贈り物
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チカチカとウインカーの音だけが響く。
音楽も何もないない車内に気まずい空気が漂っている。
今日は蘭ちゃんのお仕事が休みだからちょっと遠くにあるカフェにランチにでかけた。終わったら買い物でも行くか?なんて上機嫌で食事をしていた蘭ちゃん。そんな蘭ちゃんが突然ス、と食事の手を止めた。
「ちょっとイイコで待ってろ」
席を立って離れていく蘭ちゃんを見送って私は食事に戻った。多分仕事の電話でも来たのだろう。
そんな予想は大当たりで、ランチの後の買い物は無しになってしまった。
代わりに、打って変わって不機嫌になった蘭ちゃんと一緒に蘭ちゃんの職場に行くことになったのだ。
「蘭ちゃん、私ここで待ってるよ?」
「来い」
「はい……」
乱暴にドアを閉める音にビクッとなりながらも蘭ちゃんの後を小走りで追う。
初めての場所になんだかソワソワしてしまう。もっと豪華なところを想像してたけど、意外にも薄暗い雑居ビルのような出で立ちだ。
エレベーターを降りて、お世辞にも綺麗とはいえないドアを開けると視線が集まる。思わず出そうになった悲鳴を飲み込んだ。
「オイ、灰谷ィ!テメェ女連れてきてンじゃねぇぞ!」
「早速キマってんじゃねーか」
ピンク色の頭をした人がどかどか近寄ってきて叫ぶ。蘭ちゃんが薄ら笑いで応戦すると、ピンクさんの声がどんどんヒステリックに大きくなっていった。
「何でお前がここにいんの?」
「あ、九井さん」
蘭ちゃん達の前にお店によく来ていた九井さん。九井さんの代わりに蘭ちゃんが来たわけだから、彼が居るのは当然なのかもしれない。
「何、お前九井と知り合い?」
「お前らの前にショバ代回収してたのオレだから」
「あぁ、そーいうこと……竜胆、これ見てろー」
「何でオレ……」
「よろしくお願いします……?」
竜胆くんに九井さん。知っている顔にちょっと安心して、肩の力を抜く。部屋の真ん中にあるソファに腰かける竜胆くんの近くに移動すると、ポンポンと隣を叩かれて座るように促された。蘭ちゃんが変に圧をかけるせいか、竜胆くんはいつもなんだかんだ優しくしてくれる。
なるべく小さくなるように縮こまって座った。
「珍しいな」
「蘭ちゃんと出かけてたの」
「あー……それでか。機嫌悪ぃな、兄貴」
「うん」
口元は笑ってるけど、目が全く笑っていない。むしろ不機嫌オーラすら見える。
「で、お前はなんで灰谷に捕まってんだ?」
事務デスクに座っていたはずの九井さんがいつの間にか近くのソファに移動してきてそう言った。
さて、どこから話そうか。どこまで話していいのか。困ってしまって言いよどむ。
「灰谷が店行かなくなってオレに仕事が戻って来たんだけど、その時には見かけなくなってたからさ」
なるほど。
残念なことに滅多に指名が入ることも無かった私は、基本的に待機スペースにいたこともあり、九井さんが店に入ってくるときによく挨拶をしていた。だから少しばかり覚えが良かったらしい。
「蘭ちゃ……灰谷さんが私の借金を肩代わりしてくれて、その代わりに住み込みで家事手伝いをしておりまして……」
「……灰谷が?」
「はい、灰谷さんが」
「へぇ……」
怪訝そうな顔で私と蘭ちゃんを見比べる九井さん。ええ、ええ、私も思います。なんでこんな女を、と。
「灰谷さんのスーツにお酒を零してしまったもので、その弁償も兼ねてます」
「ああ、ね」
今度は可哀想なものを見る目。
