贈り物
名前変更
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兄貴が変なのを拾ってきた。
安っぽいドレスに巻いて盛った頭の女は、どこからどう見てもキャバ嬢。いくらかヨれた化粧の上からでも分かるほど真っ青な顔は、美人でもブスでもない至って普通の女だ。
「これ、あやな」
「いや、あやなって兄ちゃん……」
珍しくセーフハウスに女連れて来たと思えば、その女とオレをほっぽって兄貴はどこかに消えてしまった。流れる沈黙。
「……あの、竜胆さん、でしたっけ?」
「あ?」
「ひっ、すみません、以前お名前伺った気がしたんですけど、」
びくびく震えて縮み上がる姿を目を凝らして見ると、確かに見覚えがあった。
最近兄貴が気に入って何度か指名してるキャバ嬢だ。ビビってるくせに一丁前に仕事しようとすんのが面白いとか言ってたような気がする。
「合ってるよ。アンタも大変だな、兄貴に振り回されて」
せいぜい捨てられねぇように頑張れ。
そう言うと、女は小さい声で「はい」と答えた。
正直言って、兄貴が一人の女に固執する事なんて想像もできなかった。
あやのことだって何回かヤれば適当に捨てるか殺すかするんだと思ってたが、どうやら違うらしい。
「あ、竜胆くん」
「何してんの」
「暇だからスコーン焼いてる」
ひと月もすると、あやは異常なほど状況に馴染んだ。
今だって、
兄貴が拾ってきたその日のうちに契約してきた六本木のマンションの一室で、これまた兄貴が買ったエプロンなんか着けてお菓子作りに勤しんでいる。
出会った頃くるくるキラキラしてた髪は適当に一つにまとめられて、爪にも何もついていない。元々冴えない女だったが、いよいよ兄貴に釣り合わなくなった。
「食べる?そっちまだ温かいよ」
「あー……もらう」
対面式キッチンのカウンターに座って、皿に盛られたスコーンを一つ掴む。でかい。
「でかくね?」
「ちょっと粉の量間違えちゃって。それに合わせてほかの材料増やしてたらそうなっちゃった。大丈夫。味見はしたから問題はない」
「サイズが問題なんだよ」
文句を言いつつ一口齧れば、確かに問題はない。美味くも不味くもない。こいつと同じで至って普通。
「食える」
「なら良いや」
良いのかよ、という言葉は飲み込んで作業を続けるあやを眺める。すでに山盛りになっている皿だけでは飽き足らず、まだ巨大スコーンを焼き続けるらしい。
「誰が食うの、それ」
「私と……竜胆くんですね」
「オレかよ。兄貴は?」
「蘭ちゃんは甘いの食べないでしょ」
そう言えばそうだ。
よく見ると、今作ってるやつはいろいろと味が違うらしい。
「それ何?」
「ん?こっちがチョコチップで、これが紅茶。あとはココアと、これはグラノーラ入れてみた」
家にある材料をあれこれ入れて試すらしい。どうやら本当に暇だったみたいだ。
「……ゲームでも買えば?」
「んー、多分やらないからいいや」
「一人ヒマだろ」
「家のことしてたらあっという間だよ。今日は偶然時間が空いちゃっただけ」
貧乏性が染みついてんのか、元々物欲がないのか、それとも兄貴のことを考えてるのか。オレにはさっぱり分からないが、こいつがそれで良いなら別に無理にとは思わない。
ご機嫌取りも、気遣いも必要のない女。それがあやに対するオレの評価だ。
「なぁ、兄ちゃん。あいついつまで置いとくつもりだ?」
仕事終わり。三途からの連絡を待っている間のちょっとした時間に聞いてみた。
兄貴は不思議そうな顔をしてちょっと考えてから答える。
「死ぬまで?」
それは兄貴が殺すまでってことか?
