His memory disappeared into the clouds
断界。
浦原の穿界門から駆け込んだ一同は、休むことなく走り続けていた。
「それにしても、今回は『拘突』ってのがなくてよかったな」
「そうだね。あの時は大変だったから」
以前、ルキアを助けるために断界を通った一護と織姫は、拘突に追われ、その時はなんとか切り抜けたものの、大変な目にあったことを思い出した。
「出口が見えたぞ!」
恋次が叫ぶ。
暗いトンネルのような場所に、光が射した。
光に向かって走り続けると、光の中へ入ってすぐに光を抜け、流魂街が見えた。が、
「また落ちんのかよぉぉおおお!!!!!」
景色が一回転し、見事に一護達は逆さまに落ちていった。
「あぁ・・・今度もうまく着地できなかった・・・」
一護はため息をつきながら言う。
「ええ!?でも黒崎君あの体勢はすごかったよ!」
「井上・・・フォローになってないから・・・」
「?」
「確かに、あのときの貴様の体勢は恥だな」
「なっ!!」
「そうだな・・・いくらなんでもアレは・・・」
「うるせぇよ!!!そう思うなら言うんじゃねぇ!!!」
どんな体勢で着地したかは、皆さんのご想像にお任せします。
とまぁ、あれやこれや言い争っていると、瀞霊廷の西門・白道門が見えてきた。
「さてと・・・。兕丹坊は居るかな?」
と一護がキョロキョロして探していると、
「おやぁ?皆さん大勢でどうしたの?」
「京楽隊長!」
八番隊隊長・京楽春水がのんびりとこちらに向かって歩いてきていた。
「京楽隊長、またサボりですかぁ?」
「ちがうよ。今日は調査でここにいるの」
乱菊が呆れて言うと、京楽は苦笑して笠をかぶり直しながら言う。
((乱菊さん「サボりか?」なんて言える立場かよ))
普段日番谷に仕事を押し付けてサボっている乱菊に一護、恋次は思った。
「調査とは?」
ルキアが京楽に聞く。
「うん?ああ。浮竹に頼まれてたやつをね」
「浮竹隊長に?」
ルキアと一護は顔を見合わせる。
「うん。なんか、ある人物について探して欲しいって言われててね」
一護とルキア、その他の皆も確信した。
「京楽隊長!浮竹隊長はどこに!?」
「確か、瀞霊廷図書館だったと思うよ」
「ありがとうございます!」
そう言って、白道門から瀞霊廷に入ろうとしたとき、
カンッカンッカンッカンッカンッ!!!
『瀞霊廷に侵入者あり!!各隊、隊長格の命に従い、速やかに配置につけ!!繰り返す・・・』
「侵入者!?」
「俺たちじゃねぇよな?」
「たわけ!!そんなわけなかろう!!」
「あの男達じゃない?」
「可能性はありますね」
皆口々に言っていると、京楽が近づいてくる。
「どうやら、浮竹のところに行かなくても良さそうだねぇ」
「どういうことですか?」
ルキアがそう問うと、京楽はある一点を指差した。
「―――!!」
そこには、フードは取っているがマントは羽織っている男と女が居た。
二人は、こちらを―――日番谷をジッと見つめていた。
「―――っ!!」
突如、日番谷に再び頭痛が走る。
一護は慌てて駆け寄り、日番谷を支えた。
「大丈夫か冬獅郎!?」
「だ、だいじょうぶだ・・・」
そう言う日番谷の額には汗が大量にへばりついていた。
「ッ・・・・!」
一護は日番谷を両手で抱えると、宙に浮いている二人を睨んだ。
