Desperate Future 孤独の中で生きる二人




思い出しながら、無意識に握っていた懐の中にある〝もの"。

日番谷はゆっくりと目を開けると、そこには苦戦している一護の姿が。

(俺は・・・)

覚悟を決めた。
あいつの代わりに絶対に皆を助け出すと。

(俺は・・・!)

誓った。
この身が滅びようとも復讐してやると。

(俺は―――)

全てはあいつのために。

―――あいつだけは、二度と死なせない。






風を切る音が耳のすぐ側で聞こえる。
一護は慌てて距離をとると、乱れた呼吸を整えた。

「全く情けない。お前、本当に藍染を倒した男か?」
「知る、かよ・・・」

そう答える一護を見据えた後「あっそ」と呟いた零は思い出したかのように、

「そういえば、お前。一体何者なんだよ?」
「ぁあ?」

一護は苛立たしそうに聞き返す。

「お前は確かに死んだはず・・・それに、あの頃に比べて若いような・・・?」
「だから、俺が知るかよ!」

一護は斬月を構えて零に向かって行く。
零は無表情で「まぁ、いいけどね」と呟くと蒲黄花を構える。

ガキン!!

刃と刃が激しくぶつかり合う音が響く。
一護と零は至近距離で睨みあっていた。

「もう一度君を殺して、日番谷を追い詰める」
「それは絶対にさせねぇ!!」
「どうかな?僕は断言できる。君は僕に絶対に勝つことはできない」
「うるせえ!!」

一護は零を弾き飛ばす。

「・・・!」

体制を崩した零のその隙を逃さず、一護は斬りかかろうとするが、

「止めろ!!」

突如目の前に現れた人物に、一護は驚いて足を止める。

「・・・!!」

止めに入った人物を見て、零も驚いていた。
その人物――日番谷は、一護の攻撃を止めようと構えていた氷輪丸を下す。

「冬獅郎・・・!何で・・・」

一護の問いに答えず、日番谷は零を振り返る。

「死神達(あいつら)が、双殛の丘の地下に居ることは本当か?」
「・・・」

零は無言で日番谷は見つめていたが、諦めたかのようにため息をつくと、「本当だよ」と頷く。
それを確認した日番谷は「そうか・・・」静かに呟くと、氷輪丸を零の方に投げる。

