贈り物
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『只今より、約40分間の休憩です。午後の競技は、1時30分から開始します。競技に出場する生徒は……』
ぅわんぅわんとアナウンスが反響する中、生徒たちはわらわらと動き出した。
普段は学校にはいない親兄弟とお弁当を囲んでお昼ご飯。運動会の醍醐味だ。きょろきょろと親を探す生徒や大声で名前を呼ばれて駆けよっていく生徒の間を抜けて、校舎へと向かう。行き先は職員室。
「失礼しまーす」
リノリウムの床を鳴らし誰もいない廊下を通って職員室のドアを開ける。中には、特に運動場での当番がない先生がちらほら座ってお弁当を食べていた。
「おー片岡」
「どうも。お弁当取りに来ましたー」
見知った先生に声をかけて冷蔵庫を開ける。運動会も三年目。もはや勝手知ったる冷蔵庫だ。
「ちーす」
「失礼しまーッす」
数少ない先生方がざわつく。
「あれ、あやじゃん」
「マイキー、先生ビビってるよ」
ぴりりとした職員室の空気なんていざ知らず、マイキーは私の肩越しに冷蔵庫を覗いて大きなお弁当箱を二つ取り出した。
「ほい、ケンチンの」
「おーさんきゅ」
体のわりにめちゃくちゃ食うじゃんと思いきや、一つはドラケンのだったらしい。
「あやも弁当か?」
「うん。うち共働きだから」
「いつもの取り巻きはどうしたよ?」
取り巻き……あまりいい響きじゃないけど、きっといつも仲良くしてる女子グループのことを言ってるんだろう。
「友達みんな家族と食べるって」
「ンだそれ、薄情だな」
「まあまあ、ケンチン。そのおかげで今から俺らであや独占できんだしラッキーじゃん」
「あ?それもそうか」
「はあ?」
「行くぞ、屋上!」
冷蔵庫の中に一つ残ったお弁当の包みをドラケンがひっつかんで、私の手をマイキーがひっつかんで、ぐいぐい引っ張られる。かろうじて私の口から出たのは、間の抜けた「はあ?」と職員室から出る時の「失礼しました」だけ。
階段をどんどん上がって、息も絶え絶えになりながら屋上に着く。生徒の立ち入りを禁止している場所だというのに、扉はあっさりと開いた。
「不良だ……」
「今更かよ」
けらけら笑うマイキーに、何かを言うのは諦めた。
「俺ら毎年ここで食べんの」
「特等席だな」
「午後イチ、男子はクラス対抗リレーじゃん。忙しくない?」
ここから運動場まで走っても10分はかかる。休憩時間は短いのだ。大急ぎで食べなくてはならないじゃないか。
しかし、二人は何を言っているのか分からないという顔をした。
「リレーとかサボるし」
「メシ食ってすぐ走ったら腹痛くなンだろうが」
何を当然のことを。言外にそう言われてぽかんと口を開いた。誰だ、ドラケンって見た目のわりに常識人だよねーとか言ったやつ。スクールカースト上位のあの子だったか、バレー部のその子だったか……。
立ったままあれこれ頭を巡らせていると、ドラケンが声をかけてきた。
「あや、早く食わねーと遅くなるぞ」
「女子、男子のリレーの後になんかあったっしょ」
「あ、うん」
「ここ座れ」
ここ、と示されたのはドラケンとマイキーの間。ご丁寧にジャージの上着が段差に敷かれている。
「汚れるからいいよ!どうせさっきまで地べた座ってたし」
「コンクリの暑さナメんなよ。良いから黙って座っとけ」
「どうせケンチン上着着ないから大丈夫大丈夫」
「てめーが座布団にしてっから着たくても着れねーんだよ」
確かに日に照らされ続けたコンクリートは熱い。今は丁度日陰になってるけど、多分午前中は日向だったんだろう。少し地面に近づいただけでジワリと熱を感じた。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
「おー」
おそるおそる上着の上に腰かける。やっぱり少し熱いが、火傷するほどじゃない。布一枚が無かったら危なかったかもしれない。
