Desperate Future 孤独の中で生きる二人




双殛の丘の地下・入り口前。
そこには、全ての死神達が集結していた。

「ようやく光にも慣れたな」
「ああ、そうだな」

恋次とルキアが呟く。

数年間闇の中に居た所為か、先程の光には流石に眩しさを感じたが、今ではようやく慣れた。
しかし、暑い雲に覆われたこの台地は、光に包まれているとはいえない。
この地に光が差し込むまでは、諦めない。

そう決意したルキアは、一護に向き直った。

「それにしても、一護。貴様は一体・・・」
「あ?」

ルキアの言いたいことが分からず、聞き返す。

「貴様、本当に一護なのか?」
「ァあ!?だから、何度も言ってんだろ!俺は本物だって・・・」

何度もそう訊いてくるルキアに、一護は苛立ちながらそう言いかけるが、ルキアは「そうではない」と一護を遮る。

「一護であることはわかる。そうではなくて、我々の知っている一護にしては、少し若いような・・・」
「ああ、そのことか・・・」

一護はルキアから視線を外し、遠く、地平線を見つめる。

「俺は、十年くらい前から来たんだ」
「何!?」

一護の言葉に、周りに居た者は驚き、目を見開く。

「どういうことだ!?」
「お前らが知ってる俺は、確かに死んだんだろ?俺だって信じらんねぇけど、確かに俺は、この世界を知らない」
「じゃあ、お前は本当に過去から来たんだな?」

恋次の問いに、一護は「ああ」と頷いた。

「冬獅郎が言うにはな」
「そうか・・・」

そのやり取りと少し離れたところで見ていた雛森。

「日番谷君の言ってたのは、このことだったんだ」
「え?」

隣に居た乱菊は、それを聞き返す。
雛森は顔を上げて乱菊を見上げる。

「日番谷君。『今は一人じゃない』って言ってたんです」
「そういえばあんた、隊長と話したって・・・」

乱菊が思い出したかのように言うと、雛森は「はい」と頷く。

「あんたは、どうやって隊長と話したの?」
「あの時はただ、日番谷君のことが心配でそれどころじゃなかったんですけど・・・あたしは『あたし』の中から見ていたと思います」
「どういうこと・・・!?」

雛森の言葉に、乱菊は驚く。
雛森はさらに続ける。

「よくはわかんないんですけど、操られていたはずの吉良君が、捕まってたあの場所に居るのを見た時、仮説を思いついたんです」
「仮説?」

乱菊が訊き返すと雛森は「はい」と頷く。

「もしかしたら、あの操られていた人たちは、操られていたんじゃなくて、別の偽者だった・・・。あたしは、『別のあたし』から日番谷君を見ていたんです」
「じゃあ、隊長は今までずっとあたし達の偽者と戦っていた・・・?」
「たぶん、そうだと思います・・・」

