Desperate Future 孤独の中で生きる二人
***
十番隊・執務室。
日番谷は隊首机に置いてある、大量の書類の一枚を手に取る。
(ったく、あいつは・・・)
そう内心で悪態をつきながら、ため息を漏らす。
仕事をしないで自分を探し続けている乱菊に、心の底から呆れた。
(確かに、何も言わずに出て行った俺も悪いがな・・・)
しかし、これでは十番隊は混乱するばかりだ。何のための副隊長なのか、と思いながら室内を見回す。
「・・・」
当分来れないだろうこの部屋に、大した思い入れはないが、無意識に見つめていると、
「―――っ!?」
数人の霊圧を感じてハッとする。
それはもちろん、あの四人で、
「くそっ・・・!」
日番谷は舌打ちをすると窓から飛び出そうとするが、
「日番谷隊長!!」
「っ!!」
目の前に現れた恋次に、日番谷は足を止める。
「阿散井・・・!」
「日番谷隊長!何で逃げるんですか!?」
恋次の問いに黙っていると、執務室の扉が豪快に放たれる。
「隊長!」
「日番谷君!」
「日番谷隊長!」
乱菊、雛森、ルキア、そして恋次に囲まれた日番谷は動かずジッとしている。
「隊長!ようやく見つけましたよ!」
「・・・」
眼だけ動かし、乱菊を見つめる。
肩を上下させて息をしているところを見ると、相当走ってきたようだ。
「日番谷君、どうして逃げるの?」
雛森が泣きそうな声でそう訊ねるが、日番谷は何も答えない。
「朽木隊長に何言ったか知りませんが、どうしてそこまでして俺達を避けるんスか?」
「・・・」
恋次の問いに、日番谷は眼を逸らす。
日番谷のその様子を見て、ルキアは静かに口を開いた。
「わたし達を、護るためですか?」
「・・・っ」
ルキアの問いに、日番谷は下唇を噛みしめる。
「隊長!どうしてあたし達を頼ってくれないんですか・・・!」
「・・・お前達に迷惑かけるわけにはいかない」
乱菊の問いにようやく答えた日番谷は、目を伏せてそう答える。
予想通りの日番谷の答えに、乱菊はため息をつく。
「どうしてですか?」
「・・・敵の狙いは氷輪丸。つまり、俺だ。お前達には関係ないだろ」
日番谷は吐き捨てるようにそう言うと、この部屋を出るために扉に向かおうとするが、
「関係なくなんかないよ!」
「・・・!?」
目の前に立ちふさがった雛森に、日番谷は目を見開く。
「日番谷隊長。敵の目的がいくら氷輪丸だからって、わたし達が関係なくはありません。一護を殺されたことに、変わりはありませんから」
ルキアがそう言うと、日番谷はルキアに向けていた目を地面に落として「それは・・・」と呟く。
「日番谷隊長・・・。一緒に戦ってはいけませんか?」
―――「檜佐木先輩・・・!本当に・・・っ―――!!」
ルキアの言葉に日番谷は、
「あいつと戦うことは構わない。だが、俺と一緒にいることは許さねえ」
「何でっ!?」
―――「吉良副隊長!!」
雛森の悲痛な問いに、日番谷は四人に背を向け、
「俺に関わるな」
「隊長!!」
―――「さーて、そろそろ隊長格狙いといくかな・・・」
「これは命令だ!!」
「そんな意味のわかんねえ命令、聞けないッスよ!!」
日番谷に負けじと返す恋次。
―――「総隊長!!各隊の隊士のほとんどが、敵にやられています!!」
「何故日番谷隊長に関わっていはいけないのですか?」
「俺は、もう・・・」
ルキアに問われ、日番谷は苦しげに眉を寄せる。
―――「残っている者全てに、ただちに一番隊に集まるよう、格隊隊長に伝えるのじゃ」
「俺はもう、お前らを―――」
日番谷はゆっくりと言葉を紡ぎ、
―――「もう、遅いんだよ!!」
「失いたくねえんだ・・・!!」
ドォオオオオン!!!!