「九井さん、偉い人だったんですね」
「ココでいいよ。まあ、この部屋にいない奴らからしたら偉い人だな」
「すごい」
ということは、この部屋にいる他の人たちもそれなりに偉い人だということか。
「竜胆くんも偉い人」
「ん?あー、まあな」
「すごい」
また緊張が戻ってくる。
蘭ちゃんが来いって言ったから来たけど、やっぱり車で待ってた方が良かったのではないだろうか。
「あや、ちょっと別の部屋行ってくるけど、ここから絶対に動くなー。部屋には外から鍵かけてく。蘭ちゃんが戻ってくるまで誰も入れるんじゃねーぞ。声掛けられても応えんな。電話も取らないで良い。イイコにしてろ」
「ひぇ」
あまりの圧に悲鳴が漏れた。
「返事」
「わ、わん……」
震える声で返事をすると、頭をぐしゃぐしゃかき混ぜられる。その手自体はいつも通りだけど、やっぱりいつもよりずっと蘭ちゃんが怖い。
ぞろぞろと部屋にいた人たちが出て行って、最後に蘭ちゃんが外に出たらガチャリと鍵がかかる音がした。急に静かになる室内。何をするわけにもいかないから、ただ黙ってソファに座ったままでいる。
チッチッチ、とどこかにある時計の音が気になり始めた。暇だ。
「いつ帰ってくるんだろう」
せめて時間くらいは聞いておけばよかったかもしれない。
テレビはあるけど勝手に点けるのは良くないだろうし、他のものにも触れない。今日は蘭ちゃんが一日一緒の日だからスマホも家に置いてきている。いよいよ暇だ。
……メモくらいなら拝借しても許されるだろうか。
テーブルの上に置かれたメモで折り紙でも始めようかと思ったその時、ドアノブががちゃがちゃと回った。
「ら、蘭ちゃん?」
ドアには鍵がかかっている。外にいる誰かは開かないことに苛立ったのか、何度かドアノブをガチャガチャやって、ついにはガン!とおそらくドアを蹴り上げた。
「ひっ……」
ガン!ガコン!
ドアがどんどん凹んでいく。そして、とうとうひしゃげたドアがゆっくりと開いた。
「おい、なんで鍵……あ?」
さっきまで部屋にいた人たちと違って、ゆるいシャツとパンツを身に着けた小柄な男の人が入ってくる。
こんな人が、ドアをぐちゃぐちゃにしたなんて信じられなくてポカンと口が開いた。
「誰だ」
「ぇ、ぁ……」
どうしよう。
蘭ちゃんとの約束を破ってしまった。誰も入れるなって言われたのに。
怖い。この人も蘭ちゃんも怖い。
心臓が早鐘を打つ。声は上手に出なくて、小さく喘ぐばかりだ。
「まぁいいか」
ゴリ、と何かが額に当たった。
本物なんて見たことないのに、ソレが何か分かる。同時に体中の血がサァと引いた。
この銃が本物なら、この人の指が動いた瞬間に死んでしまう。エアガンだったとしてもこの至近距離じゃ助からない。
あ、死ぬ。
「マイキー!!」
「……三途」
バタバタと足音を立ててピンクさんが飛び込んできた。
次いで、蘭ちゃんと竜胆くんが入ってくる。
「ボス、それ俺のだから返してもらっていい?」
「……」
深い隈が刻まれた目が私を見下ろして、ゆっくりと銃が離れた。
ドッと汗が噴き出す。
「竜胆、悪いけど兄ちゃん帰るわ。後頼むな」
「はぁ、分かったけど、今回だけな」
「ありがと」
コツコツと靴のかかとを鳴らして蘭ちゃんが近づいてくる。
「っ、蘭ちゃん」
「あやー、帰るぞ」
くしゃりとさっきよりずっと優しく髪を撫でられた。
「蘭ちゃん、怒ってます?」
「ん?別に。怒られるようなことしたのかー?」
ふるふると横に首を振ると、にっこりと笑われた。