乱菊の言葉に、雛森は自信なさ気に言う。

「いや、その通りだ」

二人が振り返ると、そこには一護の姿が。

「俺と冬獅郎は、今まであんた達の偽者『クローン』と戦ってた」
「それで、そんなにボロボロに・・・?」

乱菊の問いに一護は「それもあるけど・・・」と言って、一泊置く。

「俺が戦ってたのは、零だ」
「レイ?」

乱菊が訊き返すと、一護が「今回の首謀者だよ」と答える。

「それで、冬獅郎は俺と皆を助けるために・・・」
「その零ってひとについて行ったんだね・・・」

一護の言葉に、雛森が続けて言う。

「ああ・・・」

辛そうな表情で一護は目を伏せ頷く。

その場に沈黙が流れる。
それを破ったのは雛森だった。

「でも、「一人じゃない」って言った時の日番谷君、本当に安心してた」

そう言って雛森は一護を真っ直ぐ見詰める。

「あなたのおかげで、日番谷君が救われたのは事実。ありがとう」

そういって微笑んだ雛森は、先程の取り乱した姿に比べると随分落ち着いたようだった。
その姿に一護は少し安堵したが、「いや・・・」と険しい表情になる。

「え・・・?」
「まだ、終わってねえから」
「一護・・・」

一護の言いたいことがわかった乱菊は、やりきれない想いで呟く。
一護は目を伏せて、

「あいつを本当に救い出したといえるのは、この戦いを終わらせることだから」

たった一人の欲望によって、その人の運命は狂わされた。
あいつは何も悪くない。
全ては零の欲望のため。

それが、一護には許せなかった。

「終わらせる」

はっきりと強くそう言う。
もうあいつを、傷つけさせないために。

「一護君」

不意に声をかけられ振り向く。
そこには、深刻な顔をした隊長達を背にした浮竹の姿があった。

「浮竹さん。なんスか?」
「少し、話があるんだ」

そう言う浮竹は、少し言いずらそうだった。
一護はなんとなく話の内容がわかって、「わかりました」と頷いた。




「ホントに一護君なのかい?なんか信じられないねぇ」

行ってそうそう京楽にそう言われる。
未だ死んだという事実に信じられず、それに苦笑いしかできなかった。

「お主は、本当に黒崎一護なのじゃな?」

元柳斎にそう確認され、一護は「ああ!」と強く頷いた。

「そうか・・・」と呟く元柳斎も他死神のように信じられないようである。

と、その刹那。

ヒュン!!

「うぉ!!!」

目の前に刀が現れ、一護は間一髪でそれを避ける。
振り下ろしてきたであろうその人物に目を向ける。

「け、剣八・・・!!」
「よぉ、一護」

そこには、ニコニコ笑っているやちるを肩に乗せた更木の姿が。
当の更木も、口角をあげてやちるとは違う笑みを浮かべている。ニヤリと。

「元気そうじゃねぇか」
「お、お前もな・・・」

一方一護は「会いたくなかった」と露骨に表情に出している。
そんなこと気にも留めず、更木は斬魄刀を構え、

「詳しいことは知ったこっちゃねぇが、久々にてめぇと戦えるってことだ」
「ほんと!いっちー、久しぶり!」

キャハハハ!と笑うやちるのとなりで、不気味に笑う更木。
一護にとっては地獄に見えた。

「ちょ、ちょ、待てって!今そんなことしてる場合じゃ・・・!!」
「知るか!!俺と戦りあえ、一護!!」
「だから・・・!っ無理だって!!」

次々に繰り出される斬撃を必死によけながら一護は言葉を紡ぐ。

「やめんか、更木!」

元柳斎の言葉に舌打ちした更木は、「仕方ねぇ」とつぶやいて刀を納めた。

「あ、危なかった・・・!」

一護は乱れた息を整えながらそう呟いた。

「あとで絶対ぶっ殺してやる」だの「剣ちゃん、いっちー戻ってきてよかったね☆」などと言っている更木とやちるの会話は、聞かなかったことにした一護であった。

「黒崎一護、日番谷の行方はわかるか?」

不意にそう声をかけられ振り向くと、そこには白哉の姿があった。

「白哉!」
「質問に答えろ」

そうスパッと切り捨てられ、感動の再会とまでは行かずとも、再開を喜びたかった一護にとっては少しダメージをくらった。

「し、知らねえよ・・・」
「そうか・・・」
「せめて居場所さえわかればねぇ」

どうしようもない、という風に京楽が呟く。

「どうすれば・・・」

浮竹が困ったように言う。
一護も険しい表情で、日番谷を想った。

(冬獅郎・・・!)

―――直、助けに行くからな!!






一方ルキア達も、どうすればいいのかを考えていた。

「日番谷隊長は何処におられるのでしょうか・・・?」
「わからないけど、隊長があたし達を探して多様に、あたしたちも手当たり次第に隊長を探すしかないわね」

ルキアの問いに答えた乱菊は、辛そうに目を伏せる。

(隊長・・・!)

―――あなたは今、何処にいるんですか?