日番谷が言葉を言うのと同時に、近くで爆発が起こり、執務室が地震のように震える。
「なっ、何だ!?」
「随分近いぞ・・・!」
恋次とルキアが口々に言う中、日番谷は窓から外の様子を窺う。
「なっ・・・!」
そこには、いつのまにここまで荒らされたのか、あちらこちらから煙が立ち上り、建物は崩れ、走り回っている死神がいない状態だった。
「酷い・・・!こんなの・・・!」
雛森は、その悲惨な光景にショックを受ける。
日番谷はそれを横目で見ながら、「そうだな・・・」と頷く。
すると、ヒラヒラと灰色の空から黒い蝶―――地獄蝶が舞い降りてきた。
日番谷はそれを指に止まらせると、聞こえてくる声。
『格隊。隊長・副隊長に次ぐ。ただちに残っている全ての隊士を集め、一番隊に避難せよ。繰り返す』
「避難!?」
「戦わずに、逃げろってのか!?」
地獄蝶から聞こえてきた伝令に、乱菊と恋次が驚いていると、
「お前らは逃げろ」
声のした方を見ると、窓に足をかけた日番谷がこちらを見ずに、
「松本。隊士達は頼む」
「隊長!まだ・・・」
日番谷に怒鳴ろうとした乱菊だが、振り返った日番谷の表情に言葉を失くす。
―――なんて、泣きそうな顔をしてるのよ。この人は・・・
「・・・悪い」
そう言って飛びだした日番谷。
「日番谷君!」
「待ってください!雛森副隊長!」
ルキアの制止を聞かず、雛森は日番谷を追って飛びだした。
「日番谷君!待って!」
「雛森!!」
聞こえてきた声に驚いた日番谷は振り返って目を見開く。
「何でついて来たんだ!!」
「あたしだって、日番谷君を失いたくないの!!」
「―――!!」
雛森の言葉に日番谷は驚いて言葉に詰まる。
「あたしだって、もう大切な人を失いたくないの・・・」
「雛森・・・」
泣きそうな雛森に、日番谷は苦しげに眉を寄せる。
「お願い日番谷君。一緒に戦わせて」
「・・・」
「それだけはダメだ」と言おうと口を開いたその時、
「見つけた」
「「っ!?」」
突如、上空から聞こえた声に二人はバッと上を向く。
その声は、日番谷が追い続けて、殺したいと心から思った人物で、
「副隊長さん」
「っ!」
自分のことだと気付いた雛森は、自信の斬魄刀・飛梅を抜刀する。
「無駄だよ。それに君の相手は僕じゃない」
顎で指された方向を向くと、
「吉良、君・・・?」
虚ろな瞳の、吉良が斬魄刀・侘助を構えて立っていた。
侘助は既に私解状態で、雛森の首を狙っているかのように、それは鈍い光を帯びていた。
「吉良・・・!お前・・・!」
雛森が驚いている隣で、日番谷も目を見開いている。
そんな彼の後に降り立った零は、
「ヒサギ・・・っていうのかな?彼を探してたみたいだよ?まぁ、その彼と同様、僕の操り人形になってしまったけどね」
「くそっ・・・!」
振り返ると同時に振るった日番谷の刀を「おっと!」と言って避けた零は、口角を上げる。
「待ってよ。君とはまだ闘いたくないんだ」
「どういう意味だ」
そう言ってこちらを睨みつけてくる日番谷に、零は肩をすくめて、
「その前に、君の大切な人達をやらなきゃ」
「てめっ・・・!」
零の言葉に、日番谷は零に向かって行こうとしたが、
「止めて、吉良君!!」
「っ!?」
雛森の叫びに、日番谷はバッと振り返ると、そこには刀を交えている吉良と雛森の姿が。
「止めて・・・!吉良君・・・!」
「・・・」
雛森がどんなに言っても、吉良は止めようとも口を開こうともしない。
虚ろな瞳のまま、雛森を倒そうとだけ考えているその姿は――操り人形。
「吉良!」
刀を振り下ろそうとした吉良と雛森の間に入り、日番谷はその刀を防ぐ。
「日番谷君・・・!」
「雛森、逃げろ!」
「え・・・?」
一瞬理解できなかったが、日番谷の言葉をようやく理解すると、自分より小さな背中を見つめながら雛森は呟く。
「嫌よ・・・」
「雛森?」
「そんなの嫌!!」
雛森はそう叫ぶと飛梅を構えて日番谷に言う。
「あたしはもう、シロちゃんに護られてばっかなんて嫌!」
雛森の口から無意識に零れた「シロちゃん」という呼び方に、一瞬躊躇った日番谷だが、
「そんなこと言ってる場合じゃねえだろ!いいから逃げろ!」
「あたしは!日番谷君と一緒に戦いたくてついてきたの!」
