毛利元就
名前
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昼休みの廊下を毛利元就は苛立たしげに歩いていた。
「はぁ…」
我とした事が酷い失態をしたものだ…
いや、何もかも全て長宗我部が悪い。
事の発端は些細な言い争いからだった。
けれどだんだん元親との口論が激しくなり、互いに譲らず気づけば昼休みの大半が過ぎていた。
その為元就は昼食を食べ損ねてしまった。
「長曾我部め……我と喧嘩をした挙げ句、昼餉まで邪魔をするとは…下衆め」
実に不愉快だ。
早歩きで廊下を進んでいると後ろから声を掛けられた。
『あの……大丈夫?』
振り返ると廊下の窓辺に一人の少女が立っていた。
「貴様は…」
確か同じクラスの名前だったか…呟こうとした時ふいにぐぅと腹の虫が鳴った。
「………。」
『………。』
お互い気まずい沈黙が流れる。元就は顔を背けたが耳の先がほんのり赤くなっていた。
(こんな失態我にあるまじきことだ!おのれ長曽我部め!全てあの男のせいだ!)
『あの、』
彼女が声をかけてきたので元就は渋々顔を見る
「…………何用だ?」
『あ、ごめんなさい。えっと……実はお菓子を作ってきてて皆に配っていたの、良かったらカップケーキなんだけど食べない?』
名前は控えめに微笑み持っていた紙袋をそっと差し出した。丁寧に包まれたそれはほんのり甘い香りがした。
元就はその袋と名前の顔を交互に見るとゆっくりと手を伸ばす。
「受け取っておいてやろう」
紙袋を受け取ると彼女はふふっと笑った。
『良かった、じゃあまたね』
名前は手を振るとそのまま歩き去っていった。廊下に残された元就は手の中の紙袋を見下ろし、袋を開けるとほのかにバターの香りが漂った。丸いカップケーキの上には可愛らしい模様が描かれていた。
元就は一つを摘まみ口に運ぶ。
(……悪くない)
いや、正直に言えば美味しかった。腹が減っていたせいもあるだろうが自然と手が伸び全て食べ終わる頃には先ほどの苛立ちはどこかへ消えていた。
その日から名前は時々元就に菓子を渡すようになった。
『毛利くん今日はマドレーヌ作ってきたよ』
「……また貴様か」
『嫌だったら断ってくれてもいいんだよ?』
「断ってなどおらぬ」
最初は戸惑いの方が大きかった。何故自分になのか、クラスメイトは他にもいて長曽我部や金吾などがいるではないか…。
我とて決して愛想の良い方ではない、むしろ近寄りがたいと言われることの方が多い
しかし名前は毎日変わらぬ笑顔で菓子を差し出す。
今日も元就が教室に入ると名前は嬉しそうにお菓子を渡す。
「貴様は何故我に菓子を持ってくる」
『え?だっていつも誰かと絡んだりしない毛利くんが素直にお菓子受け取ってくれたのが嬉しくて』
胸の奥がほんのわずかにざわめいた。
「我に菓子を渡すことなどさほど喜ぶことでもあるまい」
『私は喜ぶよ?今日はクッキー持ってきたの』
「…ふん、受け取ってやろう」
『えへへ、ありがとう』
(何が楽しいのだ貴様は…)
元就は内心で首を傾げながらもその日差しのような笑顔を拒めずにいた。受け取るたびに胸の奥が微かに温かくなる…
ある日の放課後
元就は吹奏楽部の練習に行くため廊下を歩いていた。
ふと曲がり角の先から聞き覚えのある声がした。
「なぁ名前、俺にも一つくれよ」
名前の前に長曾我部元親が立っていた。
「なぁ、頼むって。腹減ってんだよ」
『ええと……じゃあ、これを…』
「さすが名前だな!俺、甘いもんには目がねぇんだ」
その光景を見た瞬間元就の足が止まった。
胸の奥がざらりと不快にざわめく。
名前が他の男に菓子を渡す……それだけのことなのに腹立たしい。
名前が包みを差し出そうとしたその時
「ならぬ!」
鋭い声が廊下に響き渡る。
元親が振り返るとそこには元就が立っていた。
「毛利?なんだよ急に」
