Desperate Future 孤独の中で生きる二人
双殛の丘の地下。
あの子供が現れてからずっと沈黙が続いている。
音と言えば、たまに誰かが動いたときになる鎖の音のみだった。
そんな沈黙の中、項垂れている吉良の隣に居る雛森は、外の世界で苦しんでいるであろう幼馴染を想っていた。
(日番谷君・・・)
今も尚、ずっと独りで苦しんでいるかもしれない。
もしかしたらもう、あの子に殺されてしまったのかもしれない。
霊圧が感じられないこの場所では、日番谷の安否はわからないままだった。
そんな不安が浮かび上がるのも仕様がなかった。
おそらく、ここに居る他の死神達も、日番谷のことを心配しているだろう。
特に雛森は、姉弟のように育った幼馴染。
いつも自分のことを心配してくれた。
いつも自分のことを護ってくれた。
(日番谷君・・・!)
日番谷の殺されるシーンを想像してしまい、思わず目をギュッと瞑る。
ようやく消えたその光景に、雛森はゆっくりと瞼を持ち上げた。
―――何故、彼がこんな目に合わなければならないのか。
雛森は、日番谷が苦しんでると思えば思うほど、自分も苦しくなっていた。
(日番谷君には、いつも護られていた・・・)
自分の斬魄刀の切っ先は、一番信じているはずの幼馴染に向いている。
「信じられない」と、驚愕に目を見開く幼馴染。
自分はその幼馴染にこう告げた。
『自分の上司を殺したのは、お前だ』
何度刀を振り下ろしても、その刀が幼馴染に触れることはない。
その間に、自分を説得し続ける幼馴染。
『バカ野郎!!それは絶対にお前の上司が書いたものじゃねぇ!!』
自分はそれを信じなかった。
見たもの、聞いたものしか、信じなかった。
―――結果、自分は重傷を負い、この世界を、死神を、苦しめることになった。
あの時、何故自分は彼を信じなかったのだろうか?
そう。
自分は、家族ともいえる幼馴染を―――信じなかったのだ。
それでも彼は許してくれた。
彼に刃を向けたことを、どうしても謝りたくて、総隊長にお願いして、彼と話す機会をもらった。
彼に会って、すぐに謝った。
でも、彼は許してくれた。
『そんなこと、いつまでも気にしてない』
『だから、もっとよく寝ろ』
嬉しかった。
あたしは知ってる。
不器用だけど、優しくて、強くて・・・
一番、信じられる幼馴染。
彼は、そんな人。
でも、今彼は苦しんでいる。
孤独と、恐怖と、不安に。
(日番谷君・・・)
助けてあげたい。
(シロちゃん・・・!)
今度は、あたしが、助けてあげたい!
でも、その願いは虚しく心の奥に消えるだけ。
囚われの身の自分は、彼を助けることができない。
『雛森ーーー!!!』
日番谷と別れた最後の言葉が蘇る。
雛森は下唇を噛みしめた。
そう。
あれは・・・
また、自分が―――
―――護られてしまったとき。
***
ドタドタドタッ
室外から聞こえる忙しなく続く大きな足音。
何事かと障子を開ける。
「あ、雛森副隊長!」
「えっと・・・何があったの?」
そこに偶然居合わせた五番隊の女隊士に尋ねる。
「はい!実は・・・」
女隊士は今までのことを、細かく雛森に説明した。
「え、じゃあ・・・」
「はい。黒崎一護は、魂魄停止しました」
「そう・・・」
あまり関わりがなかったとはいえ、やはり人の死は辛い雛森は、そう返すことしかできなかった。
「それから、黒崎一護が死んだその場に、日番谷十番隊隊長も居たとの報告を受けています」
「え!?日番谷君が!?」
女隊士の言葉に、目を見開いて驚く雛森。
(確か、日番谷君は黒崎君と結構親しかったような・・・)
ときどき二人でいるところをよく見かけていた雛森は、ふとそう思った。
「雛森副隊長?」
急に黙り込んだ雛森に、女隊士は声をかける。
それに我に返った雛森は、
「あ、なんでもない!それより、状況説明ありがとうね!」
「はい!では、失礼します!」
慌ててそう言うと、女隊士は一礼して持ち場へ戻って行った。
「・・・」
作り笑顔で見送った後、酷く思いつめた表情で、日番谷のことを心配した。
(日番谷君・・・大丈夫かな・・・?)