そう言う雛森の目には涙が浮かぶ。
「日番谷君が狙われてるなら、今度はあたしが日番谷君を護る番よ」
「雛・・・っ――!?」
日番谷が振り返ると同時に瞬歩で移動した雛森は、吉良と刃を交えていた。
「目を覚まして!吉良君!」
「・・・」
どんなに叫んでも、吉良は表情一つ変えずに、雛森に襲いかかる。
雛森は一旦距離を置くと、
「縛道の六十一、六杖光牢!」
六本の光が吉良を貫く。
吉良は動けなくなり、そのまま地上へと落下していった。
「え・・・?」
地上へと落下した吉良。それを目にした雛森は固まってしまう。
雛森と吉良の戦っていた場所は、落ちても死に至るほどでもない高さだった。しかし、これで気絶かあるいは骨折まではいくだろうと思われたが、吉良は地面に落ちた後、何事もなかったかのような顔でいる。
通常なら地面に体をぶつけて、どこか負傷するはずだが、吉良にそれは見当たらない。
落ちた吉良は、痛みに耐える表情もつくらないまま、六杖光牢を破ろうともがいていた。
「ど、どういうこと・・・?」
「どういうことなんだろうね」
「っ!?」
いつの間に雛森の背後に来ていた零は、振り返った雛森を見て二コリと笑うと、
「君も、僕の操り人形になる?」
「え・・・?」
視界がぐらりと揺れる。
(これは、白伏!?)
そう気付いた時には体の力が抜けて、既に手遅れだった。
「雛森―――!!!」
(日番谷くん・・・)
遠くで自分の名を呼ぶ日番谷の声が聞こえる。
「ひ・・・つがや・・・くん・・・」
ようやく発した彼の名前。
彼に聞こえたかどうかは、わからなかった。
雛森の意識は、そこで途絶えた。
「雛森!!」
「さて、用事は済んだし、帰ろうかな」
気を失った雛森を抱える零は、日番谷に背を向ける。
「待て!!」
日番谷が氷輪丸を構えて零に向かって行き、それを振り下ろした時には、二人の姿は消えていた。
「隊長!!」
ようやく見つけた日番谷の姿に、乱菊は安堵の息をつく。
しかし、呼びかけても振り返らない日番谷に乱菊は何かあったのだと感じる。
後ろから来ているルキアと恋次の気配を感じながら、乱菊は日番谷に問うた。
「隊長・・・雛森は・・・?」
「・・・あいつに・・・」
ようやく追いついたルキアと恋次。
二人が聞いた言葉は、
「連れてかれた・・・」
「「!?」」
残酷だった。
「隊長・・・」
「だから言ったんだ。ついて来るなって。俺に関わるなって」
「日番谷隊長・・・」
「馬鹿だ。あいつも。俺も・・・」
俯いている日番谷に、恋次は歩み寄る。
「確かに俺たちは馬鹿ッスよ。けど、馬鹿になってでも俺達はあんたを護りたいんス」
恋次の言葉に、日番谷はゆっくりと振り返る。
「こうなることは覚悟の上でした。だから、早く雛森を助けに行きましょう!」
「阿散井・・・」
小さく呟いた日番谷は、視線を足元へ落とす。
「そうですよ、隊長!」
乱菊が後から日番谷の両肩に手を置く。
「だから言ったじゃないですか。あたし達を頼ってくださいって!」
「松本・・・」
「雛森副隊長も、その他死神も、助け出しましょう!」
「朽木・・・」
二人の言葉に、日番谷は小さく頷いた後、
「ああ、そうだな・・・」
と言って顔を上げた。
***
一番隊・隊舎。
全員集まったかはわからないが、それでも人数が少ない。
隊士達は残り数十人。
隊長格でさえ数名居ない者がいた。
扉を開けると、中の数名から安堵の息が漏れたのが聞こえた。
「無事だったんだね。日番谷隊長」
「浮竹・・・」
中に入って最初に声をかけたのは浮竹で、日番谷も浮竹、その他無事な死神が居ることに安堵する。
「朽木も、それに二人も、よく無事だったな」
「浮竹隊長も、ご無事で何よりです」
言いながらルキアの頭に手を置いた浮竹に、ルキアは微笑しながら応えた。
「おそらく、君達で最後だ」
そう言って浮竹は目で後を指す。
後には数十名の隊士と、十数名の隊長格の姿があった。
隊長格は、檜佐木と吉良、雛森以外にも見当たらない者もいる。
皆、零にやられたのだと知り、四人は表情を暗くする。
それを見た浮竹は、「総隊長が呼んでる。行こう」と話を逸らして元柳斎のもとへ向かった。四人もそれに続く。
