空を翔る鳥の想い
その頃、一護達は他の死神は瀞霊廷に戻ってから合流することになり、一護とルキア、恋次は日番谷のもとへ急いでいた。
「それで、日番谷隊長がどこにいるかわかってんのか?」
恋次はそう言って前方の一護に問う。
「ああ。あのとき冬獅郎は潤林安に居た。たぶん、あの様子だとたいした距離は歩いてねぇ。ってことは、あの近くを探していけばいい」
「なるほど。しかし、あの少年はどうするつもりだ?」
二人の会話を聞いていたルキアは、一護の隣に並んで訊く。
「先ほども話したとおり、あの少年の日番谷隊長にたいする想いは強い。その想いがあの少年の強さなのだろう。しかも、なにか特殊な・・・」
「ああ、わかってる。でも、行くしかねぇだろ!」
そう言って、ルキアと恋次を振り返る。
二人は「ああ」と言ってうなずいた。
「へっへ~w」
「・・・なんだその変な笑いは」
急に笑い出した天飛を見て、若干引いている日番谷。
「変って言うな!」
「ハイハイ・・・。で、なんなんだ?」
昔と変わらず子供な天飛に呆れながら、聞き返す。
「実はねぇ・・・ジャーン!」
そう言って懐から取り出したものは、
「・・・鶴?」
ボロボロの紙で折られた鶴だった。
何度もその紙で折ったのか、羽の部分もしわくちゃだった。
「お前、紙ぐらい新しいのを用意しろよ」
「え~」
「なんの「え~」だ」
「だって・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・おい?」
「・・・そういえばそうだったね」
「馬鹿だな」
「・・・(T△T)」
(まったく・・・)
日番谷に「馬鹿」と言われて凹んでいる天飛を見て、呆れながらも笑ってしまった。
こんな日がずっと続くといいのにな、と。
(・・・?)
自分の思ったことに日番谷は驚く。
自分はずっと天飛と一緒に居る、と先刻言ったばかりなのに、何かが引っかかっている。
いまだに凹んでいる天飛。
このような光景をどこかで見たことがある気がする。
凹んでいたのは、天飛ではなくて・・・
・・・誰だ?
知っているはずなのに、何かその部分だけが抜け落ちている。
・・・雛森?
違う。あいつは確かに天飛と似たような性格で、まれに凹んでいたこともあったが、違う。
根拠はない。でも、雛森ではないことは確かなんだ。
確か、あれは・・・
「―――っ!?」
突然、天飛がガバッと立ち上がる。
「天飛・・・!?」
日番谷の呼びかけが聞こえていないほど、天飛は何かに驚愕して眼を見開いている。
その様子に、日番谷の思考は中断した。
一方天飛は焦りと驚愕である方向を見つめている。
それは、一護達の居る方向。
(何故だ!?何故あいつらの意識が・・・!!)
確実に生気を抜いたと思っていたのに。
しかも、一護の霊圧まで感じて怒りがこみ上げてくる。
(殺し損ねた・・・!!)
失態だった。
まさかそこまで生命力が強いとは思わなかった。
それとも、駆けつけた仲間が治療したのか。
とにかく、一刻も早くやつらを殺さなければ。
日番谷がやつらと接触すれば・・・
(思い出してしまう!!)
死神のことを。
あの日のことを。
(それだけは絶対にさせない!!!)
「天飛、どうしたんだ?」
日番谷の呼びかけに我に返った天飛は、慌てて笑顔を作り、
「なんでもない!」
そう、答えた。
(とにかく、悟られないように冬獅郎を眠りにつかせて、さっさと奴等を始末しに行かなくちゃ)
そう考えて、怪訝そうに自分を見ている日番谷に近づく。
「冬獅郎。ちょっといい?」
「何だ?」
日番谷の隣にしゃがんで、その額に手を伸ばした。
しかし、突如感じた三つの霊圧に驚いて手を引っ込める。
「何・・・!!?」
「天飛・・・?」
日番谷は先刻からの天飛のおかしい様子に、戸惑っている。
天飛は驚愕して眼を見開いていた。
(まさか・・・!!奴ら、僕らの居場所を・・・!?)
それはおかしい。
そんなこと話した記憶もない。
そこまで考えて天飛はハッとなる。
(そういえば、あの時―――)
―――あの橙に二回目に出会った場所。
あの時は、冬獅郎の事しか眼に入ってなくて、そこがどこだか考えもしなかったが・・・
そう、あの場所は潤林安だった―――。
失念していた。
あの橙はあそこで冬獅郎に会ったんだ。
冬獅郎には眼に見えない足枷をつけておいた。
つまりそれほど遠くには移動できないはず。
そこで奴と一緒に居たとなると・・・
やはり、住む場所を潤林安にしたのが間違いだった。
まさか、死神と仲良くしてるだなんて・・・!
