Desperate Future 孤独の中で生きる二人
激闘が繰り広げられているこの台地で、死魄装のみを着ている『クローン』は、残り僅かとなっていた。
残るは、自分達の『クローン』のみ。
「次の舞、白蓮!」
体力が削られていく中で、ルキアは掌を『クローン』に向ける。
「縛道の九、撃!」
赤い光が、『クローン』を捕え、ルキアは更に続けた。
「君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ 蒼火の壁に双蓮を刻む 大火の淵を遠天にて待つ 破道の七十三、双蓮蒼火墜!!」
右手足がない『クローン』は動くこともままならない。
ルキアの双蓮蒼火墜は確実に『クローン』に直撃した。
「はぁっ・・・はぁっ・・・!」
荒い呼吸の中で、煙の中からもはや人の形を保てていない『クローン』の残骸の姿を見る。
ルキアはようやく勝ったのだと思うと、途端に力が抜け両膝から崩れ落ちる。
「いや・・・まだだ・・・」
そう呟くと、ルキアは振るえる両足で、袖白雪を杖代わりにゆっくりと立ち上がる。
「まだ、終わってなど、いない・・・」
ゆっくりと一歩ずつ足を進めていく。
「日番谷隊長は・・・わたし達を救うために、辛い思いをされた・・・」
一護を見ればわかった。
日番谷がどれだけ限界状態だったか。
覚悟を決めた。
日番谷を助けるまでは、戦い続ける。
あの時護られた分、今度は自分が、せめて日番谷が帰ってきたときに、『クローン』など一人たりとも見せないように。
「まだだ・・・!!」
ルキアは強く地面を蹴った。
「咆えろ!『蛇尾丸』!!」
恋次は蛇尾丸を振るうが、相手が自分ということもあり、なかなか行動が読まれている。
逆にこちらがダメージを負うばかりだった。
「くそっ・・・!!」
鬼道が下手なため、自殺行為に近い零距離赤火砲は使いたくなかった。
しかしこのままでは埒があかない。
恋次は蛇尾丸を構えた。
「卍解!!『狒狒王蛇尾丸』!!」
卍解すると同時に刀が巨大な蛇の骨の様に変わる。
霊圧で動きが鈍くなった『クローン』。
その隙を逃さず、
「狒骨大砲!!」
口からレーザーのように出た巨大な霊圧の塊は『クローン』に直撃し、粉々に消え去った。
しばらく体を動かしていなかった所為か、卍解だけでここまで疲れるとは。
恋次は肩で息をしながら遠くで戦っている仲間達を見据える。
「行かねえとな・・・」
そう言いながらも、足は動かない。
(日番谷隊長・・・)
卍解もせず、始解もせず、この厄介な『クローン』と戦っていた日番谷に、心からすごいと思う。
自分には決して出来ないと。
精神的・肉体的の疲労が激しすぎる。
どれだけの苦痛を背負ってきたか。
恋次はそう考えると、
「・・・うしっ!!」
根性で気合いを入れ、駆けだす。
(あの人に、これ以上負担はかけられねえ!!)
一護が死んでから、全てを背負いこもうとしていた日番谷に、もう一度仲間に頼ってほしいと思う。
一護のように「仲間を頼れ」とは言えないが、せめて今だけでもあの人に頼られようと。
「くっ・・・!」
乱菊は辺りを取り巻く灰に動けないでいる。
「破道の三十一、赤火砲!!」
赤い炎は灰を吹き飛ばすも、灰は再び集まってくる。
先程からこれの繰り返しだった。
(全く・・・面倒臭い能力ね・・・)
自分の能力とはいえ、ここまで違う意味で厄介だとは思わなかった。
乱菊がどうしようかとため息をついたその時、
「破道の三十三、蒼火墜!!」
赤火砲より大きな蒼い炎が、灰を消し飛ぶ。
飛んできた方向を見ると、ルキアが息を切らせて、
「松本副隊長!」
「朽木!」
乱菊は瞬歩でルキアの元に行くと、灰猫を構える。
ルキアも袖白雪を構えた。
「ありがと、朽木」
「いいえ。それより・・・」
ルキアは乱菊の『クローン』を見る。
「ええ。なかなか倒せなくてね」
「わたしが動きを止めますので、松本副隊長はその間に」
「わかったわ」
頷いた乱菊は、瞬歩で『クローン』の向こう側へ移動する。
それと同時に、ルキアは手を構え、
「縛道の六十一、六杖光牢!!」
六つの光が『クローン』の動きを止め、乱菊は灰猫を構え、
「唸れ、『灰猫』!!」
