空を翔る鳥の想い
その日は、秋とは思えないほど蒸し暑かった。
流魂街一地区・潤林安。
流魂街のなかで、もっとも治安がいい場所。
治安がよければ、暴力を使い食材を奪う者もいなければ、食事に困っている者もいなかった。
しかし、全てがうまくはいかないもので、住人から外れている者もいた。
「婆ちゃん。少し出かけてくる」
「ああ、行っておいで」
そして、その外れている者は―――少年だった。
少年は、祖母に言ったとおり街をぶらぶらと歩いていた。その際すれ違う人々は、少年から避けるように道端を歩いている。
―――皆、少年を怖がっていた。
少年がなにをしたというわけではない。ただ、得体の知れない何かが、少年の周りに渦巻いているように見える。ただ、それだけ。それだけの理由で、皆少年を怖がっていた。
少年が誰よりも優しいことに気づかずに。
少年がそのことに傷ついていることにも気づかずに。
少年が「そろそろ帰るか」と、踵を返したとき―――
「てめぇ!ふざけんじゃねぇよ!」
不意に聞こえてきた怒鳴り声。
少年が振り返ると、家と家の隙間から見える反対側の道で、少年より大柄な少年が、小さな子供を見下ろしていた。
その顔はガキ大将のようだ。
一方、両膝を付いて項垂れている子供は、そんな大柄な少年のことよりも、地面に散らばった水のほうを気にしていた。最近ほとんど何も口にしていないのだろう。頬は痩せこけ、腕も普通の子供より細く見える。服装はぼろぼろで、明らかに治安のいい場所育ちではないことがわかった。
大柄な少年は、怒鳴っても何も反応を示さない子供にイラ付いたのか、その子供の腹を思いっきり蹴飛ばした。
子供からは「ぐぇっ」と蛙が潰されたときの泣き声みたいな声を発して、そのまま地面にバタリと倒れる。
いくら同じ子供とはいえ、何も口にしていないことに加え、普通の子供より小柄な子供は、腹いっぱいに食べている大柄な少年の蹴りは相当きたのだろう。
少年は気を失ってしまったかのように動かなくなってしまった。
さすがの少年も、いつものように冷めた眼で見て立ち去るということは出来ず、家と家の間を通って、その子供をかばうかのように大柄な少年の前に立ちふさがった。
「・・・!!」
「・・・そこまでにしたらどうだ?」
大柄な少年は相当驚いたのだろう。
怖いという噂の少年が今目の前に来て、しかも子供を庇っているのだから。大柄な少年は大げさに尻餅をつき、口をパクパクさせている。
「コイツが何したかは知らないが、ここまですることはないだろ。見てのとおり、コイツは数日間何も口にしていない。そんな奴を思いっきり蹴っ飛ばす奴があるか」
大柄な少年は、恐怖でただうなずく事しか出来ず、そのままへっぴり腰でよろめきながら、その場から逃げるように立ち去っていった。
それを見送った少年は、後ろにいる子供を見やり、肩膝を突いて様子を伺う。
「・・・おい、大丈夫か?」
子供はまだ意識があり、その言葉にコクッと頷くとゆっくりと体を起こす。
体を起こしてもなお、何も言わないので、少年は「自分を怖がっているのか」と思い、立ち上がってこの場から去ろうとする。
だが、それは慌てて体を起こした子供によって遮られた。
振り向くと、子供はまだ俯いており、何かにジッと耐えているようだった。
その様子に少年はハーッとため息をはくと、再び方膝を突いて子供を見た。
子供は今にも泣きそうで、少年の袴を掴んだ手は震えていた。
それを見た少年は、子供を背中におんぶさせ、祖母の待つ自宅へと帰った。辺りは、いつの間にか雨が降っていた。
「婆ちゃん。ただいま」
「おかえり、冬獅郎。雨降ってたけど大丈夫だったかい?」
冬獅郎と呼ばれた少年は、子供を背負いながらずぶぬれで帰ってきた。
「ああ。それと、婆ちゃん」