元就は早足で二人のもとへ近づくと名前の手から包みを取り上げた。
「これは我のだ」
「はあ?」
「聞こえなかったか。これは我だけのものよ」
名前が驚いたような顔をした。
「へえ……“我だけの”ねぇ?」
「何がおかしい」
「いやぁ?あんたらいつの間にそんな仲になったのかと思ってよ」
「……貴様には関係ない。我に菓子を渡すことは名前が望んでしていることだ」
「そりゃそうだろうけどよ、俺にもくれたっていいじゃねぇか」
「ならぬ」
「独占かよ」
「そうだ。我が独占して何が悪い」
「あー」
「何だ…その顔は」
「いや、なるほどなぁ」
元親は名前と元就を交互に見たあとにやりと笑った。
「毛利、お前……嫉妬してんのか?」
「くだらぬことを!」
元就の頬がわずかに赤く染まる。
「我がなぜこの女に嫉妬せねばならぬ!」
「さあなぁ。けど、俺が名前から菓子をもらうのがずいぶん気に入らねぇみてぇだが?」
「黙れ、長曾我部!」
「図星か?」
「黙れと言うておる!」
「はいはい。じゃあ俺は退散するぜ」
元親は名前に向かって片手を上げた。
「悪かったな名前。今日のところは諦めるわ」
『えっ、でも…』
「毛利に食わせてやりな。こいつ、腹減ってんだろ」
「長曾我部!!」
元親は楽しそうに笑いながらその場を去っていった。
残された元就と名前に気まずい沈黙が落ちる。
『毛利くん』
「なんだ」
『そんなに私のお菓子が好きなの?』
元就は答えに詰まった。
好きなのは菓子だけではない。
毎日自分のために菓子を作り、自分を見つけると嬉しそうに笑い優しい声で名前を呼ぶこと
だがそれを素直に言葉にするのは元就の性分ではなかった。
「……我のために作られたものを他者へ渡すな」
名前はしばらく元就を見つめるとふわりと笑う。
『分かった、これからも毛利くんにだけ作るね』
元就は名前の手に包みを戻しその上からそっと自分の手を重ねた。
「我だけのものになれ」
いつもの尊大な口調とは違う低く小さな声だった。
『それは…どういう意味?』
「貴様は本当に鈍いな、
……名前も菓子も我だけのものだ」
元就は名前を見つめるその瞳には今までにない強い光が宿っている。
名前は頬を赤らめながら嬉しそうに微笑んだ。
『はい。毛利くんだけのものになります』
「ふん、良かろう……だが、まずは我の名を呼べ」
『え?』
「我が許したのだ。呼べ」
名前は少し驚いた顔をし、それから頬を淡く染めた。
『えと…元就くん』
その呼び方が妙に耳に残った。
「名前」
『何?』
「これからも我のために菓子を作れ」
『うん』
「他の者に渡すのは許さぬ」
『……元就くんって、意外と嫉妬深いの?』
「……煩い」
名前はくすくすと笑う。
その笑顔が元就の胸の奥をほんの少しだけ温かくし、2人だけの甘くて温かい時間が過ぎてく。
その日から名前は元就のために必ず菓子を作り、そして元就もまた名前が自分に笑いかけてくれる時間を誰よりも大切にするようになった。
「はぁ…」
我とした事が酷い失態をしたものだ…
いや、何もかも全て長宗我部が悪い。
事の発端は些細な言い争いからだった。
けれどだんだん元親との口論が激しくなり、互いに譲らず気づけば昼休みの大半が過ぎていた。
その為元就は昼食を食べ損ねてしまった。
「長曾我部め……我と喧嘩をした挙げ句、昼餉まで邪魔をするとは…下衆め」
実に不愉快だ。
早歩きで廊下を進んでいると後ろから声を掛けられた。
『あの……大丈夫?』
振り返ると廊下の窓辺に一人の少女が立っていた。
「貴様は…」
確か同じクラスの名前だったか…呟こうとした時ふいにぐぅと腹の虫が鳴った。
「………。」
『………。』
お互い気まずい沈黙が流れる。元就は顔を背けたが耳の先がほんのり赤くなっていた。
(こんな失態我にあるまじきことだ!おのれ長曽我部め!全てあの男のせいだ!)
