空を翔る鳥の想い
話し終わった天飛はうつむく。
「だから・・・だから・・・冬獅郎は僕が護らなきゃ。死神なんかと一緒に居ちゃいけないんだ」
一護は天飛の話を聞き終わって、目を伏せる。それと対象に、天飛は顔をあげる。
「だから、邪魔しないでよ。僕は冬獅郎に僕のことと、犯された日の二つの過去を消した。そうじゃないと辛い目にあっちゃうから!死神なんかと一緒に居たら、思い出しちゃうだろ!!」
悲痛な叫びに、一護は顔を上げる。その顔は怒りに満ち溢れていた。
その顔を見て、天飛はあとずさる。
「・・・だったら、お前が居れば冬獅郎のことは確実に護れんのか?実際、冬獅郎はこうして、お前のところから出てきて、俺と再開した・・・お前にとって敵である俺に、この状況はまずいんじゃねぇのか?」
その言葉をきいて、天飛はハッとする。
「もう、お前の負けだ。一人で冬獅郎を護るなんてお前にはできねぇよ」
一護は言いながら天飛に近づく。
天飛の肩は、震えていた。
「・・・」
一護は天飛が抱いている、気を失った日番谷に手を伸ばす。だが―――
「っ!?」
突然、一護の体のあちこちから血が溢れ出す。一護は自分に何が起こったのかわからず、ただ、地面に体が吸い込まれる感じだけを感じ取っていた。
一護が血を流して倒れた後。
天飛は日番谷を抱えなおしながらそれを見た。天飛は、一護の体に術をかけたのだった。それは、日番谷と別れてから「強さ」を求める旅で得た能力だった。
「…君がなんと言おうと、冬獅郎は渡さない。僕が冬獅郎のモノになれないというのなら、冬獅郎が僕のモノになればいい。そして僕らは、永遠に一緒だ」
途中から、自分の腕に抱えている日番谷を見て言う。
そして天飛は、失意に見開かれて倒れている一護を残し、風のように消えていった。
***
あれは・・・珍しく、冬獅郎と二人きりになったときだった・・・
『冬獅郎』
『日番谷隊長だ』
いつものやり取りをしたあと、一護はまっすぐ前を向いたまま、口を開く。
『お前が・・・もし、俺を忘れちまったときは・・・』
なんで、あんなこと言いたかったのかは、わからない。
『何があっても思い出せてやるからな』
ただ、なんとなく・・・冬獅郎が俺のことを忘れちまったらって思って・・・
『ていうか、忘れさせねぇ!』
それが、とても不安だったんだ・・・
『だから・・・勝手にどっか行くなよ・・・!』
ただ、あの時冬獅郎に言われた言葉が・・・
『・・・心配すんな』
俺の心に染み込んできて・・・
『・・・俺たちは、仲間とかそんな言葉だけで繋がってるわけじゃねぇ』
俺の荒れていた心を、静めてくれた・・・
『俺たちは、ちゃんと見えない『何か』で、繋がっているから・・・』
そう、繋がっている・・・
『言葉では・・・説明できねぇがな・・・』
と、思ってた・・・
***
潤林安外れの小さな家。そこに、二人の少年が居た。
一人の少年は、眠っているのか、布団に横たわっていた。
もう一人の少年は、寝ている少年に背を向け、頭を垂れながらひざを抱えて蹲っていた。
蹲っている少年は、うわ言のように「僕が悪いんじゃない」とひたすら繰り返している。
蹲っている少年―――天飛は、寝ている少年―――日番谷から、死神の記憶を消してしまったことで、自分に言い訳をしていた。
「僕が悪いんじゃない・・・冬獅郎がいけないんだ。死神なんかになるから・・・隊長なんかになるから・・・あんなことされた死神のところにいる、冬獅郎がいけないんだ・・・僕は悪くない・・・でも、これからは死神のことなんか忘れて、僕と平和に、無事に暮らしていけばいい・・・そうだよ・・・冬獅郎は僕のモノだ・・・。そうだ。いらない霊力なんて、消しちゃおう・・・そうすれば、死神の元になんて戻れない・・・あいつらも、冬獅郎のことを探し出すなんてことは、絶対にできない・・・そうだ・・・そうだよ・・・僕が悪いんじゃない・・・『死神』という存在があること自体がいけないんだ・・・」
天飛はひたすら念仏のように繰り返していた。
記憶を消された日番谷は、起きる気配は―――ない。
***
潤林安・白道門側付近。
一護は生気を取られた死神たちのように、瞳に光が無かった。仰向けに倒れたまま、微動だにしない。ちょうどそこは、人通りの少ないところで、誰も一護を見つける者は居なかった。一護の出血は既に止まっているが、このまま放っておけば、間違いなく死に至るだろう。
―――風が、流れるのをやめた。
まるで、一護の死を悟ったかのように、木々や草花も揺れるのをやめる。
全ての時が、止まったかのように・・・
「・・・・・・一護・・・・・・!」
どこからか、自分を呼ぶ声が聞こえる・・・
「・・・・・・一護・・・!」
黄泉の国からの、使者なのか・・・?