「にしても、やけに静かだな」

恋次が辺りを見回しながら言う。

「そういえば、そうだよね・・・」

雛森もそう言って辺りを見渡す。

「そういえば、日番谷隊長の戦っていた我々の『クローン』が居るはずなのだが・・・」
「こんな広い尸魂界じゃ、滅多に現れないんじゃないの?」

乱菊の言葉に、恋次が首を振る。

「俺たちはもう逃げ出してんだから『クローン』はもう作り出せないんスよ?」
「でも、前に作り出してたのがあるかもしれないじゃない?」
「それは一護と日番谷隊長がほとんど片づけたって、一護の奴が言ってました」

そう言って一護を見ると、丁度更木に追われているところだった。
乱菊はそれを呆れながら見て、「そうだといいけど・・・」と言ってから恋次を振り返った。

「でもまぁ、いつでも戦闘できるように準備するにこしたことはないわね」
「そうッスね」
「斬魄刀はいつでも持っておかないと」

雛森が二人の会話に入り言う。
それに乱菊と恋次は頷いた。

「何も戦いが起こらないで、隊長を助け出せれば、それが一番いいんだけどね」
「少なくとも、零って奴とは戦わなきゃいけないッスね」

恋次の言葉に頷いたルキアは、零の姿を想い浮かべる。

日番谷と変わらない身長で、冷たい目をしている。
しかし、その裏に孤独を感じた。
もしかしたら・・・

「ルキア」
「え?あ、何だ?」

恋次に呼ばれ、思考が停止する。

「一護が呼んでるぜ」
「?」

言われて見てみると、一護が手を挙げてこちらを呼んでいた。

「行くぜ」
「お、おう」

乱菊達四人は、一護の元に歩み寄った。

「どうしたの?」

乱菊がそう問うと、一護が、

「ああ、これからのことについて決まったんだ」

と答え、隊長格達の方を指す。










元柳斎が前に出て、全隊士に聞こえるように言った。

「我々の今すべきことは、敵を葬ること。そして日番谷隊長の救出じゃ。だが、全員で押しかけて行っても意味はない。隊長格以下の全隊士は瀞霊廷に戻り、その復旧に当たってもらう。十二番隊、および技術開発局の者は穿開門の修理じゃ」

全隊士は片膝をつき、総隊長の話を聞きいっている。

「隊長格は敵の抹殺、及び日番谷十番隊隊長の救出に当たれ」
「はい!」

隊士たちは瞬歩で瀞霊廷に戻り、命令通りに動いていた。
残された隊長各達と一護とルキアは、ここからの分担を決める。

「ここから、さらに半分にわける」
「俺は冬獅郎を助けに行く!!」

元柳斎の言葉が終わると同時にそう叫ぶ一護。
元柳斎はそれに頷いた。

「よかろう。それから、朽木白哉、阿散井恋次、松本乱菊、雛森桃、朽木ルキア。お主らもな」
「「はい!!」」

頷いたのを確認した元柳斎は、その他の隊長達にも指示を出していく。

「我々は残った『クローン』を処理していく。一体も残らずじゃ!」
「「はい」」

それを合図に、全員は散らばって行った。



(冬獅郎・・・!!)

