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キャスギルぐだ♂

※キャスギル(猫)×ぐだ♂(高校生)



「――なにかお探しでしょうか?」


その言葉に、立香はおどろいた様子ではっとわれに返る。
振り返れば、「突然ごめんなさい、なんだかとても真剣に悩んでいるように見えたものだからつい……」と、女性スタッフが笑顔を浮かべつつ立っていた。
そのまま女性スタッフは、立香の隣へと移動すると、今しがた立香が凝視していた陳列棚のほうへ視線を移す。
棚には、猫関連の日用品がずらりと並んでいた。

「ネコちゃん、飼われていらっしゃるんですか?」

「ネコチャ……ええと、はい……一応まあ……」

何気ない女性スタッフからの質問に、立香は一瞬、目を瞬かせたあと、歯切れの悪い口調でへらりと苦笑を浮かべる。

――果たして、あれをネコと呼んでいいものかどうかはなはだ微妙だけれども――。

宝石のような紅い瞳と、美しい金の毛並みをもつ『ネコチャン』を思い浮かべながら、立香はそう心のなかでひとり突っ込みをいれるのだった。






「ただいまー」


鍵を差し込み、アパートのドアを開ける。
立香はこの春、都内の高校に進学すると同時に、念願だったひとり暮らしをはじめたばかりの身だった。
当然ながら、ただいまといっても、おかえりなさいと返事をくれる相手はいない――はずだった。少し前までは。


「遅い――遅すぎる!!! 貴様、この我を置いて一体どこでなにをしておったのだ!!」


玄関先には、一匹の猫が座っていた。
種類はペルシャ。性別は雄。
その双眸は、紅い宝石を嵌め込んだように美しい。加えて、艶のよい金の毛並みは非常になめらかで、おもわず手を伸ばしたくなるほど魅力的だ。
いわゆる美猫というやつだろう。
立香も本来であれば、その魅惑的な毛並みを抱きしめ、おもう存分にもふもふしたかった。だが、すんでのところでその衝動をぐっとこらえる。
なぜならばこの猫、『普通』の猫ではないからだ。

「学校とやらは昼過ぎには終わるのであろう。 だというのに、時刻はとうに夕方をすぎているではないか!」

猫は器用に片方の前足を上げると、「ええい、雑種の分際でこの我を放置するなど不敬千万! そこになおれぇい!」と、怒ったように床をテシテシと叩いて見せた。

――そう、この猫はしゃべるのだ。

人語を理解し、人語を話す。まるで某アニメの猫型ロボットのように。
だが、この猫はそれだけではない。なんと人の姿にもなれるのだ。
立香自身まだ数回しか見たことがないが、たしかにこの目で確認していた。しかも超がつくほどのイケメンだった。
はじめてその人の姿を目にしたときは、驚愕と同時に、猫のくせになんでそこは無駄にイケメンなんだよ、と心の中で深く突っ込んだ記憶がある。

猫なのに人の言葉を解し、人の言葉を話す。加えて、人の姿にもなれる。
果たして、そんな面妖な生き物はこの地球上に存在するのだろうか。

以前、立香は「あなたは猫なんですか?」と彼に訊いたことがあった。
彼は「猫ではない」と否定した。
「じゃあ、お化けの類いかなにかですか?」と訊けば、「それも違う」と彼はゆるく左右に首を振り、否定した。

猫ではなく、かといってお化けの類いでもない。ならば一体、彼はなんだというのだ――?

そう疑問を抱き、彼に問いかければ、決まって彼は、「――さぁて、なんだろうなぁ」とくつくつと笑い、目を細める。

その際に垣間見える、どこかほの暗さを含んだ彼の表情が、立香はなんとなく苦手だった。
とくにこれといって深い意味はない。ないのだが――ただ、本能的にこれ以上は訊いてはいけない気がした。それ以上、踏み込んだら後戻りできなくなると、なぜかそう思ったのだ。

それ以降、立香は彼の正体を探るような質問は自然と控えるようになった。
ゆえに現段階で立香が知っていることといえば、みっつだけ。

ひとつ、帰宅途中に、雨のなか段ボールに捨てられていた猫をたまたま拾い、看病したこと。
ふたつ、翌朝、目が覚めたらその猫が人間になっていたこと。
みっつ、仮にも命の恩人である立香のことを、開口一番に雑種と呼び捨てた挙げ句、そのまま勝手に立香の部屋に住み着いていること。