少年は背負っていた子供をゆっくりとおろし、祖母の用意してくれたタオルの上に横たえさせる。
祖母はいきなりのことに驚き、はっきりとしない口調で訊いてきた。
「どうしたんだい?その子は?」
「・・・助けた」
少年は祖母が用意してくれた別のタオルで、濡れた頭を乾かしながら答える。
祖母は慌てて子供の体を丁寧に拭くと、びしょ濡れの服を脱がせて、少年の服を変わりに着せた。少年も同じくらいの少年より小柄なほうだが、子供はもっと幼かったため、少しぶかぶかだった。
「なぁ、婆ちゃん」
一段落付いたところで、少年が祖母におそるおそる訊ねる。
「コイツのことだけど・・・このまま家に居させてやってもいいか?」
祖母は少年が言ったことに驚き、開かない眼を少しだけ開けている。少年は気まずそうに俯きながら今までのことを話し始めた。
一通り話し終えて、しばらく沈黙が続いていると、祖母がにっこりと笑い、
「なに言ってんだい。当たり前だろう」
快く許可してくれた。
「ありがとう。婆ちゃん」
「ぅ・・・ん・・・」
すると、子供が身じろぎながら目を覚ました。
ゆっくりと目を開けると、知らない銀髪の少年と白髪のお婆ちゃんが居たことに驚いたのか、眠気が一気に覚めたかのようにパッと目を開いた。
そして、キョトンとしながら瞬きを繰り返している。少年は戸惑っている子供に呆れながら、事情を説明する。
「お前が不良に絡まれていたところを助けたんだ」
簡潔な説明だったが、子供はそれでもわかったらしく、「ありがとう」と言いたいのかコテンと頭を下げた。
それを見た二人は苦笑いをする。
少年は「もう用は無いな」と立ち上がろうとするが、再び子供に袴を握られ中腰のまま止まってしまう。
少年は「またか・・・」と思い、うんざりした顔で子供の手を掴む。
「おい、もういいだろ。離せって」
それでも、少年の袴を握る力は弱まらず、逆に強くなっている。
雨の中助けて、祖母もいて独りにはならないはずなのに、子供は少年だけを求めている。
まるで、少年以外何もいらないと言っているようだ。
少年は一向に離さない子供を見て、ため息をつく。
そして、子供の両肩に手を置くと、怖がらせないように、優しく聴いた。
「お前、名前は?」
すると、子供はふるふると首を横に振る。
「・・・名前がないのか?」
この質問に子供はコクンと頷く。
訊いてはいけないことを訊いたと思い、その場に気まずい空気が流れる。だが、それは意外な人物によって破られた。
「・・・ちゃんは?」
「・・・?」
沈黙を破ったのは、今まで口を開かなかった子供だった。子供は俯きながら何かを言った。
よく聞き取れなくて、耳を澄ましていると、子供がもう一度口を開いた。
「お兄ちゃんの・・・名前は・・・?」
遠慮がちに子供は訊いた。少年は口を利いたことに驚いたが、やがて微笑しながら、
「―――日番谷冬獅郎だ」
少年―――日番谷が言った。
「ひ・・・つ・・・?」
「日番谷冬獅郎」
もともと覚えにくい名前に、子供は覚えられなかった。日番谷はもう一度言うが、それでも子供の周りには?が飛び回っている。その様子に日番谷はため息をつく。すると、それを見ていた祖母が、身を乗り出して子供の頭に手を置く。
「とうしろう。この子の名前は、と・う・し・ろ・う。私はそのおばあちゃんだよ」
「とうしろう?」
「そう」
日番谷は、何故「とうしろう」を覚えられたのか疑問に思っていると、祖母が日番谷を振り向いて、にっこりと笑う。
「子供に何かを覚えさせるときは、ゆっくりとはっきり言うんだよ」
日番谷は「へ~」と思いながら子供を見る。
子供は「とうしろう」「とうしろう」と繰り返し言いながら、日番谷の名前を必死に覚えていた。下の名前だけだが・・・
「おい」
「なに?」