「ほら、行くぞ」
くるりと向けられた背中を追いかけようと脚に力を入れて……崩れた。
「あや?」
「ら、蘭ちゃん、立てない」
「ふはっ、何お前。腰抜けたのか」
あわあわと地面に手をついてもがいていると、蘭ちゃんが戻ってきてひょいと小脇に担ぎ上げる。
まるで荷物だ。
「こういう時は、お姫様だっことかでは」
「あやは犬だからなー」
「いや、犬こんな持ち方したら怒られるよ。動物愛護団体とかに」
「口は良く回るのな」
もと来た廊下を通って、エレベーターで地下に降りる。
どうやら少しの時間で蘭ちゃんの機嫌は直ったらしく、ふんふんと鼻歌まで歌っていた。
車の助手席に放り込まれて、きっちりとシートベルトをかけられる。
「買い物行くか?」
「へ?」
「買い物。蘭ちゃん今から休みだぞー」
ああ、それで上機嫌だったのか。
理由はどうあれ休みを取り戻したのだ。るんるんになる気持ちも分かる。
「蘭ちゃんが行きたいなら行こ」
「あやは欲しいもんないのか?」
「うーん……」
「じゃあやめ。帰ってだらだらするか」
煮え切らない態度に怒らせたかと思ったけど、どうやら違うみたいでするするとハンドルを操りながら蘭ちゃんは家までまっすぐ帰った。
「蘭ちゃん、お客さん」
「んー、インターホンな」
「はぁい」
リビングにあるカメラつきのインターホンで、お客さんに返事をする。
「どちら様ですか?」
「オレ。ココだけど」
「あ!こんにちは。ちょっと待ってくださいね」
ソファに寝転がってテレビを見てる蘭ちゃんに声をかける。
「蘭ちゃん、ココさん」
「はぁ?」
のそりと起き上がってインターホンの近寄る。
二言、三言話すと戻って来た。
「ケーキ買って来たって」
「ケーキ」
思いがけないおみやげ情報にそわそわしながらしばらく待つと、部屋の前のチャイムが鳴る。
「入れ―」
「ドーモ」
玄関からまっすぐのリビング。
この間見たときよりずっとラフな格好をしたココさんが、ケーキの箱を下げながら入ってきた。
「よぉ」
「こんにちは」
「そんな見なくてもやるよ」
「わぁい!」
箱を受け取ってキッチンに急ぐ。この間、良い紅茶葉をお取り寄せしたのだ。
「ココさん、紅茶飲む?」
「ああ」
「蘭ちゃんはコーヒー」
「おー」
蘭ちゃんのコーヒーと、私とココさんの紅茶。
お客さんなんて来ないから出番のないティーカップを濯ぎながら、ソファに座る二人を覗き見る。ケーキをもって遊びにくるくらい仲が良いのだろうか。
「ココさん、ケーキどれがいい?」
「お前らに持ってきたんだからそっちが先選べよ」
「えー……じゃあ蘭ちゃんは?」
「甘くないの」
「え、どれだろう」
「こっちは甘さ控えめ」
「じゃあ蘭ちゃんはこれね」
チョコレートガナッシュでコーティングされたケーキを蘭ちゃんの前に。
あとはラズベリーだろうか、赤いつやつやのドーム型のケーキとフルーツがたくさん載ったショートケーキ。悩んでしまう。
「両方食えば?」
「それは駄目。一人だけ食べないのってすごい寂しいから」
いつだったか、先輩のお客さんがチョコレートを差し入れてくれたことがあった。でも一つだけ数が足りなくて、私は自分の分を後輩の女の子に譲ったのだ。自分で好き好んで渡したものの、皆が美味しいを共有しているときに自分ひとり分からないのはとても寂しかった。
「ココさん、フルーツもらっても良い?」
「じゃあオレはこっちな」
一人ひとつずつ。これが一番安心。
甘いクリームにフルーツの酸味。一口食べただけで幸せが広がる。