あとは強いていえば、ものすごく我が儘で、上から目線の自分勝手で、態度がとんでもなくでかいことくらいだろうか。
一時は、彼を不審者として警察に通報することも考えた。しかし、基本的に彼は猫の姿で日がな一日を過ごしている。人の姿になることは滅多にない。
仮に立香が、この猫を抱えて警察署に駆け込み、「こいつ不審者なんです! しゃべる上に、人の姿に化けることもできるんです!」と説明したところで、到底だれにも信じてもらえないであろう。むしろ、立香のほうが頭のおかしいヤバいやつだと怪しまれる可能性のほうが高い。
そもそも、彼は立香以外のまえでは口を開かない。少なくとも、立香は今まで見たことがなかった。
どういうわけか、彼は無断に立香の部屋に住み着き、かとおもえば、ときどきふらりといなくなる。そしていつの間にか立香の部屋に戻ってきているのだ。
まったくもって謎である。
だが、立香に対してなにかを仕掛けてくる様子もなければ、彼を拾ってからとりわけ実害があったこともなかった。

以上を踏まえて、立香は彼を追い出すことをあきらめた。放置し、今や好きにさせている。
現に慣れてしまえばどうっていうことはない。
かえって、こんな奇妙かつホラーチックな体験はなかなかできないぞ、やったね俺、とさえ思うようになっていた。最近にいたっては、これをネタに、世にも◯◯な物語に応募できるんじゃね?と、某テレビ番組を見かける度にわりと本気で思っている始末だ。

そう、藤丸立香は周りが聞けば呆れるほどに、とてもポジティブ思考な男だった。


「おい、聞いておるのか? 我の小間使いならば返事くらいせぬか!」

「はいはい、遅くなってしまってどうもスミマセン。 ちょっと帰りにペットショップに寄ってたんですよ」


立香は靴を脱ぎ捨てると玄関に上がり、提げていたレジ袋を彼のまえに置いて見せた。
立香の視線に促されるがままに、彼は渋々といったふうにレジ袋のなかを覗きこむ。

「…………なんだコレは」

「あれ、知りませんか? 猫ならみんな大好き! ちゅ◯るです。 ほら、テレビのCMとかでよく流れてません?」

「たわけ、知っておるわ! 我が問うておるのは、なぜそのようなものを買ってきおったのかということよ」

「なぜって……だって、このあいだのキャットフード、一口も食べなかったじゃないですか」

先日、せっかく立香が用意したご飯を、彼は一切口をつけようとしなかった。それどころか鼻で笑い、見向きもしなかったのだ。
ゆえに立香は、学校の帰りにわざわざ近所のペットショップにまで寄って、彼の新たなご飯を買いなおしていたのだ。

「途中で声をかけてきてくれた店員さんに食事情のことを相談したら、『そういうちょっと気むずかしいネコちゃんなら、ちゅ◯るがいいですよ~! ネコちゃんの大好きな栄養分がたっぷりはいっていますし、フードに混ぜてもぜんぜんOKですので』って、超いい笑顔でオススメされまして」