最初は聞いても何も答えなかったくせに、今ではずいぶん馴れ馴れしい。日番谷は改めて子供が苦手になった。
「お前。身寄りはどうした?」
「・・・」
その質問に子供は黙ってしまい、日番谷は「聞いてはいけなかった」と反省して、
「・・・悪かった・・・その・・・「ずっと・・・」
謝ろうとしたが、子供が小さく言ったことにすぐ反応して、口を閉じる。
「ずっと・・・独りだったの・・・誰もそばにいなかったの・・・誰も・・・!」
「・・・」
それを聞いて、日番谷は黙ってしまう。『独り』ということがどれだけ辛いことか、知っているから。
「じゃあ丁度いいじゃないか。あんたはここに住みなさい。そもそも冬獅郎が言ったことだしね」
日番谷は少し反対だった。まさかずっと暮らすなんて思っていなかったし、子供が苦手になったし。だが、言ってしまったことは事実。今更反論も出来なかった。
「・・・いいの?」
子供は遠慮がちにおどおどと聞いた。日番谷が眉間にしわを寄せているからなのかはわからないが、あきらかに日番谷のほうを向いている。
「・・・ああ。お前はもう俺たちの家族だ」
日番谷はそのことに気づき、「しょうがないな」とでも言うように頭を掻きながら言う。途端、子供の目が輝きだし、日番谷に思いっきり飛びついた。
「うぁあ!!」
日番谷はそれを受け止めることが出来ず、一緒に倒れてしまう。
「ってぇ・・・お前なにすんだ!」
「ご、ごめん・・・でも、うれしかったから・・・!」
そう言って子供はニコッと笑う。その表情はどこにでもいる無邪気な子供の顔だった。
「・・・そうかよ」
日番谷はその言葉に困り果てて、そっぽを向きながらぶっきらぼうに言う。いかにも照れていた。祖母と子供は顔を見合わせて微笑みあう。日番谷はそのことに気づかずに、「そうだ」と言って、子供の両肩に手を置く。
「お前、名がなかっただろ?」
「うん」
「もし、でいいんだが、俺につけさせてくれねぇか?」
「・・・ぇ?」
突然のことに、子供は吃驚してしまう。日番谷はその表情が嫌そうに見えたのか、遠慮がちに子供に言う。
「いや・・・嫌ならいいんだけどよ・・・」
「全然!!」
子供は満天の笑みで言う。日番谷はそのことに驚き、目を見開いている。断られると思ったから。
「とうしろうがつけてくれるならとってもうれしい!!とうしろうは命のおんじんだし、家族だし、なによりとうしろうのこと大好きだから!!」
自分のことが好き、だなんて一度も言われたことのない日番谷はものすごく恥ずかしくなり、子供に背を向ける。
「わかったから、もう寝ろ!!俺はお前の名前考えんのに忙しいんだ!!」
と、言っている割には何も考えてなく、さっきの子供の言葉だけが頭の中に響いていた。
子供は、日番谷が照れていることをすぐに悟り、ニヤニヤ笑いながら、祖母のほうへ付いていった。日番谷の顔はいまだに赤く、寝るまで冷めなかったとか。
それからというもの、二人は毎日一緒にいた。
あの雨の日から、その子供も目をつけられるようになってしまい、日番谷の変わりに子供をいじめてやろうという子供もいた。だが、日番谷がすぐに駆けつけてその子供を助けていたため、まだ怪我はしなかった。子供も、いじめられて「外に出たくない」というと思いきや、外で一人遊んでいるときもあれば、日番谷と一緒に散歩にいっているときもある。
でも、日番谷と一緒にいるほうが笑顔が多い。いままで感情を露にしなかった日番谷も、その子供と居るときは表情が増え、笑って居るときは年相応のような顔だった。
日番谷が「名前をつける」と言ってから二週間。
二人は家にある木の上に上っていた。
二人とも何も言わず、ただ空を見上げている。雲が一つもない快晴だった。北風が吹いて、二人の髪を靡かせる。その際、どこからか飛んできた花弁が、二人のいる木の周りを飛び回る。周りは何も音がしない。風の音と、葉と葉の掠れる音が二人の心を穏やかにしていた。子供はふと空を見上げる。スッと黒い影が一瞬だけ子供の顔を覆いつくす。子供はそれが何かわかると、表情が輝きだす。
