His memory disappeared into the clouds
「おれ・・・は・・・?」
「思い出せ!冬獅郎!!」
「もう・・・日番谷隊長の記憶は・・・」
「諦めろ、一護」
もう、彼に声が届くことはないのか?
もう、あの瞳の色を見ることは出来ないのか?
もう、あの日々に戻ることは出来ないのか?
彼の頭の中は―――真っ白だった。
***
日番谷先遣隊が尸魂界から派遣されて、数日。
グリムジョー率いる破面との先頭を終え、皆休養をとっていた。
―――一護の学校で。
「おい恋次。戦闘前からずっと気になってたんだが、この「手にぎりおむすび」。俺はウラで糸を引いている奴が居ると見たんだが、お前はどう思う?」
「僕も気になっていたところだ。一度現世に来たことがる君なら何か知っているんじゃないかい?」
「いや。そんなこと俺に聞かないで一護に聞いてくださいよ・・・」
「おーりーひーめー☆また、あの時食べたアイス食べたい!また、つくってもらっていい?」
「ええ、いいですよ!今度は何乗せます?餡子は絶対乗せましょうね!」
「何故餡子にこだわるのだ?井上…」
皆好き好きに話している。
そんな中、先程から何も話さない人物が二人・・・
「・・・」
「・・・」
一護と日番谷だ。
「あいつら・・・完全に現世に遊びに来てないか・・・?」
一護は破面達との戦闘に敗れた事に勝るほど、派遣されてきた死神たち(一人除く)に呆れていた。
「・・・ああ、そのようだな・・・」
日番谷は怒りマークまで浮かべている。
そんな二人のことなど眼に入ってないのか、死神たちは楽しそうに喋りまくっていた。
「いいのか?冬獅郎?」
「仕方ねぇよ。今のあいつらに何言っても聞かねぇだろ」
そう言ってため息を吐く。
一護は改めて日番谷の苦労を知った。
ピピピピピッ!
突如、日番谷の伝霊神器がその場に鳴り響く。
今までふざけあっていた死神たちも、真剣な顔つきになる。
「破面か!?」
一護は慌てて訊く。
「いや…破面ではないが、アジューカスだ」
「そうか…」
そう言って一護は死神化する。
「じゃぁ、俺がちょっくら行って、片付けてくる」
そう言って飛び出そうとする一護を日番谷が止める。
「おい、待て!破面ではないとはいえ、相手はアジューカスだぞ!!」
「そうだ!何か特殊な能力を持っているかもしれんのだ!少しは落ち着け!」
ルキアも日番谷の言葉を次いで、一護を叱咤する。
「だからって、このままにしとく気かよ!!」
「そうですよ、日番谷隊長!止めても俺たちは行きますよ!」
「情報が来るまで待つなんて、僕達の性には合いませんからね」
一角と弓親も既に死神化しており、戦闘体勢になっていた。
「だが「こらぁああああ!!!!!」
日番谷の言葉を遮って、乱菊が一角の頭をおもいっきり殴る。
「ってぇな!!!何すんだ松本!!!」
「うるさい!!ツルッパゲ!!隊長の命令を聞かないあんたらがいけないんでしょ!!」
仁王立ちになって三人を説教する乱菊。
日番谷はそれを黙って見ていたが、
「お前…俺が仕事しろって言ってもしねぇじゃねぇか」
と、小さく呟いたのだった。
それが聞こえていた織姫は、苦笑いをしていた。
それからしばらく言い争っていたが、呆れた日番谷が数秒で片付けてしまい、皆大人しくなった。
日番谷がアジューカスを倒した同時刻。
黒いマントをたなびかせながら、その様子を宙から見ていた人物がいた。
「…フン。なるほどな」
そう言うと、その人物は音を立てずに消えた。
***
日番谷がアジューカスを倒して皆(一部除き)が大人しくなった後、それぞれの家路に帰ることになった。
恋次は浦原商店へ。