「あやの弁当何入ってんの?」
包みを開いて蓋を開けようとすると、マイキーが横から覗き込んできた。手をいったん止めて、確か今日は……と思い出してみる。
「玉子焼きとーウィンナーときんぴらごぼうとー……」
「よく覚えてるな。つまみ食いでもしてたのか?」
「違いますー自分で作ったから覚えてるだけ」
ニヤニヤしながら揶揄ってくるドラケンにむっとして言い返すと二人の動きが止まった。
「弁当、あやが作ったの?」
「そうだけど?」
「マジで?」
「マジで」
私が料理なんて出来ないと思っていたんだろう。二人の視線が蓋の閉じたままの弁当箱に注がれる。よろしい。ならば目に物見せてやる。
じゃーん!と効果音が付きそうな勢いで蓋を開ける。中には彩も鮮やかなお弁当。
でかい男子たちが身体をかがめてお弁当を覗き込む。
「なああや」
「何?」
「オレのと交換しよ」
「あ、てめぇマイキー!」
ぬっと伸びてきたマイキーの腕をドラケンが掴んだ。
「抜け駆けしてんじゃねぇぞ」
「別にしてないし。何?ケンチンも交換してぇの?オレのいる?」
「てめぇの弁当の中身オレのと一緒だろうが!」
わー、二人のお弁当おそろいなんだー。なんて明後日のことを考えている間にも二人の言い争いはエスカレートしていく。いよいよ立ち上がって殴り合いになりそうなものだから、降参したのは私の方だった。
「二人とも交換したらいいじゃん!」
「あ?」
「どういう意味?」
「だから、玉子焼きとマイキーのオムレツ、ウィンナーとドラケンのから揚げーみたいにさ……」
二人は再度顔を見合わせて、私のお弁当に視線を落とす。
「オレ玉子焼き!」
「ずりーぞ!チッ、きんぴらこっちな」
「はいはい」
そうやってまるでオークションみたいにお弁当の中身が行きかう。最終的に私のお弁当箱の中身はご飯以外すべて二人の元に行って、代わりに二人のお弁当からおかずが入ってきていた。
「てか、これ意味あった?」
「あやの手作りが食える」
「あやと弁当交換した事実」
もぐもぐとおかずを咀嚼しながら真剣な顔で言われて顔が熱くなった。
「そういうのさ、あんま言わない方が良いよ」
「なんで?」
「勘違いするって」
「勘違いじゃねーし」
「え?」
二人が黙ってしまい、もぐもぐという咀嚼音だけが響く。どういう意味、と聞こうにも二人してまっすぐ前を向いてしまったものだから何となく聞けない。とはいえ、聞かないわけにもいかない。
「あのさ……」
意を決した言葉は、両隣からのごくん、という音に遮られた。
「っし、マイキー、勝負すっぞ」
「オーケー、ケンチン。勝った方が先に言っても良いってことな」
「その言葉、撤回すんなよ」
がちゃがちゃと音を立てて弁当箱を片付け、二人が立ち上がる。
「あや!リレー見ててよ!!オレ勝つから!!」
「あや、上着持っててくれっか。あとで取りに行く。そん時さっきの話するから」
「ケンチンの上着は俺が回収するから心配すんな」
「言ってろ、マイキー」
ぽつんと一人屋上に残されてしまった可哀想な私。
休憩時間の終わり間近を知らせるアナウンスを遠くに聞きながらまだ自分の弁当箱に残っているおかずに箸を伸ばした。
「リレー、サボるんじゃなかったんだ……」
キャパシティーがオーバーした頭でようやく発したのは、そんな間抜けな一言。
噛みしめた海老カツの味は分からなかった。
◆◆◆あとがき◆◆◆
社畜様
2300hitsキリリクありがとうございます!
日々の活力にしていただけているとのことで私も嬉しいです!!
結局どっちが勝ったのか私も気になるんですが、どっちが勝ってもこの三人は三人で仲良くしてそうですよね(ただし、お互い隙を狙っている)
いわゆるサンドの甘夢ってあんまり書いたことないなぁと思いながらの挑戦でしたが、気に入っていただけたら幸いです。
これからも応援お願いいたします!