それからしばらくして、被害者が増えてきているという報告を聞き、雛森は自信の斬魄刀・飛梅を腰にさして、自室から飛び出していった。
「雛森!」
後ろから声をかけられ振り向くと、恋次が酷く安堵した表情で駆け寄ってきていた。
「よかった。お前は無事だったんだな!」
「え?どういうこと?」
「お前も聞いただろ?敵が隊士達を操って、瀞霊廷を襲ってるって」
「う、うん」
雛森は先程の女隊士の言葉を思い出した。
「何か敵の能力があるらしいんけどよ・・・」
「そう・・・。日番谷君は?」
「あ?日番谷隊長?」
「うん」と頷いてから、少し俯く。
「ほら、黒崎君のこととかでさ・・・」
「あぁ・・・」
「黒崎」という言葉を聞いて、恋次は表情を険しくした。
「なんか、ルキアの話だと「急用がある」とか言ってどっかに行っちまったらしい」
「急用?」
「ああ・・・こんなときに、「急用」があるなんて、思えねぇけどよ」
恋次はそう言いながら双殛の丘がある方角を見る。
「やっぱ、一護のことを気にしてんだろうな」
「うん・・・」
雛森は俯き加減で頷いた。
「何もねぇといいんだがな・・・」
「・・・阿散井君・・・あたし・・・!」
何かを決意したかのように顔を上げた雛森は、あることを恋次に伝えようと口を開くが、
「おおっと!まさか「一人で日番谷隊長を探しに行く」とか言い出すんじゃねぇだろうな?」
「うぅっ・・・!」
と先手を打たれてしまい、唸る。
そんな雛森に口角をあげてニッと笑い「俺も行くぜ」と言う。
「え・・・?」
「「え・・・?」じゃねーよ。お前一人じゃ危険だろうが。それに檜佐木先輩もやられちまうほどなのに、お前なんてなぁ・・・」
「なによそれ!」
恋次に遠まわしに「お前は弱い」と言われ、怒る雛森。
「冗談だって!でも、危険なのは確かだろ?」
「う、うん・・・」
「だから、俺もついてくっつってんだ!それに、俺も日番谷隊長の行方が気になるしな」
「あと、ルキアと乱菊さんも心配してるだろうから、一緒に探すか」と言っている恋次に、雛森は不安な気持ちを隠して精一杯笑いながら、
「阿散井君!ありがとう!」
「べ、別に気にすんなって」
照れ隠しをするかのようにそっぽを向いた恋次に、隠していた不安は少し消え、クスクスと笑った。
―――笑っていられる。
不安はあったけど、笑っていられる。
それがどんなに幸せなことか、
そのときのあたしには、わからなかった。
あまりにも辛いことの連続で、恋次とであったあと「日番谷を探しに行く」と決めてから、そのあと辺りからの記憶はない。
ただ、耳に残っているのは―――
「雛森―――!!!!」
「ひ・・・つがや・・・くん・・・」
油断して敵に捕まってしまった自分に、必死に手を伸ばして自分の名を呼んでいる日番谷の声と、朦朧とする意識の中で、弱弱しく彼の名を呟いた自分の声。
そこで、意識は途絶えた。
次に目を覚ました時には、この薄暗い広間に居て、日番谷以外全員捕まっていた。
***
(あれからもう、5年も過ぎた・・・)
日番谷は無事だろうか?
普通なら死んでしまっていてもおかしくはない。
でも、あの子供が言うには、まだ彼は生きている。
自分達はなにもできない。
何も―――
そう絶望に浸っていると、とある光景が頭の中に流れてくる。
それはまるで、すこし壊れかけのビデオカメラの映像のように。
日番谷がいる。
自分の目の前に。
自分に刃を向けている。
自分は鬼道を放とうと、手のひらを日番谷に向けている。
―――なんだ、これは?
