Desperate Future 孤独の中で生きる二人






十番隊隊舎・地下。

深い眠りに落ちていた一護は、重い瞼をゆっくりと開ける。
そこには、規則正しい寝息をたてている日番谷の姿が。

あの後、眠りについた日番谷をゆっくりと布団に寝かせ、しばらく見張りとして起きていたのだが、どうやら自分も寝てしまったらしい。
辺りを見てみるも、特に誰かが来たとか襲われたなどの痕跡が無く、一護は安堵した。

(まったく、見張り失格だぜ・・・;;)

どこまでもダメな自分に呆れてしまう。
「はぁぁ~・・・」とため息をついた一護はふとあることに気付く。

(・・・冬獅郎?)

そう。それは日番谷だ。
静かに寝てはいるのだが、その額は首筋には大量の汗がへばりついている。
この室内の温度はそれほど高くはない。
と、なると―――。

「・・・冬獅郎?」

傍まで寄って行って、顔を覗き込んでみると、眉間に皺がいつもより寄っていて、どうやら魘されているようだった。

「おい!冬獅郎!」

魘されているままにはしておけないので、一護は日番谷の肩を持つと軽く揺すりながら声をかける。

すると、しばらくしてゆっくりと眼が開いた。
しばらく瞬きを繰り返して、ようやく眼を動かし視界に一護を入れると、ゆっくりと口を開いて、

「・・・黒・・・崎・・・?」
「ああ。魘されてたみたいだったけど、大丈夫か?」
「魘されて・・・?」

日番谷はそう呟いて、天井を見る。

(そうか・・・夢だったか・・・)

今まで見ていたのは全て夢だった。
しかし、それは現実に起きたこと。
夢であり、夢ではない。

「冬獅郎?どうかしたか?」
「・・・いや、なんでもない」

そう言うと日番谷はゆっくりと体を起こす。
一護はそれを手伝った。

(それにしても、何故今あのときのことを夢としてみる?)

今まで、こんなことは一度も無かった。
それなのに、何故?


『また・・・居なくなっちまうのかって・・・怖かった・・・!』

『また俺から、仲間が居なくなっちまうのかって・・・!』

『もう・・・!俺の前から勝手に居なくなったりしないでくれ・・・!心配で・・・怖くて・・・頭がどうかしちまう・・・!!』


(アレの所為、か・・・)

昨日、何年かぶりに弱みを曝け出した。
本当に、死ぬぐらい辛かったから。
それは―――

(俺が、こいつを・・・)

―――殺したから。

自分の思考を停止させるかのように日番谷は軽く伸びをすると、立ち上がって乱れた死魄装を直しながら後ろにいる一護に問う。

「俺が寝ている間、襲撃は無かったか?」
「・・・」

返事が無い。

「・・・?」

そのことに不思議に思った日番谷は振り返って一護を見る。
こちらを向いていた一護は、何故か後ろを向いていた。

「・・・おい?」
「・・・」

いくら声をかけても何も返事をしないことに、日番谷はある仮説を思いつく。

「まさか・・・寝てたのか?」
「Σ・・・!」

一瞬肩がビクッと跳ねたかと思うと、今度はガタガタと全身を震わせていた。

(図星だな・・・)

一護のわかりやすい行動に、日番谷はため息をつく。

実は一護がここまで震えているのには理由がある。
それは、一護がここに来た日の夜のこと―――


『クローン』について日番谷から説明を受けたあと、二人は寝ることにしたのだが・・・

 『そうだ』

日番谷が忘れていたかのようにそう言うと、起き上がって一護を見る。

 『なんだよ?』
 『黒崎。先程も言ったとおり、『奴ら』は夜は動かない。だが、朝には動き始めるんだ』
 『ああ。それで?』
 『俺が居るときはいいんだが、お前一人の時は絶対寝るなよ』
 『はぁ!?なんだよ、それ!?寝なかったら明日の戦闘にだって・・・!』
 『・・・俺は、お前が俺の指定した時間丁度に起きられるようには見えないがな』
 『うっ・・・!』