「なっ!?」
「っ・・・!?」

その日番谷の行動に、一護も零も驚く。
日番谷はゆっくりと口を開いた。

「氷輪丸と、お前の求めるものは何だ?」
「な、何言ってるんだよ冬獅郎!!」

不可解な行動をし続ける日番谷に、一護は黙っていられず声を張り上げる。
しかし日番谷は全く動じず、一護を振り返りもせず、「黙れ」と一言言うと、再び零に問う。

「何だ?」
「・・・僕がそれを言ったら、本当に君はその通りにするの?」

そう訊く零には、日番谷への疑念が見える。
日番谷は一泊置いて、ゆっくりと頷いた。

「冬獅郎!!」

一護の怒鳴り声に日番谷は、ようやく振り返る。
一護はものすごい形相で日番谷を睨んでいた。

「さっきから何言ってんだよ・・・!」
「・・・俺には」

一護から目を逸らし、小さく呟く。

「俺には、あいつらを救い出すことはできない」
「なっ・・・!」

その言葉を聞いた一護は驚愕に目を見開く。

「お前、何言って・・・!!」
「俺は、あいつらよりも・・・」
「『より』ってなんだよ!!あいつらより大切なもんでもあんのかよ!!」

日番谷の言動に怒る一護。
日番谷はゆっくりと顔を上げて一護を真っ直ぐ見つめると、

「ああ」

と頷いた。

「お前っ・・・!!」

一護は日番谷が頷いたことに言葉をなくす。

そんな一護に構わず、日番谷は続ける。

「俺には、あいつらを助けることよりも大事なことがある」

日番谷は気まずそうに一護に背を向けた。

「俺は、お前を殺した」
「っ!!」

一護はその言葉に「ちょ、ちょっと待てよ!」と慌てて言う。

「未来の俺を殺したのは、あいつだろ!?」

そう言って零を指す。
しかし、日番谷は首を横に振った。

「確かに殺したのはあいつだが、俺も殺したようなもんだ」
「な、何で・・・」
「何も出来なかったんだ!!」

一護の言葉を遮って日番谷が叫ぶ。

「ただ黙って見ていることしかできなかった・・・!!」
「そんなこと・・・!!」

関係ない。そう叫ぼうとした一護は途中で口を閉ざす。
日番谷はゆっくりと振り返って、

「お前を二度と死なせたくねぇんだよ」

そう静かに言ったから。

「冬、獅郎・・・」
「それが、あいつらを助けることよりも大事なことだ」

日番谷ははっきりとそう言うと、零を振り返った。

「さぁ、早く言え」

零はそんな日番谷を黙って見据えた後、

「・・・氷輪丸が欲しい。そのためには、君の血と霊力が必要だ」

そう零が言うと日番谷は「わかった」と頷いた。

「そのかわり・・・」
「?」

日番谷は零を睨み、

「死神達(あいつら)は返してもらう。そして、黒崎(こいつ)には手を出すな」
「・・・いいよ」

零は口角を上げる。

「もともと、それが条件だったしね」
「冬獅ろ・・・」
「というわけだ、黒崎」

日番谷は地面から伸びてきた弦に絡めとられながら言う。

「あいつらのこと、頼んだぞ」
「冬獅郎!!」

一護がそう叫んだ時には、零も日番谷も消えていた。




***




双殛の丘の地下。
疲れ切った死神達は、日番谷が無事だということに喜びはしたが、やはり疲労のほうが大きかった。
この拘束具には、霊力と血を奪う機能があり、体力を激しく消耗するのだ。
それに加え数年間ずっと縛られ続け、死神達は限界に近かった。

そんな中、暗闇に一筋の光が差し込む。

日番谷が捕まったか。
日番谷が助けに来てくれたか。
吉か凶。
死神達は光の中から現れた人物をジッと見つめる。

逆光で顔がわからない。

「誰だ?」

そう問うて帰ってきた声は、

「皆無事か?」

数年ぶりに聞く声だった。




***




「・・・」

一護は斬月を強く握りしめる。

―――また護られた。

その事実が刃となって一護の心を傷つける。
ルキアの『クローン』を殺した時よりも、ずっと辛かった。

一護は伏せていた顔を上げると、姿形はすっかり変わってしまった双殛の丘を見上げた。

―――あそこに、死神達(みんな)がいる。

一護はようやく皆を助けられるという喜びと、日番谷が連れて行かれてしまったという事実に、複雑な想いを抱きながら走り出した。







ようやくたどり着いた一護だが、入口が見当たらない。
堂々と入口がわかるようにつくるのもおかしいが、なかなか見つけられず苦労していると、岩壁に僅かな隙間を見つける。
その隙間に両手を突っ込んで、思い切り力を加えてみる。すると、何かが外れるような音がしたかと思うと、岩が崩れ落ちて大人一人が通れるくらいの穴が現れた。

「・・・」

先は見えないが、おそらく死神達の元に繋がっているだろう。
一護は意を決すると、斬月を背負いなおして中に入った。

闇。

ひたすら続く闇に、気がおかしくなりそうだ。
一護はそれでも真っ直ぐ進んでいくと、

「痛っ!!」

突然、何かにぶち当たった。

「何だよ一体・・・!」

額を擦りながら触れてみると、割れ目があり鉄の感触があった。

「扉、か・・・?」

一護は両手をその物体に当てて、少し押してみる。
すると、いとも簡単に動いたそれに一護は多少驚いた。

そのまま押していくと、光が差し込む。
あまりの眩しさに一護は片目を瞑りながら扉を全開にした。

「なんだ、ここ・・・?」

そこは、天井がボコボコと穴が空いていて、今にも崩れそうな少し広い空間だった。
先にはまた扉があり、先程の扉よりとてつもない大きさだった。
一護はそこから弱り切った霊圧を感じた。

(あそこに、皆が居る・・・!)

一護はそう確信して、扉に駆け寄ると思い切り開けようとする。しかし、先程の扉とは違い、この扉はとても重かった。

「うおぉおおお・・・!!!」

額に筋を浮かべながら必死に押すとようやく少し動き、そのままの勢いで扉を半分ほど開ける。

「―――!」

そこには、大勢の死神が鎖で手足を縛られ、囚われていた。
あまりの人数に唖然としていると、聞き覚えのある声が聞こえる。

「誰だ?」

それは、とても弱り切った声だったが、はっきりとわかった。

(浮竹さん!?)