「あやは普段何してるんだ?」
「えぇと、掃除とか洗濯とか料理とか……」
「まさかとは思うけど、ずっと家の中?」
「外出るときは蘭ちゃんと一緒」
ココさんが信じられないものを見るような目で見てくる。
「お前、それで良いのか?」
「九井、そろそろ帰れば?」
「今きたとこだろ」
それで良いのか。うーん。確かに最初は不自由だと思ったけど、衣食住が保障されてて一人でもないし、でもプライバシーも人権も守られている。今のところ不満はない。
「蘭ちゃん、優しいから」
「はあぁ?」
驚くココさんに、やっぱり蘭ちゃん外では怖いんだなぁとぼんやり思った。
それが分かってても、ここに来る前の不安ばかりの生活に比べたらずっと暮らしやすいんだよね。
「少なくとも、蘭ちゃんに肩代わりしてもらった借金分は働いて返そうと思ってる。あと、それまでにかかる生活費分」
「一生かかるだろ」
「うーん……」
その場合、返すより先に蘭ちゃんが飽きちゃいそう。
「死ぬまでここにいりゃいーんだよ」
やっぱりケーキが甘かったのか、数口食べただけのそれを私の方に押しやって蘭ちゃんがのんびり言った。
「蘭ちゃんがそれで良いなら」
ケーキのお皿を受け取って、ちょっとつまむ。実はチョコも気になってたのだ。心なしか今日の蘭ちゃんは機嫌がいいように見える。
のんびりした昼下がり。
変なものを見るようなココくんの目を無視しながらいつも通り、蘭ちゃんとお喋りしながらケーキを食べた。
◆◆◆あとがき◆◆◆
夏秋様
二度目のキリリクありがとうございました!
梵天メンバーで……とのことでしたが、ココと蘭ちゃん夢みたいになってしまいましたね。私が蘭ちゃんとココが好きすぎるばかりに……
いつか、リベンジさせてください(笑)
これからも応援よろしくお願いします!
音楽も何もないない車内に気まずい空気が漂っている。
今日は蘭ちゃんのお仕事が休みだからちょっと遠くにあるカフェにランチにでかけた。終わったら買い物でも行くか?なんて上機嫌で食事をしていた蘭ちゃん。そんな蘭ちゃんが突然ス、と食事の手を止めた。
「ちょっとイイコで待ってろ」
席を立って離れていく蘭ちゃんを見送って私は食事に戻った。多分仕事の電話でも来たのだろう。
そんな予想は大当たりで、ランチの後の買い物は無しになってしまった。
代わりに、打って変わって不機嫌になった蘭ちゃんと一緒に蘭ちゃんの職場に行くことになったのだ。
「蘭ちゃん、私ここで待ってるよ?」
「来い」
「はい……」
乱暴にドアを閉める音にビクッとなりながらも蘭ちゃんの後を小走りで追う。
初めての場所になんだかソワソワしてしまう。もっと豪華なところを想像してたけど、意外にも薄暗い雑居ビルのような出で立ちだ。
エレベーターを降りて、お世辞にも綺麗とはいえないドアを開けると視線が集まる。思わず出そうになった悲鳴を飲み込んだ。
「オイ、灰谷ィ!テメェ女連れてきてンじゃねぇぞ!」
「早速キマってんじゃねーか」
ピンク色の頭をした人がどかどか近寄ってきて叫ぶ。蘭ちゃんが薄ら笑いで応戦すると、ピンクさんの声がどんどんヒステリックに大きくなっていった。
「何でお前がここにいんの?」
「あ、九井さん」
蘭ちゃん達の前にお店によく来ていた九井さん。九井さんの代わりに蘭ちゃんが来たわけだから、彼が居るのは当然なのかもしれない。
「何、お前九井と知り合い?」
「お前らの前にショバ代回収してたのオレだから」
「あぁ、そーいうこと……竜胆、これ見てろー」
「何でオレ……」