絶対に助ける。

そう誓った。

自分の魂に。

もうお前は独りじゃない。

俺達が、直に行くからな。










「躊躇うな!!一人残らず殺せ!!」

砕蜂が隠密機動達に指示する。

敵は口を利かない。
そのことだけを頼りに、皆刀を振るっていた。
もしかしたら間違えてしまうかもしれない。
それでも、躊躇うことは許されなかった。

「京楽、久しぶりの実戦だな」
「どうした浮竹?腕でも鈍ったかい?」
「そうだな・・・」

浮竹は一度切ると、再び口を開いた。

「自分達がどれだけ平和ボケしていたかがよくわかるな」
「はは、確かにそうだねぇ。んじゃ一ちょ・・・」

そう言って花天狂骨を構える。

「始解でもしてみるかい?」
「いいだろう」

頷いて浮竹も双魚理を構える。

「波悉く我が盾となれ、雷悉く我が刃となれ、『双魚理』」
「花風紊れて花神啼き、天風紊れて天魔嗤う、『花天狂骨』」

二人の始解によって、あっという間に『クローン』の数が減っていった。

「オラァアアアア!!!!」
「行っけぇ!剣ちゃん!!」

その霊圧だけでも十分であるかのように、次々に吹き飛ばされていく『クローン』。味方でさえ近付けない二人は、ほぼ無敵だった。

そんな様子を見ていたのは、この長き戦いの首謀者、零だった。

「・・・」

無表情でそれを見つめていた零は、やがてあるスイッチを押す。
それは、絶望の再臨だった。









「くそっ!!まだこんなに居やがるのかよ!!」

一護は鬱陶しそうに刀を振るう。

あれだけ頑張ってもこの数。
一護はもしあのまま日番谷と二人で減らしていったら、と考えるだけで気が遠くなりそうだと思った。

「隊長は何処に居るのかしら・・・?」

乱菊が不安そうに遠くを見つめながら言う。
雛森は何も言わず、辛そうに日番谷を探していた。
一護はそんな二人を横目で見ながら、

「大丈夫、絶対に見つける!」

と自分に言い聞かすように言った。
そんな一護をルキアは後から見つめる。

(本当に、昔からこんな奴だった・・・)

自分達の知る黒崎一護も、この過去の一護と全く変わらない。
真っ直ぐな魂を持つ男。
それが、一護だった。

実力は劣るものの、この男なら日番谷を助けてくれるだろう。いや、助ける。そう確信していた。
だって、この男は黒崎一護なんだから。
過去から来たとかは関係ない。
一護であることに、間違いはないんだから。

(我々は、またこの男に助けられた・・・)

ルキアは苦笑すると、再び日番谷を探し始めた。
不意に隣にいた恋次が何かに気付く。

「お、おい!あれ・・・!」

その声に反応し、皆の視線が遠く先の大地に向けられる。
そこには・・・

「なっ・・・!」

皆が驚くのも無理はない。

そこには、一護を除いた死神全員の『クローン』が待ち構えていたのだから。

「なによ、アレ・・・!」

そこにはもちろん、ルキア、恋次、雛森、乱菊の姿。その他隊長格の『クローン』の姿が見える。
一護は、その光景に顔をしかめる。

(俺と冬獅郎の倒した奴がいるっつうことは、二体以上つくってやがったのか・・・!!)

