tearless BABY
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ねえ蘭ちゃん。夢ってさ、いつだって突拍子もないよね。
いつだったか、蘭ちゃんとゴリラがバナナを巡って戦って蘭ちゃんが勝った夢を見たって話したら、蘭ちゃんに笑顔でヘッドロックかまされたよね。
ところで蘭ちゃん。
この夢は一体いつになったら醒めるのかなぁ……。
おばあちゃんの家のインターフォンみたいな音を鳴らして自動ドアが開く。
「いらっしゃいませー」
客の顔も見ずに適当に声を上げたって、誰もそれを咎めやしない。
薄暗い路地に面したコンビニ。それが今の私の職場。
身分証もない。お金もない。靴も履いてない。着の身着のままで路地に落ちていた私を店長夫婦が拾って働かせてくれた。
その上、家賃の安いアパートを契約してくれて生活させてくれてる。
そんな突拍子もない夢を私はずっと見ている。この夢ではもう2週間が経過してしまった。
「なんとこの夢、痛みがあるんです」
「あ?」
「……いらっしゃいませ」
思わずもれてしまった声にお客さんが怪訝そうな顔をする。知らんぷりしてレジを通すとフン、と鼻息が聞こえた。2週間で見慣れてしまった黒い特攻服。治安が悪い地域なのかとにかくヤンキーのご来店が多い。蘭ちゃんや竜胆くんたちで慣れていても目を合わせるのは憚られるもの。
「382円です……ありがとうございましたー」
一度も顔を上げないまま会計を済ませ、お客さんが出て行くのを待つ。
ドアが閉まるのを確認してレジスターのディスプレイをちらりと見た。2005年10月28日。私が覚えている西暦から12年も昔。
「不思議な夢……」
「葵ちゃん、今日はもう上がっていいよ」
バックヤードから店長と奥さんが出てくる。
「肉まん、持って帰りな」
「はぁい」
いそいそと廃棄直前の肉まんを包んでバックヤードに引っ込む。パイプ椅子を引きずり出して腰かけると肉まんにかじりついた。じゅわっと肉汁が疲れた体にしみる。
なんとなくは分かっているの。夢じゃないんだろうなぁって。
「蘭ちゃん、ちゃんと起きれてるかな」
アラームを二重三重にかけても起きやしない上司を思い出してため息を吐く。
きっと、おそらく、多分、絶対……戻れちゃったら半殺しにされる気がする。
肉まんで小腹を満たして、ウォークイン冷蔵庫で着替える。ポケットに昨日買ったばかりの小銭入れを突っ込んで、店長に挨拶をして店を出た。10月。ちょっと肌寒くなってきたけど、このまま冬になったら私、生きていけるのだろうか。
店長の奥さんが最低限の生活用品は揃えてくれたし、服も娘さんのお下がりを譲ってくれた。それでもまだまだ必要なものは足りないのだ。とはいえ、いつこの生活が終わるか分からない以上モノを増やしたくないという貧乏根性も顔を出す。
「おい」
いやでもせめてあったかいコートは買おう。安物でも良いから。
「おい」
ユニクロのライトダウンっていつから発売されたんだっけ。ヒートテックは?もうある?
「おいっつってんだろ!」
「ぅわっぷ」
ドン、と頭のてっぺんが何かにぶつかる。驚いて顔をあげると目の前には黒い特攻服。さらに視線をあげると金髪のなんかすごい髪型をした男の人。これはなんだ、モヒカンか?モヒカンなのか?三つ編みだけど。モヒカンの亜種?
ぐるぐると考えていると男の人がギロ、と睨んできた。
あ、死んだ。
蘭ちゃん、今までありがとうございました。葵は蘭ちゃんの犬になれて幸せでした。よく頭叩かれたし、可愛くないとか馬鹿とか言われたけど、それでも野垂れ死なずに済んだのは蘭ちゃんのおかげです。これからは葵がいなくても竜胆くんの言う事をきっちり聞いてください。あと、この間なくなったってキレてたネクタイピンですが、遊びにきた春ちゃんさんが大爆笑しながら窓から投げてました。喋ったら殺すって言われてたので報告できませんでしたごめんなさい。
「アンタ、あそこのコンビニの店員だろ」
ここにはいない蘭ちゃんに最期の言葉を送っている私に男の人が話しかける。
「ぅえ、あ、はい……」
「こんな遅くに黒い服着て歩いてんなよ。危ねーぞ」
「すみません……」
どうやらそれが私の死因らしい。
黒い服を着て歩いていたから。うん、機嫌の悪い蘭ちゃんならそれくらいでも死刑判決下すか。
いやでもお兄さんも黒い服着てるじゃん。刺繍いっぱいはノーカンなの……?