「よろしくお願いします……?」
竜胆くんに九井さん。知っている顔にちょっと安心して、肩の力を抜く。部屋の真ん中にあるソファに腰かける竜胆くんの近くに移動すると、ポンポンと隣を叩かれて座るように促された。蘭ちゃんが変に圧をかけるせいか、竜胆くんはいつもなんだかんだ優しくしてくれる。
なるべく小さくなるように縮こまって座った。
「珍しいな」
「蘭ちゃんと出かけてたの」
「あー……それでか。機嫌悪ぃな、兄貴」
「うん」
口元は笑ってるけど、目が全く笑っていない。むしろ不機嫌オーラすら見える。
「で、お前はなんで灰谷に捕まってんだ?」
事務デスクに座っていたはずの九井さんがいつの間にか近くのソファに移動してきてそう言った。
さて、どこから話そうか。どこまで話していいのか。困ってしまって言いよどむ。
「灰谷が店行かなくなってオレに仕事が戻って来たんだけど、その時には見かけなくなってたからさ」
なるほど。
残念なことに滅多に指名が入ることも無かった私は、基本的に待機スペースにいたこともあり、九井さんが店に入ってくるときによく挨拶をしていた。だから少しばかり覚えが良かったらしい。
「蘭ちゃ……灰谷さんが私の借金を肩代わりしてくれて、その代わりに住み込みで家事手伝いをしておりまして……」
「……灰谷が?」
「はい、灰谷さんが」
「へぇ……」
怪訝そうな顔で私と蘭ちゃんを見比べる九井さん。ええ、ええ、私も思います。なんでこんな女を、と。
「灰谷さんのスーツにお酒を零してしまったもので、その弁償も兼ねてます」
「ああ、ね」
今度は可哀想なものを見る目。
「九井さん、偉い人だったんですね」
「ココでいいよ。まあ、この部屋にいない奴らからしたら偉い人だな」
「すごい」
ということは、この部屋にいる他の人たちもそれなりに偉い人だということか。
「竜胆くんも偉い人」
「ん?あー、まあな」
「すごい」
また緊張が戻ってくる。
蘭ちゃんが来いって言ったから来たけど、やっぱり車で待ってた方が良かったのではないだろうか。
「あや、ちょっと別の部屋行ってくるけど、ここから絶対に動くなー。部屋には外から鍵かけてく。蘭ちゃんが戻ってくるまで誰も入れるんじゃねーぞ。声掛けられても応えんな。電話も取らないで良い。イイコにしてろ」
「ひぇ」
あまりの圧に悲鳴が漏れた。
「返事」
「わ、わん……」
震える声で返事をすると、頭をぐしゃぐしゃかき混ぜられる。その手自体はいつも通りだけど、やっぱりいつもよりずっと蘭ちゃんが怖い。
ぞろぞろと部屋にいた人たちが出て行って、最後に蘭ちゃんが外に出たらガチャリと鍵がかかる音がした。急に静かになる室内。何をするわけにもいかないから、ただ黙ってソファに座ったままでいる。
チッチッチ、とどこかにある時計の音が気になり始めた。暇だ。
「いつ帰ってくるんだろう」
せめて時間くらいは聞いておけばよかったかもしれない。
テレビはあるけど勝手に点けるのは良くないだろうし、他のものにも触れない。今日は蘭ちゃんが一日一緒の日だからスマホも家に置いてきている。いよいよ暇だ。
……メモくらいなら拝借しても許されるだろうか。
テーブルの上に置かれたメモで折り紙でも始めようかと思ったその時、ドアノブががちゃがちゃと回った。
「ら、蘭ちゃん?」
ドアには鍵がかかっている。外にいる誰かは開かないことに苛立ったのか、何度かドアノブをガチャガチャやって、ついにはガン!とおそらくドアを蹴り上げた。
「ひっ……」
ガン!ガコン!
