Desperate Future 孤独の中で生きる二人
日が昇り始め、空が青く、大地に光が射した頃、日番谷はそこらにあった大きめの石に座っていた。
夜もずっと走り続けていたため、これからのことを考えると体力が持たないと考え、体を休めていたのだった。
「・・・」
日番谷は、右手に持っている氷輪丸と見つめる。
全てはこの刀が狙われたために起きた戦い。
皆が巻き込まれる理由は、ない。
日番谷は握った手に力を込める。
そう。
自分の人生は、この刀に狂わされた。
大好きな祖母を殺しかけ、親友の命を奪い、仲間が殺される羽目になり、皆が危険な状態にある。
大切な人が、この刀によって居なくなっていく。
最後は―――孤独だった。
こんな刀、求めているのであればくれてやるとも思った。
けど、できなかった。
この刀は、親友が「隊長になる」という夢を抱きながら欲しがった斬魄刀だから。
この刀を捨てるということは、親友の夢を捨てるということと、同じなような気がしたから。
だから、この刀も、あいつの夢も護り通す。
そして、自分を救ってくれたあいつと、皆を助け出す。
それが、自分の使命。
日番谷は、決意を固め立ち上がり、氷輪丸を腰に差した。
(双殛の丘まで、あと少し―――)
やっと視界に見えてきた双殛の丘。
あの頃の面影はほとんどないと言っていいが、わずかに残っている双殛の破片。それが目印といってもいいだろう。
日番谷が一歩踏み出そうとしたその時―――
「冬獅郎ーーーー!!!!」
「黒・・・崎・・・?」
相当な距離を走ってきたのか、日番谷のもとにたどり着いた時には、肩を上下させながら息をしていた。
「お前、無事だったんだな・・・」
「そりゃ・・・こっちの台詞だ・・・バカ野郎・・・ッ!」
「・・・?」
一護の言葉に日番谷は首をかしげる。
それを見た一護は、拳を日番谷の目の前に出し、
「無茶しやがって!!お前、俺がどれだけ心配したかわかってんのか!?」
「あぁ・・・」
そのことか、と日番谷は納得する。
一護は自分が怒っているというのに、サラッと流した日番谷に対してこめかみをひくつかせる。
「お前なぁ・・・っ!」
「それより黒崎。そんなに慌てて俺に何か言いたいことがあるのか?」
日番谷の言葉に一護は「そうだった!」と我に返って真剣な表情になった。
「あいつが、やられたお前に止めを刺しに行くって言ってたから、心配で来たんだ」
「・・・それだけか?」
「え・・・?」
急に低くなった日番谷の声に、一護はキョトンとする。
日番谷はいつも以上に眉間に皺を寄せて、一護を睨んだ。
「てめぇ、それだけのためにここに来たのかって聞いてんだよ!」
「「それだけのため」って・・・」
「それだけだろ!!俺はお前に皆を探し出すことを頼んだのに、何危険を冒してまであいつに近づいて、「俺が危険だから」っていう理由だけでここまで必死に探しに来てんだ、テメェは!?」
早口で一気に怒鳴る日番谷にたじろぎながら、一護は抗議する。
「確かに皆を探すことも大切だけど、お前がやられちまったら意味ねぇだろ!?」
「何の意味がねぇんだよ!?」
「そ、そりゃ・・・今までお前が必死に闘ってきた意味とか・・・」
「俺が今まで必死に闘ってきた意味は、皆が助けることだ!!それができなかったときに意味がねぇって言うんだよ!!」
「だから!!お前が死んだら皆を助け出すことはできねぇじゃねぇか!!」
「お前が居るだろ!!」
「え・・・?」
怒鳴りながら言われた言葉に、一護はキョトンとなる。
日番谷はそれを見るとハァ・・・とため息をついた。
「俺が死んでも、お前がまだ居るだろうが」
「あ・・・いや、でも・・・!」
日番谷の言葉の意味をわかった一護だが、戸惑いながらもまだ納得がいかなかった。
そんな一護に日番谷は苦笑いしながら、
「俺が死んで、お前も死んだ時が、俺の今まで戦ってきたことに、意味がなくなるんだ」
「冬獅郎・・・」
「頼ってるんだ、お前のこと。だから、俺が殺されそうになっても、間違って庇うような真似はするなよ」
それは、日番谷本心の言葉だった。
そんな日番谷の意思を感じ取り、一護は何も言えなくなった。
沈黙が流れる。
それを破ったのは日番谷だった。
「まぁ、俺の言ったことは守ったみてぇだからな。そこは誉めてやるよ」
「え・・・?」
一護は一瞬なんのことを言われたのかと考えたが、それより先に日番谷が一護の眼元を指差した。
「たかが一日眠らなかっただけで、そんなに隈ができるのか、というのも、考え物だがな」
「あ・・・」
苦笑しながら言われたことに、少し恥ずかしながら一護は「ケッ!悪ぃかよ!」とそっぽを向いた。
その子供のような仕草に、日番谷は微笑した。
(こいつが居なけりゃ、俺は今頃あいつに止めを刺される前に死んでるな)