灰が『クローン』を襲い、『クローン』の全身はバラバラに刻まれ、『クローン』は動かなくなった。
「助かったわ、朽木」
「あ、はい」
ため息をついた乱菊が、微笑しながら言う。
それにルキアも微笑んで応えた。
「日番谷隊長が今まで戦ってこられた分、わたしも頑張ろうと思いまして」
「・・・そうね」
乱菊は地平線の彼方を見つめる。
この何もない地上で、ずっと独りで戦ってきたたった一人の幼い上司。
副官として情けない気分だった。
雛森から「日番谷が生きている」と聞いて、どれだけ安心したことか。
そして一番うれしかったのは――一護が居たこと。
彼の出現は、日番谷にとって随分よかったのかもしれない。
彼が唯一心を許した死神代行。
そして、目の前で殺された死神代行。
一護が殺された時の日番谷は、見ていられなかった。
だから決めた。
自分達が一護の変わりにあの人を護ろうと。
でも、それは叶わなかった。
結局彼に、助けられて。
「松本副隊長?どうされたのですか?」
「・・・何でもないわ。行きましょう!」
「はい!」
お互い頷き合い、駆けだす。
(隊長。また、彼に助けられましたね)
死んでも護る。
呆れるほど、そんな彼がすごいと思った。
「雛森!」
「阿、散井君・・・」
恋次が見たのは、あちこち傷だらけになっても尚、戦う雛森の姿だった。
「無理しやがって・・・!」
「だって、どうしても倒さなきゃ・・・!」
恋次が顔をしかめて言うと、雛森が悲痛に叫ぶ。
その姿に恋次は眼を見開く。
「日番谷君を傷つけたことが許せないの!!どうしても倒さないと・・・!」
「わかってんだよ、そんなこと。だから・・・」
恋次は蛇尾丸の切っ先を雛森の『クローン』に向ける。
その行動に、雛森は不思議そうに、
「阿散井君・・・?」
「何不思議そうな顔してんだよ?俺も戦っちゃ悪いのか?」
「ううん・・・ありがと」
雛森がそう言うと、恋次は照れたように頭をかき「気にすんな」と言うと、
「行くぜ、雛森!!」
「うん!!」
二人は同時に駆けだした。
「君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ 焦熱と争乱 海隔て逆巻き南へと歩を進めよ」
雛森は走りながら詠唱する。
そして掌を『クローン』に向けると、
「破道の三十一、赤火砲!!」
雛森は立ち止り飛梅を構える。
「弾け、『飛梅』!!」
二つの赤い炎が『クローン』を襲う。
後に回った恋次は、『クローン』の背後から、蛇尾丸を構え、
「咆えろ、『蛇尾丸』!!」
蛇尾丸を思い切り振るう。
刃と炎が同時に『クローン』を襲い、煙が消えたときには『クローン』の姿はなかった。
「ふぅ・・・」
と息を吐いた恋次に、雛森が駆け寄る。
「ありがとう、阿散井君」
「おう」
微笑む雛森に、恋次はニッと笑って返す。
そんな二人に駆け寄ってくるルキアと乱菊。
「恋次!雛森!」
「乱菊さん!」
乱菊の声に気付いた二人は同時に振り返った。
「雛森、大丈夫?」
「はい。乱菊さんもご無事で」
「ええ」
乱菊は「朽木に助けてもらったのよ」と付け足す。
ルキアは少し照れながら「いえ・・・」と頭を下げた。
「まだ、苦戦しているところがあるわね」
「そうッスね」
向こうをよくみると、戦いが終わっているところもあれば、まだ苦戦しているところもある。
「行きましょう!」
「そうね」
雛森に頷いた乱菊と、ルキア、恋次は駆けだそうとするが、
「やぁ、苦戦してるな」
「!!貴様っ!!」
背後から聞こえた声に、ルキアは振り返って袖白雪を構える。
他の三人も振りかえって自身の斬魄刀を構える。
そこには、口角を上げた零の姿があった。
「もうとっくにくたばってるだろうと思ってはいたが、どうもしぶとい奴ららしい」
「隊長をどこにやったの!?」
乱菊は零を睨みながら訊く。
零は肩をすくめて、
「さぁ?でも心配いらないんじゃないのか?」
「どういう意味だ!?」
ルキアの問いに、零は後方を振り返り、何かを思い浮かべているかのように、
「たぶん、彼がもう日番谷に会ってる頃だろうよ」
「彼?」
「そう。君たちが一番頼りにしている彼さ」
―――黒崎一護、だっけ?
