Desperate Future 孤独の中で生きる二人









北流魂街。
他よりも治安の良いこの場所は、自然もたくさん残っている。
そんな場所のなだらかな丘で、一人の少年が寝転がっていた。
風が吹くと、辺りの草木、そして少年の灰色の髪が静かに靡く。
この時間が、少年は好きだった。
何も考えずに、自然の音に耳を澄ませて、心を静める。
この時間だけが。

「おそーい!早く来いよー!」
「待ってよー!」

遠くで、子供たちの遊ぶ声が聞こえる。
少年は伏せていた目を開け、ムクッと起き上り、不機嫌丸だしの表情で子供たちの居る場所とは逆方向に歩き出した。

静かな時間を邪魔されたから不機嫌なわけではない。
あの楽しそうな声を聞くのが嫌だったから。

少年は、独りだった。
家族もいなければ、友達も居ない。
そんな彼に、近づく者はいない。
皆、彼の瞳を恐れたからだ。
血のように赤く染まっている瞳。
ここに来た時から、この目を見ただけで皆離れて行った。

煩いのは好きじゃなかったから、丁度いいと思っていた。
でも、独りは嫌いだった。
これは運命なんだと、諦め半分、もしかしたら・・・という希望が半分、心にあって・・・
そんな日々を生きていた。
とりあえず、生きていればいい。
もしかしたら、いいことがあるかもしれない。
そう思い続けてここに住んではいるものの、未だ、幸せだと思ったことはない。

「はぁ・・・」

少年は静かにそうため息を漏らすと、自分の家へと歩みを速めた。

この地区でもっとも端にある小さな家。
ここが少年の家だった。

少年は辺りを見回し、誰も居ないことを確認すると素早く中に入った。

人と出会いたくないのはもちろん、自分が今ここに居ると知られたら、何を言われるかわからない。
だから隠れて過ごしてる。
人と話す、なんてことはもう十数年もしていない。
それでも、友達が欲しかった。
気軽に何でも話せる友達が。

「疲れた・・・」

こんな考えをするだけで疲れてくる。
もういい。
自分はただ、この平穏が長く続くことだけを祈っていればいい。
自然の中で生きられればそれでいい。

そう思って、少年はゆっくりと目を閉じた。









朝。
いつもより騒がしい朝。
何事かと、こっそり窓から外の様子をうかがう。
そこには、死神の学校の制服を纏った一人の青年。そして、その周りを囲む大人たち。

(ああ、あの人は・・・)

つい先日、真央霊術院に入学した一回生の人。
おそらく、この状況から見て、結果がいいものだから、その人を褒め称えているのだろう。

(くだらない・・・)

自分には関係のないことだ。
そう思って、少年は再び床に就いた。








昼。
飯の材料を取りに行こうと、自然の中に足を踏み入れた少年は、たまには別の場所にも行こうかと歩みを進めていた。

それは、本当に気まぐれだった。
いつも同じ場所、というのも飽きるだろうと、森の奥深くを進んでいた。
今まで前方は薄暗かったが、少し明かりが射しこんでいる。
おそらく、広い場所に出るのだろう。
そう思いながら足を進めて行く。

「―――」

着いた場所は、緩やかな流れの川だった。
少年は今までのムスッとした表情から、生き生きとした表情に変わる。
こんな綺麗な場所が、他にもたくさんあるんだ。
そう実感した少年は、食材を入れるかごを地面に置き、川へ走り出す。

川の元にたどり着くと、両膝をついて、川の水を両手ですくい上げた。

(透き通っている・・・)

ここまで綺麗な川はないだろう。
今日はいい日だ。そう思って辺りを見渡していると、

「っ・・・!?」

向こうの方に、人がいる。
そう思った瞬間、反射的に近くの木陰に隠れる。
その人物は気付いていないのか、軽く伸びをした後、森に姿を消した。
少年はゆっくりと顔を出して、人が居なくなったかを確かめる。

(居なくなったな・・・)

そう思って安堵の息を吐いた時、

「何してるんだい?」
「うわぁあ!!!」

不意に後から声をかけられ、驚いて走り出す。

「え、ちょ、ちょっと!」

後ろから慌てたような声が聞こえるが、そんなことは関係ない。
とにかく、早く逃げなければ――。

「前!」
「ブッ!!」

目を瞑り、必死に逃げていて見えなかったが、目の前の気に思い切りぶつかり、少年は尻もちをついた。
お尻よりも顔の方が痛く、両手で押さえていると、後ろから足音か聞こえてきた。

「大丈夫かい?」
「!?」

片手で顔を押さえながら、振り向き後に下がる。
しかし、後には木があるため、これ以上は下がれない。
そして見えたのは、朝、皆の中心にいた青年の姿。
それ以上に焦ったのは、目と目がバッチリあってしまったこと。

(どうしよう・・・!!)