「アンタ、家どこ?」
「いや、家はマジで勘弁してください」
「送るっつってんだよ」
「大丈夫です」
「あ゛?」
「ひぇ……」
怖い。蘭ちゃんのスーツにお酒零しちゃったときくらい怖い。
肩をすくめてガクブル震えていると、後ろからウォンウォンとバイクの音が聞こえた。
「ドラケン!いじめてんなよ」
ビカっとライトが私たちを照らして、ガシャンとスタンドが立つ音がする。
降りてきたのはこれまた黒い特攻服を着た銀髪の男の人だった。
「あぁ!?いじめてねーよ」
「震えてんだろうが」
銀髪さんに叱られて、ドラケンと呼ばれた男の人が腰を折って目線を合わせてきた。
「チッ……悪い。ビビらせるつもりは無かったんだわ」
少しばかり穏やかにそう言われて、すくめていた肩を下ろす。
「いつもコンビニで世話になってるからよ。心配になったんだよ」
「最近ここいら変なヤツ多いし、マジで危ないから送ってくよ」
二人にそう言われてキョトンとする。
どうやらお店の常連さんだったらしい。相変わらず鋭い目をした金髪さんとにこにこしている銀髪さん。
「知らない人についていっちゃダメって教わりました」
ぼそぼそと小さい声でそう伝える。
一拍置いた後、ぶはっと二人がそろって噴き出した。
「だっははは!そうだな!知らねえヤツには着いてっちゃダメだよなあ!」
「えらいえらい!」
大口を開けて笑う二人にさらにぽかん。ちょっと置いて馬鹿にされたことが分かって顔に熱が籠る。
「ッ、帰ります!ので!」
「っと、悪い悪い。でもマジで危ないから送ってくって」
「おばさん達にも頼まれてんだよ」
「おばさん?」
あそこの、といって銀髪さんが示したのはもう遠く離れてしまったコンビニの灯り。
「あそこ、昔は駄菓子屋やっててさ。ガキの頃から世話になってんの。で、さっき寄ったらアンタの話聞いて家まで送ってやれって」
「店長が?」
「そう」
「疑ってんなら一緒に店戻って聞いてみるか?」
金髪さんの申し出に、私は少し考えてから小さく頷いた。
「すみません、本当に……」
「良いって。名乗りもしないで声かけたオレらも悪いでしょ」
三ツ谷くんの優しい言葉にさらに肩身が狭くなる。
二人と一緒に店に戻って事情を説明すると、二人の話の通りだった。店長は大笑いするし、奥さんは何でちゃんと説明しなかったのかと二人を叱るしでもう大変。
改めてきっちりと自己紹介をされた後、家まで送ってもらうことになった。
ドラケンくんの後ろに乗って、三ツ谷くんのバイクと並んでとろとろ走る。私がびっくりしないようにとの配慮らしい。
でもね、私は並走とノーヘル、無免許運転でお巡りさんにつかまらないかにビビっています。
「あの距離でドラケン見るとビビって当然だって」
「どういう意味だコラ」
「そのままの意味だわ」
二人とも私より2つも年下の中学生だというけど。あまりにヤンチャすぎて年下には見えない。
お尻の下でドルンドルンとエンジンの振動を感じながら目の前で揺れる三つ編みを眺めた。
「着いたぞ」
「ありがとうございます」
「タメでいーって」
「あ、うん……ありがとう」
大きなバイクから一生懸命降りてお礼を言う。
「鍵しめろよー」
「はぁい」
ひらひらと手を振る三ツ谷くんに手を振り返して階段を登る。二人は私が部屋に入るまで見送ってくれ、ドアが閉まるのを待ってバイクの音が遠ざかって行った。
自分のものが何一つない部屋にため息を吐く。
「ただいまー」
誰にともなくそう言って、まっすぐベッドに向かう。
「お友達ができましたよ、蘭ちゃん」
ボスンと枕に顔を埋めてもぞもぞ呟く。
そういえば、蘭ちゃんに飼われてからお友達っていなかったなぁ。蘭ちゃん以外と外にでることも無かったし。家に来るのは竜胆くんか春ちゃんさんくらいだし。
そもそも、中学卒業してから友達と連絡とってない。友達って久しぶりかも。
普通の女の子みたいに友達とおしゃべりとかできるようになるのかな。なんて小さな期待を抱いて目を閉じた。
いつだったか、蘭ちゃんとゴリラがバナナを巡って戦って蘭ちゃんが勝った夢を見たって話したら、蘭ちゃんに笑顔でヘッドロックかまされたよね。
