非常勤講師はクルーウェルの仔犬
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結果として、私の嫌な予感は当たった。
どうあってもディアソムニア寮を棄権させたかったレオナ率いるサバナクロー寮はマジフト大会当日に大事件を起こした。
魔法薬で魔力を増強したラギーのユニーク魔法で観客を暴走させ、ディアソムニア寮の選手団を圧し潰す。そんな恐ろしい作戦を実行したのだ。
幸いにも作戦を事前に耳に入れていたハーツラビュル寮の生徒たちのおかげで怪我人は無かったが、問題はその後。
「あれは……まさか、またオーバーブロット……一体どうなっているんですか!」
「学園長、これは!?」
「ああもう!次から次から問題をぉぉ! 犬丸先生は他の先生方を呼んできてください。急いで!」
「はいっ!」
サバナクロー寮にあるマジフト場の方から乾いた空気が流れてくる。遠目にも砂嵐のようなものが見えた。
「先生!」
「どうした仔犬?」
教員の控室に飛び込む。
円卓に座っていた先生方が一斉にこちらを向く。
「サバナクロー寮の方でトラブルです!」
「何?」
「学園長がすでに向かっています。皆さんも早く!」
「いおり、何が起こっている」
「分かりません。でも多分大変なこと……」
開け放ったままの扉を振り返る。
そこから見えるのは分厚い暗雲と砂嵐。あの方角にはサバナクロー寮がある。
「仔犬、お前は良い子でここにいるように」
「でも……」
「お前にできることは何もない」
バサ、と毛皮を翻しクルーウェル先生が部屋を出て行く。バルガス先生もトレイン先生もすでに退室していた。残されたのは私ひとり。
「保健室……そうだ、救護の準備しないと」
覚束ない足取りで、保健室に向かう。
魔法が使えない。この世界のことを何も知らない。それがこんなにも無力だと、思ってもいなかった。
結局、私がマジフト場にたどり着けたのは騒ぎが完全に収まってから。
それどころか、何事も無かったかのようにマジフトの試合が始まった頃だった。
「ど、どうなってるんですか……?」
「どうもこうもない」
わぁわぁと賑やかな観客席の後ろを駆け抜け、関係者席に近寄る。腕を組んで眉間にしわを寄せるクルーウェル先生に駆け寄ると、深いため息を吐かれた。
くい、と顎で示された先には、ボロボロながらも元気に飛び回るレオナとサバナクロー寮生。そして彼らを、並々ならぬ気迫で襲うハーツラビュル寮生。
「これ、マジフトです……?」
去年見たマジフトの試合はここまで執念というか怨念というかを感じなかったのだけど……。
「騒ぎは収まったんだがな、これまでの事故の真相を知った他寮の被害者たちが仕返しをさせろと申し出たらしい」
「仕返し、って……試合で?」
意外にスポーツマンらしいところがあったのだと感心したのも束の間。
「学園内での私闘は禁止しているからな。マジフトの試合中なら合法的に相手を痛めつけられると思ったんだろう」
「感心して損しました」
あちこちで火やら水やら雷やらが立ち上っては消える。
これはいっそ私闘を許してしまった方が健全なのではないかと思える光景にげんなりした。
「怪我人はいないそうだ」
「それは良かったです」
「まあこれから出るだろうがな」
「……」
先生の隣、空いている席の背もたれを叩かれて大人しくそこに座る。
リドルたちと同じ。どこかすっきりとしたレオナの顔に複雑な気持ちになった。
「学園長がオーバーブロットだって言ってました」
魔力の使いすぎによる暴走。
「去年はこんなこと一度も無かったのに」
「今年はイレギュラーが多い」
「……ユウとグリムのことですか?」
それなら私だって条件は同じはずだ。子どもか大人か、生徒か教師かの違いしかない。
いや、違うか。
子ども同士だからこそ影響力は強い。彼女の存在そのものが他の生徒が自らについて鑑みる機会になるのかもしれない。
日もすっかり落ち切った頃、保健室のドアを開いた。
「あれ、 犬丸先生」
「やあトラッポラ、スペード、他の皆さんも」
ずらりと並んだベッドには試合中に怪我をした選手たちが転がっている。その多くはサバナクロー寮生だ。
「ユウ、頭を打ったって?」
「ははは、お恥ずかしい」
「ちゃんと見てもらった?」
「はい」
まだ少し痛むのか、氷嚢で頭を冷やしながらユウが笑う。
そんな彼女に肩を竦めて見せて、少し奥のベッドへ移動した。
「レオナ」
「うるせぇ」
「まだ何も言ってない。さっきチェカくんに会ったよ」
言うと、苦虫を噛みつぶしたような顔をされた。