改めてよく見ると、皆ところどころ死魄装が汚れており、必死に逃げてきたのだということがわかった。
――皆がこうなってしまったのは、自分の所為なのか。
そう苦しげに目を伏せる日番谷。
日番谷が今、何を考えているのか大体の予想はついた乱菊は、「隊長・・・」と小さく呟く。
日番谷は「大丈夫だ」と乱菊を見ずに言うと、ゆっくりと目を開けた。
浮竹が「元柳斎先生」と呼ぶと、元柳斎が振り返る。
「無事だったか、日番谷隊長」
「はい」
頷いて日番谷は元柳斎の元まで歩み寄る。
「朽木隊長から報告は聞いた。旅禍は、お主の斬魄刀・氷輪丸を狙っているようじゃの」
「はい」
「旅禍は、氷輪丸をどうするつもりなのじゃ?」
元柳斎の問いに、日番谷は「よくはわかりませんが・・・」と前置きする。
「この氷輪丸の、始解・卍解が見たいそうです」
「始解と卍解じゃと?」
聞き返した元柳斎に、日番谷はゆっくりと頷く。
「始解と卍解が見たい・・・それだけではないような気がして、奴にそれらを見せはしませんでしたが・・・」
「いや、それでよい」
元柳斎はそう言うと、日番谷を見据え、
「お主には、今後一切の外出を禁ずる」
「なっ・・・!?」
元柳斎のその言葉に、日番谷だけでなく、近くで聞いていた浮竹、ルキア、恋次、乱菊も驚愕で目を見開く。
「な、何故ですか!?」
「当たり前じゃ。敵がお主を狙っているのに、そのお主を敵の前に出すわけにいかぬ」
「・・・!」
元柳斎のその尤もな言葉に、日番谷は何も言い返せない。
頭に過ぎるのは、殺された一護と、連れ去られた雛森。操られた吉良やその他死神の姿だった。
あいつらのために、自分は零と戦うつもりだった。
だが、それもできず、ただ護られるだけなんて・・・
日番谷は、苦しげに眉根を寄せて俯き、
「わかりました・・・」
と承諾した。
「隊長・・・!」
乱菊の苦しげな呟きを聞きながら、日番谷は拳を力強く握りしめた。
「日番谷隊長・・・」
ルキアの声に顔を上げた日番谷は、目の前で情けない顔をしている三人に苦笑する。
「なんて顔してんだよ・・・」
「いいんスか?これで」
「・・・」
恋次の問いに、日番谷は目を逸らす。
「・・・これ以上、誰にも迷惑をかけないで、あいつと決着をつけるつもりだったんだがな・・・」
「隊長・・・」
日番谷は自嘲気味に笑うと、
「黒崎が死んだのも、雛森が連れて行かれたのも、他死神が操られているのも、全部、俺の所為だ・・・」
「違います!!」
「!?」
突如恋次が大声でそう言い、日番谷は驚いて目を見開く。
「日番谷隊長は何も悪くありません!!全部あいつが悪いんスよ!!」
「だが・・・」
「日番谷隊長は何も悪くありません!!」
ただひたすらにそれを繰り返す恋次に、日番谷は呆れ苦笑した。
「わかったよ・・・」
諦めたようにそう言うと、恋次が満足そうにニッと笑った。
「あんた、もう少し声小さくできないの?」「だから貴様は馬鹿なのだ」「う、うるせえ!!」と騒いでいる三人に日番谷は、
(相変わらずだな、こいつらも・・・)
と微笑した。
「日番谷隊長」
「?」
呼ばれて振り返ると、浮竹と白哉が立っていた。
「浮竹・・・朽木・・・、どうした?」
日番谷がそう問うと、白哉が口を開く。
「兄に話しておきたいことがある。ついて来い」
「朽木?」
そう言って背を向け歩き出した白哉に、日番谷は首を傾げる。
「すまない、日番谷隊長。これは同じ隊長として、話しておきたいことなんだ」
「浮竹・・・。わかった」
真剣な表情の浮竹に、日番谷は戸惑いながらゆっくりと頷いた。
「何だ?話って」
室内の隅で立ち止った二人の背中に、日番谷は訊ねる。
二人は振り返ると、白哉が先に口を開いた。
「今回の首謀者・紅月零についてだ」
「・・・!?」
零の名前にピクッと反応する日番谷。
それを見た浮竹は、眉を寄せながら目を伏せて、
「彼の斬魄刀の能力を調べたところ、いろいろとわかったことがあるんだ」
「わかったこと?」
「ああ」と頷いた浮竹は説明をし始める。
「彼の斬魄刀は『蒲黄花(ガマキバナ)』という名前で、能力は植物や自然にあるものを操り、攻撃するらしい」
「?・・・それだけか?」
「ああ」
キョトンとする日番谷に、浮竹ははっきりと頷く。
「だが・・・」