どおりで倒しても数が減らないわけである。
そんな中、散らばっていた隊長格達が集結する。

「な、なんだこれは・・・!」

浮竹が驚愕に呟く。

「こりゃ、少し困ったことになったねぇ・・・」

京楽もいつになく険しい表情になっている。

「我々自身と戦えということか・・・!」

砕蜂が舌打ちをしながら言う。
そんな中、白哉が一護に歩み寄った。

「黒崎一護」
「なんだよ?」

一護は振り向いて訊ねる。
白哉は視線を『クローン』達に移して言う。

「あそこに居ないのは兄だけだ。なら、兄だけで日番谷を助けに行け」
「なっ・・・!」

白哉の言葉に、一護は驚く。
白哉は尚も続けた。

「自分自身と戦うのは確かに苦戦を強いるだろうが、何よりも自分のことを知っているのは自分自身だ。アレらは、我々がやろう」
「けどよ・・・!」

自分も自分と戦って苦労した。
それに加えあの人数の隊士。
人数は多い方がいい。
そう思う一護だが、

「日番谷を助け出すことができるのは、兄だけだ」
「・・・!!」

白哉の言葉に、一護はハッとする。
周りの皆を見ても、白哉の言葉に頷いていた。

「行け」

白哉は一言そう言うと、『クローン』達のほうへ向かって行く。

「散れ、『千本桜』」

桃色の花弁が、辺りを埋め尽くす。
それに続けて、他の隊長格達も『クローン』に向かって行く。

最後に残ったのは、ルキア、恋次、雛森、乱菊だった。

「黒崎くん」
「?」

そう呼ばれ、振り返ると、穏やかな顔をした雛森が真っ直ぐ見詰めていた。

「あたしも、日番谷君を助けることができるのは黒崎君だと思う」
「・・・」
「日番谷君のこと、任せるよ」

そう言うと、雛森は斬魄刀を抜刀した。

「弾け、『飛梅』」

始解すると、『クローン』のほうへ向かって行く。
それに続いて恋次も抜刀した。

「全く、五年たってもお前は変わんねえな」
「恋次・・・」
「助けるって言ったんだろ。だったら絶対に助けろ」

恋次は蛇尾丸の刀身に触れる。

「咆えろ、『蛇尾丸』」

雛森を追う様に、恋次も飛び出していった。
後ろから、乱菊が一護に歩み寄る。

「隊長はああ見えて、あんたに気を許してるの。だいぶね」
「乱菊さん・・・」
「あたしなんか、副隊長になって十数年してようやくよ?あんたが羨ましいわ」

そう言ってニコッと笑うと、「隊長のこと、頼んだわよ」と言って始解する。

「唸れ、『灰猫』」

飛び出していった乱菊を見送った後、ルキアが一護の背中を殴る。

「痛ぇ!!何すんだよルキア!!」
「たわけ!!ぼ~っと突っ立っている貴様が悪いのであろう!!早く日番谷隊長を助けに行け!!」

ルキアは袖白雪を抜刀する。

「わたしは何も言わん。貴様が絶対日番谷隊長を助け出すことはわかっているからな」
「ルキア・・・」
「フッ。気をつけろよ」

そう一言言うと袖白雪を構える。

「舞え、『袖白雪』」

タンッと音を立てて、ルキアも『クローン』に向かって行った。

「「気をつけろ」、か・・・」

一護はフッと鼻で笑う。

(お前らもな・・・)

一護は目を伏せ、戦う死神達を想う。
そして、目を開けた時には、強い意志が瞳に映っていた。

「今、行くからな・・・」

これが、最後の戦い。
数年の長きに渡る戦いは、終止符を打つ。
そして、最後に見えるのはあいつの笑顔。
絶対に取り戻す!

一護は踵を返し、勢いよく飛び出した。




***




「うっ・・・!」

日番谷はゆっくりと目を開ける。
頭痛に耐えながら、ゆっくりと体を起こすとそこには未だ零の姿が。
零は日番谷が起きたことに気付くと、体ごと振り返る。

「やぁ、お目覚めか?」
「お前・・・」

日番谷は零を睨む。
それに動揺も示さない零は、モニターに映る死神達を見ながらクスクスと笑っていた。
そして、もう一つの別のモニターには一護の姿が。
零は日番谷に「見てよ」と笑いながら言う。

「あいつが来るよ?君を助けに」
「・・・」

日番谷は静かにモニターに映る一護の姿を見つめる。

(黒崎・・・)

そんな日番谷の様子に気付いてか、零は「彼がここに来るのは嫌か?」と問う。
日番谷はそれに答えない。
それでも零は「まぁ、いい・・・」と言って台に置いてあった斬魄刀・蒲黄花を手にする。

「他の死神は追い払ったし、そろそろ始めようか」

―――絶望の戦いを。

日番谷は目を見開いて零を見る。
無邪気な子供姿の零の背中に、虚が見えたような気がした。

「お前・・・!」
「そこで見てろ。仲間が死んで行くのをな」

そう言って零は姿を消した。




***




同時刻、一護は居場所がわからない日番谷を必死で探していた。

(くそっ・・・!何処に居るんだよ、冬獅郎・・・!)

隠れる場所など少ないはずなのに、こうも見つからないとは。尸魂界は広すぎる。
そこまで考えてふと思いつく。

(死神達(あいつら)が居たのは双殛の丘の地下・・・以外と瀞霊廷付近に居るとしたら・・・?)

一護はそう思い、踵を返して瀞霊廷に向かう。
刹那―――

「っ!?」

氷の竜が、一護を襲う。
一護はそれを斬月で防ぐが、

「くっ・・・うわぁあ!」

凄まじい力に、思い切り後方まで飛ばされる。
なんとか体制を立て直すものの、氷の竜は再び襲ってくる。
一護は斬月を構え、

「月牙天衝!!」

斬撃とぶつかった氷の竜は、斬撃とともに粉々に砕け散った。
一護はその先の人影に目を凝らし、驚愕に目を見開いた。

「と、冬獅郎・・・!!」

日番谷は氷輪丸を構え、一護を見据えている。
その瞳は虚ろだった。
一護は信じられず、眼を見開いている。
そんな一護を気にもせず、日番谷は瞬歩で一護の背後に周り込んだ。