***
薄暗い部屋に突如差し込んだ光。
部屋の壁が大きな音を立てて崩れ落ち、その奥に立っていた人物に、日番谷は眼を見開く。
「お、前・・・!」
「大丈夫か?――冬獅郎!」
その人物――一護は、日番谷に駆け寄る。
日番谷は依然として眼を見開いている。
「黒、崎・・・」
「待ってろ。今とってやるから」
一護は鎖に手をかけて、それを解きはじめる。
全ての鎖が解けたあと、日番谷の体をゆっくりと起こした。
「お前、どうやってここが・・・?」
起こされて日番谷は一護を見て聞く。
「今は説明してる時間はねえ。とりあえず、逃げるぞ!」
そう一護が言った刹那、先程より激しい音を立てて壁が破壊される。
一護は日番谷の体を抱えると、瞬歩で遠く離れた場所へ移動する。
「くそっ・・・!もう来やがった・・・」
「あいつは・・・!」
舌打ちした一護と、眼を見開いて驚く日番谷の視線の先には、日番谷の『クローン』の姿が。
一護達の先程居た場所は、氷漬けになっている。
(ここは・・・?)
一護に地面にゆっくりと下ろされ、改めて日番谷は辺りを見渡す。
ここは、何の目印もない荒れた大地。
崖がいくつかあり、その中の一つに自分は捕まっていた場所があったらしい。
「冬獅郎、ここで待ってろ」
「え・・・?」
バッと振り返ると、一護が斬月を強く握りしめて、自分に背を向けている。
「『あいつ』から、氷輪丸を取り返しに行く」
「なっ・・・!」
一護の言葉に日番谷は一護を止めようと声を張り上げる。
「止めろ黒崎!!あいつがいつ戻ってくるかわからねえんだぞ!!」
日番谷の言う「あいつ」とは零のことであり、零と『日番谷』相手に、一護が勝てると思えない日番谷は、そう言うが、
「だったらその前に、片づけるまでだ!!」
「っ!?」
一護はそう怒鳴ると、日番谷を振り返る。
「冬獅郎、俺を信じろ」
「―――!!」
真っ直ぐでその強い眼差しに、日番谷はたじろぐ。
一護は体を元に戻し、『クローン』のもとへ瞬歩で向かった。
(―――)
日番谷は下唇をかみしめ、俯く。
また、だ・・・
また、あいつと重なる。
確かにあいつも黒崎一護だが、何故か認めたくないという思いがある。
自分でもわからない。
黒崎一護のはずなのに、それを否定したいと思う。
それがわからない。
複雑な表情で、日番谷は遠くで戦う一護を見つめた。
(俺が、あいつと関わりがなかったから・・・)
昔から一護はあのままなのかもしれない。
ただ、自分がそれを知らなかっただけで。
「黒崎・・・」
うわごとのように、日番谷は呟いた。
***
一方ルキア達は、零と対峙している。
「一護が・・・!?」
「あ、もう安心とか思うなよ?」
驚いて眼を見開いている四人に、零は口角を上げて、
「あいつはまた死ぬんだからな」
「っ・・・!!!」
黒崎一護が死ぬ。
それは、死神達、いや、四人にとってはトラウマのようなものだった。
その様子をみた零は、更に笑みを深くする。
「あそこには僕が望んだ物がある。あれを倒すことなんて、昔のあいつに出来るわけがな・・・」
「悪いが、一護を甘く見ると後悔するぞ」
零の言葉を遮って、ルキアが言う。
その言葉に、零は眉をひそめる。
「どんな姿であっても、あやつは黒崎一護だ。一護は、絶対に仲間を助け出す」
「・・・」
ルキアの言葉を、零は静かに聞いている。
「そして、我々のことも甘く見るな」
そう言って袖白雪の切っ先を零に向ける。
「貴様が思うほど、死神は弱くない」
「『死神は弱くない』か・・・」
ルキアの言葉を反復した零は、急に大声で笑い出す。