その黒い影は―――一羽の鳥だった。
鳥は、その木が気に入ったかのように、気の周りからはなれない。子供はそれを目で追う。一瞬でも逸らさないように。
その姿を目に焼きつけるように。
一瞬の風が吹く。鳥が逃げるように姿を消した。
「あっ・・・!」
子供は鳥が逃げてしまったことで表情が曇る。日番谷は子供の小さなつぶやきに振り向く。
「どうした?」
「とりが、にげちゃった・・・」
「鳥?」
日番谷は顔を上げる。そこには葉と葉の影から見える太陽の光があっただけ。
子供は表情が暗いまま、ぽつぽつと語りだした。
「ぼく・・・とりが好きなんだ。いつかあんなふうにとりになって自由に空を飛びたいって、そう思ったから・・・空からこの世界をみわたしたら、すごいきれいなんだろうなって・・・」
暗い表情の子供の目はとても輝いていた。それを見た日番谷は思いついたように子供に向き直る。
「空を飛びたいんだろ?名前はだいたい『そうあってほしい』という親の想いから付けるものだと聞いた。だからお前の名前は『天飛』ってのはどうだ?」
「あま・・・と・・・?」
子供は言いながら首をかしげる。
「ああ。『天を飛ぶ』と書いて天飛。天ってのはソラって言う意味もあるからな」
子供は何も言わないで日番谷を見つめていた。子供のそんな様子を見て、日番谷は「気に入らなかったのか?」と思い慌て始める。
「いや、嫌だってんなら変えるからな!俺はお前が望む名前にしたいだけで「うれしい!!」
子供は日番谷の言葉を遮り、思いっきり抱きつく。日番谷は再び受け止めることが出来ず、そのまま二人とも落ちてしまう。日番谷が子供をかばって自分を下にしたが、そんな高さはなかったため、日番谷も怪我はなかった。子供は痛がっている日番谷を気にもせず、目を輝かせて言う。
「ありがとう!!とうしろう!!ぼくとってもうれしいよ!!ほんとにありがとう!!!」
そう言って、子供―――天飛は再び日番谷に抱きつく。日番谷は痛いことに文句を言おうとしたが、天飛の喜び方が凄まじい為にそれは諦め、代わりにゆっくりと天飛を抱きしめた。
日番谷によってつけられた名前―――天飛。
日番谷の「空を飛んでほしい」。子供の「空を飛びたい」という二つの意味込めてつけられた名前。
その名前は、一ヶ月もしないうちに―――崩壊する。
***
「天飛?」
日番谷は朝方から行くへのわからない天飛を探していた。治安のいいこの潤林安で大人に絡まれるということは無いと思うが、それでも心配なので日番谷は探し回っていた。
「・・・ったく、あいつどこに行ったんだ?」
このまままっすぐ行けば潤林安を過ぎてしまう。さすがに天飛もここを出たりはしないと思った日番谷は踵を返す。
「おい」
突如後ろからかけられた声。振り返ってみると、死魄装を着た死神三人が日番谷を見ていた。日番谷は眉根を寄せて、警戒する。自分が何かやったのかと。
「そんな睨むなよ。俺たちは別にお前に暴力をしたり斬ったりするわけでもない」
そのうちの一人が肩をすくめながら言う。
「・・・だったら、俺に何の用だ?」
そう日番谷が聞くと、男たちは顔を見合わせてから再び日番谷のほうを向くと、ニヤリと笑った。
「綺麗な顔してるな。少年」
日番谷宅。
天飛は縁側でのんびりと日向ぼっこをしていた。実は、日番谷の目を見計らって、家の裏に姿を消して、日番谷が居なくなってから出てきた。つまり、ドッキリ作戦を計画していたのだった。そして、日番谷はまんまとだまされ、街に探しに行ったということなのである。天飛はそれを考えるとニヤニヤを抑えられなかった。