「ペットだからな。最期まで面倒見るのがセキニンってやつだろ?」
そう言って、どうせいらなくなったらオレに押し付けるつもりだろう。だからちょくちょくオレに様子を見に行かせるんじゃねぇのか。
血の匂いに気が立っているのか、いつもと変わらない兄貴の様子なのに苛立ちを感じた。
「そんなに具合イイのかよ」
「あ゛?」
「っ、もうヤったんだろ」
兄貴の目がス、と光をなくす。
ふかしてた煙草を地面に放り投げて、こっちに足を向けた。
「なぁ、竜胆」
いつもと変わらない声。
「お前、ペット犯す趣味あんのかー?」
それでも間延びしたその声には紛れもない怒りが滲んでいて、オレは自分の認識を改めた。
あやは、兄貴にとって『オンナ』じゃない。
「ごめん、兄ちゃん……」
「ん」
それ以降、自分から兄貴にあやの話をふるのはやめた。
「竜胆くんだ。ってことは蘭ちゃんは今日は帰ってこない?」
「ああ。仕事」
「そっか」
リビングに足を踏み入れると、ソファに座ったまま出迎えるあや。
その様子に違和感を覚えて問いかけた。
「お前、兄貴と一緒の時だけ玄関まで来るよな」
兄貴と一緒にこの部屋に来るときは必ずあやは玄関まで迎えに来る。鍵を持ってる以上、インターホンは鳴らないし、監視カメラが付いているわけでもないのに、だ。
「蘭ちゃん、踵鳴らして歩くでしょ」
「は?」
「っていっても、出て行くときと帰ってくるときだけ。大きい音鳴らして歩くの」
だから分かるんだ。そう言って呑気に笑うあやに理解が追い付かない。
靴の踵の音聞き分けて迎えに来るあやもだし、躾よろしくそんなことをしてる兄貴も理解ができない。
「犬かよ」
「蘭ちゃんの犬ですよ」
この部屋に来てから二カ月と少し。その間にあやは兄貴にも、この生活にも、自分の扱いにも慣れ切った。時々、そのことが何だか薄気味悪く思うことすらある。
もう少し自分の境遇を哀れんでぴーぴー泣くかと思ったし、そこらへんにいる馬鹿女みたいにすり寄ってくるかとも思ったが、その様子もない。ただ、平凡に、普通に、生活している。
それこそ本当にペットか何かのようだった。
だからきっと兄貴の言う通り、死ぬまでこの部屋にいるんだろう。それが、コイツの寿命によるものか、兄貴の気まぐれによるものかは分からないけど。
気付けば、兄貴の部屋をあや目当てに他の奴らが訪ねてくるようになった。目当てと言っても、オンナとしてじゃなくてちょっと面白い小動物みたいな感じだ。
特に三途なんかは酷いもんで兄貴がいない時を見計らってあやにちょっかいをかけに来た。
「何やってんだァばか犬」
「掃除機かけてるんですよ。そこどいてください」
「オイこらなァんで春ちゃんにだけンな敬語なんだよ」
「仲良くないから」
あんまり構うもんだから完全に嫌われてるが、殴ったり罵ったりの喧嘩はない。というか、あやの方がそれを避けている。
「竜胆くん、足どけて」
「ん」
「ありがとう」
ガーガーでかい音を立てて掃除機をかけるあやとその後ろをからかいながらついて回る三途。コイツ、あやが十かそこら年下だって分かってやってんのか。
時間が経つにつれて、どんどんあやが分からなくなっていった。
最初は普通にオレらにビビる平凡な女だったのに、いつからか、大抵のことはすんなり受け入れちまう薄気味悪い生物に変わった。
かといって無意味にへらへら笑うでもない。普通に笑って普通に怒る。泣いたところは見たことがないが、それ以外は至って普通。その普通が、異常だと思った。
好きに出かけられない、自分のものすら自分で決められない。そんな状況で普通でいられるこいつが、俺は気色悪くて仕方がない。
それでも、兄貴が決めたことをどうこうする気はないから、今日も黙って兄貴の代わりにあやのいる部屋に行く。
◆◆◆あとがき◆◆◆
社畜様
2800hitsキリリクありがとうございました!
奇遇なことに、私も社畜なもんで遅くなってしまい申し訳ありません……。
竜胆目線のtearlessの夢主ちゃん、ということだったのですが、なんか暗い気がしますね。
蛇足ですが、竜胆は夢主ちゃんのこと心配してるんですよ。でも、心配ってものを兄ちゃん以外にしたことないから「気味悪い」とか「気色悪い」とかそういう言葉にすり替えちゃってる的な……のだと私が嬉しいですw
二度目のキリリクありがとうございました!
これからも応援よろしくお願いいたします!