確かに、日番谷の言うとおり、一護には指定された時間に起きられる自身は無かった。

 『俺が瀕死の重傷を負ったとき・・・あるいは俺と逸れてしまった場合は絶対に寝るな。俺が瀕死のときは、気付いてお前を起こし、戦わせるという方法もあるが・・・正直、瀕死の時に『奴ら』の気配に気付く自信が無い』
 『だから、起きてろと?』
 『ああ。・・・俺が、重傷を負ったときは、見張り、よろしく頼むぞ』
 『任せとけ!!・・・ていうか、そもそもお前にそんな重傷負わせねぇって!』
 『どうだろうな。うっかり油断していたお前を庇って重傷・・・とか』
 『んなわけねぇだろ!!逆に、お前は俺が護ってやる!!』
 『・・・』
 『おい、無視すんなって;;』


ということがあったのだ。
しかし、一護はそれを忘れ寝てしまった。
今一護の頭の中には、あのときの日番谷の一言が鮮明に思い出されている―――

 『馬鹿かてめぇ。もしそうだったら、この俺が直々にそいつを殺してやる。それはどうでもいい事なんだが・・・』

そう。それは事件の始まり、一人の隊士が失踪したという事件を日番谷から聞かされていたとき、一護が冗談で「酔っ払ってどっか行っちまったんじゃねぇのか?」と言ったときに返された言葉である。
あの時感じた恐怖は今でも忘れない。

(ヒェェエエ!!!)

来るっ・・・!
あの寒気が!!!
というか、もう来ているぅうう!!!

「・・・おい」

ギャァアアア!!!
もう俺死んでもいい!!!
あ、そしたら未来の俺に会おう!
って、出来るわけねぇだろ!!
何考えてんだよ!!

「・・・黒崎」

ついに恐怖で頭がどうかしちまったみたいだ!!
誰か助けてー!!
俺が悪かったから!!
寝た俺が悪かったから!!
頼むから俺をぉおお!!!

「・・・黒崎!!!!」
「はいぃいいいい!!!!」

ああ、もうだめだ。
この口調。完璧怒ってるヨ;;
ああ、さようなら・・・皆さん・・・

「お前・・・頭大丈夫か?」
「いや、ダメ・・・」
「そうか・・・」

え!?ちょっと!
何納得してんの!?冬獅郎さん!?
ってちょっと待てよ?
なんか怒ってる割には痛みが無いな。
てっきりすぐ殴ってくるかと思ってたのに・・・

「じゃあ黒崎。頭を出せ」
「・・・は?」

いやいやいや!
なに!?何コレ!?
やっぱり殴られんの!?俺!?
なんだよ!!
少しでも「やっぱり冬獅郎は優しいから許してくれるかな~」とか思った俺が馬鹿みたいじゃん!!
やっぱりこの後は「なら殴って直してやる」とかいう台詞がくんのかなぁ!?
嫌だ!!ヤメテクダサイ!!

「おい。早くしろ」

怖いぃいいい!!!!
でも逆らうともっと怖い!!!
もう、死を覚悟で頭を差し出そう。
あああ。日番谷様・・・どうかお許しを・・・!

バッシャァーーン

「・・・ん?」

何・・・コレ?

「どうだ?コレで少しは頭が冷えたか?」
「え・・・ていうか、コレ、何・・・?」
「何って・・・水だが?」

・・・えぇえええええ!!?
水ぅううう!?
どゆこと!?どゆこと!?
ええ!?なんで水!?どっから水!?

「まぁ、せめてもの礼だ」

何!?礼って!?
俺なにか礼言われるようなことした!?

「久しぶりに充分寝たからな。傷はまだ痛むがお蔭で体力・霊力はなんとか回復した。礼を言うぞ、黒崎」
「あ、ああ・・・」
「それで、頭冷やすのと同時に、その汚れも取れただろ?」

助かったのか・・・俺は・・・
そっか、考えてみれば冬獅郎の斬魄刀・氷輪丸は氷雪系の斬魄刀。氷をだして、それを鬼道で溶かして水をつくったのか・・・。
冬獅郎のこと、少し怖がりすぎたのかもしれないな。
悪かった冬獅郎!

「サンキュー!とうし「それから・・・」

・・・ん?