一護はそれがわかると皆に聞こえるように大声で言った。

「皆無事か?」

一護の声に、ハッとなる人物が数名。そして、再開を果たす。

「一、護・・・?」

一護はその弱弱しい声が聞こえた方に駆け寄る。

「ルキア!」
「一護?」

ルキアは目を見開いて、目の前の一護を信じられないという風に見つめている。

「貴様・・・一護、なのか・・・?」
「当たり前だろ!」

そう言って一護は周囲を見渡す。
所々に見知った顔が居る。
そのことに全員いるだろうと思った一護は、ルキアの鎖を外しにかかる。

「貴様、死んだはずでは・・・!」
「あぁ、冬獅郎にも言われた」

そう言いながら鎖を外し終える。
ルキアは地面に両手を付き、一護を見上げる。
一護は近くに居る者から鎖を外しにかかっていた。

(本当に、一護だ・・・)

いきなりの光に、まだ目が慣れないが間違いない。
こいつは、黒崎一護だ。

「ルキア、手伝ってくれ」
「わかっている・・・」

そう言いながら立ち上がろうとするが、うまく力が入らない。
ずっと縛られるだけで、ここまで力を消耗するとは。
それでもなんとか立ち上がり、近くの者の鎖を外しにかかった。

「おい、お前」
「ぁあ?」

恋次の番になると、いきなりそう言われて一護は面倒くさそうに応える。

「本当に一護なんだな?」
「だから、さっきからそう言ってんだろ」
「それにしちゃ、お前少し若くなったか?」
「・・・」

それには答えず、一護は恋次の鎖を外し終えると、

「そんなことは後でいいから、さっさと手伝えよ」
「あのな!こっちはずっと霊力吸われっぱなしだったんだよ。疲れてんだから少し休ませろ」
「知るか。こっちだって疲れてるけど急いでんだ」

一護の言葉に何のことだ?と言いたげな恋次の元から、乱菊の元に移動した一護は鎖を外し始める。

「一護・・・あんた、本当に・・・?」
「ああ」
「そう・・・」

一護の言葉に、乱菊は信じられないという想いの他に、安心のようなものが感じられた。
その様子に一護も表情を軽くすると、再び鎖を外し始めるが、

「日番谷君は・・・?」
「っ!?」

かすかなその声に、一護はバッと振り返る、そこにはルキアに鎖を外してもらっている雛森の姿が。

「雛森・・・」

乱菊が複雑な表情で呟く。
雛森は一護を見つめたまま、再び口を開いた。

「ねぇ、日番谷君はどうしたのよ・・・?」
「・・・」

雛森の問いに一護は雛森から目を逸らし、答えない。
そんな一護の態度に、雛森は悲痛に叫ぶ。

「日番谷君はどこに居るのよ!!」
「雛森副隊長!」

鎖を外し終えたルキアが、雛森を抑える。
雛森はそれに抵抗しながら、尚も叫び続ける。

「どうしてあたしたちは助かるの!?どうして日番谷君が居ないの!?答えてよ!!」
「・・・」

一護は乱菊の鎖を外し終えて、そのまま口を開かずに俯く。

「一護・・・」

乱菊はそっと一護の肩に手を置く。

「隊長は?」

乱菊がそう静かに聞くと、一護はゆっくりと口を開いた。

「冬獅郎は・・・零に連れて行かれた」
「・・・!」

一護の言葉に、その場に居た全員が驚く。
俯きながら一護は続けた。

「俺と、皆を助けるために・・・!」
「一護・・・」

ルキアはやりきれない思いで呟く。
雛森は静かにそれを聞いていた。

「だから、早く皆を助けて、あいつを助けに行かねえと・・・!!」

そういうことか、と恋次は納得する。
先程一護が「急がなきゃいけない」と言っていたのはこのことだったのかと。
一護は両拳を強く握りしめる。

「あいつももう限界なんだ!早く、早く行かねえと・・・!!」
「っ!!」

そう言って立ち上がり今にも行こうとする一護に駆け寄ったルキアは、

パシン!!