二人同時に駆けだすと、先に自分が攻撃をしかけた。
それを日番谷は交わすと、一定距離を保ちながら休む間もなく放たれている自分の攻撃を避け続けている。
―――まるで、自分と日番谷が戦っているよう。
日番谷は腹部に重傷を負っているらしく、開いた傷口からボタボタと血が流れ続けている。
―――違う。「まるで」じゃない。
そんなことを気にしていない自分は、破道の三十一・赤火砲を撃ち続けている。
―――これは、本当に戦っている。
日番谷は何か自分に勝つための策を練っているようだが、自分はただひたすらに攻撃を繰り返していた。
―――殺し合いをしている。
一瞬辛そうな顔をした日番谷は、自分に向けて破道の三十三・蒼火墜を放つ。
しかし、自分はそれを縛道の八十一・断空で防ぐ。
―――これは、夢・・・?
傷口がさらに開いたのか、日番谷は両膝をついてしまう。
自分はその隙をついて手のひらを日番谷に向けると―――
―――嫌!!もう止めて!!!
おそらく破道の六十三・雷吼咆。
その雷撃は、日番谷に直撃した、ように見えた。
―――う、そ・・・
砂煙から出てきた彼の姿は、地面に血溜まりをつくって、倒れていた。
自分は、その倒れている彼に歩み寄る。
―――何をする気・・・?
足が、日番谷の血溜まりの中に入る。
―――何をする気よ・・・?
足を抜いたら、それを地面に擦りつけてついた血を拭いとっていた。
―――もう止めて!!!!!
「うっ・・・」
意識が戻った日番谷は、ゆっくりと瞼を上げる。
(俺は・・・死んだのか・・・?)
そう思って体を起こそうとするが、指一本でも動かそうとすると激痛が襲う。
それと同時に自分はまだ死んでいないことを自覚する。
(何だ・・・?何が起こっている?)
雷吼咆をまともにくらい、意識を失った。
そこまでは覚えている。
自分と戦っていたのは、雛森の『クローン』で・・・
そこまで考えてハッとする。
日番谷はなんとか首を動かして周囲を見渡した。
「―――!?」
そこで視界に入ったものは・・・
「―――」
自分に刀を振り下ろそうとしている『雛森』。
しかし、全体に痙攣を起こしながらその動きは止まっている。
まるで、しようとしていることとは裏腹に、意識は嫌だと拒絶しているかのようだった。
「・・・?」
日番谷は、動かせば動かすほど襲ってくる激痛に耐えながら、ゆっくりと体を起こす。
『雛森』の手が震えていて、刀がカタカタと音を立てる。
(まだ、夜じゃねぇよな・・・?)
辺りの暗さから、夕方だということはわかる。
しかし、まだ『クローン』が動きを止める時間帯ではなかった。
日番谷は視線を『雛森』に戻して、あることに気づく。
「・・・!」
口をきかないはずの『クローン』であるはずの『雛森』が、唇を震わせながら何かを言おうとしている。
日番谷は驚愕で目を見開いた。
(ど、どういうことだ・・・!?こいつは『クローン』のはずだろ!?)