一角と弓親は啓吾の家へ。
一護とルキア、日番谷と乱菊と織姫は途中まで一緒だったため、一緒に歩いていた。
「だいたいなんで冬獅郎が倒すかな~。お前が「待て」って言うから待ってたのに、お前が倒しちゃ意味ねぇじゃん」
一護が不満そうに言う。
「たわけ!今にも行こうとしていたではないか!」
「そ~よ。あれは私が止めてたんだから!」
ルキアと乱菊は同時に一護の頭を叩く。
二人(ほぼ乱菊)の威力が強かったため、一護は前のめりになるが、なんとか体勢を立て直し、二人を振り向く。
「ってぇな!ルキアはともかく、乱菊さんは加減ってもんをだなぁ・・・!」
「なによ!何か文句でもあんの!?」
そう言う乱菊の後ろに黒いオーラが見えた。
「す・・・スイマセンデシタ・・・;;」
一護は大人しく身を引いた。
「大丈夫!?黒崎君!!顔色悪いよ!」
「井上・・・今の見えなかったのか?」
一護のその言葉に織姫は頭の周りに?を浮かべている。
どうやら、乱菊の黒いオーラは一護にしか見えなかったらしい・・・
「そんなことより、隊長☆やっぱり行く宛てなかったんじゃないですか☆」
乱菊が日番谷の肩を揉みながら言う。
「素直にそう言ってくれれば、すぐに入れてあげたのに~」
「・・・うるせぇ」
日番谷は乱菊の手を払いながら言う。
「隊長の意地っ張りぃ~」と叫んでいる乱菊を放っておいて歩き始める日番谷に一護が駆け寄る。
「いいのか?アレ・・・」
「いいんだ。ほっとけ」
振り向こうともせず歩き続ける日番谷と、叫び続けている乱菊に困り果てている織姫とルキアの姿を見て、苦笑いをするしかない一護であった。
「―――っ!」
突然、日番谷に頭痛が襲う。
「冬獅郎!?」
一護は慌ててその体を支える。
日番谷は未だ頭痛に苦しんでいる。
「「隊長!?」」
「冬獅郎くん!?」
それに気づいたルキア達も駆け寄って来る。
しかし、突如現れた黒いマントに身を包んだ男に阻まれてしまう。
「誰だ!?」
ルキアが驚いてその男に問う。
その問いに男はルキアに首だけ振り向いて、
「・・・答える必要はない」
男がそう言うのと同時に、ルキアを含め、乱菊、織姫は後方へ吹っ飛ばされる。
「ルキア!!井上!!乱菊さん!!」
三人とも命に別状はないが、気を失っているようだった。
男は日番谷達を振り返り、真っ直ぐ向かってくる。
一護は日番谷を支えながら、警戒して一歩後ずさる。
男が日番谷達の目の前に来ると、頭痛に苦しんでいる日番谷を見下ろす。
「・・・」
無言でいる男に一護が警戒しながら問う。
「・・・お前の所為で、冬獅郎がこんなことになってんのか?」
「・・・」
無言だった男は、一つ間をおいて言う。
「・・・それも答える必要はない」
「―――っ!!」
突如、一護の体にものすごい重力がかかる。それと同時に、前方から強い風が吹いた。いや、それは風というよりも、磁石の力が働いているかのような力だった。
一護はルキア達のように飛ばされないように、必死に耐えているが、少しづつ後ろに押されていた。
「ほう・・・ここまで粘るか。しかし・・・」
男が日番谷の頭に手を翳す。
それと同時に、日番谷の頭痛が止まった。
日番谷は何が起こったのかわからず、頭痛の代わりに来る、何かが抜けていく感覚をただ感じているだけだった。
男は日番谷の頭に翳した手をどける。
その瞬間、日番谷は力が抜けるようにその場にバタリと倒れた。
「と・・・とうし・・・ろう・・・!!!」
一護は頭上と前方からくる重力に耐えながらも、必死にその名を呼ぶ。
しかし、日番谷は気を失ったまま、ピクリともしない。
一方男の手には、なにやら白く光る光球がある。