「・・・一護・・・!」
まだ、死にたくねぇよ・・・
「・・・一護!」
冬獅郎を・・・
「一護!」
護ってやらなきゃ・・・!
「一護!!」
ルキアは、倒れている一護の傍らで肩膝を突き、一護に必死に呼びかけている。しばらくして、一護の指先がピクリと動く。その様を見て、ルキアは安堵の息を吐いた。
「・・・一護!!」
ルキアの背後から、恋次、乱菊など、死神たちがルキアを追って駆け寄ってくる。
―――皆、意識が戻ったのだ。
「一護!!しっかりしろ!!」
ルキアが一護の体を激しく揺する。
「おい、ルキア。そんなにやったら一護も本当に死ぬぞ」
急いでやってきた恋次が言う。
「こうでもしなければこやつは起きん!!一護!!殴るぞ!!さっさと起きろ!!」
「よ~し、俺に任せろ!殴るんだったら話が早いぜ!」
ルキアの言葉を聞き、殴る体制をとる恋次。
「待て!恋次!」
「起きろ!!クソ一護!!」
ドガッ!!
ルキアの静止の言葉も聞かず、恋次は一護の顔面にストレートパンチを食らわせた。
―――別の意味で、時が止まった・・・
殴られて起きない奴は居ない。一護はガバッと起き、恋次に文句を言う。
「っっってぇええな!!!!!!!てめぇ何しやがる!!!!」
「ほら、起きただろ」
「おお・・・」
どこかで聞いたような会話・・・それで思い出し、一護は驚愕する。
「ルキア!!?恋次!!?お前ら、なんで・・・!?」
いまさらこれはないだろう。ルキアと恋次は呆れて顔を見合わせる。
「お前、気づくの遅ぇよ」
「たわけ者が・・・」
一護は言われて恥ずかしくなる。
「う、うるせぇよ!!!!」
一護の言葉を聞いても、呆れた表情を崩さない二人だったが、ルキアは元に戻り話始める。
「何故だかはわからん。しかし、我々自身自分に何かがあったかは覚えていた。そこで私たちは、一護が居ないことに気づき追ってきたというわけだ」
「お前の霊力は垂れ流しだからな」
ルキアが一通り話した後、恋次が付け足して言う。一護は恋次の言葉に眉をひそめる。
「垂れ流しとか言うな」
いつもの会話に、三人は笑い合う。すると、ルキアは急に真剣になり、一護に訊ねる。
「一護、私が言ったことについてなんだが・・・」
一護もルキアのその言葉を聞き、真剣な表情になる。
ルキアの言ったこと。それは・・・
『一護…日番谷隊長はどこだ…?』
『…冬獅郎は謎の奴に連れて行かれちまった…』
『そうか…。…一護…日番谷隊長を…助け出せ…!』
『何言ってんだ!当たり前だろ!!』
『…わかっておる…だが、私が言いたいのは…日番谷隊長とその人物と、どういう関係か知っても…ということだ…』
『何!?』
ルキアや、他の死神たちの意識が失われていたとき、ルキアが一護に託した言葉だった。
「あのことだが・・・実はな・・・」
ルキアの知る、ルキアと天飛の関係が明らかになる。
***
天飛の居る、小さな家。
日番谷はある夢を見ていた。
そこは、厚い雲に覆われた白銀の世界・・・
そこに自分一人でいる・・・
寂しさや孤独が、自身に重くのしかかってくる・・・
すると、雲間から橙色や金色、赤色に紫色など、色とりどりの光が差し込んだ・・・
その光は、冷たいこの世界を包み込むように・・・
日番谷に温かさを与えた・・・
しかし、次第にそれは再び雲に覆われていき・・・
また、灰色の世界へと、戻ってしまった・・・
その光景を最後に、日番谷は目を覚ます。