「次寝たら、今度は水じゃなくて氷をくれてやる。有難く思え」

・・・

ここで一護は思った。

―――次寝たら、殺される。


一護の魂が抜けている頃(既に魂だが)、日番谷は地上の霊圧を探っていた。そして、あることに気付く。

「まずいな・・・おい、黒崎」
「・・・;;」

魂が抜けた状態なので、返事が無い。

日番谷はため息をつくと、一護に歩み寄って、

「・・・殺すぞ?」
「ギャァアアア!!!!」

その一言で一護の魂は戻ったが、あまりにその一言の効力が重すぎて一護は叫ぶ。そして、それと同時に瞬時に土下座をして「ごめんなさい!許してください!日番谷様」とブツブツお経のように唱え始めた。

日番谷はそんな一護に呆れて、未だ尚ブツブツ言っている一護を無視して出口に向かった。

(あいつ・・・一度四番隊に連れて行ったほうがいいな・・・)

などと思いながら。





ようやく一護は正気を取り戻し、地下から地上に出ると、外は雲に覆われ日の光が地上に一切届かない状態だった。

「暗いなー。曇ってる日ってこんなに暗かったか?まだ朝なのに、コレじゃあもう夕方だな」
「・・・違う」

不意に日番谷がそう呟く。

「え?」
「違う。朝じゃねぇ。今は・・・昼?」

日番谷の言葉に一護は目を見開く。

「え!?それってどういうことだよ!?」
「おそらく・・・お前の所為だ」
「え・・・?」

固まる一護に日番谷は振り返って冷めた眼で見る。

「お前がちゃんと起きてないで、寝過ごしちまったんだろうが!!」
「あっ!!・・・そゆこと」

日番谷は重傷で寝ていたため七時丁度に起きることは不可能。一護もつい寝てしまった。つまり、日番谷の体内時計(七時に起きる)は出来なかったので、時間がわからなくなってしまったのだ。

「いつもは感覚でわかるんだがな・・・」
「うっ・・・ゴメンナサイ;;」
「もういい!それより・・・」

また土下座をし始めると面倒なので、日番谷はそこでバッサリと切り捨て、話を変える。

「ん?なんだよ?」
「・・・来るぞ」
「―――!!」

日番谷のその言葉で一護は斬魄刀に手をかけ構えるが、しばらくたっても敵が現れる様子が無い。
一護は斬月から手を放して日番谷を見る。

「来ねぇけど?」
「今は、な・・・。待ち伏せってやつだ」

そう言うと日番谷は歩き始める。

「え!?お、おい!いいのかよ!?」
「何がだ?」

振り向きもせずそう返事をする。

「いや、だって・・・待ち伏せされてるんだろ!?」
「ならお前は一生そこにいろ。待ち伏せされてるからなんだ?進まないでどうする」

御尤もである。

「でも、どこに奴らが居るのかわかってんのか?」

一護はどんどん先に進んでしまう日番谷を追いながらそう問う。

「さぁな。だいたいこういうときは勘できたからな。どこかと訊かれても答えることは出来ない」

あくまで冷静に答える日番谷に一護はげんなりする。

「大丈夫かよ・・・」
「それはこっちの台詞だ。お前、奴らの霊圧感知できんのか?」
「馬鹿にすんなよ!それくらい・・・」

そこで一護は思いつく。
自分が、一回も奴らの霊圧を感知したことが無いことに。


一回目:恋次。
 突然日番谷はハッとして辺りを見回す。
 『どうしたんだ?』
 『来る・・・!』
 日番谷がそう言うのと同時に、恋次が二人の前に現れた。
 感情が無いかのように無表情な。
 『恋次!?』
気付かなかった・・・。

二回目:浮竹。
 そう言って歩き出したその瞬間―――
 『―――!!』
 『アレ』の霊圧をすぐ近くで感じた。
 『来るぞ黒崎!!』
 そう日番谷が言うのと同時に、二人の目の前に現れたのは―――
 『う、浮竹さん!』
 十三番隊隊長・浮竹十四郎だった。
気付かなかった・・・。

三回目:ルキア
 氷の塊が、一護に向かって一直線に飛んできた。
 間一髪でそれを避けた一護は、攻撃してきた人物、いや、「クローン」の顔を見て驚愕に目を見開いた。
 『る・・・ルキア・・・!』
気付かなかった。

四回目の乱菊の場合は、ルキアと戦闘中だったため仕方が無いといえど、ここまで探知できていなかったのだった。
それに、もともと霊圧探知能力は劣っていた一護にとって、これはかなり難しいといえる。


「うぅ・・・」
「自覚したか?」
「ハイ・・・」

また凹み始めた一護に、日番谷はもう呆れるしかなかった。

(それにしても・・・あのとき感じた奴らの気配は・・・)

そう。日番谷が地下を出る前、気付いたこと。それは、

(向かってきていると思ったんだがな・・・)

十番隊地下に向かって、四方八方から囲まれてしまっていた、ということ。
それで急いでここを出なければと思い、出たはしたが敵の気配が全くというほど感じられない。

(・・・どういうことだ?)