「弱いんだよ、死神は!!強かったら、あんなに呆気なく死ぬわけないだろ!!こんなに呆気なく捕まるわけないだろ!!」
「・・・」
ルキア、そして他の三人は、零のその様子を黙って見ている。
「死神なんて、皆弱いんだよ」
零は笑うのを止めて無表情で言って、自身の斬魄刀を抜刀する。
「お前らの相手は、こいつで充分だろ」
「っ!?」
零が蒲黄花を地面に突き立てると、ルキア達の目の前の地面から何本もの弦が伸びてくる。
四人は飛んで距離をとると、斬魄刀を構える。
弦は四つに集まると、それぞれ形を作り、それは虚になる。
「何っ・・・!?」
「じゃあ、せいぜいがんばれよ」
零はそう言って、瞬歩で消える。
「待て!!」
追おうとする恋次に、襲いかかる虚。
「チッ・・・!」
「恋次!!」
ルキアもそれに交戦するが、別の虚がルキアに襲いかかる。
四体の虚は、恋次、ルキア、乱菊、雛森の前に姿を現すと、虚閃を繰り出してくる。
「くそっ・・・!」
四人はそれぞれ、斬魄刀を解放した。
***
一方、一護は日番谷の『クローン』と戦闘を繰り広げていた。
疲れのない『クローン』に、一護は体力を失っていく。不利になって行くのは明らかだった。
「っ・・・!月牙天衝!!」
黒い月牙が『日番谷』を襲うも、瞬歩でそれを避けた『日番谷』は一護の背後にまわり突きを繰り出す。
「っ!!」
一護はそれを斬月で防ぐも、触れているところから凍りつく。
慌てて避けるが、『日番谷』の方が速い。
(やばっ・・・!!)
今度は避けきれない。
「黒崎!!」
日番谷の叫び声とともに、一護は後方へ勢いよく飛ばされる。
後方にあった岩山に激しくぶつかった一護は倒れた後、ゆっくりと斬月を杖にして立ち上がる。
「はぁ・・・!はぁ・・・!」
肩を上下させて荒い呼吸をする一護と、再び向かってくる『クローン』。
一護は舌打ちをすると、刀を振り上げ、『クローン』と刃を交える。
激しくぶつかり合う一護と『クローン』。
悲痛な表情で、それをただ見ていることしかできない日番谷。
(もう、あいつの戦う姿なんて見たくないと思ってた・・・なのに・・・)
もう、彼が死ぬところなど見たくない。
また、自分は何もできない。
それが、辛い。
「・・・っ」
辛そうに顔を歪め、ゆっくりと俯いた日番谷に、不意に後ろから声が鳴る。
「予想通り、ここを見つけ出してたか」
「―――!!」
日番谷はバッと顔を上げ、振り向く。
そこに居たのは、不機嫌なのか、無表情の零の姿があった。
「お前・・・!」
日番谷の呟きに、一瞬だけ視線をこちらに寄こした零だったが、直に一護達の方へ向ける。
「死神は弱いな」
「なんだと・・・!?」
不意に呟いた零の言葉に、日番谷は聞き返す。
しかし、聞こえていないかのように零は続ける。
「どう見たって死神は弱い。何が「死神は弱くない」だ。僕が見てきた死神はいつも・・・」
「・・・?」
様子のおかしい零に、日番谷は怪訝そうに眉をひそめる。
「あの、雨の日もそうだった・・・」
そう言って零は眼を伏せる。
暗闇の中に浮かぶのは、あの日の映像。
ザァァァーーー。
雨が降っている。
全てを洗い流すように。
心の心情を表すかのような。
おかしい。
何故?
何故雨は降っているの?
僕はただ、あの輝きが欲しいだけ・・・
悲しくは無いのに・・・
でも、無意識に零れた言葉は、
「 」
全てはこいつのせい。
こいつが死ぬから、あの輝きが見れなくなったんだ。
許さない。
でも―――
その続きを見ないかのように零は眼を開ける。
(今の僕には、関係のないことだ!)