またこの目のことを言われるのは嫌だ。
そう思って逃げようとした時、その青年から驚きの一言が発せられる。

「どこか、怪我した?」
「!?」

この目を見ても怖がらず、何も言わず、ただ怪我のことを心配してくるなんて・・・。
そのことに驚いた少年は、呆然としながらもフルフルと首を横に振る。
それを見た青年は、「よかった」と笑った。

本当に心から安心しているのだろう。
その笑顔が証拠だった。

そして、未だかつてこんな気分を味わったことのない少年は、ひたすら戸惑っている。
青年は、少年に手を差し伸べた。

「・・・?」

少年は、その手の意味がわからず、青年の顔と手を交互に見つめる。
すると、青年は少年の手をとって、立ち上がらせた。
少年はいきなり立たされたことに驚き、キョトンとしている。

青年は笑うと、

「俺がここにいるのは嫌だったかい?」

と少年に聞いた。

少年は何のことかわからず、首を傾げる。
青年は苦笑いすると、「さっき、逃げて行っただろう?」と言った。
漸くなんのことかわかった少年は、すまなさそうに俯く。
青年はそんな少年に微笑すると、「気にしなくていいよ」と頭をなでた。
頭をなでられたのも初めてで、少年はビクッと反応する。
それに青年も少し驚き、

「どうかした?」
「・・・」

少年はなかなか口を開けない。
青年は少し待ってみる。
すると、

「・・・くのこ・・・こ・・・くない・・・すか?」
「ん?」

よく聞き取れず、聞き返すと、少年はバッと顔を上げた。

「僕のこと、こわくないんですか?」
「・・・?」

少年は思いきってそう訊いたが、青年はわけがわからないという顔をしている。
少年も、その反応に戸惑った。
すると青年は、表情を変えず、

「何故、君のことを怖がらなければならないんだい?」
「・・・!?」

本当にわからなかったのだろう。
しかし、少年にとってはうれしいこと。
つまりそれは、この目を見ても怖くないということだから。

「あ、あの・・・それは・・・この目が・・・」
「目?」

ぽつぽつと呟くように言う少年に、青年は聞き返す。

「この目の色が・・・血の色、だから・・・」
「・・・う~ん。俺はそうは思わないな」

青年の言葉に、俯きかけていた少年が驚いてバッと顔を上げる。
青年は考えるようにしながら、

「確かに、変わった色の眼だけど、別に恐怖なんて抱かないし、血の色だとも思わないよ。どっちかというと、彼岸花の色のようだと俺は思うけどな」
「?」

少年が訊き返すと、青年はニッコリ笑いながら強く頷いた。

少年はただひたすらにうれしかった。
今までそう言ってくれる人はいなかったから。

「自己紹介がまだだったね。俺の名は草冠宗次郎。君の名前は?」
「僕の名前は、紅月零、です」

人に名乗るのなんて、本当に久しぶりだ。
そう思いながら少年――零は名乗った。
青年――草冠は、手を差し出して「よろしく!」と笑顔で言う。
零は、戸惑いながらその手を握り、「よろしくお願いします」と戸惑った笑顔で言った。