思い切り平手打ちをした。
その衝撃で一護は体制を崩し、尻もちをつく。

「はぁっ・・・!はぁっ・・・!」

肩で息をするルキアは、一護の目の前に立ち、

「馬鹿者!!貴様がここまで馬鹿だとは思わなかったぞ!!」
「っ・・・!」

一護は視線を地面に落とす。
ルキアは続けた。

「早く助けに行かねばならぬことくらい、我々にもわかっている!!だが、貴様も見ろ!!自分の体を!!」
「・・・」

ルキアに言われて一護は自分に体を見つめる。
先程の零との戦いで体中ボロボロだった。

「我々も、貴様も、日番谷隊長も皆ボロボロだ!!しかし敵は違う!!この状態で貴様が行っても負けるだけではないか!!」
「だけどっ・・・!」

一護は今までの日番谷を思い出す。

出会ったときから既にボロボロだった日番谷。
この程度の傷で、自分が弱音をあげられるわけがない。

「あいつはもっと傷ついてんだ!!もう耐えられねえんだよ!!」
「そんなことはわかっていると言ったであろう!!よく聞け、一護!!」
「っ・・・!」

ルキアは屈んで一護と目線を合わせる。

「早く助けに行きたい。でも貴様も限界で、戦える状況ではない。こういう場合、どうすればいいかわかるか?」
「・・・」

一護が黙っていると、ルキアは自分が捕まっていたところに向かいある物を手にする。
それを見た一護はハッとなった。

「そういう場合は、我々も一緒に戦うのだ」

そう言ってある物―――袖白雪を抜刀する。
それに続き、恋次、雛森、乱菊もそれぞれの斬魄刀を手にする。

「全て、貴様一人でやろうとするな。一護」
「ルキア・・・」

一護は呆然と呟く。
ルキアは口角を上げて微笑すると、袖白雪を構え、

「舞え、袖白雪」

すると、数年間刀のままだった刀身は純白に染まっていく。

「初の舞、月白」

壁の至るところから氷柱が現れ、死神達を捕える鎖部分のみを凍らせていく。
すると、いとも簡単に鎖は壊れていった。

全ての死神が解放される。

ルキアはため息を吐くと、一護に向き直った。

「行くぞ、一護」

一護は呆然としていたが、やがてフッと鼻で笑うと、

「ああ」

と強く頷いた。




***



(ここは、何処だ・・・?)

弦に絡みとられ、気がついた時にはここに居た。
紅い液体の入った人一人が入れそうな器。
その隣には複雑な機械が並んでいる。

(技術開発局か、ここは・・・?)

日番谷は目だけで周囲を見渡し、ため息をついた。
どうやら、皆とは違う場所に飛ばされたらしい。
予測はついていたが、一護が無事、皆を助け出せたかどうかが心配である。

そんなことを考えていると、零が扉を開けて室内に入って来た。

「随分と余裕そうだな」

振り返ると、手に鎖のようなものを持っている。

「余裕なわけねえだろ。余裕だったら疾うにここから逃げてる」
「ま、そりゃそうか」

そう言って苦笑した零は、日番谷に歩み寄る。

「にしても、あのタイミングで言ってくるとは思わなかった。そんなにあの橙頭が大切なのか?」
「さあな。ただ一つ言えるのは、もう限界だってことだ。俺の目の前から、仲間が消えるのは」
「そう。そりゃよかった」

零はそう言いながら弦で縛られている日番谷手に鎖を巻きつける。

「もしまだ少しでも余裕があったら、僕のやってきたことが意味ないからな」

鎖を巻き終わると、日番谷をその場に座らせ、その肩に手を置いた。

「君はずっとこのままでいい」

そう一言言うと立ち上がり、機械に向かって行った。
日番谷は少しだけ手を動かそうとしてみたが、全く動かない。
それに少しだけため息を吐くと、零を見た。
いろいろな機械を迷わず動かしている。

すると突然、体から力を吸い取られている感覚に陥った。

「どう?」
「っ・・・!何をした・・・?」

零は振り返り口角を上げる。

「霊力を吸い取ってるんだ。限界までね」

その間にもどんどん霊力は吸われていく。
意識が朦朧とし始めた。

「死神達にも同じことをやっていたが、君ほど強くはやってない。今頃、あの橙頭に助けられて、力を取り戻してる頃だろうね」

零の声が遠くなる。

「でも、君の場合は力が戻るかどうか・・・」

そう言って日番谷に歩み寄り肩に手を添える。

「まだ寝るなよ。これから血を貰うんだ」

零はそう言うと、日番谷の体を倒す。
ドサッと倒れた日番谷は、起き上ることも出来ない。
零は棘のついた弦を日番谷の腕に巻き付け、それによって傷から溢れ出た血を瓶に入れる。
日番谷は霊力と血の両方を奪われながら、零の言葉を思い出した。

 『今頃、あの橙頭に助けられて、力を取り戻してる頃だろうね』

それが本当なら、これほどうれしいことはない。
―――たとえ自分が、どうなろうと。
それが、願いだったのだから。

血と霊力を失って行くのを感じながら、日番谷は意識を閉ざした。






「・・・」

日番谷が気を失った後、零は日番谷の血と霊力、そして氷輪丸を機械にセットしていた。

(ようやく、願いが叶う・・・!)

その喜びを噛みしめながら、機械を動かしていく。
全てが終わった時、零の顔は喜びに充ち溢れていた。









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イイネ!