「うっ・・・」
目を開けると、天飛が心配そうに自分の顔を覗き込んでいた。
「冬獅郎。大丈夫?」
「ああ・・・」
そう言って、ゆっくりと起き上がる。天飛はそれに手を貸す。日番谷は完全に起き上がると、天飛を見る。
「俺は一体どうしていたんだ・・・?」
一度目が覚めて、家の外に出たところまでは覚えている。しかし、その後の記憶が全く無かった。
その日番谷の言葉を聞いて、天飛は一瞬ビクッとなったが、すぐに落ち着いて事情を説明する。
「もう。びっくりしたよ。冬獅郎ったらこの家の前で倒れてるんだもん。あれほど寝ててっていったのに・・・」
そうぎこちない笑みを浮かべながら日番谷に言う。
日番谷は信頼している天飛の言うことだから素直に信じたのだろう。「そうか・・・すまなかったな」と言って頭を下げた。
「いいって!僕冬獅郎のこと大好きだから!迷惑かけられるほうが逆にうれしいよ!」
そう言って、俯いている日番谷の頬に手を添える。
「そう・・・冬獅郎のこと・・・大好きなんだ・・・好きだから・・・」
そう言って、日番谷を思い切り抱きしめる。
「―――!天飛?」
日番谷は突然のことに驚き、目を見開いて天飛を見る。
「好きだから・・・好きだから・・・」
「天―――っ!?」
日番谷の背中にあった天飛の手が、光を放つ。
突然体の中から何かが抜けていくような感覚に襲われた日番谷は、戸惑いながら天飛を見つめる。
「あま…と…?」
「ごめんね、冬獅郎。これしか、方法がなかったんだ…」
天飛の手の光は、次第に強くなっていく。
「もう、何もかも忘れていいんだ。そして、僕のものに…」
体の力が、抜けていく。
「冬獅郎…」
―――ごめんね。
***
そのころルキアは日番谷と天飛の秘密をなぜ知っているか、一護に話していた。
「わたしが何故、日番谷隊長と天飛のことを知っているか・・・それは、わたしと天飛があったことがあるからだ」
「何!?」
あれは、私がまだ真央霊術院に居たころ・・・つまり、朽木家の養子になる前だった。
その日は学校が休みで、たまには流魂街に戻るのもいいだろう、と思って戌吊を歩いていた。
そこで、薄汚れた子供がふらふらの足を引きずりながら、まっすぐ、ひたすらまっすぐ歩いていた。わたしはそれを見て、「わたし達と似ているな」と思ったのかもしれない。わたしはその子供に食料を分け与えた。あまりにガツガツと食するものだから、わたしは気づいた。
こやつには、霊力があると。
そしてわたしは、その子供に死神になることを進めた。死神になれば、ひもじい思いはしなくてすむぞ、と。しかし、その子供は「死神」と聞いただけで、わたしを軽蔑し始めた。その子供は、そうとうの死神嫌いらしい。理由を尋ねた。
「何故貴様はこのようなところにいる?」と。
すると、その子供はこう答えた。
「強くなって、護りたい人がいるから」
それは誰だ?と聞いた。そしたら、
「銀の髪を輝かせて、翡翠色の瞳をしている、僕の大切な家族だ」と。
「・・・」
「銀髪に翡翠色の瞳・・・日番谷隊長しか居ないだろう?」
そう言うと、ルキアは一護から目を逸らし言いづらそうにしながら、口を開いた。
「その時思ったのだ。この子供のその大切な者を想う気持ちは、家族が家族を想うそれよりも強いものだと」
そう言って、ルキアは再び一護を見た。
「一護・・・あの者の日番谷隊長に対する執着は、何をしでかすかわからん。どのようなことをしてでも、日番谷隊長と一生傍に居たい。それがあやつの願いだからな」