『あの、』
彼女が声をかけてきたので元就は渋々顔を見る
「…………何用だ?」
『あ、ごめんなさい。えっと……実はお菓子を作ってきてて皆に配っていたの、良かったらカップケーキなんだけど食べない?』
名前は控えめに微笑み持っていた紙袋をそっと差し出した。丁寧に包まれたそれはほんのり甘い香りがした。
元就はその袋と名前の顔を交互に見るとゆっくりと手を伸ばす。
「受け取っておいてやろう」
紙袋を受け取ると彼女はふふっと笑った。
『良かった、じゃあまたね』
名前は手を振るとそのまま歩き去っていった。廊下に残された元就は手の中の紙袋を見下ろし、袋を開けるとほのかにバターの香りが漂った。丸いカップケーキの上には可愛らしい模様が描かれていた。
元就は一つを摘まみ口に運ぶ。
(……悪くない)
いや、正直に言えば美味しかった。腹が減っていたせいもあるだろうが自然と手が伸び全て食べ終わる頃には先ほどの苛立ちはどこかへ消えていた。
その日から名前は時々元就に菓子を渡すようになった。
『毛利くん今日はマドレーヌ作ってきたよ』
「……また貴様か」
『嫌だったら断ってくれてもいいんだよ?』
「断ってなどおらぬ」
最初は戸惑いの方が大きかった。何故自分になのか、クラスメイトは他にもいて長曽我部や金吾などがいるではないか…。
我とて決して愛想の良い方ではない、むしろ近寄りがたいと言われることの方が多い
しかし名前は毎日変わらぬ笑顔で菓子を差し出す。
今日も元就が教室に入ると名前は嬉しそうにお菓子を渡す。
「貴様は何故我に菓子を持ってくる」
『え?だっていつも誰かと絡んだりしない毛利くんが素直にお菓子受け取ってくれたのが嬉しくて』
胸の奥がほんのわずかにざわめいた。
「我に菓子を渡すことなどさほど喜ぶことでもあるまい」
『私は喜ぶよ?今日はクッキー持ってきたの』
「…ふん、受け取ってやろう」
『えへへ、ありがとう』
(何が楽しいのだ貴様は…)
元就は内心で首を傾げながらもその日差しのような笑顔を拒めずにいた。受け取るたびに胸の奥が微かに温かくなる…
ある日の放課後
元就は吹奏楽部の練習に行くため廊下を歩いていた。
ふと曲がり角の先から聞き覚えのある声がした。
「なぁ名前、俺にも一つくれよ」
名前の前に長曾我部元親が立っていた。
「なぁ、頼むって。腹減ってんだよ」
『ええと……じゃあ、これを…』
「さすが名前だな!俺、甘いもんには目がねぇんだ」
その光景を見た瞬間元就の足が止まった。
胸の奥がざらりと不快にざわめく。
名前が他の男に菓子を渡す……それだけのことなのに腹立たしい。
名前が包みを差し出そうとしたその時
「ならぬ!」
鋭い声が廊下に響き渡る。
元親が振り返るとそこには元就が立っていた。
「毛利?なんだよ急に」
元就は早足で二人のもとへ近づくと名前の手から包みを取り上げた。
「これは我のだ」
「はあ?」
「聞こえなかったか。これは我だけのものよ」
名前が驚いたような顔をした。
「へえ……“我だけの”ねぇ?」
「何がおかしい」
「いやぁ?あんたらいつの間にそんな仲になったのかと思ってよ」
「……貴様には関係ない。我に菓子を渡すことは名前が望んでしていることだ」
「そりゃそうだろうけどよ、俺にもくれたっていいじゃねぇか」
「ならぬ」
「独占かよ」
「そうだ。我が独占して何が悪い」
「あー」
「何だ…その顔は」
「いや、なるほどなぁ」
元親は名前と元就を交互に見たあとにやりと笑った。
「毛利、お前……嫉妬してんのか?」
「くだらぬことを!」
元就の頬がわずかに赤く染まる。
「我がなぜこの女に嫉妬せねばならぬ!」
「さあなぁ。けど、俺が名前から菓子をもらうのがずいぶん気に入らねぇみてぇだが?」
「黙れ、長曾我部!」
「図星か?」
「黙れと言うておる!」
「はいはい。じゃあ俺は退散するぜ」
元親は名前に向かって片手を上げた。
「悪かったな名前。今日のところは諦めるわ」
『えっ、でも…』
「毛利に食わせてやりな。こいつ、腹減ってんだろ」
「長曾我部!!」
元親は楽しそうに笑いながらその場を去っていった。
残された元就と名前に気まずい沈黙が落ちる。
『毛利くん』
「なんだ」
『そんなに私のお菓子が好きなの?』
元就は答えに詰まった。
好きなのは菓子だけではない。
毎日自分のために菓子を作り、自分を見つけると嬉しそうに笑い優しい声で名前を呼ぶこと
だがそれを素直に言葉にするのは元就の性分ではなかった。
「……我のために作られたものを他者へ渡すな」
名前はしばらく元就を見つめるとふわりと笑う。
『分かった、これからも毛利くんにだけ作るね』
元就は名前の手に包みを戻しその上からそっと自分の手を重ねた。
「我だけのものになれ」
いつもの尊大な口調とは違う低く小さな声だった。
『それは…どういう意味?』
「貴様は本当に鈍いな、
……名前も菓子も我だけのものだ」
元就は名前を見つめるその瞳には今までにない強い光が宿っている。
名前は頬を赤らめながら嬉しそうに微笑んだ。
『はい。毛利くんだけのものになります』
「ふん、良かろう……だが、まずは我の名を呼べ」
『え?』
「我が許したのだ。呼べ」
名前は少し驚いた顔をし、それから頬を淡く染めた。
『えと…元就くん』
その呼び方が妙に耳に残った。
「名前」
『何?』
「これからも我のために菓子を作れ」
『うん』
「他の者に渡すのは許さぬ」
『……元就くんって、意外と嫉妬深いの?』
「……煩い」
名前はくすくすと笑う。
その笑顔が元就の胸の奥をほんの少しだけ温かくし、2人だけの甘くて温かい時間が過ぎてく。
その日から名前は元就のために必ず菓子を作り、そして元就もまた名前が自分に笑いかけてくれる時間を誰よりも大切にするようになった。
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