七瀬 弥生
安っぽいドレスに巻いて盛った頭の女は、どこからどう見てもキャバ嬢。いくらかヨれた化粧の上からでも分かるほど真っ青な顔は、美人でもブスでもない至って普通の女だ。
「これ、あやな」
「いや、あやなって兄ちゃん……」
珍しくセーフハウスに女連れて来たと思えば、その女とオレをほっぽって兄貴はどこかに消えてしまった。流れる沈黙。
「……あの、竜胆さん、でしたっけ?」
「あ?」
「ひっ、すみません、以前お名前伺った気がしたんですけど、」
びくびく震えて縮み上がる姿を目を凝らして見ると、確かに見覚えがあった。
最近兄貴が気に入って何度か指名してるキャバ嬢だ。ビビってるくせに一丁前に仕事しようとすんのが面白いとか言ってたような気がする。
「合ってるよ。アンタも大変だな、兄貴に振り回されて」
せいぜい捨てられねぇように頑張れ。
そう言うと、女は小さい声で「はい」と答えた。
正直言って、兄貴が一人の女に固執する事なんて想像もできなかった。
あやのことだって何回かヤれば適当に捨てるか殺すかするんだと思ってたが、どうやら違うらしい。
「あ、竜胆くん」
「何してんの」
「暇だからスコーン焼いてる」
ひと月もすると、あやは異常なほど状況に馴染んだ。
今だって、
兄貴が拾ってきたその日のうちに契約してきた六本木のマンションの一室で、これまた兄貴が買ったエプロンなんか着けてお菓子作りに勤しんでいる。
出会った頃くるくるキラキラしてた髪は適当に一つにまとめられて、爪にも何もついていない。元々冴えない女だったが、いよいよ兄貴に釣り合わなくなった。
「食べる?そっちまだ温かいよ」
「あー……もらう」
対面式キッチンのカウンターに座って、皿に盛られたスコーンを一つ掴む。でかい。
「でかくね?」
「ちょっと粉の量間違えちゃって。それに合わせてほかの材料増やしてたらそうなっちゃった。大丈夫。味見はしたから問題はない」
「サイズが問題なんだよ」
文句を言いつつ一口齧れば、確かに問題はない。美味くも不味くもない。こいつと同じで至って普通。
「食える」
「なら良いや」
良いのかよ、という言葉は飲み込んで作業を続けるあやを眺める。すでに山盛りになっている皿だけでは飽き足らず、まだ巨大スコーンを焼き続けるらしい。
「誰が食うの、それ」
「私と……竜胆くんですね」
「オレかよ。兄貴は?」
「蘭ちゃんは甘いの食べないでしょ」
そう言えばそうだ。
よく見ると、今作ってるやつはいろいろと味が違うらしい。
「それ何?」
「ん?こっちがチョコチップで、これが紅茶。あとはココアと、これはグラノーラ入れてみた」
家にある材料をあれこれ入れて試すらしい。どうやら本当に暇だったみたいだ。
「……ゲームでも買えば?」
「んー、多分やらないからいいや」
「一人ヒマだろ」
「家のことしてたらあっという間だよ。今日は偶然時間が空いちゃっただけ」
貧乏性が染みついてんのか、元々物欲がないのか、それとも兄貴のことを考えてるのか。オレにはさっぱり分からないが、こいつがそれで良いなら別に無理にとは思わない。
ご機嫌取りも、気遣いも必要のない女。それがあやに対するオレの評価だ。
「なぁ、兄ちゃん。あいついつまで置いとくつもりだ?」
仕事終わり。三途からの連絡を待っている間のちょっとした時間に聞いてみた。
兄貴は不思議そうな顔をしてちょっと考えてから答える。
「死ぬまで?」
それは兄貴が殺すまでってことか?