零は眼を鋭くして、日番谷は見る。
日番谷は一瞬ビクッと肩を揺らす。
「お前も、あいつも、その他の死神は命を失う。それは、お前らが皆弱いからだ」
「・・・弱い、か」
日番谷はそう呟くと、自嘲気味に笑う。
「確かに、そう、かもな・・・」
「?」
弱いということを認めた日番谷に、零は少なからず驚く。
どうせ「弱くない」と返してくるものだと思っていたから。
驚いている零に気付かず、日番谷は視線を一護に移す。
「俺は、またあいつを護ることも助けることも出来ない。それは、俺が弱いからだ」
「・・・」
「たった一人で挑んできたお前に、こうもあっさりと敗れた死神(俺たち)は、確かに弱いだろうな」
日番谷はそう言って、「だが・・・」と続ける。
「あいつは、あいつだけは弱くないと思ってる」
「?」
零はその言葉に、どういうことだ、と表情で問う。
日番谷は振り返り苦笑すると、再び一護に視線を戻した。
「あいつは、人間だからな」
「―――!」
零はハッとなる。
「それに、あいつの強さは、死神達(みんな)認めている」
「・・・」
「いくら過去から来たとしても、あいつが「黒崎一護」であることに、変わりはねえからな」
「過去・・・?」
日番谷の言葉に、零は聞き返す。日番谷は「ああ」と頷いた。
「あいつは、過去から来た黒崎一護だ」
「・・・なるほど。どおりでおかしいと思った。死んだ魂魄が、記憶を持ったまま再び尸魂界(ここ)に現れるなど、あり得ないからな」
零はそう言うと、少し顎を引く。
(そうまでして・・・)
日番谷は横目で零を見て、
「随分あっさりと納得するんだな」
「・・・確かに、過去から来ただなんて信じられないが、疑ったところでどうしようもないからな」
「そうか・・・」と呟いた日番谷は、視線を一護に戻す。
「・・・もう、終わらすことはできないのか?」
「?」
静かに呟いた日番谷に、零は怪訝そうな眼を日番谷に向ける。
日番谷は振り向かず続ける。
「氷輪丸をお前にやるといっても、この戦いを終わらせることはできないのか?」
氷輪丸を与える代わりに、この戦いを止めてくれ。
日番谷はそう言った。
「・・・」
その言葉に、零は黙りこくる。
「もう、戦う意味もねえだろ?それとも、お前は何か死神を全滅させなければならない理由があるのか?」
「・・・そんなものは、ねぇよ」
零はそう言って、蒲黄花を抜刀し、自身の目の前に掲げる。
「ただ・・・」
「・・・?」
そう言って何も言わない零に、日番谷不思議に思い振り向く。
「―――!」
そこには、今まで見たことのない、悲しげな表情の零がいた。
日番谷はそれに驚き、眼を見開く。
零はゆっくりと掲げていた腕を下ろすと、静かに言った。
「確かに、僕の目的は氷輪丸だった。それさえ手に入ればいいと。でも、もう無理なんだ・・・」
「何が・・・?」
「とにかく、この戦いを終わらせることはできない。お前ら死神が死ぬか、僕が死ぬまでは」
そう言った零に日番谷は、初めて「零」という本人そのものの感情を眼にした気がした。
「お前・・・―――っ!?」
呟いた日番谷の後方で、ドサッと誰かが倒れる音がする。
日番谷はまさかと思いバッと振り返ると、そこには―――・・・
「黒、崎・・・?」
そこには、首がない『クローン』の隣に、肩で息をしている一護の姿が。
「勝った、みたいだな」
「・・・!」
零の言葉に、日番谷は安堵の息を吐く。
(よかった・・・)
らしくないが、本当に安心した。
しかし、まだ安心できない。
次は、零が一護の相手なのだから。
一方一護は、地面で倒れている日番谷の『クローン』に激しく動揺している。
(大丈夫だ・・・こいつは冬獅郎じゃねぇ・・・冬獅郎ならあっちで・・・)
そう思って一護は視線を日番谷の方に移す。
「なっ・・・!!」
大丈夫。
そう思って振り向いた先には、日番谷が無事でいる。
しかし、その安堵と同時にそれは驚きに変わる。
日番谷の後の、零の姿を見て。
(気付かなかった・・・!!)
一護は斬月を地面から抜いて、日番谷に駆け寄った。
「冬獅郎!!」
「黒崎・・・?」
慌てた様子の一護に、日番谷は首を傾げる。
眼の前まで来た一護は、日番谷を抱えると瞬歩で零から距離をとった。
「大丈夫か!?」
「大丈夫だが・・・」
とりあえず日番谷は頷くと、一護は日番谷を下して零に斬月を向けた。
一護のその様子に、零は苦笑する。
「そんなに慌てるなよ」
「何するかわからねえからな」
一護は零を鋭く睨む。
一方零は、何故か心が痛かった。
目的を果たした。
その能力(ちから)手に入れた。
そしてそれは破られた。
僕は、何をすればいいんだろう・・・?