ドアがどんどん凹んでいく。そして、とうとうひしゃげたドアがゆっくりと開いた。
「おい、なんで鍵……あ?」
さっきまで部屋にいた人たちと違って、ゆるいシャツとパンツを身に着けた小柄な男の人が入ってくる。
こんな人が、ドアをぐちゃぐちゃにしたなんて信じられなくてポカンと口が開いた。
「誰だ」
「ぇ、ぁ……」
どうしよう。
蘭ちゃんとの約束を破ってしまった。誰も入れるなって言われたのに。
怖い。この人も蘭ちゃんも怖い。
心臓が早鐘を打つ。声は上手に出なくて、小さく喘ぐばかりだ。
「まぁいいか」
ゴリ、と何かが額に当たった。
本物なんて見たことないのに、ソレが何か分かる。同時に体中の血がサァと引いた。
この銃が本物なら、この人の指が動いた瞬間に死んでしまう。エアガンだったとしてもこの至近距離じゃ助からない。
あ、死ぬ。
「マイキー!!」
「……三途」
バタバタと足音を立ててピンクさんが飛び込んできた。
次いで、蘭ちゃんと竜胆くんが入ってくる。
「ボス、それ俺のだから返してもらっていい?」
「……」
深い隈が刻まれた目が私を見下ろして、ゆっくりと銃が離れた。
ドッと汗が噴き出す。
「竜胆、悪いけど兄ちゃん帰るわ。後頼むな」
「はぁ、分かったけど、今回だけな」
「ありがと」
コツコツと靴のかかとを鳴らして蘭ちゃんが近づいてくる。
「っ、蘭ちゃん」
「あやー、帰るぞ」
くしゃりとさっきよりずっと優しく髪を撫でられた。
「蘭ちゃん、怒ってます?」
「ん?別に。怒られるようなことしたのかー?」
ふるふると横に首を振ると、にっこりと笑われた。
「ほら、行くぞ」
くるりと向けられた背中を追いかけようと脚に力を入れて……崩れた。
「あや?」
「ら、蘭ちゃん、立てない」
「ふはっ、何お前。腰抜けたのか」
あわあわと地面に手をついてもがいていると、蘭ちゃんが戻ってきてひょいと小脇に担ぎ上げる。
まるで荷物だ。
「こういう時は、お姫様だっことかでは」
「あやは犬だからなー」
「いや、犬こんな持ち方したら怒られるよ。動物愛護団体とかに」
「口は良く回るのな」
もと来た廊下を通って、エレベーターで地下に降りる。
どうやら少しの時間で蘭ちゃんの機嫌は直ったらしく、ふんふんと鼻歌まで歌っていた。
車の助手席に放り込まれて、きっちりとシートベルトをかけられる。
「買い物行くか?」
「へ?」
「買い物。蘭ちゃん今から休みだぞー」
ああ、それで上機嫌だったのか。
理由はどうあれ休みを取り戻したのだ。るんるんになる気持ちも分かる。
「蘭ちゃんが行きたいなら行こ」
「あやは欲しいもんないのか?」
「うーん……」
「じゃあやめ。帰ってだらだらするか」
煮え切らない態度に怒らせたかと思ったけど、どうやら違うみたいでするするとハンドルを操りながら蘭ちゃんは家までまっすぐ帰った。
「蘭ちゃん、お客さん」
「んー、インターホンな」
「はぁい」
リビングにあるカメラつきのインターホンで、お客さんに返事をする。
「どちら様ですか?」
「オレ。ココだけど」
「あ!こんにちは。ちょっと待ってくださいね」
ソファに寝転がってテレビを見てる蘭ちゃんに声をかける。
「蘭ちゃん、ココさん」
「はぁ?」
のそりと起き上がってインターホンの近寄る。
二言、三言話すと戻って来た。
「ケーキ買って来たって」
「ケーキ」
思いがけないおみやげ情報にそわそわしながらしばらく待つと、部屋の前のチャイムが鳴る。
「入れ―」