(とにかく、冬獅郎をこのままにはしておけない!)
天飛は日番谷を振り返ると、そのままの勢いで腕を日番谷に伸ばした。
「ごめん!!冬獅郎!!」
「天―――!?」
ドォオオオン!!!!
突如、家の戸が破壊され、驚いた天飛は伸ばした手を引っ込める。
「何!?」
「っ・・・!?」
砂埃が舞う中、無数の人影が現れる。
「よう。こんなところに居やがったのか」
「まったく。子供の考え方のようだな」
黒髪の少女と、赤い髪の青年。
それから―――
「くっ・・・!お前・・・!」
橙色の髪―――黒崎一護。
「冬獅郎を、返してもらおうか」
「・・・!!」
「お前らは・・・?」
顔をしかめる天飛とは対象的に、日番谷は突然現れた見知らぬ人物たちに驚いている。
「冬獅郎。助けに来たぜ」
「もう大丈夫ッスよ、日番谷隊長」
「さぁ、日番谷隊長。こっちです!」
皆がそう促すが、日番谷は困惑したまま動かない。その様子に三人は違和感を感じ始める。
「どうした冬獅郎?はやくこっち来いよ」
「・・・お前ら・・・誰だ?」
天飛がニヤリと笑った。
「な、何言ってんだよ・・・冬獅郎・・・」
一護は呆然と呟く。
「誰だよお前ら・・・天飛、知り合いなのか?」
日番谷は突然の出来事に混乱している。
一護達はそんな日番谷の様子に驚愕を隠しきれない。
「冬獅郎は気にしなくていいよ」
天飛はそう言うと日番谷を自身の背後に下がらせる。
「てめぇ・・・冬獅郎に何しやがった・・・!?」
「別に何もしてない。それより早く出てってくれないか?これ以上僕たちをわけのわからないことに巻き込まないでくれ」
「ふざけんな!!・・・冬獅郎、どうしちまったんだよ!?」
「っ・・・」
日番谷は知らない人物に「どうしたんだ」と言われ、困惑している。
「一護、少し落ち着け」
「恋次・・・」
恋次にそう言われ、ようやく我に返る。
「おい。知らねぇってこたぁねぇだろ?一体、日番谷隊長に何しやがった?」
「・・・」
一護の動揺を見て嘲笑っていた天飛だったが、恋次にそう問われ真剣な表情になる。
「また、貴様のその妙な術か?」
ルキアが一歩前へ出て言う。
「君は・・・?」
天飛が首を少し傾げて呟く。
「覚えておらぬか?過去に貴様と一度会ったのだがな」
「・・・そうか。あの時のお姉さんか」
そう呟くと口角を少し上げる。
「あの時はありがとうね。でもさ、このことだけは譲れないよ」
「わかっておる。・・・それともう一度聞く。日番谷隊長のそれは、貴様の妙な術か?」
その言葉に天飛は一瞬顔を伏せる。
そして後ろにいる日番谷を横目で見ると、視線を再びルキアに戻して、
「ああ、そうだよ」
その答えにルキアは顔をしかめる。
「やはりか・・・!」
「そっか・・・君にはあの術の一つを教えたんだもんね・・・知ってて当然か・・・」
やれやれと肩を竦める。
黙っていた一護は天飛に問う。
「なんなんだよ、さっきから言ってる術って!?」
「それは僕に聞くより、そこの彼女に聞いたほうがいいよ」
そう言ってルキアを見る。
「不覚にも、貴女を護るために使ったあの術が、こんなところで支障が出るとは・・・思ってなかったよ・・・」
「・・・」
「護る・・・!?」
天飛の言葉に疑問を持つ一護。
「貴女は、それを眼で見て実感したんだもんね・・・恐怖をさ・・・」
「っ・・・!」
ルキアは眼を見開いて恐怖に顔を引きつらせる。
「僕の術は・・・今の貴女でも越せないよ」
「あ・・・っ・・・!」
ルキアの全身がガタガタと震えだす。
「ルキア!?」
恋次は驚いてルキアを見る。
「あの時見せた術は未完成でね・・・僕もまだ未熟だったからあの程度で済んだんだ。でも・・・」
「っ―――!!」
天飛の殺気の篭った眼がルキアを映し出す。
「今じゃ、君たち三人一気に殺せるんだよ」
「天飛、やめろ!」
「!?」
突如、後ろから聞こえたその声に驚いて天飛は振り返る。
そこには、自分を睨んでいる日番谷の姿が。
「・・・冬獅郎?」
天飛は訳がわからず、呆然と呟く。
そんな天飛に日番谷は睨んだまま口を開いた。
「そいつらを・・・殺すな」
「「「「!?」」」」
日番谷のその言葉に、天飛だけでなく一護達も驚く。