「ああ」
納得のいかない顔の日番谷に、白哉が遮って言う。
「あ奴の斬魄刀の能力はそれだけではない」
一度戦ったことのある、日番谷と白哉だからこそわかること。
ただ自然を操って、あそこまで死神を追い詰めることなどできるはずがない。
零には、何か隠された能力があるのは明らかだった。
「それから、その斬魄刀のことだが・・・。彼の斬魄刀ではないらしいんだ」
「何!?」
浮竹から聞いたその言葉に、日番谷は驚く。
「どういうことだ!?」
「彼は死神じゃない。おそらく、死神から奪ったものだろう」
「それに、何か別の能力を付け加えた。そうとしか考えらない」
浮竹の台詞に白哉が付け足して言う。
その事実に日番谷は「そうか・・・」と納得したように呟くと、
「誰の斬魄刀なのかはわかったのか?」
「いや、それが・・・」
日番谷の問いに、浮竹は言葉を詰まらせる。
浮竹のその様子に、日番谷は首を傾げる。
「護廷十三隊、霊術院、隠密機動。全て調べてみたんだが、それらしい斬魄刀はなかったんだ」
「なんだと・・・!」
驚く日番谷に浮竹は続ける。
「能力から、何か力を加えればそうなるかもしれないという線も考えたんだが、全く見つからなかった」
「だが、死神でもないあいつが斬魄刀を持つなんてありえねえだろ」
「そのはずなんだがな・・・」
浮竹は困ったような表情をする。
「とにかく、旅禍についてまだわからないことがたくさんありすぎるんだ。日番谷隊長は、何かわかったことはあるかい?」
「俺は・・・」
訊かれて日番谷は返答に詰まる。
仲間に心配をかけ、それでも追った奴のことを、自分は何も知らない。
その事実に、自分は何もできなかったことを痛感する。
「日番谷隊長?」
「いや・・・特にはない」
―――自分は、ここに居てはいけない気がする。
「それから・・・」
浮竹が何かを言いかけた刹那。
激しい音を立てて崩れて行く壁。
中から出てきたのは、
「やぁ、皆さん」
口角を上げ、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる――紅月零。
その後ろにいる、たくさんの操られた仲間(死神)。
その光景に若干の恐怖が生まれる。
隊士達は腰を抜かしてしまった。
――もう駄目だ、と。
そんな恐怖など全く感じていないかのような元柳斎は目をスッと開いて、
「何しに来た?」
と一言問う。
そんな元柳斎に、零は肩をすくめて、
「だって、僕は旅禍なんだから、こうやって死神(君たち)を襲いに来るのは当然だろ?」
そう言いながら、死神とどんどん距離を詰める零。
その後ろに続く操り人形達。
近づいてきて初めて分かった。
零に操られた死神がこんなにたくさんいることに。
「さて、残っている死神はこれで全員なのかな?」
零はそう言いながら自分達を見渡す。
全員を見渡した零は、首を元柳斎に戻し、
「どうしますか?この人数相手に戦りますか?」
「・・・お主の目的はなんじゃ?」
零の問いには答えず、逆に質問する元柳斎に零は呆れ、
「また、それか。よく聞かれるんだけどさぁ、もう何度も言ってるでしょ」
そう言って零は日番谷を見る。
日番谷は零と眼が合い、あからさまに嫌な顔をする。
そんな日番谷にクスッと笑った零は、
「彼の氷輪丸の能力(ちから)を、僕に見せてくれ」
「ならぬ」
即答した元柳斎に少なからず目を見開いた零は、「何故?」と問う。
「お主は旅禍じゃ。旅禍の言うことを素直に聞くと思うか?」
「なるほど・・・」
元柳斎の言葉に納得したように頷いた零は、一度目を伏せてから一同(こちら)を睨みつける。
「じゃあ、容赦はしない」
零がそう言うのと同時に上がった霊圧に、死神たちは一瞬怯む。
「君たちに与えた最後のチャンスだったのにな」
「最後じゃと?」
「ああ、そうさ。君たちが渡さないというのなら、どんなことをしてでも奪ってやるさ」
「彼を・・・」と付け足して言った零の瞳には日番谷が映っていた。
急に圧し掛かってきた霊圧に、日番谷は片膝をつく。
「隊長!」
「日番谷隊長!」
駆け寄ってきた乱菊とルキア達。
体を支えられながら、日番谷は目を見開いている。
(死神でもねぇあいつが、ここまでの霊圧だと・・・!?)