そして、この痛みは一体・・・
「じゃあ、そろそろ終戦といくか・・・」
零はそう言って蒲黄花を構える。
(僕は一体・・・)
一護は零を睨んだまま、
「行くぜ」
「ああ」
二人同時に、駆けだした。
(僕は一体―――)
―――何がしたかったんだろう。
一方日番谷は、一護の背中を見つめていた。
先程零に言った言葉を思い出す。
あれは、無意識に出た言葉だった。
つまり、そういうことだ。
認めたくないのは、己の弱さ。
結局、未来の黒崎一護も、過去の黒崎一護も、結局は黒崎一護でしかないということ。
ならば、あの自分が知るより一回り小さな背中のあの一護に、頼ってみようではないか。
自分が唯一心を許した、「黒崎一護」であるならば。
(変わらずとも、やはりどこか変わっている)
そんな気がする。
だから、過去であろうと、未来であろうと関係ない。
お前は、黒崎一護だ。
ヒュゥ――――。
風が鳴る。
砂埃が辺りを舞う。
視界が晴れた時、一護と零は刃を交えていた。
ギチギチと音を鳴らし、お互い一歩も引かない。
「・・・どうしてそこまで必死になるんだよ?」
「あ?」
不意に零が一護に問う。
一護は怪訝そうに眉をひそめた。
「お前は過去から来たんだろ?だったら帰る方法さえわかればそれでいいはず・・・なのに、何故だ?」
「・・・」
零の問いに、一護は斬月で蒲黄花を振り払い、零と距離をとる。
「前にも、同じようなこと、冬獅郎に聞かれた」
一護はそう言って、眼を伏せる。
あの時は、この未来を知った絶望と、帰れるかわからない恐怖でいっぱいだった。
『お前、帰らなくていいのか・・・?』
けど、そう訊いてきた日番谷の顔が、どこか寂しそうな、悲しげな感じがした。
それを見て、思った。
帰るよりまず、この荒れた世界を、元に戻そう。
「帰る方法は、後で探せばいい。今は、苦しんでる奴を放っておくわけにはいかねえんだよ」
「―――」
「だから俺は何としてでもこの戦いを終わらせて、冬獅郎を護りたい」
一護は真っ直ぐな瞳でそう言う。
零はそれを無表情で見つめていた。
(仲間、か・・・)
今まで見てきた、死神の戦い。
「そうか・・・」
互いに背中を預け、護りあう。
「じゃあ、本気で行くぞ」
「ああ」
最初はくだらないと思っていた。
「開け、『蒲黄花』」
でも、今はそれを見ているとものすごく苦しい。
「っ!?」
斬魄刀と辺り一面に、花が咲く。
それは、次第に刃に変わっていく。
「蒲黄花の能力は、植物を操りそれを刃に変えて攻撃する。その花弁一枚一枚が、僕の刀だ!」
花弁全てが刃に変わり、その先を一護に一斉に向ける。
「くそっ・・・!」
一護は舌打ちすると、斬月を構えた。
「鋭花舞踊(エイカブヨウ)!!」
「卍解!『天鎖斬月』!!」
声が重なる。
刃に変わった花弁が一護を襲うのと、一護の周りに砂埃が舞うのは同時だった。
砂煙の中に、花弁が突っ込む。
零はその様子をジッと見つめる。
・・・カラン
小さな音が、鳴り響く。
「っ―――!?」
砂煙から現れた一護は、無傷とは言えないが、その足元には多量の花弁の刃が転がっている。
零が驚いて目を見開いていると、一護はニヤリと口角を上げる。
「今ので、死んだかと思ったかよ?」
「っ・・・!」
悔しそうに顔をゆがめた零は、蒲黄花を地面に突き刺す。
「なら、これでどうだ!?」
「!?」
まるで突き刺した斬魄刀から伸びてきたように、地面から多数の弦が現れる。
「・・・!」
「この弦からは、逃げられない・・・!」
零がそう言うと同時に、弦が一護を襲う。
それを斬月で斬り落とすも、その切れた辺りからまた新しい弦が現れる。
斬れば斬るほど数を増やす弦に、一護は苦戦を強いられる。
「くっ・・・!」
「いくら卍解といえど、この弦の多さからはどうにもならな・・・ッ!!」
そう言いかけて、零は突然胸を押さえ蹲る。
(な、何だ・・・!?痛い・・・!)