「っ!」

一護は間一髪それを防ぐ。
しかし、反撃出来ず、それを弾き飛ばすことしかできなかった。

(あいつは・・・冬獅郎じゃない・・・)

日番谷が自分を、攻撃してくるはずがない。
それでも、どうしても抵抗がある。
一護は斬月を強く握りしめ、眼を伏せる。

いままで、一緒に戦ってきた。
護られた。護ろうとした。
身体も心も、限界なあいつを。
十番隊舎の地下で見た、あいつの微笑。
とても、悲しそうだった。

一護は伏せていた眼を開ける。
そこには、日番谷と同じ姿をした『クローン』。
そして―――

一護は後を向き、斬月を思い切り振り下ろした。

「っ!?」

それを防いだ零は、驚愕で眼を見開いた。
一護は零を睨みつけている。
零は驚愕したものの、直にいつもの顔に戻し口角を上げる。

「まさか、気付かれるとは思わなかった」
「うるせぇよ。冬獅郎は何処だ?」
「いるじゃないか、そこに」

そう言って零は顎で『クローン』を指す。
しかし一護は押しこむ力を強くし、

「あれは冬獅郎じゃねえ!!本物の冬獅郎は何処だ!?」
「でも、僕にとっては『アレ』が日番谷冬獅郎だと思ってる。その証拠に・・・」

零は斬月を弾くと、『日番谷』の隣に立つ。

「この氷輪丸は、本物だ」
「!!」

零は『日番谷』の持つ氷輪丸を軽く撫でると、『日番谷』の中から溢れ出る霊圧が極端に増す。
一護はあまりの霊圧にガクッと片膝をつくが、ゆっくりと立ち上がると『日番谷』を見る。

「なっ・・・!」

そこには、氷の竜をまとった『日番谷』の姿が。
隣にいる零はニヤニヤと笑っている。

「ようやく、見れた。これが氷輪丸」

日番谷に聞いていた。
『クローン』は始解はしないが、卍解は絶対にしないとのこと。

一護はそれを思い出し、混乱する。

(どういうことだよ・・・!あれは、冬獅郎の『クローン』のはずだろ!?でも、あれは・・・)

背中にある竜の翼。
腕から出ている竜の腕。
そして、背後に見える氷の花弁。
それは、日番谷の卍解「大紅蓮氷輪丸」そのものだった。

一護の様子を見て、零は笑みを深くする。

「信じられないか?これが僕の望んだことだ」
「ど、どういうことだよ!」

一護の問いに零は蒲黄花を抜刀し、それを目の前に掲げる。

「この僕の斬魄刀「蒲黄花」の能力は、ただ自然を操り、その自然の力で敵を攻撃するものだった。でも、僕はそれを改造した」

「斬魄刀の改造・・・!?」

一護は驚き、呟く。
零は一護の呟きに頷く。

「出来なくもないんだよ。特に、技術開発局の機械を使えば」
「何でお前がそんなことできんだよ!?」

技術開発局の局長・涅マユリか初代局長の浦原喜助ならともかく、零にそれができるとは思えなかった。

一護の問いに、零は「当たり前だろ」と笑う。

「それが僕の斬魄刀の能力なんだから」
「?」

零の言葉に疑問を持つ一護。
それに気付いた零は話を続ける。

「僕も浅打ちを手に入れ、それを「対話」「同調」し、始解させた。でも、それは斬魄刀の能力を読むという、まるで戦闘には向かない代物だった。納得のいかなかった僕は、いろいろ実験した。その結果、僕の斬魄刀は機械を知ることも出来るらしい。」