七瀬 弥生
ぅわんぅわんとアナウンスが反響する中、生徒たちはわらわらと動き出した。
普段は学校にはいない親兄弟とお弁当を囲んでお昼ご飯。運動会の醍醐味だ。きょろきょろと親を探す生徒や大声で名前を呼ばれて駆けよっていく生徒の間を抜けて、校舎へと向かう。行き先は職員室。
「失礼しまーす」
リノリウムの床を鳴らし誰もいない廊下を通って職員室のドアを開ける。中には、特に運動場での当番がない先生がちらほら座ってお弁当を食べていた。
「おー片岡」
「どうも。お弁当取りに来ましたー」
見知った先生に声をかけて冷蔵庫を開ける。運動会も三年目。もはや勝手知ったる冷蔵庫だ。
「ちーす」
「失礼しまーッす」
数少ない先生方がざわつく。
「あれ、あやじゃん」
「マイキー、先生ビビってるよ」
ぴりりとした職員室の空気なんていざ知らず、マイキーは私の肩越しに冷蔵庫を覗いて大きなお弁当箱を二つ取り出した。
「ほい、ケンチンの」
「おーさんきゅ」
体のわりにめちゃくちゃ食うじゃんと思いきや、一つはドラケンのだったらしい。
「あやも弁当か?」
「うん。うち共働きだから」
「いつもの取り巻きはどうしたよ?」
取り巻き……あまりいい響きじゃないけど、きっといつも仲良くしてる女子グループのことを言ってるんだろう。
「友達みんな家族と食べるって」
「ンだそれ、薄情だな」
「まあまあ、ケンチン。そのおかげで今から俺らであや独占できんだしラッキーじゃん」
「あ?それもそうか」
「はあ?」
「行くぞ、屋上!」
冷蔵庫の中に一つ残ったお弁当の包みをドラケンがひっつかんで、私の手をマイキーがひっつかんで、ぐいぐい引っ張られる。かろうじて私の口から出たのは、間の抜けた「はあ?」と職員室から出る時の「失礼しました」だけ。
階段をどんどん上がって、息も絶え絶えになりながら屋上に着く。生徒の立ち入りを禁止している場所だというのに、扉はあっさりと開いた。
「不良だ……」
「今更かよ」
けらけら笑うマイキーに、何かを言うのは諦めた。
「俺ら毎年ここで食べんの」
「特等席だな」
「午後イチ、男子はクラス対抗リレーじゃん。忙しくない?」
ここから運動場まで走っても10分はかかる。休憩時間は短いのだ。大急ぎで食べなくてはならないじゃないか。
しかし、二人は何を言っているのか分からないという顔をした。
「リレーとかサボるし」
「メシ食ってすぐ走ったら腹痛くなンだろうが」
何を当然のことを。言外にそう言われてぽかんと口を開いた。誰だ、ドラケンって見た目のわりに常識人だよねーとか言ったやつ。スクールカースト上位のあの子だったか、バレー部のその子だったか……。
立ったままあれこれ頭を巡らせていると、ドラケンが声をかけてきた。
「あや、早く食わねーと遅くなるぞ」
「女子、男子のリレーの後になんかあったっしょ」
「あ、うん」
「ここ座れ」
ここ、と示されたのはドラケンとマイキーの間。ご丁寧にジャージの上着が段差に敷かれている。
「汚れるからいいよ!どうせさっきまで地べた座ってたし」
「コンクリの暑さナメんなよ。良いから黙って座っとけ」
「どうせケンチン上着着ないから大丈夫大丈夫」
「てめーが座布団にしてっから着たくても着れねーんだよ」
確かに日に照らされ続けたコンクリートは熱い。今は丁度日陰になってるけど、多分午前中は日向だったんだろう。少し地面に近づいただけでジワリと熱を感じた。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
「おー」
おそるおそる上着の上に腰かける。やっぱり少し熱いが、火傷するほどじゃない。布一枚が無かったら危なかったかもしれない。
「あやの弁当何入ってんの?」