「な・・・何言ってるの?冬獅郎」
天飛は何かを否定するように首を横に降りながら、よろよろとおぼつかない足取りで日番谷に近づく。
「な、何でそんなこと言うの?冬獅郎・・・」
「天飛、やめろ・・・」
ただひたすらその言葉を繰り返す日番谷の眼は、真っ直ぐ天飛を見据えていた。
そんな日番谷の視線に天飛はたじろぐ。
「っ・・・何で・・・!・・・どうしてなんだよ!冬獅郎!!」
「・・・こいつらの眼が、嘘を言っているようには、見えないからだ」
「!」
日番谷のその言葉に、一護は驚きと喜びを感じた。
先程からの日番谷の言動、ルキアと天飛の会話からして、日番谷が天飛の何かの術で記憶を失っている可能性があるのはなんとなく感じていた。
だから、記憶を失っていても自分達のことをかばってくれた日番谷に、「自分達は何があってもつながっているんだ」ということが、動揺していた一護にとってとても安心を与えたのだった。
「・・・さない」
「え・・・?」
不意に天飛が呟く。
日番谷はその呟きが聞き取れず聞き返すが、その瞬間突如感じた殺気に身を引く。
「許さない!!」
そう叫んだ天飛から、隊長格程の霊圧が溢れ出す。
「っ・・・!」
その威力で日番谷の体は吹っ飛び、壁に叩きつけられる。
「冬獅郎!」
一護は慌てて駆け寄ろうとするが、天飛がそれを許さなかった。
「冬獅郎に、近づくなぁああ!!!」
「っ・・・、!?」
天飛は自身の掌を一護に向ける。
「死ね・・・」
天飛がそう呟くと、一護に向けている掌に、周りの空気を圧縮したかのような透明の球体ができる。
「!?」
「まずい・・・!一護、逃げろ!!」
ルキアがそう叫ぶと同時に、球体は天飛の掌から離れ、一護へとすさまじい勢いで飛んできた。
「なっ・・・!」
一護は斬月を抜刀しそれを防ぐが、勢いが強く、後方へと激しくとばされてしまう。
「うぁあああ!!!」
「一護!!」
ルキアはあわてて駆け寄る。しかし、天飛の掌が自分に向けられていることに気づき、立ち止まって構える。
「・・・怖いの?」
「っ・・・!」
天飛の静かな問いに、ルキアの肩はビクッと跳ね上がる。
「・・・今ならまだ許してあげるよ。すぐにここから出てって」
「そうはいかねぇな」
後ろから聞こえた声に天飛はは振り返る。
「冬獅郎を返してもらうまではな」
そう言いながら、一護は自分の上に乗っている瓦礫をどかしながら立ち上がる。
「一護・・・!」
「ったく、心配かけさせやがって!」
恋次が呆れた眼で一護を見ながら言う。
「なんだよ、恋次。お前心配してたのかよ?」
「ケッ!誰がテメェの心配なんかするかよ」
「貴様・・・先程と言っていることが違うぞ」
ルキアが呆れた口調で言う。
「う、うるせぇよ!!それより、さっさと日番谷隊長、助けて来い!」
「お前に言われなくてもわかってるよ」
そう言って天飛を見る。
「・・・」
天飛は無表情で一護達を見据えている。
一護は刀を持ち直して、口角を上げた。
「そういうことだ。てめぇがなんと言おうと、冬獅郎は返してもらう」
「・・・冬獅郎」
天飛は日番谷のほうを見ずにそう呼ぶ。
日番谷は痛みに顔をしかめながら、天飛を見た。
「・・・やっぱり冬獅郎は、あいつらのところに行ったほうが、いいのかもね」
「・・・!」
日番谷は驚いて天飛を見つめる。
「天飛・・・何言って・・・!?」
「だって、冬獅郎はこいつらのことをかばったじゃないか。こいつらだって冬獅郎を返せって言ってるし、だったらさ・・・」
「何言ってんだよ!天飛!ずっと一緒だって言ったじゃねぇか!」
「でも・・・」
「俺は、こいつらのことなんか知らない!!」
日番谷のその言葉に一護は目を見開く。
「お前等は、いったい何者なんだよ・・・?」
もうなにがなんだかわからないような感じで、日番谷は呟く。
その一方で、一護は衝撃を受けていた。
(本当に、俺達のこと、忘れちまったんだな・・・)
一護はそこで思いつく。
(そういえば、こいつの術・・・)
それは、天飛の術のこと。
先程から、ルキアは知っている風に言っている。しかも、なにか恐怖を感じているようだった。
(こいつの術になにか仕掛けが・・・?)