『クローン』は口を利かない。
それは、技術開発局局長である涅マユリもいっていた。
これは絶対なのだ。
しかし、目の前にいる『雛森』は何かを言おうとしている。
これも事実で―――
日番谷は我を忘れるほど混乱していた。
そして、『雛森』の口から発せられたのは、
「ひつ・・・が、や・・・くん・・・」
「っ!!!」
日番谷は自分を襲う激痛も忘れて立ち上がった。
「雛森!?雛森なのか!?」
『ひつがや・・・くん・・・』
幻聴でもなく、間違いなく聞こえてくるのは、自分の幼馴染の声。
それは、『雛森』から聞こえてくるのではなく、まるで『雛森』の奥底から聞こえてくるように、響いて聞こえた。
『日番谷、君・・・あたし・・・』
「雛森・・・!無事だったんだな・・・!」
『うん・・・皆、無事だよ・・・!』
「そうか・・・!」
雛森から伝えられた「皆が無事」という事実。それに日番谷はとても安堵した。
本当は不安だった。
もう、「殺されているのかもしれない」ということに。
しかし、あり得ない現象とはいえ、これは確実に雛森の声。
「皆が無事」というのは確実だった。
一方雛森は、日番谷と同じくものすごく安堵していた。
日番谷が生きていたことに。
自分だけど自分ではない『雛森』の中から見ている雛森は、日番谷の姿を見てとても衝撃を受けた。
全身傷だらけで、今にも死んでしまいそうな彼に。
「もう止めて!!!」と叫んだ瞬間、実際に『雛森』の中に入ったような感覚に入った雛森は、意識だけ『雛森』を乗っ取って、日番谷を殺そうとするのを止めた。
もしかしたら、と思い口を開けてみようとすると実際に開いたことに驚きながら、言葉を発した。
「日番谷君」と。
そうして今、雛森は『雛森』を通じて日番谷と言葉を交わしている。
『よかった・・・!日番谷君が無事で・・・!』
「ああ・・・それより雛森。お前、今どこに居るかわかるか?」
日番谷の問いに一瞬困った雛森だったが、記憶を探って思い出し、日番谷に伝えた。
『たぶん、双殛の丘の地下だと思う』
「双殛の丘の地下?」
『うん。連れてこられる前、一瞬だけ目を覚ました時に双殛が見えたの。あの近くで、こんなにも大勢の死神を捕えることができるなんて、ここしかないと思って』
「わかった・・・。とにかく、全員そこにいるんだな?」
『うん。間違いないよ』
雛森は断言に「そうか」と頷いた日番谷は、落ちている氷輪丸を拾う。
『日番谷君・・・?』
「・・・今から、そっちに向かう」
『で、でも・・・』
「なんだ?」
何か言いたげな雛森に、日番谷は問いかける。
『あの子もいるかもしれない・・・』
「それは、わかってる・・・」
『そんな状態で戦ったら、危ないよ!』
自分だって危ないのに、本当にお人よしな幼馴染に、日番谷は苦笑いした。
「ああ・・・そうだな・・・。だがな、雛森」
『?』
「今の俺は、一人じゃねぇから」
『え・・・?それってどういうこと?』
日番谷の言っている意味がわからず、聞き返すが、日番谷は「悪いな、雛森」と言って掌を自分に向けたことによって、雛森は驚く。
「今度話すときは、あいつを倒してからだ」
『待って・・・!日番谷く・・・』
暗い闇の中に、雷光が走った。
「きゃっ!」
突然の光に驚いた雛森は、瞑っていた目を反射的に上げる。
「どうしたんだい!?雛森君」
隣に居た吉良が、驚いて雛森を見る。
雛森は、はぁ・・・とため息をつくと、微笑して、
「日番谷君が、無事だったの・・・!」
大して大きな声でもなかったが、静まり返った室内にはよく響いた。
当然、その場にいる全死神にも聞こえて、
「隊長、無事だったって、どういうこと!?」
乱菊が声を張り上げて雛森に問う。
「それ本当か!?雛森!」
恋次が目を見開いて言う。
「日番谷隊長・・・!」
ルキアがひどく安堵した表情で、そう呟いた。
皆が動揺する中、雛森はボロボロでも自分達を助けに来ると言った幼馴染を想い浮かべていた。
ドサッと幼馴染の顔をしていた『クローン』の体だけが、地面に倒れる。
日番谷はそれを見ずに、辺りを確認すると、すっかり日も暮れていた。
(一気に行けるか・・・?)
そう考えて、ゆっくりと深呼吸をすると、足に力を込めて一気に瞬歩で移動し始めた。
***
その頃一護は、薄暗い洞窟の中から外の様子を窺っていた。
ふと一護は顔を上げる。その先には暁の空が広がっていた。
あの恐怖に耐え続けながら、一護は時が流れるのを待ち続けた。
ようやく、日の光が地平線の彼方から見え始め、一護は気を引き締め、斬月を手に持ち、
「よし、行くか!」
早い時間から出た方がいいと思った一護は、そう言って皆を探すべく、洞窟から足を踏み出した。
瞬歩で歩みを進めていくと、ゴツゴツとした大きな岩がゴロゴロとたくさん転がっている場所に来た。
(ここなら、人を隠せそうか?)