という考えにも。
「まぁいい。それより黒崎」
「んあ?」
拗ねて頭を書いていた一護は振り返る。
「これから、俺の言うことをよく聞いてくれ」
今まで以上に真剣な日番谷に、一護は「どうした?」と問う。
日番谷は顎を引いて少し俯くが、すぐに顔を上げて口を開いた。
「これから、俺はここに残ってあいつと戦う」
「なっ!?」
日番谷の口から出てきた言葉に、一護は驚き、そして反論する。
「何言ってんだ!?」
「・・・お前、先刻あいつの口から「俺に止めを刺すこと」を聞いたんだったな」
「あ、ああ・・・」
一護はゆっくりと頷いた。
「どうやって聞いたんだ?」
「どうって・・・独り言を言ってて、それ聞いてたら・・・」
「・・・!」
一護の言葉にハッとし、周囲を警戒しながら慌てて斬魄刀を構える。
「ど、どうしたんだよ!?」
「馬鹿野郎!!それはもう、お前の存在に気付いている証拠だ!!」
「え・・・!?」
驚く一護に日番谷は続ける。
「いいか?あいつは子供とは思えないほど、隙がない。どんな時でも周囲を警戒し、どんなに霊圧・気配を消したところでバレちまう!そんなあいつが、周りに聞こえるような声で、独り言を言うわけねぇだろ!!」
「ってことは・・・!」
「ああ・・・」
日番谷は表情を険しくさせ、
「奴は今、この近くに来ている―――」
「正解」
「なっ・・・!」
日番谷が言い終わるのと同時に、地面の中から現れた零は、口角を上げながら言う。
日番谷は零をその視界に収めたことで、嘗てないほど表情が怒りに染まっている。
一護は、そんな日番谷に驚く。
「君って本当に鈍感だよね。僕がこうやって、わざわざ慣れない「子供を演じている」ことも、全く気づいてなかったんだから」
「っ・・・」
「面倒くさかったんだよ、コレ。いい加減気付けっての」
零は、服に付いた土を払いながら言う。
「じゃあ、なんでそんな面倒くさいことしてんだよ?」
「ん?」
眉間に皺を寄せた一護に対し、零は、
「そんなこと、どうでもいいだろ?」
「そうだ」
今まで一言も喋らなかった日番谷が口を開く。
「今はそんなことどうでもいい」
「珍しいな。君が僕の言うことに肯定するなんて」
「黙れ。てめぇはここで―――殺す」
日番谷は、氷輪丸の切っ先を零に向ける。
一護はそんな日番谷を、思い詰めた表情でジッと見つめていた。
「「殺す」か・・・。君にできるのか?そんなことが」
「黙れと言っている」
「彼を僕に殺された恨みか?そうだよな。君はあの時何もできなかった・・・」
「・・・黙れ」
日番谷の声のトーンが下がる。
一方一護は、
(「彼を僕に殺された恨み」?彼って誰だ?それに、「何もできなかった」って・・・)
「彼は、君が殺したようなもんだろ?」
「黙れ!!!!」
日番谷は瞬歩で一気に零との距離を詰め、刀を振り下ろす。
「っ―――!」
零は素早く自分の斬魄刀・蒲黄花を抜刀し、それを防ぐ。
ギチギチと刀の混じりあう音が辺りに響く。
「冬獅郎!!」
零は、一護に視線を移す。
「・・・。本当、驚いた。何故彼は生きてんだ?」
「・・・知るか」
「知るかはないだろ。・・・見たところ、彼はあの時死んだ彼より、少し若いような・・・」
「知らねえな!!」
日番谷は、もう一度氷輪丸を振り下ろす。
が、零は今度は受けとめようとはせず、その隙を狙って蒲黄花を振るった。
「っ!!」
「感情が乱れているときが一番隙ができやすい。知ってたか?」
(―――避けきれねぇ!!)
そう思ってやられる覚悟を決めるが、
ガキン!!
急に視界が黒一色に覆われる。
「大丈夫か?冬獅郎」
「―――!?」
「・・・」
自分を護った、目の前に居るのは―――
「黒・・・崎・・・」
「フン。まさか、飛び込んでくるとはな」
やれやれと言った風に零は肩を竦める。
日番谷は驚愕に眼を見開いていた。
「で?何か用?」
「俺が相手だ」
一護のその言葉に、日番谷は更に驚く。
「!?何言ってやがる!!お前は・・・!」
「いいから!!」
「・・・!?」
一護に途中で遮られ、日番谷は黙る。
「俺に任せてくれ・・・」
「黒崎・・・?」
「今のお前を、戦わせるわけにはいかない」
「―――!!」
一護の言葉に日番谷は目を見開く。
そんな日番谷に一護は続けた。
「冬獅郎は、そんなに俺を信用してねぇのか?」
「そ、そういうわけじゃ・・・」
一護の問いに、日番谷は口ごもらせながら答える。
「だったら、俺に任せてくれ」
「俺は・・・」
―――お前のその手を、汚させたくない。
お前を、また、殺されたくないだけなんだ――――
そう言いたいのに、口が思うように動かない。
「俺を、信じろ」
「―――」
―――信じられない。
お前は、あの時、あいつに手も足も出なかったんだぞ。
呆気なく死んでいったんだぞ?