一方、男と女は睨んでいる一護など眼中にないかのように、日番谷を見ていた。
「本当に、記憶を取り戻そうとしていますね」
「だが、コレさえあれば十分だ」
そう言って男は壺を取り出す。
「器は所詮器・・・記憶を入れるただの入れ物にしかすぎない。アレが本当に記憶を取り戻そうとしない限りは、コレがあやつらのもとへ渡る心配はない」
そう言うと、男は一護達に背を向けた。
「行くぞ」
「はい」
一護が睨んでいる中、何か言っている男は、突然自分達に背を向けた。
それを見た一護は咄嗟に叫ぶ。
「待て!!逃げる気か!!」
男は一護のその呼びかけに足を止めることもせず、瞬歩に似たような速さでその場から消えた。同様に、女も姿を消す。
一護はそれを見て追おうとするが、それはルキアによって阻まれる。
「一護!あの者たちを追いかけるより、まずは浮竹隊長のところへ向かったほうが良い!」
「だけどよ…!」
一護はルキアを振り返るが、腕の中に居る日番谷が苦しそうに身をよじったため、視線を日番谷に移す。
一護はしばらく日番谷を見つめたあと、再びルキアを振り返った。
「…わかった。じゃあ行くぜ!」
「ああ!」
そう言って、一護たちは浮竹の元へと急いだ。
残された京楽は、空を見上げて、
「さてと…。じゃあこちらもこちらの仕事をするとしようか」
と呟くと、瞬歩で消えた。
一護たちはすれ違う死神たちに驚かれながらも、スピードを落とすことなく走っていた。
ようやく瀞霊廷図書館が見えてきたところで、一護達はようやく走ることをやめた。
中に入ると、現世の図書館以上の高さの棚がズラリと並んでいる。
一瞬入るのを躊躇った一護だが、すぐに気を取り直して浮竹を捜し始めた。
「浮竹さーん!」
一護の声が図書館全体に響き渡り、その声に反応してその場に居た死神たちが、一斉に一護を見た。
そのことにルキアがいち早く気づき、一護を注意する。
「馬鹿者!もう少し声を落とさぬか!」
「そういうルキアもうるせぇけどな」
とバレないように小さく呟いた恋次だったが、聞こえてしまったらしく、ルキアにギッと睨まれた。
「おや?朽木に一護君。それにこんな大勢でどうしたんだ?」
一護達(ルキアと恋次)が言い争っているとその声に気づいたのこか、浮竹が大量の本を抱えながらやってきた。
それに気づいた一護が浮竹に詰め寄る。
「どうしたんだじゃないッスよ!例の件はどうなったんすか!?」
「ああ、そのことか。うん。とっくに調べはついているよ」
「本当ッスか!?」
「ああ」と頷きながら、浮竹は持っていた本を机にドサッと置いた。
「何故言って下さらなかったのですか!?」
恋次を蹴り倒してから来たルキアも、浮竹に問い詰める。
「いや、これが終わったら言おうと思ってたんだ。だが、コレを調べるのに少し時間がかかりすぎてしまってね」
そう言って、机に積み上げられた本の山に手をのせる。
「何を調べていたんですか?」
ルキアは改まって訊く。
「あの二人の目的さ」
そう言うと、本の山の中から一冊の本を手にして、それを開く。
「あの二人は流魂街の出でね。それも治安の悪い場所だったらしい。二人は兄妹のようにそこで暮らしてきたそうだ」
「兄妹か・・・」
一護は浮竹の言葉を反復する。
「だが、二人は自分達を育ててくれた人を二人も失ったんだ…―――死神の手によって」
「―――え?」
ドォオオオン!!!!!!