それを遠くで見ていた日番谷が、零の異変に気付く。
「どうしたんだ・・・!?」
「くっ・・・!!」
零は蒲黄花を掴み、ゆっくりと振るえる両足になんとか力を入れながら立ち上がる。
「はぁっ・・・!!はぁっ・・・!!」
荒い呼吸の中、意識が一瞬だけ閉ざされる。
『寄コセ・・・』
「っ!!?」
頭の中に一瞬だけ響いたその声に、零は眼を見開く。
(な、何が起こってるんだ・・・!?僕の体に・・・)
苦しい。
「う、うぅ・・・!」
零は再び両足から崩れ落ちた。
『ソノ体ヲ、寄コセ・・・』
(こ、この声は・・・!?)
零は苦しみながら、今度は頭を押さえる。
痛い。
苦しい。
「っ―――!?」
日番谷は様子のおかしい零にずっと視線を向けていたが、突如その零からある霊圧を感じ取り、眼を見開く。
(この霊圧は、虚―――!?)
日番谷は立ち上がり、一護に叫んだ。
「黒崎!!!」
「っ!?」
弦と苦戦していた一護は、日番谷の叫び声に振り向き、そして気付く。
「これは、虚!?」
弦から瞬歩で抜けると、日番谷の隣に来る。
「これは、零からか!?」
「ああ・・・!」
一護と日番谷の見つめる先、零は未だ苦しみ続けている。
『寄コセ・・・ソノ体ヲ・・・寄コセ・・・』
(止めろ・・・!止めろ・・・ッ!)
零はその声を振り払うかのように首を振り続ける。
『俺ガ・・・オマエノ生キ方ヲオ教エテヤッタンダ・・・』
「っ!!?」
虚の言葉に、零は眼を見開く。
体の力が、抜けていく。
突如上がった霊圧。
それは間違いなく虚のもので、零はカクンと首を折り、俯く。
「なっ・・・!?」
「零!?」
一護は日番谷を庇いながら、その光景に目を見開く。
俯いている零が、ゆっくりと立ち上がる。
立ちあがったと同時に、零の中から零を破るようにして現れた虚。
一護と日番谷は驚愕で目を見開く。
「な、虚!?」
「零の中から、現れた・・・!?」
虚が現れたということは、零が居なくなったということで、弦は消え、蒲黄花も元の姿に戻る。
「冬獅郎・・・!」
「ああ。斬魄刀が消えないということは、零はまだ生きてるな・・・」
始解は消え、蒲黄花はもとの姿に戻ったが、それは消えることなくそこにある。
斬魄刀はその持ち主が死ねば斬魄刀も消える。
つまり、零はまだ生きているということになる。
「黒崎・・・」
「ん?」
一護が振り返ると、日番谷が真っ直ぐとこちらを見つめていた。
「あいつを、助けてやってくれ」
「え・・・!?」
日番谷の言葉に目を見開いた一護は、体を日番谷に向ける。
「あいつの中から虚が現れたということは、今までの行為の中に虚の邪の意志があったということ。もしかしたら、あいつの意志でやってきたことじゃないかもしれない」
「だけど・・・!」
言いかけた一護は口を閉ざす。
日番谷は静かな焔を灯したような目で、
「俺は、零自身を信じる」
「―――!」
その言葉に一護は僅かに目を見開くと、
「ああ!」
と強く頷き、斬月を構えて虚――零に向かって行った。
(零・・・お前のやったことは、俺にとっても、死神(みんな)にとっても、許されねえことだ)
黒崎一護を殺し、死神を捕え、操り、この世界に自分ただ一人を残した。
(それは、決して許されることはない)
その罪の重さは、言葉で言い表せないほど。
(だが、先刻の様子のおかしかったお前が、本当のお前なら・・・)
お前は、ただ―――
日番谷は立ち上がり、ゆっくりとある方向へ歩いて行った。
一方一護は、目の前に居る存在に舌打ちする。
(本当に虚だな・・・。零はこの中にいるとしても、どうすりゃ零を助けられるんだ・・・?)