そう考えていると、天飛が口を開く。
「こいつらのこと、知らないくせに・・・こいつらの味方をするなんて・・・冬獅郎はやっぱりやさしいね」
「天飛・・・」
「もういいよ。じゃあね。冬獅郎・・・」
そう言って、天飛は日番谷に背を向ける。
「ま、待て!天飛!」
「冬獅郎!」
縋りつくように駈けだした日番谷の肩を瞬時に掴む一護。
「な・・・!何しやがる!」
「冬獅郎!あいつは危険だ!」
「なんだと・・・!お前に天飛の何がわかる!?」
そう言って日番谷はバシッと一護の腕を振り落とす。
「あいつは、俺と出会う前、ずっと独りで・・・!あいつをまともに育ててくれる奴も居なくて、潤林安に来る前は、ここよりずっと治安の悪いところにいたんだ!」
「・・・」
「俺だって独りだった・・・でも、天飛と出会って、本当の兄弟のように俺達は過ごして来たんだ!それなのに・・・」
そこまで言って一護を睨む。
「てめぇらが俺とどんな関係だったかは知らねぇが、天飛と俺のことを邪魔するというのなら―――お前等を殺す」
「・・・!」
日番谷の、その殺気の籠った視線に、一護は怯む。
それを見ていたルキアと恋次も、同じだった。
「冬獅郎・・・!」
日番谷のその態度を見て、嬉しそうに眼を少し見開いた天飛。
日番谷は天飛に駆け寄って、その腕をつかんだ。
「先刻も言っただろ?俺はお前とずっと一緒だ」
「・・・!」
天飛は日番谷のその言葉に目に涙を浮かべる。
日番谷はそんな天飛を見て微笑し頷くと、天飛を庇う様に一護立ちの方を振り向く。
「・・・お前らは、一体何なんだ?」
日番谷のその問いかけにピクッとなったのは、一護たちではなく、泣きかけていた天飛だった。
「・・・死神、代行だ」
一護はそう答える。
日番谷の背後に居る天飛は、俯いていた。
「死神・・・?」
「・・・」
天飛の握った拳が、震えている。
「なんだそれは・・・?」
「「「―――!?」」」
日番谷の言ったことを直に理解できなかった三人は、ただ呆然とする。
「なに、言って・・・?」
「死神・・・?天飛、「死神」ってなんだ?」
「冬獅郎、それは・・・」
天飛は視線を逸らせながら、言いづらそうに口ごもる。
一方一護達は、ようやく日番谷の発した言葉の意味がわかった。
「冬獅郎!!お前、何言ってやがる!!」
「日番谷隊長!!御冗談はやめてください!!」
「どうしちまったんスか!!日番谷隊長!!」
そう慌てだす一護達に一瞬驚いた日番谷だが、一護達の言っている意味がわからず睨み返す。
「どうしちまったかだと?俺はどうもしてない。それより、さっきから変なことばかり言いやがって・・・」
「お前・・・死神を忘れちまったのか?」
一護がそう呆然と呟く。
日番谷はその呟きに眉をひそめた。
「・・・なんのことだ?」
「冬獅郎!!」
突如大声で叫んだ天飛は、日番谷に駆け寄ってその腕をつかむ。
「そいつらの言うことなんて聞かなくていい!!さぁ、早く逃げよう!」
「っ!!そうか、これもテメェの仕業か」
天飛の言葉を聞いて、一護は確信した。
「っ―――!」
天飛はハッとなって一護を振り返る。
「その妙な術とやらで、俺達のことも、死神のことも、全部忘れさせたわけだ」
「何言ってんだ!出鱈目言うな!!」
「出鱈目?出鱈目言ってんのはお前じゃねぇか」
日番谷は急に取り乱した天飛と、冷静にしている一護を見て、戸惑っている。
それに気付いた天飛は日番谷の腕を掴んだまま外に逃げだした。
「待ちやがれ!!!」
一護達も慌ててそれを追う。