「ペットだからな。最期まで面倒見るのがセキニンってやつだろ?」
そう言って、どうせいらなくなったらオレに押し付けるつもりだろう。だからちょくちょくオレに様子を見に行かせるんじゃねぇのか。
血の匂いに気が立っているのか、いつもと変わらない兄貴の様子なのに苛立ちを感じた。
「そんなに具合イイのかよ」
「あ゛?」
「っ、もうヤったんだろ」
兄貴の目がス、と光をなくす。
ふかしてた煙草を地面に放り投げて、こっちに足を向けた。
「なぁ、竜胆」
いつもと変わらない声。
「お前、ペット犯す趣味あんのかー?」
それでも間延びしたその声には紛れもない怒りが滲んでいて、オレは自分の認識を改めた。
あやは、兄貴にとって『オンナ』じゃない。
「ごめん、兄ちゃん……」
「ん」
それ以降、自分から兄貴にあやの話をふるのはやめた。
「竜胆くんだ。ってことは蘭ちゃんは今日は帰ってこない?」
「ああ。仕事」
「そっか」
リビングに足を踏み入れると、ソファに座ったまま出迎えるあや。
その様子に違和感を覚えて問いかけた。
「お前、兄貴と一緒の時だけ玄関まで来るよな」
兄貴と一緒にこの部屋に来るときは必ずあやは玄関まで迎えに来る。鍵を持ってる以上、インターホンは鳴らないし、監視カメラが付いているわけでもないのに、だ。
「蘭ちゃん、踵鳴らして歩くでしょ」
「は?」
「っていっても、出て行くときと帰ってくるときだけ。大きい音鳴らして歩くの」
だから分かるんだ。そう言って呑気に笑うあやに理解が追い付かない。
靴の踵の音聞き分けて迎えに来るあやもだし、躾よろしくそんなことをしてる兄貴も理解ができない。
「犬かよ」
「蘭ちゃんの犬ですよ」
この部屋に来てから二カ月と少し。その間にあやは兄貴にも、この生活にも、自分の扱いにも慣れ切った。時々、そのことが何だか薄気味悪く思うことすらある。
もう少し自分の境遇を哀れんでぴーぴー泣くかと思ったし、そこらへんにいる馬鹿女みたいにすり寄ってくるかとも思ったが、その様子もない。ただ、平凡に、普通に、生活している。
それこそ本当にペットか何かのようだった。
だからきっと兄貴の言う通り、死ぬまでこの部屋にいるんだろう。それが、コイツの寿命によるものか、兄貴の気まぐれによるものかは分からないけど。
気付けば、兄貴の部屋をあや目当てに他の奴らが訪ねてくるようになった。目当てと言っても、オンナとしてじゃなくてちょっと面白い小動物みたいな感じだ。
特に三途なんかは酷いもんで兄貴がいない時を見計らってあやにちょっかいをかけに来た。
「何やってんだァばか犬」
「掃除機かけてるんですよ。そこどいてください」
「オイこらなァんで春ちゃんにだけンな敬語なんだよ」
「仲良くないから」
あんまり構うもんだから完全に嫌われてるが、殴ったり罵ったりの喧嘩はない。というか、あやの方がそれを避けている。
「竜胆くん、足どけて」
「ん」
「ありがとう」
ガーガーでかい音を立てて掃除機をかけるあやとその後ろをからかいながらついて回る三途。コイツ、あやが十かそこら年下だって分かってやってんのか。
時間が経つにつれて、どんどんあやが分からなくなっていった。
最初は普通にオレらにビビる平凡な女だったのに、いつからか、大抵のことはすんなり受け入れちまう薄気味悪い生物に変わった。
かといって無意味にへらへら笑うでもない。普通に笑って普通に怒る。泣いたところは見たことがないが、それ以外は至って普通。その普通が、異常だと思った。
好きに出かけられない、自分のものすら自分で決められない。そんな状況で普通でいられるこいつが、俺は気色悪くて仕方がない。
それでも、兄貴が決めたことをどうこうする気はないから、今日も黙って兄貴の代わりにあやのいる部屋に行く。
◆◆◆あとがき◆◆◆
社畜様
2800hitsキリリクありがとうございました!
奇遇なことに、私も社畜なもんで遅くなってしまい申し訳ありません……。
竜胆目線のtearlessの夢主ちゃん、ということだったのですが、なんか暗い気がしますね。
蛇足ですが、竜胆は夢主ちゃんのこと心配してるんですよ。でも、心配ってものを兄ちゃん以外にしたことないから「気味悪い」とか「気色悪い」とかそういう言葉にすり替えちゃってる的な……のだと私が嬉しいですw
二度目のキリリクありがとうございました!
これからも応援よろしくお願いいたします!
七瀬 弥生