「これだけあれば、十分なのでな」
「なっ・・・!!」
そう聞こえたかと思うと、男の姿もなく、一護にかかる重力も消えていた。
必死に重力に耐えようとして、前方に力を加えていたため、その力が消えた瞬間倒れそうになったが、なんとか持ちこたえて慌てて日番谷のもとに駆け寄る。
「おい、冬獅郎!!しっかりしろ!!冬獅郎!!!」
何度呼びかけても反応がないため、一護は日番谷を背負って、気を失っている三人を起こしに行った。
***
クロサキ医院・一護の部屋。
あの後すぐに目を覚ました、ルキア、織姫、乱菊の三人は、一護の部屋のベッドで眠っている日番谷のそばにずっと居た。
もちろん、一護も。
日番谷は、外傷がないため、織姫の双天帰盾では治しようがなかった。
ただ、目を覚ますのを待つことしかできない四人は、辛さで会話を交わすことなく、ただ黙って見守っていた。
特に一護は、そばに居ながら護ってやれなかったことに後悔して、ずっと俯いていた。
そんな重い空気がしばらく続いた頃。
「ぅ・・・ん・・・」
呻き声が室内に響き渡り、皆ハッとして日番谷を見る。
日番谷はゆっくりと瞼を開けていた。
「冬獅郎(くん)!!!」
「(日番谷)隊長!!!」
四人同時に駆け寄る。
日番谷は虚ろな目で、駆け寄ってきた四人にゆっくりと視線を合わせる。
「大丈夫か!?冬獅郎!!」
「どこも怪我ない!?」
「心配したんですからぁ!」
「大丈夫ですか!?日番谷隊長!」
四人が安堵の息を漏らしながら口々に日番谷に語りかけるが、日番谷はどれに返事をしない。
頷くことも。
「冬獅郎、どうした?」
「日番谷隊長?」
その様子を不思議に思った一護達は日番谷に問いかけるが、日番谷は近づいてくる一護達から距離をとるように、少しあとずさる。
その、一護達を警戒している様子に、四人はただ不安を抱くだけだった。
しばらくして、何も言わなかった日番谷が口を開く。
「・・・誰だ?」
「え・・・」
その口から出てきた言葉は、信じられないことだった。
その言葉に、一護は無意識に呟く。
信じたくない。
でも、聞き間違いではないのであれば、彼は確かに言った。
―――「誰だ?」と。
「な・・・なに言ってんだよ」
「日番谷隊長・・・?どうされたのですか・・・?」
不安が、膨らんでいく。
「た・・・隊長が冗談だなんて、めずらしいですねぇ・・・!」
「そ、そうだよ冬獅郎くん・・・!冗談なんでしょ・・・!」
乱菊と織姫は、日番谷の言葉を冗談と自分に言い聞かせるように、日番谷に問う。
しかし―――
「・・・誰だと聞いている」
冗談などでは、なかった。
「冬獅郎!!どうしちまったんだよ!!」
「記憶を失われたのですか!?」
「そんな・・・!隊長!!」
「嘘だよね!冬獅郎くん!」
皆信じられない、と口々に言うが、日番谷の四人を見る眼は、警戒の色で染まっていた。
一番初めに我に返ったルキアが、ハッとして声を上げる。
「まさか!一護が言っていた、あの男が手に持っていたものは・・・!!」
その言葉に皆もハッとする。
「あれが、冬獅郎の記憶だってのか!?」
「まだそうと決まったわけではないが、あの男が日番谷隊長に何かをしたとすれば、その時しかなかろう?」
確かに、あの男が日番谷に近づいたのは、あの時しかなかった。
それに、男が手を翳した後、日番谷が倒れたということは、その時しか考えられなかった。
「そうだけど・・・。・・・じゃあ、冬獅郎は・・・!」
「・・・あの男の光球・・・。アレを取り返さねば、日番谷隊長の記憶は・・・―――戻らぬかもしれん」
ルキアのその言葉は、マイクをつかったかのように、その部屋に響き渡った。