「・・・じゃあ、冬獅郎は」
「・・・日番谷隊長が死神を辞めるとは思えん。それがいくら家族のような存在の者の願いだとしても」
そう言ってルキアは目を伏せた。
周りに集まってきた死神たちも、皆何も言わずひたすら黙っている。
そんな中、一護がバッと顔を上げた。
「冬獅郎は俺たちの仲間だ!!自分の欲望だけに生きてる奴なんかに渡すかよ!!」
その瞳には、強い意志が宿っていた。
「一護・・・!」
「いくぜ!!皆!!冬獅郎をあいつから開放してやるんだ!!」
一護のその様子に、皆呆れながらも笑い、
「「おう!!」」
返事をした。
***
「・・・もう一度聞くよ。冬獅郎・・・」
「・・・なんだ?」
天飛は再び日番谷に抱きつく。
「・・・僕たち、ずっと一緒だよね?」
「・・・」
天飛のその言葉に、日番谷は目を伏せる。
このことについて、日番谷の心は既に決まっていた。
「当たり前だろ」
そう言って、抱き返す。天飛は嬉しそうに目を見開いて、更に抱きしめている腕に力を込めた。まるで、絶対に離さないとでも言うように。
だが、日番谷は内心疑問に思っていた。
前に一度、この質問をされたとき、自分は苦しそうにそれを断った。
だが、何故自分はそれを―――断ったのだろうと。
天飛にはずっと会いたかった。再開できたのならば、ずっと一緒にいる。それは当たり前のことだ。なのに、自分はそれを一度断った。その理由がわからない。
―――なにか、天飛の他に大切なものが、あったような・・・?
そんな気がした。
「冬獅郎」
「なんだ?」
天飛は日番谷を抱きしめたまま再び口を開く。
「―――ごめんね」
「―――っ!!」
天飛のその台詞に、日番谷はハッとする。天飛が何を言いたいのか、わかったから。
「あのとき・・・あの雨の日に、勝手に出て行ったこと、本当にごめん・・・」
「天飛・・・」
二人の悲しい別れの日。忘れることはできない。とても辛く激しい雨に打たれた記憶。
日番谷はあのときの苦しみを思い出した。
「僕・・・強くなりたくて・・・冬獅郎に護られてばっかりだったから、今度は僕が冬獅郎を護るんだって・・・だから、一人で旅をして、自分のことくらいは出来るようにしてから、今度は冬獅郎のことを護れるように強くなって・・・それで「もういい」
ぽつぽつと話していた天飛の言葉を遮り、日番谷が言う。
「もういいから。過去にどんなことがあろうとも、俺たちは今こうして再会できたんだ。もう、それでいいだろ?」
「―――!」
うれしかった。
ずっと気になってた。
死神のことを忘れさせた。
あの犯された日のことは忘れさせた。
でも、別れの日のことは忘れさせたくても、忘れさせることが出来なくて、
恨まれてるんじゃないかって。
でも、冬獅郎は言ってくれた。
僕が願った言葉を。
―――ずっと一緒。
その言葉が聞けて、ずっと一緒に居られるってことが、ものすごくうれしい。
これからは、僕が冬獅郎のことを護っていく。
あんな死神共のもとなんかに、返さない。
あの人間にも。
僕と冬獅郎はずっと一緒だ。
たとえ何が起ころうとも、僕が冬獅郎を護っていく。
たとえ、何があっても。
「天飛?」
急に黙った天飛を心配して、日番谷が声をかける。その呼びかけに反応して、天飛はハッと我にかえり、微笑を浮かべる。
「なんでもない!」
記憶を消したことを悟られないように―――。