「貴様は本当に阿呆だな」

「――はっ! もしかして猫缶派でした? すみません、うち缶詰め系はコスパ的にちょっと厳しくて……」

「好みの問題ではないわ! そも我は猫とは関係ないといったであろうに」

彼は大量のちゅ◯るがはいったレジ袋に向かって、べしりとネコパンチをかました。
どうやらご飯以前に、猫用食品自体が気に入らないらしい。

「ええー、じゃあなんだったらいいんですか?」

玄関にはたき落とされてしまったレジ袋を拾いあげながら、立香はため息をついた。
彼は「ふむ……そうさなぁ」とまるで思案するように、ふわふわの尻尾をゆらりと揺らす。

「この我の口にするものだ。 まず手始めにシェフを呼べい。 いうまでもないが、三ツ星以外は認めぬからな」

「すいません、無理です」

立香は間髪をいれずに却下した。

「む。 なぜだ」

「いやいやいや、眉間にしわを寄せて睨んでも無理なものは無理ですからね?」

立香は生まれも育ちもごく一般家庭の庶民である。当たりまえだが、シェフなんて呼べるはずもない。

「もっと常識ある範囲内でものいってください」

「ぐっ……雑種如きが、この我に楯突くとはいい度胸ではないか」

「べつに楯突くもなにも、一応ここ俺の部屋ですからね? ご飯に不満があるなら、好きなところへ行って好きなものを食べてきたらいいじゃないですか」

いっけん薄情に聞こえるかもしれないが、おそらくこの彼は、立香よりもずっと裕福だ。立香の予想では、かなりのお金持ちなのではないかと踏んでいる。
なぜならば、日頃から彼が好んでつかっているクッションがある。そのクッションは立香が知らないあいだに彼が購入したものらしく、なんとなくネットで値段を調べてみたら、額がとんでもなかったのだ。
ほかにも、彼の所有物らしき時計や服が部屋のあちこちに見受けるのだが、そのどれもが一度は聞いたことのあるブランド品ばかりだった。

彼の素性は一向にわからない。
だが、そこまで金銭に余裕があるならば、一流ホテルや高級マンションにでも移り住めばよいものを。なぜよりにもよって、立香が住んでいる築何年も経っている古いアパートに居着いているのか。
立香には到底、理解不能だった。

「とにかく、シェフを呼べるようなお金はうちにはありませんからね? もっと庶民にやさしいメニューでお願いします」

「……チッ」

「舌打ちしても無理なものは無理です」

「…………ならば貴様の手料理でよい」

「え……そんなのでいいんですか?」

予想外の言葉に、立香はおもわず目を丸くする。
猫の姿では外食は無理だろうから、てっきり出前あたりをとらされる覚悟をしていた。しかし、彼が口にしたのはまさかの手料理。
立香は拍子抜けしたが、無茶振りな注文を吹っ掛けられるよりかは遥かにマシだと思い、ほっと安堵した。

あらためてレジ袋を提げると、立香はリビングにつながる廊下を歩き出す。
その背中を追うようにして、数歩うしろから彼がついていく。

「冷蔵庫になにかあったかなぁ。 でも本当に俺のつくったご飯でいいんですか? あとで文句とかいわないでくださいよ?」

「はっ。 安心しろ。 端から貴様の腕前など期待しておらぬわ」

「うぐっ。 いい返せないのが悔しい……あ、そうだ。 王様ってなにか嫌いな食べ物とかあります?」

たしか猫には、ネギや玉ねぎなどを与えてはいけないはずだ。あとは乳製品も駄目だっただろか。

「やっぱりネギ類とかは避けたほうがいいんですかね? あ、でも王様は猫ではないんだっけ? 王様はどっちがいいですか――って、どうしたんです?」

返答のない彼を不審に思い、立香は足を止め振り返る。少し離れた先には、立香と同じように足を止め、こちらをじっと見つめる彼がいた。
立香は首を傾げる。


「王様?」

「――よもや、その『王様』とは、我のことを指しておるのか?」


ようやく口を開いたかとおもえば、いつもよりずっと低い声に、立香は内心、わずかにおどろく。

「……そうですよ。 だって、名前を訊いても教えてくれないじゃないですか」

名前を知らなければいろいろと不便だ。
今までは、「あの」や「すいません」でとおしてきたが、いい加減それもわずらわしくなってきた。

以前に立香は、「もしタマとチビならどっちがいいですか」と、何気なく彼に訊いたことがあった。
無論、猫の名前のことで、立香からしてみれば、一般的にみてどちらも無難なネーミングを選択したつもりだった。
だが、相手はそれが大層気に入らなかったらしく「……次にこの我を獣畜生扱いしてみろ。 即刻その喉笛、噛みちぎってやるからな」と、シンプルに脅されてしまった。

「ショップの店員さんに聞いたんですけど、ペルシャは別名、猫の王様って呼ばれているらしいですよ? キミって言葉遣いや振る舞いがどこか王様っぽいっていうか……」

だからもし、名前をつけるとしたら王様が似合ってるかなぁなんて――そう笑いながら、立香はちらりと彼の顔を見やる。


「――それだけか?」

「……え?」

「それだけかと、そう我は聞いている」


彼は静かに、だが有無をいわさぬ口調でゆっくりと立香に告げる。
ふたつの紅い瞳は依然として立香をとらえたままだったが、そのさまはまるで、なにかを見定めているようにも見えた。