今までこんなことはなかった。
何年間もこの状況に立たされた自分の勘が、重傷で鈍くなっているとも思えない。それに、この程度の重傷なら何度も味わった。

先刻、「起きていろ」と一護を叱ったが、実際、重傷の時でも自分は七時丁度に起きていた。それが出来なかったということは―――

(安心、していたんだろうな・・・)

今までは一人だった。
一人だったから、寝ているときも神経を集中していた。いくら、相手が夜動かないとしても。
でも今は、一護がいる。
それだけで、警戒心がゆるくなってしまったのだろう。

しかし、今はそれが一番困る。
いくら集中しても全く気配を感じ取れない。

(本当にいないだけなのか・・・?)

そう思った次の瞬間―――。

巨大な火の玉が頭上から降ってきた。

「っ―――!!」

一瞬の隙をつかれ、かわしたものの掠り傷は負ってしまった。

「冬獅郎!!」

それを見た一護が慌てて駆け寄ってくる。
日番谷は振り返って、

「来るな!!!」
「っ・・・!?」

一護は瞬時に足を止める。

「いいか、黒崎。ここから二手に分かれるぞ」

煙の中から、人影が現れる。

「どうやら、こいつの相手は俺に決まりらしい」

頭の上でお団子結びをしている、黒髪の少女。

「鬼道相手に、お前が勝てるわけねぇからな」

日番谷の幼馴染―――

「雛森・・・!」

―――雛森桃。

「だ、だけどよ!いくらなんでも一人じゃ・・・」
「黒崎!この戦いは、こいつらを殺すことでも、首謀者を倒すことでもねぇんだ!!」
「・・・!」

日番谷の言葉にハッとなる。

「皆を・・・探せ・・・」
「冬獅郎・・・」
「わかったら、さっさと行け!!後から追いつく!!」
「っ~・・・!!わかった!!絶対来いよ!!」

そう言って一護は瞬歩で消えた。
日番谷はそれを横目で見て確認すると、フッと笑う。

(絶対来い、か・・・あいつらしいな)

目の前に居る人物を見据える。
あの明るい笑顔が無い、無表情な幼馴染。
本人ではない。
今彼女は、『奴』に捕まっている。
その他の、皆も。

(頼んだぞ、黒崎・・・)

―――足止め程度にしか、ならないかもしれない。





そのころ一護は、突如現れた隊士の『クローン』集団を突き進んでいた。

ズシャッ

いくら斬っても慣れるものではない。
だが、進まなければいけない。
彼のために。
皆のために。

(クソッ!斬っても斬っても切りがねぇ!!)

いっその事卍解するか?
いいや、それは止めておこう。
卍解は、『奴』と会ったときに取っておかなくては。
死神を、日番谷を苦しめた、『奴』を―――。

(にしても、皆はどこに居るんだ?)

こんな何も無いところのどこに皆を隠すことが出来るのか、一護は不思議でたまらなかった。

(死神って、ものすごい数が居なかったか?)

そう考えると、広い場所に隠してあるか、あるいは少人数に散らして隠しているか。

(とにかく、急がねぇとな)

日番谷だって、怪我をしている。
長くは持たないはずだ。
それに―――

(この戦いを、終わらせる!!)

―――この戦いに終止符を打たなくてはいけない。

これ以上、彼が苦しんでいる姿なんて、見たくないから。

「くっ・・・!」

飛んできた火の玉を瞬歩でかわす、しかし、腹の傷もあってか大分息が上がっていた。

(クソッ・・・!大分ふらついてきたな・・・)

始解せざるをえないか・・・しかし、それでは奴の思惑通りになってしまう。
意地でも、始解はしない。
だが、相手は鬼道の達人。
こちらの鬼道では、勝てそうに無い。

(斬術だけで、いけるとも思えんがな・・・)

かといって白打は得意ではない。
このまま逃げ続けているだけでは、霊力の無駄だ。

(どうする・・・!?)