包みを開いて蓋を開けようとすると、マイキーが横から覗き込んできた。手をいったん止めて、確か今日は……と思い出してみる。
「玉子焼きとーウィンナーときんぴらごぼうとー……」
「よく覚えてるな。つまみ食いでもしてたのか?」
「違いますー自分で作ったから覚えてるだけ」
ニヤニヤしながら揶揄ってくるドラケンにむっとして言い返すと二人の動きが止まった。
「弁当、あやが作ったの?」
「そうだけど?」
「マジで?」
「マジで」
私が料理なんて出来ないと思っていたんだろう。二人の視線が蓋の閉じたままの弁当箱に注がれる。よろしい。ならば目に物見せてやる。
じゃーん!と効果音が付きそうな勢いで蓋を開ける。中には彩も鮮やかなお弁当。
でかい男子たちが身体をかがめてお弁当を覗き込む。
「なああや」
「何?」
「オレのと交換しよ」
「あ、てめぇマイキー!」
ぬっと伸びてきたマイキーの腕をドラケンが掴んだ。
「抜け駆けしてんじゃねぇぞ」
「別にしてないし。何?ケンチンも交換してぇの?オレのいる?」
「てめぇの弁当の中身オレのと一緒だろうが!」
わー、二人のお弁当おそろいなんだー。なんて明後日のことを考えている間にも二人の言い争いはエスカレートしていく。いよいよ立ち上がって殴り合いになりそうなものだから、降参したのは私の方だった。
「二人とも交換したらいいじゃん!」
「あ?」
「どういう意味?」
「だから、玉子焼きとマイキーのオムレツ、ウィンナーとドラケンのから揚げーみたいにさ……」
二人は再度顔を見合わせて、私のお弁当に視線を落とす。
「オレ玉子焼き!」
「ずりーぞ!チッ、きんぴらこっちな」
「はいはい」
そうやってまるでオークションみたいにお弁当の中身が行きかう。最終的に私のお弁当箱の中身はご飯以外すべて二人の元に行って、代わりに二人のお弁当からおかずが入ってきていた。
「てか、これ意味あった?」
「あやの手作りが食える」
「あやと弁当交換した事実」
もぐもぐとおかずを咀嚼しながら真剣な顔で言われて顔が熱くなった。
「そういうのさ、あんま言わない方が良いよ」
「なんで?」
「勘違いするって」
「勘違いじゃねーし」
「え?」
二人が黙ってしまい、もぐもぐという咀嚼音だけが響く。どういう意味、と聞こうにも二人してまっすぐ前を向いてしまったものだから何となく聞けない。とはいえ、聞かないわけにもいかない。
「あのさ……」
意を決した言葉は、両隣からのごくん、という音に遮られた。
「っし、マイキー、勝負すっぞ」
「オーケー、ケンチン。勝った方が先に言っても良いってことな」
「その言葉、撤回すんなよ」
がちゃがちゃと音を立てて弁当箱を片付け、二人が立ち上がる。
「あや!リレー見ててよ!!オレ勝つから!!」
「あや、上着持っててくれっか。あとで取りに行く。そん時さっきの話するから」
「ケンチンの上着は俺が回収するから心配すんな」
「言ってろ、マイキー」
ぽつんと一人屋上に残されてしまった可哀想な私。
休憩時間の終わり間近を知らせるアナウンスを遠くに聞きながらまだ自分の弁当箱に残っているおかずに箸を伸ばした。
「リレー、サボるんじゃなかったんだ……」
キャパシティーがオーバーした頭でようやく発したのは、そんな間抜けな一言。
噛みしめた海老カツの味は分からなかった。
◆◆◆あとがき◆◆◆
社畜様
2300hitsキリリクありがとうございます!
日々の活力にしていただけているとのことで私も嬉しいです!!
結局どっちが勝ったのか私も気になるんですが、どっちが勝ってもこの三人は三人で仲良くしてそうですよね(ただし、お互い隙を狙っている)
いわゆるサンドの甘夢ってあんまり書いたことないなぁと思いながらの挑戦でしたが、気に入っていただけたら幸いです。
これからも応援お願いいたします!
七瀬 弥生