「ドーモ」
玄関からまっすぐのリビング。
この間見たときよりずっとラフな格好をしたココさんが、ケーキの箱を下げながら入ってきた。
「よぉ」
「こんにちは」
「そんな見なくてもやるよ」
「わぁい!」
箱を受け取ってキッチンに急ぐ。この間、良い紅茶葉をお取り寄せしたのだ。
「ココさん、紅茶飲む?」
「ああ」
「蘭ちゃんはコーヒー」
「おー」
蘭ちゃんのコーヒーと、私とココさんの紅茶。
お客さんなんて来ないから出番のないティーカップを濯ぎながら、ソファに座る二人を覗き見る。ケーキをもって遊びにくるくらい仲が良いのだろうか。
「ココさん、ケーキどれがいい?」
「お前らに持ってきたんだからそっちが先選べよ」
「えー……じゃあ蘭ちゃんは?」
「甘くないの」
「え、どれだろう」
「こっちは甘さ控えめ」
「じゃあ蘭ちゃんはこれね」
チョコレートガナッシュでコーティングされたケーキを蘭ちゃんの前に。
あとはラズベリーだろうか、赤いつやつやのドーム型のケーキとフルーツがたくさん載ったショートケーキ。悩んでしまう。
「両方食えば?」
「それは駄目。一人だけ食べないのってすごい寂しいから」
いつだったか、先輩のお客さんがチョコレートを差し入れてくれたことがあった。でも一つだけ数が足りなくて、私は自分の分を後輩の女の子に譲ったのだ。自分で好き好んで渡したものの、皆が美味しいを共有しているときに自分ひとり分からないのはとても寂しかった。
「ココさん、フルーツもらっても良い?」
「じゃあオレはこっちな」
一人ひとつずつ。これが一番安心。
甘いクリームにフルーツの酸味。一口食べただけで幸せが広がる。
「あやは普段何してるんだ?」
「えぇと、掃除とか洗濯とか料理とか……」
「まさかとは思うけど、ずっと家の中?」
「外出るときは蘭ちゃんと一緒」
ココさんが信じられないものを見るような目で見てくる。
「お前、それで良いのか?」
「九井、そろそろ帰れば?」
「今きたとこだろ」
それで良いのか。うーん。確かに最初は不自由だと思ったけど、衣食住が保障されてて一人でもないし、でもプライバシーも人権も守られている。今のところ不満はない。
「蘭ちゃん、優しいから」
「はあぁ?」
驚くココさんに、やっぱり蘭ちゃん外では怖いんだなぁとぼんやり思った。
それが分かってても、ここに来る前の不安ばかりの生活に比べたらずっと暮らしやすいんだよね。
「少なくとも、蘭ちゃんに肩代わりしてもらった借金分は働いて返そうと思ってる。あと、それまでにかかる生活費分」
「一生かかるだろ」
「うーん……」
その場合、返すより先に蘭ちゃんが飽きちゃいそう。
「死ぬまでここにいりゃいーんだよ」
やっぱりケーキが甘かったのか、数口食べただけのそれを私の方に押しやって蘭ちゃんがのんびり言った。
「蘭ちゃんがそれで良いなら」
ケーキのお皿を受け取って、ちょっとつまむ。実はチョコも気になってたのだ。心なしか今日の蘭ちゃんは機嫌がいいように見える。
のんびりした昼下がり。
変なものを見るようなココくんの目を無視しながらいつも通り、蘭ちゃんとお喋りしながらケーキを食べた。
◆◆◆あとがき◆◆◆
夏秋様
二度目のキリリクありがとうございました!
梵天メンバーで……とのことでしたが、ココと蘭ちゃん夢みたいになってしまいましたね。私が蘭ちゃんとココが好きすぎるばかりに……
いつか、リベンジさせてください(笑)
これからも応援よろしくお願いします!