そこで、思いついた。
この計画を。

「蒲黄花は、その辺にいた死神から奪ったものだ」
「!」

一護は零の言葉に目を見開く。

「更にそれを続け、ある程度の斬魄刀を集めたら技術開発局に忍び込む」

零はその時のことを思い出すかのように目を伏せる。

「そして全てを合成させてできた物が、この斬魄刀だ」

もちろん、僕の斬魄刀もこの中だ。と付け足した零は眼を開ける。

「でも、僕が見たかったのはこんな合成刀じゃない。僕が見たかったのは、この氷輪丸だ」

そう言って『日番谷』の持つ氷輪丸を指す。

「これが見たいがために、僕は数々の犠牲を払ってきた。どんな事でもした。そして――ようやく手に入れた」
「っ!!」

零が言い終わるのと同時に、『日番谷』が一護に襲いかかる。
一護はそれをなんとか防ぐと、それを弾いて瞬歩で距離をとる。

「滑稽だな。今まで他の死神の姿をしている『クローン』は難なく殺してきたのに、こいつの姿をしている『クローン』は殺せないのか?」
「うるせえ!!」

一護は叫ぶと『日番谷』に向かって行く。
『日番谷』も、氷輪丸を構えて一護に向かってくる。

ガキン!!

激しい音を立てて刃と刃がぶつかる。
ギチギチという音が鼓膜を揺らす。

「くっ・・・!」

一護はあまりの強さに顔を険しくする。
それと同時に、目の前にいる『日番谷』の虚ろな眼を見て辛さが込み上げてくる。
そんな一護を見て密かに口角を上げた零は、一護達に背を向ける。
それに気付いた一護は、

「待ちやがれ!!」

『日番谷』を振り払い零を追いかけようとするが、再び目の前に現れた『日番谷』によって阻まれる。

「僕を追うより、彼を助けに行った方がいい」
「なんだと・・・!」

一護は『日番谷』に押されながら目を見開く。

「たぶん彼、今死にそうだから」
「!!」

零の言葉に、一護は爆発的に霊圧が上昇する。
その霊圧に『日番谷』は吹っ飛ぶ。

「てめぇ!!!」
「そんな怒るなよ。お前の相手は僕じゃない。それに、そいつを殺さないと・・・」

――他の死神も死ぬ羽目になるぞ?





***





同時刻。
死神達は、自分の姿をした、或いは部下の姿をした『クローン』と戦っていた。
自分の姿をした『クローン』は、自分も相手も戦い方が同じなため、そして部下の姿をした『クローン』は仲間の姿をした者を斬るということに戸惑いがあるため、苦戦していた。

「やりづらいねぇ、どうも」

京楽は笠を飛ばされないように押さえながら言う。
そう言っている間にも、自分の姿の『クローン』、そして部下の姿をした『クローン』が襲いかかってくる。

「散れ、『千本桜』」

白哉は、自分の『クローン』と戦いながら、部下の『クローン』の相手もしている。
部下の『クローン』の方は減るが、自分の『クローン』とはなかなか決着がつかない。

「次の舞、白連!」

そして、零の能力も加わっているため、こちらが押されていた。
氷の塊は、『ルキア』の放った蒼火墜に当たり粉々に砕け散る。

「くっ・・・!」

ルキアは顔をしかめると、掌を構える。

「君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ 蒼火の壁に双蓮を刻む 大火の淵を遠天にて待つ」

その間に、『ルキア』は刀を構え、向かってくる。

「破道の七十三、双蓮蒼火墜!!」

蒼火墜よりもさらに強大な炎は、『ルキア』に直撃する。

(やったか・・・!?)

そう思って目を凝らす。
そこにあったのは・・・

「な、何・・・!?」

右手足がなくなっても尚、向かってくる『クローン』の姿があった。

「気持ち悪ぃ・・・」

手足や胴体を斬っても動き続ける『クローン』の姿に、恋次は吐き気を覚える。

「隊長は、今までこんなのとずっと戦っていたのね・・・」

乱菊は辛そうな表情で呟く。

「弾け『飛梅』!!」

自分とはいえ、零の能力(ちから)が加わり強くなっている『クローン』に雛森は苦戦しながらも必死に戦っていた。

(あのとき、日番谷君を殺そうとしていた、この『クローン』が許せない!)

あの時見た映像が、頭から離れない。
血まみれの日番谷に刃を向ける、あのときの姿が。
自分の大切なたった一人の幼馴染。
―――もう、あんな姿は見たくない。

それは、死神全員が思っていることだった。




***




(冬獅郎!!)