もたもとしていたら、他の奴まで来ちまう。

どうやら、日番谷の勘は当たっていたらしい。
霊圧が感じなかったのは、待ち伏せしていたから。
今は雛森だけしか出てきていないが、いずれ他の奴が出てくるのは確実。

(たくっ・・・知能つけやがって・・・)

今まではこんなことは無かった。
ただ真っ直ぐに、獲物を狙ってくるだけの人形だった。
なのに、今は「待ち伏せ」という団体攻撃をしようとしている。

(流石に・・・キツイな・・・)

八十番台の鬼道で一気に決めて、一度一護と合流してから相手をする方法もある。しかし―――

(黒崎には、皆を探す方に回ってほしいんだよな・・・)

一護の手を、汚させたくは無いから。

こんな汚い役、自分一人で充分だ。

正直、自分だって仲間の顔をしているこいつらを、殺すことは辛い。
けど、あいつが朽木の『クローン』を殺したとき・・・
これが、あいつにあんなに辛い表情をさせることならば、もうやらせない。

もともと、一人でやってきた。
ならば、一人じゃ出来なかった「仲間(みんな)を探す」ことを黒崎にやってもらえばいい。
「殺すこと」は、自分一人だけでも出来る。

だから―――

(負けられねぇ・・・!)

皆を助けるためにも。
あいつにあんな顔させないためにも。

―――絶対に。

そして、あいつの思惑通りにもならない。

始解もしない。卍解もしない。

斬術だけで、勝ってみせる。

そして、黒崎を殺したあいつを―――殺してやる。







「ハァッ・・・ハァッ・・・!」

一護はちょっとした崖下にある洞窟で休息を取っていた。
先程まで、無限に居るのではないかと思わざるをえないほどの「クローン」に追われ、限界まで体力を削られてしまったのだ。

「にしても・・・隊長格が出てこないだけ・・・マシ、か・・・」

そう。今まで追いかけてきたのは全てどこかの隊の隊士のみ。その中に三席までは居ただろうが、隊長格の「クローン」だけは出てきていなかった。

「まさか・・・冬獅郎のほうに・・・?」

腹部に重症を負ったまま、幼馴染である雛と戦うことになってしまった日番谷。本当は自分も残りたかった。しかし、鬼道相手にまともに戦えないのは重々承知だった。
だから、任せた。
日番谷の言うとおり、この戦いは、一護が元の時代に帰ることと、皆を救うこと。
いくら日番谷を護ると言っても、優先するのは皆を助けることだった。
それは、日番谷が望んでいることだから。
それでも、ここ数日日番谷と過ごしてきた一護にとって、日番谷は必ず護ると誓う人になったのだ。
不安は、見えない闇の底のように続いていた。

「どうっすかな・・・」

一護は見えない天を仰ぐ。

―――一刻も早く、皆を見つけ出して、冬獅郎を助けに行く。

それが、唯一今の一護にできることだった。







自分に向かって降り注ぐ炎の雨を、休む暇もなくかわし続ける。自分の幼馴染と同じ顔の人形は、無表情で鬼道を打ち続けている。
斬術は近距離攻撃。鬼道は遠距離攻撃。
相手の間合いに近づかないと、こちらが不利なのは眼に見えていた。

(クソッ・・・どうすればいい・・・!?)

そう考える日番谷に再び炎が降り注ぐ。

「くっ・・・!」

それを飛んで避けるが、止むことのない炎の雨に瞬歩で避け続けた。

(雛森っ・・・!)

俺は、お前を―――殺したくねぇんだ。

「破道の三十三、蒼火墜!!」

日番谷の掌からでた蒼い炎は、雛森に向かって一直線に進んでいく。
当たるかと思われたその炎は、突如現れた見えない壁によって阻まれてしまった。

「っ―――!?」

煙の中から現れた雛森は―――無傷だった。

(今のは・・・断空?)

一瞬見えた鬼道、それは、縛道の八十一、断空だった。断空は八十九番以下の破道を完全防御する防壁。
それでは、破道の三十三番の蒼火墜では、防御されてしまうのは当然だった。

(くそっ・・・!鬼道じゃこいつには勝てねぇ・・・!)