ところで蘭ちゃん。
この夢は一体いつになったら醒めるのかなぁ……。
おばあちゃんの家のインターフォンみたいな音を鳴らして自動ドアが開く。
「いらっしゃいませー」
客の顔も見ずに適当に声を上げたって、誰もそれを咎めやしない。
薄暗い路地に面したコンビニ。それが今の私の職場。
身分証もない。お金もない。靴も履いてない。着の身着のままで路地に落ちていた私を店長夫婦が拾って働かせてくれた。
その上、家賃の安いアパートを契約してくれて生活させてくれてる。
そんな突拍子もない夢を私はずっと見ている。この夢ではもう2週間が経過してしまった。
「なんとこの夢、痛みがあるんです」
「あ?」
「……いらっしゃいませ」
思わずもれてしまった声にお客さんが怪訝そうな顔をする。知らんぷりしてレジを通すとフン、と鼻息が聞こえた。2週間で見慣れてしまった黒い特攻服。治安が悪い地域なのかとにかくヤンキーのご来店が多い。蘭ちゃんや竜胆くんたちで慣れていても目を合わせるのは憚られるもの。
「382円です……ありがとうございましたー」
一度も顔を上げないまま会計を済ませ、お客さんが出て行くのを待つ。
ドアが閉まるのを確認してレジスターのディスプレイをちらりと見た。2005年10月28日。私が覚えている西暦から12年も昔。
「不思議な夢……」
「葵ちゃん、今日はもう上がっていいよ」
バックヤードから店長と奥さんが出てくる。
「肉まん、持って帰りな」
「はぁい」
いそいそと廃棄直前の肉まんを包んでバックヤードに引っ込む。パイプ椅子を引きずり出して腰かけると肉まんにかじりついた。じゅわっと肉汁が疲れた体にしみる。
なんとなくは分かっているの。夢じゃないんだろうなぁって。
「蘭ちゃん、ちゃんと起きれてるかな」
アラームを二重三重にかけても起きやしない上司を思い出してため息を吐く。
きっと、おそらく、多分、絶対……戻れちゃったら半殺しにされる気がする。
肉まんで小腹を満たして、ウォークイン冷蔵庫で着替える。ポケットに昨日買ったばかりの小銭入れを突っ込んで、店長に挨拶をして店を出た。10月。ちょっと肌寒くなってきたけど、このまま冬になったら私、生きていけるのだろうか。
店長の奥さんが最低限の生活用品は揃えてくれたし、服も娘さんのお下がりを譲ってくれた。それでもまだまだ必要なものは足りないのだ。とはいえ、いつこの生活が終わるか分からない以上モノを増やしたくないという貧乏根性も顔を出す。
「おい」
いやでもせめてあったかいコートは買おう。安物でも良いから。
「おい」
ユニクロのライトダウンっていつから発売されたんだっけ。ヒートテックは?もうある?
「おいっつってんだろ!」
「ぅわっぷ」
ドン、と頭のてっぺんが何かにぶつかる。驚いて顔をあげると目の前には黒い特攻服。さらに視線をあげると金髪のなんかすごい髪型をした男の人。これはなんだ、モヒカンか?モヒカンなのか?三つ編みだけど。モヒカンの亜種?
ぐるぐると考えていると男の人がギロ、と睨んできた。
あ、死んだ。
蘭ちゃん、今までありがとうございました。葵は蘭ちゃんの犬になれて幸せでした。よく頭叩かれたし、可愛くないとか馬鹿とか言われたけど、それでも野垂れ死なずに済んだのは蘭ちゃんのおかげです。これからは葵がいなくても竜胆くんの言う事をきっちり聞いてください。あと、この間なくなったってキレてたネクタイピンですが、遊びにきた春ちゃんさんが大爆笑しながら窓から投げてました。喋ったら殺すって言われてたので報告できませんでしたごめんなさい。
「アンタ、あそこのコンビニの店員だろ」
ここにはいない蘭ちゃんに最期の言葉を送っている私に男の人が話しかける。
「ぅえ、あ、はい……」
「こんな遅くに黒い服着て歩いてんなよ。危ねーぞ」
「すみません……」
どうやらそれが私の死因らしい。
黒い服を着て歩いていたから。うん、機嫌の悪い蘭ちゃんならそれくらいでも死刑判決下すか。
いやでもお兄さんも黒い服着てるじゃん。刺繍いっぱいはノーカンなの……?