と思いながら、キョロキョロと辺りを見回していると、何かが視界に入ってきた。
(まさか『クローン』か!?)
そう思って、素早く身を隠す。
息を殺して、聴覚だけでソレの気配を感じ取る。
ザッ、ザッ、ザッ、
間違いなく、ソレは人の気配だった。
(まだ、『あいつら』が動き出す時間じゃねぇよな・・・?)
そう思って見上げた空は、明るいが、まだ日が出ていない。
つまり、まだ『奴ら』は動き出さないということ。
それで、人の気配というと・・・
(まさか、あいつか・・・?)
あいつかどうか確かめるために、一護は気配を消しながらゆっくりと顔をのぞかせる。
すると見えた、灰色の頭。
一護に背中を向けているソレは、どうみてもあいつだった。
(チッ・・・!)
できれば戦闘は避けたいが、やはりここで何もしないというのもどうかと思った一護は、覚悟を決めて立ち上がろうとしたその時。
「どうしようか・・・」
突如零の口から発せられた言葉に、一護は、
(見つかったか・・・!?)
と思い、立ち上がるのをやめる。
心臓の鼓動が速くなる。
しかし、零は一護のことに気づいていないのか、「う~ん」と何かを悩んでいるかのように唸っている。
一護は、耳を澄ませて、零が何を言っているのか聞き取ろうとする。
しかし、少し距離があって聞きづらい。
一護は、細心の注意を払って、瞬歩で零の近くの岩陰に隠れた。
「そろそろ飽きてきたんだよね~・・・彼を虐めるのも」
(彼・・・冬獅郎か・・・?)
「少なくとも氷輪丸には傷をつけたくないしぃ~。でも、ずいぶん『アレ』の血は付けちゃったけどね」
(やっぱり狙いは氷輪丸だったのか・・・)
「でもまぁ、もうそろそろくたばってる頃かもね」
(―――!!)
零の言葉に一護は驚愕する。
そんな一護のことも気づかず、零は独り言を続ける。
「殺したはずの奴まで、生き返って彼を助けてるしね・・・そろそろ止めを刺すか」
(・・・!!)
零はそう呟くと「よっ」と伸びをする。
「もう終わりか~」と呟きながら準備運動をしている零に背を向け、一護は気配を消しながら、慎重に、急いでその場から瞬歩で離れた。
(冬獅郎・・・!!)
やはり、あの重傷で、幼馴染である雛森の顔した『クローン』には無理だったのか?
どっちにしろ、零が「止めを刺す」と言っていた時点で生きている可能性はまだある。
一護は零との距離が随分離れたところで、瞬歩のスピードを上げた。
(頼む!!死ぬなよ!!)
一護が立ち去った後の岩場。
零は、岩の上に置いておいた短剣―――斬魄刀・蒲黄花を掴むとそれを腰に差して、ゆっくりと口角を上げた。
「僕は、少しでも相手に油断させるために、僕以外の誰かが居るときは「無邪気な子供口調」をする。彼には見破られたけどよ」
そう呟く零の目線は、先程一護が隠れていた岩の影に向けられていた。
「だいたい、独り言であんなこと言ってたら、敵に聞かれるってことは、僕にだってわかってるんだ。それに気付かないとはね・・・」
クスクスと笑う零は、本当に無邪気な子供に見えた。
微笑を苦笑に変えた零は、日が見え始め、明るくなってきた空を仰ぐ。
「まさか、あんな子供に彼が救われているとはね・・・」
―――もしかしたら、僕は負けちまうのかな。
そこまで考えて、フッと鼻で笑う。
「まさかね」
そう言って踵を返す。
「さてと、では宣言した通り、行きますか」
―――彼と、あの子供のもとへ。
ヒュ―――と風が吹いた瞬間には、もうそこには岩以外何も残っていなかった。
皆の居る双殛の丘へ急ぐ、日番谷。
その日番谷のもとへ急ぐ一護。
二人を追う零。
三人が出会ったその時、本当の戦いが―――始まる。