日番谷は驚きながら眉根を寄せ、零を見る。
零の瞳は、今まで見たことがないほどどす黒い紅い目をしていた。――まるで、血のような。
「そうはさせぬ」
元柳斎はそう言って自信の斬魄刀・流刃若火を抜刀する。
それに続いて、他死神達も抜刀する。
それを見た零はハハハッ!と高笑いする。
「滑稽だな!無駄だってことがわかんないのか?」
「無駄、じゃと?」
「ああ、そうさ!」
訊き返した元柳斎に、零は笑いながら頷くと、
「お前達のやる全ての行動が、無駄、なんだよ」
零がそう言うのと同時に、辺りにいた隊士たちは姿を消している。
「!?」
「残りはお前達だけだな」
残っている隊長格を指して言う。
「仲間にやられる苦しみを味わえ」
その言葉が合図だったかのように、零の後にいた操り人形達が一斉に襲いかかってくる。
「くっ・・・!」
元柳斎は零と戦闘を始めている。
それを見た浮竹は、
「皆!俺たちは彼らをなんとかするぞ!」
浮竹がそう言って指差すのは、操られた仲間達。
「はい!」と頷いた副隊長たちは、それぞれの隊長の傍につく。
「隊長!」
「松本。俺は・・・」
「とにかく、今は逃げましょう!」
日番谷の言葉を遮ってそう言うと、乱菊は日番谷を立たせ、手を引いて逃げ出す。
「お、おい!松本!!」
「隊長が狙われてるのに、敵の中に突っ込んでいくわけにもいかないでしょう!」
「だが・・・」
「行きますよ!!」
有無を言わせない口調でそう怒鳴ると、乱菊は後についてくる気配を感じ取った。
「日番谷隊長!松本副隊長!」
「乱菊さん!日番谷隊長!」
「あんたたち・・・!」
二人の後をついてきていたのは、ルキアと恋次だった。
「俺達もついていきます!」
「でも・・・!」
「松本副隊長!わたしたちも一緒に戦います!」
恋次とルキアは真っ直ぐに乱菊を見つめる。
乱菊はそんな二人の目をジッと見つめた後、
「わかったわ」
と言って微笑んだ。
ルキアと恋次も微笑む。
日番谷は、そんな三人をやるせ無い表情で見つめていた。
「っ!!」
不意に感じた殺気らしき気配。
後をバッと振り向いた三人の見た者は、虚ろな瞳でこちらを追ってくる仲間たちだった。
「もう、こんなところまで追いついてきやがったのかよ・・・!」
と、舌打ちする恋次。
「死神としての能力は失ってはおらんようだな」
ルキアは表情を険しくしながらそう言う。
「とにかく、出来るだけ逃げるわよ!」
「「はい!」」
乱菊に頷いた二人は斬魄刀を解放する。
「舞え、袖白雪」
「咆えろ、蛇尾丸!」
二人はザザァッと後を振り返ると、
「おりゃあ!!」
「次の舞、白蓮!」
恋次は蛇尾丸を伸ばして攻撃し、ルキアは袖白雪から氷の塊をだす「白連」で攻撃する。
二人の攻撃によって一瞬だけ怯んだ死神達。
その間に四人は瞬歩で逃げた。
ずっと、平和だったらと夢見たたか。
戦いなんか、したくないと。
仲間が傷つくのを、見たくないと。
何度願ったか。
こんな光景、誰が望んだか。
「っ――!?」
突如背後に感じた気配。
しまったと振り返った時には、刃が目前へと迫っていた。
「乱菊さん!!」
「日番谷隊長!!」
慌てて日番谷を護ろうと日番谷を抱え込む。
「松・・・っ!!」
耳元で日番谷の声が聞こえた。
もう駄目か、と思った刹那聞こえてきたもう一つの音。
ズシャッと肉を裂く音。
自分がやられたかと思ったが、地面に倒れた時に痛みがない。