一護は宛てもないまま必死に日番谷を探す。
後方からは、『日番谷』が瞬歩で追ってきている。
じっくりと探す暇などなかった。

「くそっ・・・!!」

一護は舌打ちをすると、後を振り返り斬月を構える。

「卍解!!『天鎖斬月』」

一護の卍解を見ても、『日番谷』は止まる気配はない。
一護は霊圧を出来るだけ上げて、振るえる手を押さえながら、

「月牙天衝!!!」

黒い斬撃を放った。
『日番谷』はそれを氷輪丸で受け止めるも、あまりの威力に後方に飛ばされる。
そんな『日番谷』を見届けもせず、一護は踵を返すと瞬歩で先を急いだ。





***




「・・・っ」

奇妙な機械が動き続ける薄暗い部屋で、日番谷は目を覚ました。

大量の霊力と血を失って、頭がくらくらする。
それに加えて今までの疲労。
本当に危険な状態だった。

日番谷は体を起こすことも出来ず、虚ろな目でただジッとモニターを見つめる。
そこには、死神達と『クローン』の激闘が映し出されていた。
無事だったという喜びと、傷ついてほしくないという苦しみが、同時に込み上げる。
他のモニターには、自分の『クローン』と戦う一護の姿。
今までの一護とは信じられないくらい険しい表情をしている。
そんな一護を見て、脳裏にかすめた光景。







流魂街の小高い丘。

春。

心地よい風が自身の髪を靡かせる。

「冬獅郎!」
「?」

不意に声をかけられ振り返ると、こちらに歩み寄ってくる、自分のよく知る黒崎一護。
一護は日番谷の元まで来るとニッと笑った。

「ここに居るんじゃねえかと思ってな。来てみたんだよ」
「そうか・・・」

日番谷はそう言うと視線を空へ移す。
来た理由など問う必要はなかった。
ここは・・・

「にしても、いつ来てもいいところだよな。ここは」
「そうだな」

素直に頷いた日番谷はふと視線を感じて一護を振り返る。
一護はジッとこちらを見つめていた。

「な、なんだよ?」

その視線と表情にたじろいだ日番谷は、少し身を引きながら聞く。

「あのさ、冬獅郎」

一護は真剣な表情で言う。

「何があっても、俺は、尸魂界(ここ)や死神達(みんな)を護ってみせる」
「・・・?」

いきなり何を言い出すんだと、日番谷は怪訝な表情になる。
構わず一護は続けた。

「藍染との戦いが終わって、ずっと平和だけどよ・・・またいつ何が起こるかわかんねぇだろ?それに、俺は人間だ」
「・・・」

なんとなく一護の言いたいことがわかった気がした日番谷は、黙って聞く。

「俺が死神代行である限りは、護りたいと思うものは全力で護りたいんだ。だから・・・」

一護は一度眼を伏せ、ゆっくりと開けて日番谷を真っ直ぐ見つめる。

「―――お前も、ここも絶対護ってやるからな」
「―――!」

サアァァ―――・・・
一瞬だけ強い風が吹き、草木の揺れる音だけが聞こえ、桃色の風が辺りを舞う。

その中にいる目の前の一護の眼は、真っ直ぐで真剣だった。








「・・・!」

日番谷はハッとなって表情を暗くする。
あの時の一護の眼と、モニターに映っている一護の眼が重なる。
それでも、あいつではない。
自分がようやく心を許した黒崎一護ではない。
それでも黒崎一護という事実に変わりはなくて。

そんな複雑な想いで、日番谷は再びモニターを見つめる。

それでも、あの眼を見れば、一護がどれだけ必死なのかは痛いくらいにわかる。
それでも、助けに来てほしくないと思う。
これ以上、彼の血を流す姿は見たくないと思う。
たとえ、自分の心を許した彼じゃなくても。

黒崎一護という事実に変わりはないから。

「くろ・・・さき・・・」

ゆっくりとその名を口にした時、突如部屋の壁が大きな音を立てて崩れ落ちる。

「・・・?」

ゆっくりとその方向を見た日番谷は眼を見開いた。

「お、前・・・!」









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イイネ!