誰が、信じられるか―――
「黒さ・・・!!っ―――!?」
「黒崎!!」と叫びかけたときには、すでにそこには一護の姿はなく、零と刃を交えていた。
あの時の光景が、フラッシュバックする。
自分の体は動かない。
何もできない。
その状況の中、体から血を噴き出して倒れる背中が見えた。
まるで時間がゆっくりと流れているかのような感覚。
ドサッという音だけが、耳に響いた。
いつの間にか体は動かせるようになっていて、足を震わせながら近づく。
ソレは、全く動かない。
赤い液体が、地面を、橙髪を染めていく。
足が、腕が、霊子となって消えていく。
全てが塵となり、天に消えた。
そこには、何もなかったかのように全てがなくなっていた。
「―――っ!!!」
日番谷は、その光景をかき消すかのように頭を抱える。
(消えろ・・・。消えろ・・・!消えろ!消えろ!!)
ゆっくりと首を横に振る。
(嫌だ・・・もう、あんな思いはしたくない・・・!)
日番谷の顔は、今にも倒れてしまいそうなほど蒼白になっている。
(嫌だ・・・)
―――流れ出る血。
(嫌だ・・・!)
―――天に昇っていく霊子。
(止めろ・・・)
―――死。
「っ・・・止めろぉおお!!!!!!」
日番谷の叫びに、一護はバッと振り返る。
「冬獅郎!?」
日番谷は頭を抱えてうずくまっている。
今まで見たことない日番谷の様子に、一護は驚いていると、
「どこ見てる」
「!?」
耳元から聞こえた声に反応し、素早く刀を構える。
零の短剣が、一護の斬月と交わる。
「・・・フッ」
先程一護が見ていた方向―――日番谷のほうを見ると、零は鼻で笑う。
「何がおかしい?」
「いや・・・ようやくか、って思ってさ」
「『ようやく』?」
一護は眉を潜めて訊ねる。
それに零は口角をあげて「ああ」と頷いた。
「ようやく、彼を追い詰めることができたと思ってね」
「てめえ・・・!!」
零の言葉に怒った一護は、刀に込めている力を強くする。
「やはり、彼を追い詰めるには君が一番有効らしい」
「なんだと・・・!?」
驚いている一護に零は短剣を持っていない方の掌を、一護に向ける。
「!?」
「・・・日番谷冬獅郎」
「っ!」
零の呼びかけに、日番谷はビクッと肩を震わせる。
「・・・このまま、あの時みたいに、こいつを殺そうか?」
「―――!!!」
日番谷の体が目に見えるほど震えだす。
口が聞けなくなるほど。
そんな日番谷を横目で見ながら、零は続ける。
「花を貫通させて―――」
「・・・!!」
「君がこちらに来れば、こいつは殺さない。もちろん他の死神も生きて返そう」
「―――」
「どうす「ふざけんな!!!」
零の言葉を遮って一護がそう叫ぶ。
日番谷はハッとして一護を見た。
「てめえがさっきから何言ってんのかよくわかんねぇけどな、冬獅郎は絶対に渡さねぇ!!」
「・・・!」
「・・・」
そんな一護を零は無表情で見つめる。
「てめえを倒して、冬獅郎を、皆を助ける!!」
「くろ・・・さき・・・」
一護のその言葉に日番谷は呆然と呟く。
自分を睨んでいる目の前の男に、腹立たしくなった零は、
「そんなこと、お前にできるわけないだろ」
聞こえるか聞こえないかぐらいで呟いたその言葉と同時に、零から隊長格以上の霊圧があふれ出す。
「うあっ・・・!」
その霊圧に押され、一護の体は吹っ飛んだ。
「黒崎っ!」
霊圧に耐えながら日番谷は叫ぶ。
「全く、これは疲れるんだよ」
零は、その子供のような姿からは想像できないほど、自分のこの巨大な霊圧を感じても余裕を保っている。
そして顔を上げると、自分のこの姿を目にして顔をしかめている日番谷と、霊圧に耐えながら体をゆっくりと起こしている一護を順番に見た。
「くそっ・・・!なんて霊圧してやがんだ・・・!」
一護はそう悪態をつきながらゆっくりと体を起こした。
(この霊圧は―――隊長格以上だ・・・!こんな奴に、黒崎が勝てるわけがねぇ!)
日番谷はそう考えて顔をしかめる。
(いくらあの時は相手の力がわからなかったとはいえ、あの黒崎を殺した奴だ。今のこの黒崎が、勝てる確率は0と言ってもいい・・・)
助けに行きたい。
自分が戦わなければいけない。
そう思っているのに、体が動かない。
(俺はまた、あいつを殺すのかっ!?)
それだけは、絶対にさせない。
もう、これ以上、自分のことで―――誰かを巻き込みたくない。
記憶が、再び巻き戻される。