一護が呟くと同時に、瀞霊廷全体が大きく揺れた。
「な、なんだ!?」
「地震!?」
「ではなさそうだな」
その場にいる皆は、大きな揺れにバランスを崩さないようにする。
しばらくすると、その揺れは止まった。
と、同時に―――
「―――冬獅郎?」
―――日番谷が眠るように力を抜いた。
「日番谷隊長!!」
皆慌てて駆け寄る。
「おい!しっかりしろ!!冬獅郎!!」
一護は日番谷の体を激しく揺するが、日番谷に起きる気配は無い。
「一護、おちつけ!!」
「そんなに激しく揺すってんじゃねぇよ!!」
ルキアと恋次に言われて、慌てて落ち着きを取り戻した。
「ちょっといいかい?」
そう言って、浮竹は一護から日番谷を受け取る。
すると、口元に手をかざしたあと、安堵の息を漏らし、一護に手渡した。
「大丈夫だ。疲れて眠ってしまっているだけだよ」
浮竹のその言葉に皆も安堵の息を漏らした。
「冬獅郎…」
一番ホッとしているのは一護だった。
怖かった。
また自分の大切な人が居なくなってしまうのかって。
また俺は、護れなかったのかって。
―――絶対に、お前を護るからな。冬獅郎。
「!!」
何かに気づいたルキアは、バッと立ち上がり、辺りを見渡す。
「どうしたの?朽木さん」
井上の呼びかけに答えることなく、ルキアは自身の斬魄刀・袖白雪に手をかけながら瀞霊廷図書館を出て行く。
皆も慌ててそれについていくと、
「っ―――!!!」
宙に浮いていた人物―――白いマントをまとった女が、そこに居た。
「あら?よくこの微かな霊圧に気づいたわね。褒めてあげるわ」
「貴様らの目的は何だ!?」
ルキアのその問いに、女はニヤリと笑う。
「目的?そんなのすぐにわかるわよ」
そう女が言うと同時に、瀞霊廷全土が闇に包まれた。
「なっ…!?」
「何が起こったんだ!?」
一護達が慌てていることに、女は高笑いを始めた。
「あはははは!!!!!所詮死神代行ね!!!こんなことで―――」
一瞬、女の姿がぼやけたかと思うと、手元の重さが消える。
「―――この坊やを護れるのかしら!!?」
いつの間にか、日番谷は女の腕の中に横たわっていた。
「冬獅郎!!!」
「さよなら、オレンジ頭の死神―――いや、人間の坊や!貴方にこの世界を変えることはできるかしら!?」
そう言うと、女は一護達に背を向け、宙を足場にしながら、双殛の丘へと向かっていった。
「待ちやがれ!!!」
一護は「待て!一護!!」と止めるルキアを振り切って、逃げる女の背中を追った。
「たわけが…っ!我々も行くぞ!!」
「おう!!」
「ええ!!」
「うん!!」
と、四人が駆け出そうとした瞬間―――
「っ―――!?」
瀞霊廷を覆った黒い雲から、触手のようなものがルキア達を襲う。
ルキア達はそれを間一髪でかわす。
だが、黒雲の触手は尚もルキア達を追い回す。
ルキアは袖白雪を鞘から抜刀し、開放させる。
「舞え、袖白雪!」
刀身が白い純白の刀に変わる。
ルキアはそのまま袖白雪を構え、
「次の舞、白蓮!」
切っ先から、氷の塊が黒雲の触手に向かって飛び出す。
黒雲はその塊に当たると、一瞬にして凍りつき、そのまま粉々に砕け散った。
「どうだ!?」
一先ずは止まった黒雲だが、再びルキア達に襲い掛かった。
「待ちやがれ!!!」
その頃一護は、日番谷を抱えている女を瞬歩を使いながら、確実に距離を縮めていた。
「もう!しつこいわね!」
女はそう言うと、一護に向き直る。
手には、短刀がある。
一護はそれに気づかない。
「冬獅郎を返せ」
「嫌、と言ったら?」
「力ずくでも、取り返す!!」
一護はそう言って、背負っている斬月を握る。
それと同時に、巻きついている白い布がシュルリと解けた。
一護は布が解けたと同時に、女に斬りかかった。
女は微動だにしない。
一護の刃が、女を切り裂こうとした瞬間。
シュッ!!