零にとって、この出会いはとても大きかった。

ようやく出来た、話せる相手。
零は、運命の川だ、と思い、草冠が居なくてもこの川に来るようになっていた。

ここは、森の奥深く。
あの嫌な声も聞こえない。
静かで、自然の音しか聞こえない。
こんないい場所、他にはない。

そう思いながら、零は毎日のように足を運んでいた。
草冠が来るのは真央霊術院が休みの日。
ここは、前からのお気に入りで、よく来ていたらしい。

零の知らない霊術院のこと、草冠は零とここで会うと、その話をしてくれた。
零もよろこんでその話を聞く。


そして、数年たち、もうすぐ草冠が霊術院を卒業して、死神の護廷十三隊に入る少し前のこと。
二人は再びこの川で会っていた。

「もうすぐで霊術院を卒業かぁ」
「草冠さんは、何を目標に死神になるんですか?」

もうすぐ死神になれる、そう喜びながら草冠が呟くと、零が訊く。
すると、草冠はニッと笑って、

「そんなの隊長を目指すに決まってるじゃないか!」
「そういえば、そうでしたね」

力強く言う草冠に苦笑しながら零は言う。
草冠は続けた。

「あとは、冬獅郎と同じ隊の隊長が副隊長になることだな」
「冬獅郎って、草冠さんの親友の?」
「ああ!」

草冠は頷く。

「あいつは、初めて俺を超えた奴だからな。そんな俺達が隊の隊長と副隊長になったら、最強だろ?」
「最強ですね!絶対何処の隊にも負けませんよ!」
「当たり前だ!」

二人はそう言って笑いあう。
草冠はもっと表情を輝かせながら言う。

「それに、俺はもしかしたら氷雪系最強の斬魄刀『氷輪丸』を手にすることができるのかもしれないんだ!」
「『氷輪丸』?」

零が訊き返すと、草冠は「ああ」と頷く。

「最近夢を見るんだ、氷原にいる氷の竜の夢を。あれは、間違いなく氷輪丸だ」
「それはすごいことなんですか?」
「もちろん!」

本当に嬉しそうな草冠を見て、零は笑みをこぼす。

「僕もその『氷輪丸』を見てみたいな」
「じゃあ、霊術院を卒業して、氷輪丸を手に入れたら、ここにきて見せてやるよ」
「本当ですか!?」
「ああ!」

思わず立ち上がって聞いた零に、苦笑しながら草冠はハッキリと頷いた。
それを確認した零は、

「氷雪系ってことは、雪とか、氷とか見れるんですよね!?」

と興奮して草冠に問う。
草冠は再び頷く。

「ここら辺は滅多に降らないからな。じゃあ、零に特別に見せてあげよう!」
「ありがとうございます!!」

嬉しそうにそう言った後、はしゃぎ始めた零を草冠は目を細くして笑っていた。







数日後。
再び騒がしい朝。
しかし、数年前の騒ぎとはまた違う騒がしさ。

「・・・え?」

その中で聞こえた言葉に、零は言葉を失う。


『草冠宗次郎が死んだ』


幻聴かと思った。
でも、次々に聞こえてくる声。

『もう帰ってこない』

『確かな情報はないが、死神に殺されたらしい』

嘘だ。

だって、今日はあの川辺で、氷輪丸を持ってきて、僕の見たことがない雪景色を見せてくれるって・・・

嘘だ。

そんなのウソ・・・

ポツ、ポツ。

ザァアアアア――――

雨に濡れながらも、あの川辺に足を運ぶ零。

その足取りは重く、フラフラである。
しかし、足を止めようとはしなかった。

あんなの嘘だ。

川辺で僕を待って、それで帰ってきてないだけ。

早く行かなきゃ。

そう思っても、前に進まない。

あれから何時間経っただろう。そんな気分だ。

着いた川辺には誰ひとりとしていない。
川の水量も増し、危険な状態である。
しかし、零は帰ろうとしなかった。

待っていれば、草冠さんは絶対来る。

そうに、決まってる・・・

でもいつまで待っても、彼が現れることはなくて・・・

そして、零の意識は途絶え、次に目を覚ました時は、意地でも氷輪丸を手に入れてやる。

そんな邪の想いが生まれていた。








***







「お前・・・」
「草冠さんが、僕に初めて接してくれた人だった・・・だから、嬉しさも大きく、悲しさも大きくて・・・」

日番谷が辛そうに呟くと、零は苦笑しながら言う。
日番谷は目を伏せて、「そうか・・・」と呟くと、

「俺もお前も、草冠に救われたんだな・・・」
「え・・・?」

零が少し目を見開く。
日番谷は傍に置いてあったある物を手に取ると、先を天へ向けて、

「霜天に坐せ、『氷輪丸』」

と静かに始解させた。
すると天(そら)からパラパラと雪が降り始める。

それを見た零は、顔を泣きそうに歪めた。
そんな零に日番谷は氷輪丸を握らせる。

「すまないと思う。草冠を殺したのはこの俺だ。だから、せめて・・・」

そう呟いて、天を仰いだ。
隣に居た一護も舞い落ちる雪を見つめる。
この世界で見て来た物の中で、初めて綺麗だと思う。

「こ、これは・・・!?」

遠くで戦っていた死神達も、舞い落ちる雪に気付く。
そして、それと同時に目の前の敵も地面に溶けるようにして消えて行った。

「勝ったのか・・・?」

喜ぶ、というよりも、穏やかな気持ちになるのは、気のせいだろうか?

雪は、音もたてずに降り積もっていく。

「あり、がとう・・・」

零は真っ白い雪を見つめながら、そう言って涙を流し、目を閉じた。
そして、零は霊子となり、雪が降る空へと昇って行った。











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イイネ!