不思議に思い見上げてみると、
「あ、あなたは・・・!」
「兄様!!」
倒れてきた隊士の後にいたのは、白哉だった。
日番谷と乱菊は、白哉がいるという事実に未だ驚いている。
「兄との・・・」
「ん?」
白哉が日番谷を見ながら言う。
「兄との約束は、まだ果たせていないからな」
「朽木・・・」
白哉の言葉に、日番谷は微笑する。
「ああ、すまない」
「礼はいらぬ」
白哉はそう言うと、日番谷に背を向ける。
「大半の死神は奴にやられた。残りは我々と総隊長のみだ」
「なんだと!!?」
白哉の言葉に、日番谷、それにルキア、恋次と乱菊も驚く。
「そんな・・・!」
「くそっ・・・!!」
呆然と呟くルキアと、悪態をつく恋次。
日番谷は目を見開き、ショックを受けていた。
そんな日番谷を横目で見ながら、
「敵の目的が兄なら、兄を狙えばいいこと」
「・・・!」
白哉の言葉に日番谷はハッとなる。
「それがないということは、敵は兄から進んであちらに行くことを望んでいるのであろうな」
「つまり・・・!」
恋次がハッとして言う。それに白哉は頷き、
「敵の目的は、兄を追い詰めて氷輪丸を手に入れること」
「っ・・・!!」
日番谷は苦しげに眉根を寄せて俯く。
「隊長・・・」
乱菊はそっと日番谷の方に手を置く。
「大丈夫ッスよ!日番谷隊長!」
「わたし達は、絶対に敵にやられたりなどしません!」
「っ――!そうですよ!隊長!」
恋次とルキアの言葉を聞いた乱菊も、日番谷に笑顔でそう言う。
そんな三人の顔を見た日番谷は、
「そうか・・・」
少しだけ、穏やかな表情になった。
「・・・!来たぞ」
白哉の言葉に四人はハッと前方を見る。
そこには、たくさんの操り人形達の姿が。
「行くぞ」
そう言って白哉は瞬歩で向かって行った。
「「はい!」」
と頷いた恋次とルキアも白哉に続いて行く。
「隊長はあたしが護ります!」
「松本・・・」
はっきり言う乱菊に、日番谷は少しだけ笑みを浮かべる。
白哉達の方を見ると、大勢の操り人形達に苦戦していた。
「ルキア!どうすんだよ、こいつら!」
「わたしが知るか!とにかく、気絶させなければ・・・!」
仲間を傷つけるわけにもいかず、三人は斬るに斬れない。
「縛道の六十三、百歩欄干」
白哉は掌に光の棒をつくり、それを操り人形達に向かって投げつける。
その光に貫かれた操り人形は動けなくなる。
「そうか!鬼道!」
「流石です、兄様!」
恋次とルキアは縛道で動きを止めればいいことに気付く。
「ようし、じゃあ行くぜ!」
「待て恋次!!」
恋次が早速鬼道を使おうとしたところをルキアが止める。
「なんだよ、ルキア」
「貴様、うまく鬼道を使えるのか?」
「・・・」
答えられず。
ルキアはため息をつき、
「たわけが」
と呟くと他の場所に行ってしまった。
「・・・」
恋次はショックで項垂れるが、突然襲い掛かってくる刃に立ち止っても居られない。
「この野郎ーーー!!」
恋次はやけくそになりながら蛇尾丸を振るっていた。
「馬鹿者!!恋次!!」
「何をやっている恋次」
二人に怒られ、直に止めたが。
いくら動きを止めてもぞろぞろとやってくる操り人形達に、三人の疲労も限界に近くなってくる。
「縛道の九、撃!!」
「この、やろっ!!」
「六杖光牢」
減らない操り人形達に、ルキアが、
(もう、これ以上は・・・!)
