだ!!…黒崎、大丈夫か?」

日番谷はそう言うと天飛の腕から抜け出し、一護の元へ駆け寄る。天飛はそれを呆然と見ていた。

「ってぇ~…大丈夫だ…」
「そうか…」

一護が無事だったことに、少なからず安堵の息を漏らす。

「それよりあいつは誰なんだ?」

一護の言うあいつとは、まるで魂が抜けてしまったかのような天飛のことだった。

「あいつは…」

日番谷は説明しようとする。が、言葉に詰まらせ、黙ってしまう。

天飛と一緒に居たいというのは本当だ。でも、死神業をやめるわけにはいかない。そのことを一護に話せば、理由はどうあれ日番谷の好きにさせるだろう。天飛も日番谷と一緒に居たいと思っている。
このままでは死神業をやめなければならない。それは出来ればしたくない日番谷にとって、究極の選択だった。

「冬獅郎…?」

急に黙り込んだ日番谷を心配して、一護は顔を覗き込む。

「あいつは…ただの知り合いだ」

本当は「家族」と言いたかった。しかし、天飛が戻ってきた以上、実家に帰ってもらえばいつでも会える。ずっと一緒ということは出来ない。日番谷が出した答えだった。

「…ぃ…」
「?」

遠くのほうで聞こえた声。小さくて何を言ったかはっきり分からなかったが、一護の後ろのほう、俯いている天飛が何か言ったのは確かだった。

「…天飛?」

声をかけると、天飛はバッと顔を上げた。その顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていた。

「ひどいよ!!冬獅郎!!僕のこと好きだって言ったじゃないか!!!それなのに、ただの知り合い?ひどいよ!!僕は家族だって、僕のたった一人の家族だって思っていたのに!!!!!」
「天飛…!!」

日番谷は苦しげに眉根を寄せる。一護はそれを呆然と見ていた。

「やっぱり僕より死神のほうが大切なの!!?なんで隊長になったの!!?あのときの冬獅郎は死神が嫌いだったじゃないか!!!なんでよりによって隊長になんか「うるせぇ!!!!」

日番谷は天飛の叫びを遮り、それをかき消すような怒鳴り声を張り上げる。天飛はビクッとなり、叫ぶのをやめて、ただ涙を流していた。

「てめぇになにがわかる!!俺は死神の仲間も、お前も、黒崎も同じくらい大切なんだよ!!お前だけってことはできねぇんだ!!それがどうしてわからない!!?まさか、瀞霊廷が混乱に陥っているのも、お前のせいじゃねぇだろうな!!?」

その言葉に天飛の肩がピクリとはねる。
日番谷は確信した。

「そうか…。黒崎、行くぞ」
「えっ!いいのかよ」
「ああ。生憎、犯人と行動を共にすろほど、お人よしじゃねぇんだ」

日番谷はそう言うと、一護が起き上がるのに手を貸す。一護はそれをとって立ち上がると、さくさくと行ってしまう日番谷の後を追った。

「だったら・・・」

不意に天飛が呟く。日番谷はその今までに聞いたことのないくらい低い天飛の声に、足をとめる。

「・・・?」
「だったら、冬獅郎が僕だけのことを大切にしてくれるようにするには・・・死神がいなくなればいいんだ・・・」

天飛のその言葉に日番谷は目を見開き、天飛に駆け寄る。

「何言ってるんだ!!そんなこと・・・」

日番谷が怒鳴りながら駆け寄ってきている隙に、日番谷のほうに手のひらを向ける。
すると、日番谷に異変が起こった。

「―――っ!!?」

日番谷は突然の頭痛に頭を抱え、そのまま膝をつく。

「冬獅郎!?」

一護は駆け寄ろうとするが、体がまるで神経が通っていないかのように動かなくなってしまった。

「う・・・ぁ・・・!」

日番谷は収まらない頭痛に顔をゆがめている。
頭の中には、死神に関する記憶が次々と消えていた。

(なんだ!?何が起こっている!?)

日番谷自身、頭痛以外のことは自分がどうなっているのかわからないでいた。

「冬獅郎・・・」

日番谷が頭痛で苦しんでいる間に、天飛が日番谷の隣に移動し、その頭に手を翳す。

「うぁああああ!!!!!」

潤林安に響き渡るほどの叫び声を上げたかと思うと、日番谷はそのまま気を失って後ろに倒れそうになったが、天飛がそれを支える。

「冬獅郎!!」

一護はどうにか体を動かそうとしながら、日番谷の名を呼ぶ。
しかし、日番谷は起きる気配もなく、天飛の腕の中でただ気を失っていた。

天飛は日番谷を大事そうに横抱きで抱えると、必死にもがいている一護を見据える。

「・・・冬獅郎の死神に関する記憶は消した。お前が再び冬獅郎の前に現れようと、冬獅郎は決してお前たちのことを思い出すことは無いだろう。でも安心しろ。冬獅郎はこれから僕が護っていく。二度と危険な目にあわせないように。二度と、死神に戻らないように」

それだけ言うと、天飛は一護に背を向ける。しかし、一護は勝手にそんなことを言われて、納得できるはずもなく、その背中に声をかける。

「おい、待てよ!!お前はどうしてそんなに冬獅郎を護ることにこだわるんだ!?」

すると天飛は、振り返らずに無言のまま立っている。背を向けているため一護には見えないが、その表情はとても辛そうだった。過去のことを、思い出したくないような・・・

天飛は空を仰ぎ、あの時のことを思い出すように、ゆっくりと話し始めた。

「・・・教えてあげるよ。僕たちに何があったのか・・・冬獅郎に何があったのか・・・」





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イイネ!