「……えっと、それだけとは……? ほかにもなにかあるんですか……?」

いつもと違う剣呑とした雰囲気に、立香はわれ知らず息を呑み、たじろぐ。

――もしかして、王様呼びがお気に召さなかったのだろうか。
そう思案し困惑するも、彼は押し黙ったままだ。

ふたりのあいだに幾ばくかの沈黙が流れ、ふいに彼がその紅い双眸を閉ざした。
ついで、ゆっくりと瞼を開く。

「――いや。 よい、気にするな。 王呼び、大いにけっこうである。 雑種にしてはなかなかよいセンスではないか。 褒めてつかわす」

ふっと鼻で笑うその姿は、普段から立香が見慣れているいつもの彼だった。
張り詰めていた空気もいつの間にか消えていた。立香はホッと息をつく。

「もー、びっくりしたじゃないですか。 変なこといわないでくださいよ」

「ふははは、あの程度で怖気づくなど、やはり雑種よのぉ。 して、王であるこの我の舌を満足させる品が貴様につくれるのだろうなぁ?」

「王様はあくまで愛称の話であって――というか、さっきまで俺の腕前には期待してないっていってませんでした?」

「無論しておらぬわ。 だがあまりにも粗末なものを我の皿に出してみろ。 貴様の貧相な懐で肉の食べ放題とやらに行くからな」

「ちょ、学生の身分でそれはマジきついんで勘弁してくださいっ」

一足先にリビングへと戻る彼を、立香は慌てて追いかけるのだった。






――その日の深夜。
ベッドで眠る立香もとに、あるひとりの男が佇んでいた。

艶やかな金の髪に、目を奪うような鮮やかな紅い瞳。どこか浮世離れしたその整った容姿は、この世のものとおもえないほどに美しかった。

「……もしやとおもったが、まだ些か早かったか」

男はそう冷淡につぶやくと、言葉とは裏腹に、額にかかった立香の前髪をそっと梳く。
依然として穏やかな表情で寝息をたてる立香を、感情の読めない眼差しで静かに見下ろす。前髪を弄ってくる男の指先が鬱陶しいのか、立香はときどき小声で唸っては、眉間に小さなしわを寄せている。
その光景に、男の形のよい唇がわずかに笑む。

「ふん……まあよい。 貴様がすべてを思い出したが最後。 遠く交わした彼の契約のもと、お前は未来永劫、その魂ごと我が宝物庫にてその身を捧げることになるのだからな」

前髪から手を引くと、男は黄金の籠手を纏ったほうの腕で、立香の右手を掬い取る。


「それまで精々、今を謳歌するがよい。 なぁ――立香よ?」


かつて三画の紋章が刻まれていたであろう、その傷ひとつない真っ白い手の甲に、男は恭しく唇を落としたのだった。


END






(設定)

*藤丸立香 (15)

前世は人類最後のマスター。
前世では王様と両片想いだった。
人理修復後、今まで負った傷や無理に身体を酷使してきたことがたたり、年若く息を引き取る。
前世の記憶なし。
現在は、高校一年生。




*王様 (ギルガメッシュ)

十人中十人が振り返る絶世の美青年(美猫)。
立香の部屋に(勝手に)居候中。基本的に猫の姿で気ままに過ごしている。気分によって人の姿になる場合もある。

立香がマスターとして息を引き取る間際、いろいろとあり、立香とある契約を交わす。
ざっくりにいえば、今世の立香が、なんらかの拍子やふとしたきっかけで前世の記憶がよみがえり、ギルガメッシュのことを思い出してしまうと、その契約に則り、強制的にギルガメッシュの宝物庫に魂ごと未来永劫、囚われてしまう。
そこに立香の気持ちや意思などは一切含まれておらず、否応なしに連行される。
その気になれば強制的に思い出させることも可能だが、あえてそれはせず、今のところは立香が自力で思い出していく過程を面白おかしく見守っている。

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