足元がふらつき気を失いかけたその時、
「どう?追い詰められるって」
上から聞こえた声にハッとなり足に力を込めて、倒れるのを防ぐ。
「き、貴様っ・・・!!」
「やぁ、また会ったね」
口角を上げてニヤリとする零に、ルキアは怒鳴る。
「貴様、いい加減にしろ!!」
「あいつにも言ったけどね。僕は僕の望みを叶えるためなら何でもやるのさ」
「貴様の望みとは、本当に氷輪丸の能力を見るだけなのか!?」
ルキアの問いに零は肩をすくめて、
「たぶんね」
「たぶんだと!?」
零の答えにルキアは眉を寄せる。
すると零はふわりと地上に降り立つ。
さらさらと灰色がかった白い髪がなびく。
零はゆっくりと顔を上げるとクスッと笑った。
「最初はそうだった。でも、最近は違うことも望むようになっちゃってね」
「違うこと?」
ルキアが訊き返すと、零はゆっくりと頷く。
「そう、僕が望むもう一つのことは・・・」
突如、零の言葉を遮るかのように横から蒼い炎が飛んでくる。
零はそれを一瞥した後瞬歩で避けた。
それと同時に瞬歩で姿を現す白哉。
「兄様!」
「無事か!?ルキア!」
後から恋次がそう叫びながら来る。
「恋次!」
その様子を見ていた零は、
「ただ話をしていただけなのに、「無事か!?」はないでしょ」
「うるせえ!!てめえの存在自体が危険なんだよ!!」
「酷いなぁ」そう苦笑いしながら言う零に、白哉は静かに問う。
「貴様・・・総隊長はどうした?」
「「っ!!」」
白哉の問いにハッとなる恋次とルキア。
零は「別に?」と言ってから、
「ただ操り人形にしただけだけど?」
「何だと!?」
「総隊長がやられるなんて・・・!」
「・・・」
零の言葉に無表情な白哉と、それに驚く二人。
零は口角を上げて白哉を見る。
「どうするの?」
「・・・」
白哉は零の問いに答えず、無言で千本桜を構える。
「兄様!!」
「隊長!!」
叫ぶ二人を余所に、白哉は真っ直ぐに零を見つめていた。
零はふと視線を白哉から外し、日番谷のほうを見る。
乱菊に護られながら、戦っている。
――こいつらが居るから、あいつはまだ倒れない。
そう確信した零は、視線を白哉に戻した。
「もう、面倒くさいよ」
「――!?」
目を見開いた白哉、ルキアと恋次に襲いかかる弦。
それは、遠くに居た乱菊にも起きていた。
「松本!!」
日番谷が慌てて駆け寄り、弦を斬ろうとしたが弦とは思えないほど堅い。
それでも何とかしようと苦戦していると、操り人形達が襲いかかってくる。
「くそっ!!」
日番谷はそれをなんとかしながら、乱菊を助けようとする。しかし、驚くほどにびくともしなかった。
「隊長!!」
「っ!!」
いつの間にか背後に来ていた零が、日番谷に手刀を打つ。
「ぅっ・・・!」
意識が途切れる寸前、地面に埋もれていく乱菊、ルキア、白哉、恋次の姿が見えた。
「・・・―――っ」
目を覚ますと、辺りには誰も居なかった。
荒れ果てた尸魂界。
地平線が見えるほど、辺りには何もなかった。
残った瀞霊廷の残骸が、これが現実であることを実感させられる。
あれほどの人数が姿を消したなど信じられないが、これが事実。
「・・・」
虚ろな目で起き上った日番谷は、しばらくそこで立ちつくした。
数日前までは、こんなことになるなんて思いもしなかった。
今見えている光景が夢だと信じたい。
一瞬そう思いかけた日番谷は、その考えを頭から消すように首を横に振る。
それじゃいけない。
――自分が皆を助け出す。
絶対に――
(たぶんあいつなら、絶対にそうする)
そう頭に思い浮かぶのは橙頭の死神代行。
あいつのためにも、自分がやらなければならない。
日番谷は覚悟を決めると、空を仰ぐ。
――絶対に助け出して見せるからな。
日番谷は懐にあるモノをギュッと握った。