乾いた音が耳の近くで聞こえたと思ったら、赤い液体が一護の視界に入ってきた。
一護は慌てて女と距離をとる。
その額からは、鮮やかな血がスゥ・・・と流れている。
「あら、意外と反射神経はあるのね。もうすこしいったかな、って思ったんだけど」
そう言う女の短刀からは、一護の血がポタポタと垂れていた。
「お前・・・その刀・・・」
「あっ!わかった!?そう。これは死神の持つ斬魄刀。でも、あたしのじゃないわ」
そう言って、短刀についた一護の血を日番谷を左腕で抱えながら、その抱えているほうの指で拭う。
「じゃあ、なんでてめぇが持ってんだよ」
「女性に対して「てめぇ」だなんて!アンタ・・・最っ低!!!」
そう言うと、女は一護に斬りかかる。
女なので力はないが、瞬歩より早い速度に、一護は少しだけ反応が遅れてしまい、短刀は脇腹を掠った。
「くっ・・・!!」
一護は痛みを堪えて顔を上げると、女の姿はそこになかった。
ふと後ろに気配を感じ、バッと振り返ると、黒い光に反射した刃が目の前まで迫っていた。
懴罪宮。
ルキア達が黒雲に、一護が女と戦っているとき、男は壺に自身の霊力を注ぎ込んでいた。
男が霊力を注ぐことで、その壺は放つ黒い光が強くなっていく。
「もう少しで、この黒雲がこの世界を滅ぼす。そして全てが闇に覆われ、全世界は無になるのだ」
そう言って男はクックックと笑う。
「さぁ、黒雲よ。全てを飲み込め。そして全ての事象の輪廻を断ち切るのだ!!」
黒雲が尸魂界全土に広がり、魂魄や死神を絡めとる。
黒雲がルキア達を襲う。
「咆えろ!蛇尾丸!」
「弧天斬盾!」
「唸れ、灰猫!」
皆それぞれ戦闘体勢に入る。
いくら黒雲を減らしても、男が生み出している黒雲は、増えることをやめずに次々と尸魂界を覆いつくしていった。
「くそ!いくら斬ってもきりがねぇぜ!」
「雲が斬れるわけなかろう!」
ルキアに指摘されて初めて気づく。
恋次は居ても意味が無いことに。
「・・・う、うるせぇよ!!だったら消し飛ばしゃいいんだろ!!」
そうやけくそに言うと、恋次は蛇尾丸を構える。
「卍解!狒狒王蛇尾丸!」
巨大な蛇の骨の様な形に変化する。
恋次は襲い掛かる雲に向けて蛇尾丸を伸ばし、
「狒骨大砲!!」
狒狒王蛇尾丸の口から赤い光が出たと思うと、雲はその光が通ったところに穴が開いていた。
「どうよ!」
しかし、黒雲は止まることなく増え続け、穴が開いていたところもすっかり閉じてしまっていた。
「クソッ・・・!」
恋次は蛇尾丸を振り続けた。
シュッ!!
橙の髪がパラパラと宙に舞う。
女の短剣は一護の髪を掠っただけだった。
短剣が一護の顔を捉える寸前に、一護は瞬歩で女と距離を取ったのだ。
それがあと一秒でも遅かったら、死んでいたかもしれない。
「もう!ほんと、すばしっこいのね!」
女は「あとちょっとだったのに」と残念そうに呟く。
一護は、斬月を構え直しながら言う。
「質問に答えろよ。その斬魄刀は?」
女は面倒くさそうに髪をいじりながら言う。
「私の親の形見よ」
「形見・・・」
一護は女の言葉を繰り返す。
「まったく・・・坊や、アンタが一番の厄介者だね」
女は一護を睨みながら言った。
一護は何も言わない。
「アタシたちの計画を邪魔しないでよ!!」
女は怒りを露にして一護に怒鳴る。
一護は静かな目で女を見据えて、
「何勘違いしてんだよ」
と言った。
女は一瞬呆けて「え・・・」と無意識に呟く。
一護は女を見つめたまま言う。
「確かに、お前らの今やっていることは尸魂界を壊滅させようとしている。けど、俺の一番の目的はお前らの計画とやらを阻止することじゃねぇ。俺の一番の目的は―――」
一護の姿が女の視界から消える。
「―――冬獅郎を護ることだ!」
後ろから一護の声が聞こえたと思っていたら、
ザシュッ!!
紅い液体が頭に降り注ぐ。
背中が痛い。
頭が濡れている。
ベトベトしている。
気持ち悪い。
紅しか見えない。
眩暈がする。
意識が朦朧とする。
抱えていた重みがない。
体が軽くなっていく。
体が落ちていく感じがする。
体を動かすことが出来ない。
真っ暗―――
一護は女の背中を斬りつけたあと、眠っている日番谷を即座に女から奪った。
女はゆっくりと重力に従い、地面に落ちていくと、強く頭を打ったらしく、血が出ている。
ピクリともしない。
一護はそれをしばらく見つめた後、日番谷を見つめ、軽く頬を叩いた。
「冬獅郎。大丈夫か?」
しばらくすると、日番谷がゆっくりと目を開ける。
一護は日番谷が完全に起きたことを確認して、問う。
「冬獅郎。これからあの男の所に行く。ついてこられるか?」
日番谷はゆっくりと首を縦に振った。