始解もできない今、鬼道が通じないならば、残るは白打か斬術しか残されていない。しかし、その両方は近距離戦。結局は近距離に持ち込まないと意味のないものだった。

(どうするっ・・・!?どうすればいい!?)

雛森の掌が日番谷に向けられる。
あわてて避けようとした日番谷だが、突如腹部に激痛が襲った。

「っ・・・!」

その痛みに両膝をつく。
乱菊との戦いで負った傷が開いてしまったのだ。

(こんなときにっ・・・!!)

雷撃が日番谷を襲う。

(間に合わねぇ・・・!!)











「くそっ!全然減りもしねぇ!」

一護は洞窟の中で、外に出る機会を窺っていた。しかし、辺りをうろつく『クローン』の数は一向に減らない。
日も沈みかけて、辺りはすっかり朱色に染まってきていた。

「まずいな、このままじゃ・・・」

早く皆を冬獅郎を助けに行かなきゃ行けないのに。

そう思っているうちに、ついに日が暮れてしまった。
辺りをうろついていた『クローン』たちも、まるで像になったかのように動かない。日番谷の言っていたとおり、夜は全く動かないらしい。

一護は緊張していた心をほぐすように、ドサッと座り込むと、ため息を吐いた。

「冬獅郎・・・」

今頃日番谷はどうしているのだろうか。
自分よりずっと長い間この状況で過ごしてきたとはいえ、やはり心配でしょうがなかった。

「霊圧は・・・」

日番谷の霊圧を探ろうとしたが、

「・・・」

自分に霊圧探査能力が全くといっていいほどなかったことに気づき、諦めて項垂れた。

ガタッ

「っ・・・!」

突然の物音に一護は驚いてバッと振り向く。

「―――」

速くなる心臓の鼓動の音がやけに大きく聞こえる。

一護は眼を見開いたまま、見えない闇の奥一点に集中した。

「・・・」

(夜は『あいつら』は動かないんだよな?だったら、なんだ?)

別に何が出たって対応できる力は持ってるし、大丈夫。
しかし、まだ不安はあった。

―――もし、隊長格の『クローン』だったら。

こんな暗い洞窟の中では、こちらが不利。

一護がどうしようかと迷っていると、次は外から物音が聞こえた。

「―――!」

振り返るがそこには闇が広がるのみ。

「・・・!」

すっかり日も落ちてしまって、荒地に残された光は月明かりのみだった。
この状況で一晩ずっと過ごすとなると、正直辛い。
しかも寝られないとなると、肉体的にも精神的にもダメージが大きい。

一護は全神経を辺りに集中させながら、いつ襲われるかもしれない恐怖に身を縮込ませる。

(冬獅郎は、この恐怖と孤独に、ずっと耐えてきたんだな・・・)

自分には絶対に無理だと思った。


独り。

皆がどこに居るかもわからない。

自分はいつも狙われている。

独り。

朝も昼も夜も、ずっと、独り。

一日中、ずっと。


それがずっと、一か月、いや一年、それ以上続く。

そんなこと、自分には耐えられない。

そこまで考えて気付いた。


―――日番谷の心が、予想以上に崩壊していることに―――


(冬獅郎・・・!!)

頼む・・・!
―――俺が行くまで、待っててくれ・・・!

この恐怖は、ここまで精神を崩壊させる。












―――茜色に染まった世界で、砂煙が舞う。


中から現れた二つの影。


一人は、地面に這いつくばり、


もう一人はその人物を見下ろしていた―――



ザッ

音を立てて倒れている日番谷に歩み寄る『雛森』。右手で腰から斬魄刀を抜くと、歪んだ光を放ちながら『飛梅』は始解する。

日番谷の傍まで歩み寄った『雛森』は、突如感じたヌメリのある感覚に反応して、足元を見る。
『雛森』の右足は、日番谷の開いてしまった傷口から流れ出た血溜まりの中に入っていた。それをゆっくりと引き抜くと、ヌチャっという音が鳴る。
抜いた足を地面につけ、地面に擦りつけて血を拭き取るが、日番谷の出血の量がひどく、草履にしみ込んでしまっていた。

『雛森』はそれをじっと見つめていた。




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イイネ!