「アンタ、家どこ?」
「いや、家はマジで勘弁してください」
「送るっつってんだよ」
「大丈夫です」
「あ゛?」
「ひぇ……」
怖い。蘭ちゃんのスーツにお酒零しちゃったときくらい怖い。
肩をすくめてガクブル震えていると、後ろからウォンウォンとバイクの音が聞こえた。
「ドラケン!いじめてんなよ」
ビカっとライトが私たちを照らして、ガシャンとスタンドが立つ音がする。
降りてきたのはこれまた黒い特攻服を着た銀髪の男の人だった。
「あぁ!?いじめてねーよ」
「震えてんだろうが」
銀髪さんに叱られて、ドラケンと呼ばれた男の人が腰を折って目線を合わせてきた。
「チッ……悪い。ビビらせるつもりは無かったんだわ」
少しばかり穏やかにそう言われて、すくめていた肩を下ろす。
「いつもコンビニで世話になってるからよ。心配になったんだよ」
「最近ここいら変なヤツ多いし、マジで危ないから送ってくよ」
二人にそう言われてキョトンとする。
どうやらお店の常連さんだったらしい。相変わらず鋭い目をした金髪さんとにこにこしている銀髪さん。
「知らない人についていっちゃダメって教わりました」
ぼそぼそと小さい声でそう伝える。
一拍置いた後、ぶはっと二人がそろって噴き出した。
「だっははは!そうだな!知らねえヤツには着いてっちゃダメだよなあ!」
「えらいえらい!」
大口を開けて笑う二人にさらにぽかん。ちょっと置いて馬鹿にされたことが分かって顔に熱が籠る。
「ッ、帰ります!ので!」
「っと、悪い悪い。でもマジで危ないから送ってくって」
「おばさん達にも頼まれてんだよ」
「おばさん?」
あそこの、といって銀髪さんが示したのはもう遠く離れてしまったコンビニの灯り。
「あそこ、昔は駄菓子屋やっててさ。ガキの頃から世話になってんの。で、さっき寄ったらアンタの話聞いて家まで送ってやれって」
「店長が?」
「そう」
「疑ってんなら一緒に店戻って聞いてみるか?」
金髪さんの申し出に、私は少し考えてから小さく頷いた。
「すみません、本当に……」
「良いって。名乗りもしないで声かけたオレらも悪いでしょ」
三ツ谷くんの優しい言葉にさらに肩身が狭くなる。
二人と一緒に店に戻って事情を説明すると、二人の話の通りだった。店長は大笑いするし、奥さんは何でちゃんと説明しなかったのかと二人を叱るしでもう大変。
改めてきっちりと自己紹介をされた後、家まで送ってもらうことになった。
ドラケンくんの後ろに乗って、三ツ谷くんのバイクと並んでとろとろ走る。私がびっくりしないようにとの配慮らしい。
でもね、私は並走とノーヘル、無免許運転でお巡りさんにつかまらないかにビビっています。
「あの距離でドラケン見るとビビって当然だって」
「どういう意味だコラ」
「そのままの意味だわ」
二人とも私より2つも年下の中学生だというけど。あまりにヤンチャすぎて年下には見えない。
お尻の下でドルンドルンとエンジンの振動を感じながら目の前で揺れる三つ編みを眺めた。
「着いたぞ」
「ありがとうございます」
「タメでいーって」
「あ、うん……ありがとう」
大きなバイクから一生懸命降りてお礼を言う。
「鍵しめろよー」
「はぁい」
ひらひらと手を振る三ツ谷くんに手を振り返して階段を登る。二人は私が部屋に入るまで見送ってくれ、ドアが閉まるのを待ってバイクの音が遠ざかって行った。
自分のものが何一つない部屋にため息を吐く。
「ただいまー」
誰にともなくそう言って、まっすぐベッドに向かう。
「お友達ができましたよ、蘭ちゃん」
ボスンと枕に顔を埋めてもぞもぞ呟く。
そういえば、蘭ちゃんに飼われてからお友達っていなかったなぁ。蘭ちゃん以外と外にでることも無かったし。家に来るのは竜胆くんか春ちゃんさんくらいだし。
そもそも、中学卒業してから友達と連絡とってない。友達って久しぶりかも。
普通の女の子みたいに友達とおしゃべりとかできるようになるのかな。なんて小さな期待を抱いて目を閉じた。