さっきの日番谷の眼は、零を助けてくれ、と真剣だった。
あそこまで酷いことされて、そう言うということは、確信しているんだろう。
なら、自分は日番谷を信じよう。
だから、絶対に零を助け出す。
(それに言っちまったしな・・・)
―――苦しんでる奴を放っておけない。
(助け出したら、絶対に説教してやる!)
そう思って、一護は斬月を構えた。
「漸ク外ニ出ラレタ。長イ時ヲ経テ・・・」
「てめぇ、さっさと零から出て行け!!」
一護がそう叫ぶと、虚はニヤリと笑う。
「無理ダナ。俺トコイツガ離レルニハ、コノ体ヲ斬ルシカナイ。ソノ斬魄刀デナ」
「何・・・!?」
「マァ、コイツモ死ヌガナ」
そう言うと、虚は高らかに笑いだす。
一護は顔を険しくすると、虚に斬りかかった。
しかし、それは避けられ、逆に攻撃を食らう。
「ぐっ・・・!!」
「弱イナ死神!!迷イガアルソノ刃ニ、俺ハ斬レナイゾ!!」
岩山に叩きつけられた一護は、石をどかしながら「うるせえ」と言って立ち上がる。
「無駄ダ、死神!俺ヲ殺スコトハ、コノ餓鬼モ殺スコトニナルンダゾ!オ前ニソレガ出来ルカ!?」
「殺す?じゃあ、丁度いいな。俺はそいつに殺されたんだ。仕返しってことで、今度は俺が殺してやるよ」
口角を上げて言う一護に、虚はたじろぐ。
「オ前、自分ノ言ッテル意味ガワカッテルノカ!?コイツハ死ヌンダゾ!」
「ああ?わかってるに決まってんだろ。俺がてめぇを斬ったら零が死ぬ。だから俺はお前を斬る」
一護は斬月に霊圧を込める。
本気だと感じた虚が、慌て始めた。
「オ前ニソンナコトデキルワケナイダロ!ドウセソレモ脅シデ・・・!」
「試してみるか?俺の本気を」
一護が目を鋭くして虚を睨む。
斬月から黒い霊圧があふれ出す。
「ヤ、止メロ!!」
「止めろ?さっきまで余裕こいてたやつが、何言ってんだよ」
一護は斬月を頭上に構えた。
「俺と零は仲間じゃないし、むしろ敵同士なんだよ。だからこの丁度いい機会に殺してやる」
そう言って一護は斬月を振り下ろした。
「月牙天衝!!!」
「グァアアアア!!!!」
咆哮を上げて、虚が消えて行った。
全てが消えた時、地面に零が倒れていた。
「零!」
一護が零に駆け寄る。
日番谷も駆け寄ってきた。
「零、しっかりしろ!」
日番谷は零の体を抱き起こす。
零はゆっくりと目を開けた。
そこには、心配そうな表情で自分を覗く、日番谷を一護の姿が。
「お前、ら・・・」
「しっかりしろ!」
日番谷がそう言うと、零は苦笑する。
「敵である僕を、心配しているの?」
「まぁな・・・」
日番谷は目を逸らしながら肯定する。
それに零は微笑した。
「今まで、僕は・・・氷輪丸を手に入れて、死神を滅ぼすつもりだった・・・」
零がぽつぽつと話し始める。
一護と日番谷は黙ってそれを聞いた。
「理由はわからない・・・でも、死神は憎い・・・死神は、殺さなければならない存在だって、思ってた・・・」
それが、虚の意志・・・
「でも、氷輪丸を手に入れて、黒崎一護と戦わせた時、一瞬だけ迷いが出た・・・僕は、何がしたいんだ、って・・・」
それでも、本能に従ってみた。
「何かモヤモヤする気持ちを隠すように、僕は『クローン』に任せて、死神を、見に行った・・・」
そこで感じ始めた、胸の痛み。
「それは、逆に僕の心を痛めるだけしかなかった・・・だから、逃げるように戻ってきた」
でも、手に入れた望みは、破られた。
「その瞬間、僕はもう生きる意味をなくしたと、はっきり感じたんだ。もう、生きていてもしょうがないって・・・」
だから、とりあえず一護と戦った。
「その弱った心に、虚の意志が強まって、出てきてしまったんだろう・・・」
「・・・」
「・・・」
日番谷と一護は無言でその話を聞き続ける。
「僕は、ずっと独りだった・・・」
それは、僕の夢が、まだ『平和であること』だった頃の話。