「冬獅郎僕のこと一生懸命捜してくれてるかな?帰ってきたときはちゃんと謝らなきゃね」
といいながら笑っているこの子供。ある意味怖い。
だが、この天飛の考えが、日番谷と天飛の運命を狂わせる鍵になることは、天飛はまだ気づかなかった。
「冬獅郎、遅いなぁ・・・」
日番谷が天飛を探しに行って二時間。未だ、日番谷は帰ってきていなかった。いくらなんでも、そろそろ気づくころだろうと思っていた天飛は、急に心配になってきた。
「まさか、何かあったんじゃ・・・」
そう思うと、いてもたってもいられなくなり、天飛は家を飛び出した。
三十分くらい探した。いろんな人に話を聞いたが、誰も日番谷を見ていないと答えた。辺りはすっかり暗くなっている。
入れ違いになったのかもと思い、家に帰ろうと踵を返す。すると、森のほうで何か気配を感じた。音がしたわけではない。ただ、この森には「何か」がある。それだけはわかった。天飛は周囲を警戒しながら、光のない不気味な闇へ足を踏み入れた。
日番谷の家の裏にある倉庫。
そこで天飛は日番谷を寝かせていた。祖母に余計な心配はさせたくなかったから。
あの森に入った後、すぐに日番谷を見つけた。
しかし、その着物はボロボロに破れ、そこで何があったのかは一目瞭然だった。
天飛は自分の着ている羽織を日番谷に掛け、そのままおんぶをしてその場を立ち去ろうとしたが、前方に人影があることに気づき、足を止める。
そこには、ニヤニヤと笑っている―――死神が居た。
次の日の朝。
外は、雨が降っている。
天飛は――――いない。
日番谷は平然と過ごし、朝飯を食べたらすぐに、朝起きたらいなかった天飛を、自分の大切な家族を、探しにいった。
「天飛!天飛!!」
どんなに呼びかけても、応えてくれない。
「天飛!!!」
どんなに叫んでも、降り続ける雨にかき消される。
「天飛ーーーーー!!!!!!!!!!!」
どんなに雨に濡れようと、その姿を再び見ることは無かった。
両膝両手を突いて項垂れる日番谷に、容赦なく降り注ぐ雨。
それは、日番谷の涙のように、天飛の涙のように、地面に吸い込まれていった。
「ごめん、冬獅郎」
そう呟いて、天飛は日番谷の家があるほうに背を向ける。
あの後、日番谷家の裏の倉庫に運んだ日番谷を寝かせた天飛は、日番谷が目を覚ますと同時に謝った。
だが、
『天飛・・・俺は大丈夫だから』
『冬獅郎・・・?』
天飛は突然のことに目を見開く。日番谷は構わず続ける。
『俺はどうなってもいいから、お前が無事なら・・・それでいい』
その言葉に天飛は何も言えなかった。
『そんなの駄目だ!!冬獅郎は少し自分のことを心配しなくちゃ駄目だって!!』
『ふざけるな!!ぼくだって冬獅郎のことが心配なんだよ!!』
それだけでもいいから、冬獅郎に怒鳴りたかった。でも、そう言ったところで冬獅郎を護れなかったのは事実で、そんなこと言える立場じゃなかった。
だから、黙って冬獅郎を家に連れて行った。
その後、祖母も日番谷も起きる前に天飛は家を飛び出した。
強くなるために。
ずっとずっとそばに居たかった。
ずっと一緒に、永遠に離れることなく居たかった。
でも、自分がこんなに弱くては、冬獅郎は一緒に居てはくれない。
だから、僕は強くなって再び冬獅郎の所に戻る。
そして、二度とあんな目にあわせないように、僕がずっと冬獅郎を護る。
死神をも超えるくらい、強くなって。
だから、待ってて。
流魂街を一周して、強くなって戻ってくる。
そしてら今度は、僕が冬獅郎を護る番。
―――天飛はもう、いない
そう確信した。
もう、自分の元に姿を現すことは、ない。
日番谷はふらふらと頼りない足取りで、我が家に帰る。
―――どうせ帰ってこないなら、忘れてしまえばいい。
日番谷の頭の中から、天飛に関する記憶が、粉々に砕け散った。