しばらくの沈黙が続く。
その沈黙を破ったのは、日番谷だった。
「・・・お前ら、さっきから何言ってやがる。俺の記憶が失っただと?ふざけたこと言ってんじゃねぇよ」
その言葉に一護がハッとする。
「お前・・・!自分のことは覚えてんのか!?」
「ハァ?」
一護のその言葉に日番谷が心外そうな顔をする。
「自分のこともわからねぇ馬鹿が、この世界のどこにいるってんだ?」
確かに、話の流れからいくら記憶がなくとも、自分のことを話しているだろうということはわかる。
しかし、一護達はハッキリと「日番谷」や「冬獅郎」と言っていたそれを、当たり前のように「自分だ」と認識することは出来るのだろうか。
少なくとも、「それは自分のことか?」と聞くことぐらいはすると思う。
それをしない日番谷は、もしかすると・・・
「お前・・・記憶が抜けてるのは、一部だけなのか?」
少なくとも、一護達のことは忘れてしまっている、ということだ。
「だから何度も言ってるだろ!お前達のことなど知らねぇ!!」
―――自分は記憶を失って言うわけではない。
―――自分はただ、お前達のことなんか知らないだけだ。
日番谷はそう言った。
その言葉に反応したかのように、白いマントを纏った人物が、一護達と日番谷の間に入る。
日番谷に背を向けているということは・・・
「誰だテメェ!!」
少なくとも、一護達の敵だ。
白いマントを纏った人物は、怒鳴る一護を横目で見ると、すぐに視線をはずし、口を開く。
「器を回収しに来た」
その声は、少し低めだが女性の声だった。
一護達は、その女の言っている意味がわからず、眉をひそめる。
「『器』ってなによ」
乱菊が一歩前に出ながら、その女に問う。
女は日番谷の方に体を向けて、言葉を放つ。
「コレに決まっている」
そう言うのと同時に、女と日番谷の姿が消えた。
慌てて窓の外を見ると、既に気絶した日番谷を腕に抱えている女が、一護達を見下ろしていた。
「もうすぐで、世界が滅びる。せいぜい残りの時間を大切に使うことだな」
そう言い終わるころには、女の姿は消えていた。
「待ちやがれ!!『残りの時間』ってどういうことだ!!」
そう叫ぶものの、既に女は姿を消しているため、それが届くことはなかった。
ガンッ!!
一護は窓の淵に思い切り殴りつける。
痛みはあるものの、一護にとってはそれどころではない。
「また・・・また俺は・・・冬獅郎を、護れなかった・・・っ!!」
「一護・・・」
ルキアはやりきれない思いで、一護を見る。
一護の大きな背中が、今は小さく見えた。
***
暗い闇の中。
少年の髪の輝きさえも奪ってしまう闇。
何も見えない。
何も感じない。
何も―――思い出せない。
頭の中は真っ白なのに、
この空間は真っ黒だった。
重い。
頭の中が空っぽな分、
圧力のように、
外側からものすごい力で押されている。
瞼さえも、開けられない。
声が聞こえる。
空間が広いのか、
反響している。
前方から聞こえてきたかと思ったら、
今度は後方から聞こえてくる。
左から聞こえてきたと思ったら、
次は右から聞こえてくる。
自分の周りに、
同じ人物が円を描くように居るような、
同じ声が聞こえてくる。
たまに聞こえてくるその人物以外の声。
それは、周りの声と混ざっていて、
聞き取りにくい。
『準備は出来ているか・・・?』
「えぇ・・・は・・・みは・・・か?」
『おそらく、器を追ってくるだろう』
「こ・・・し・・・す・・・?」
『いや、その必要はない。あの者達は器に始末させる』
「では・・・は?」
『そうだな・・・まぁ、とりあえずアレを頼む』
「しょ・・・し・・・た」
声は、そこで止んだ。