丁度ここに来る途中にお付きの人に小言を言われる彼の甥っ子に会ったのだ。見慣れないものの、しっかりと頭の上に生えたライオンの耳に覚えがあって声をかけると礼儀正しく挨拶された。
「あれはズルいね」
「はあ?」
「あんな風にいられちゃあ憎みたくても憎めないじゃない」
ぽかん、と間抜けな顔をされる。
「もっと嫌な子なら嫌いになれたのに」
本音だった。レオナがあれほどまでに苦しむ原因の一つなのだから、もっと酷い人なら良かったのに。
でも実際はそうじゃない。それが一層苦しかったのではないだろうか。
「っていう私の感想」
「お前……」
レオナが眉間にしわを寄せる。
「屋台で変なものでも食ったか?」
「どういう意味です!?」
「いつものお利口さんのスピーチはどうした」
「私だって人間だもん。聞き分け良いときばっかじゃないです」
人が心配してやったらこうなんだから。
ぶすくれて、頬を膨らませて見せるとレオナは噴き出した。
「ははっ、その方が良いぜ。この学園の教師らしいじゃねぇか」
「もう就任して一年だもの。そろそろ馴染んでないとおかしいでしょ」
「それもそうだ」
彼がこうやって笑った顔は久しぶりに見たかもしれない。
たった数日間見ていなかっただけで、なんだか懐かしい気持ちになっておかしい。
「ねぇレオナ。私は君を生徒だけじゃなくて友達だと思ってるよ。教師としては失格だろうけど」
「はっ、いい迷惑だ」
「うん。でも友達だから迷惑かけていいの。もちろん、君が私に迷惑かけるのもアリ」
眉をあげて面白そうに口の端を持ち上げる。それで?と促すときの顔。
「だからね。これからもよろしく。君の卒業まで、きっちり迷惑をかけ合いましょう」
「ふざけるなよ。俺がお前に、なら分かるがなんだってお前が俺に迷惑をかけるんだ」
「だって、レオナ物知りでしょ。私決めたの。もっとこの世界のこと知ろうって。だから明日から色々教えて」
「んなことはクルーウェルにでも聞け」
「先生忙しいんだもん。レオナ暇でしょう?」
「忙しい」
ごろりと寝返りをうつ背中に、嘘じゃん、と零せば尻尾が不機嫌そうにマットを叩く。
でも、きっと彼は植物園に行けば色々と教えてくれるのだろう。なんだかんだ言って面倒見のいい人だから。
私は、一年間この世界と関わろうとしていなかった。
授業のために勉強はする。気になったことは図書館で調べたり先生に聞いたりする。でもそれだけ。私とこの世界との繋がりはあくまで教科書の中だけ。
それが、きっと私とユウとの違いだ。
生徒を救う。そんなおこがましいことはもう言わない。だけど、のばされた手を取り逃すことはしたくない。
漠然とそう思った。
どうあってもディアソムニア寮を棄権させたかったレオナ率いるサバナクロー寮はマジフト大会当日に大事件を起こした。
魔法薬で魔力を増強したラギーのユニーク魔法で観客を暴走させ、ディアソムニア寮の選手団を圧し潰す。そんな恐ろしい作戦を実行したのだ。
幸いにも作戦を事前に耳に入れていたハーツラビュル寮の生徒たちのおかげで怪我人は無かったが、問題はその後。
「あれは……まさか、またオーバーブロット……一体どうなっているんですか!」
「学園長、これは!?」
「ああもう!次から次から問題をぉぉ! 犬丸先生は他の先生方を呼んできてください。急いで!」
「はいっ!」
サバナクロー寮にあるマジフト場の方から乾いた空気が流れてくる。遠目にも砂嵐のようなものが見えた。
「先生!」
「どうした仔犬?」
教員の控室に飛び込む。
円卓に座っていた先生方が一斉にこちらを向く。
「サバナクロー寮の方でトラブルです!」
「何?」
「学園長がすでに向かっています。皆さんも早く!」
「いおり、何が起こっている」
「分かりません。でも多分大変なこと……」
開け放ったままの扉を振り返る。
そこから見えるのは分厚い暗雲と砂嵐。あの方角にはサバナクロー寮がある。
「仔犬、お前は良い子でここにいるように」
「でも……」
「お前にできることは何もない」
バサ、と毛皮を翻しクルーウェル先生が部屋を出て行く。バルガス先生もトレイン先生もすでに退室していた。残されたのは私ひとり。
「保健室……そうだ、救護の準備しないと」
覚束ない足取りで、保健室に向かう。
魔法が使えない。この世界のことを何も知らない。それがこんなにも無力だと、思ってもいなかった。
結局、私がマジフト場にたどり着けたのは騒ぎが完全に収まってから。
それどころか、何事も無かったかのようにマジフトの試合が始まった頃だった。
「ど、どうなってるんですか……?」
「どうもこうもない」
わぁわぁと賑やかな観客席の後ろを駆け抜け、関係者席に近寄る。腕を組んで眉間にしわを寄せるクルーウェル先生に駆け寄ると、深いため息を吐かれた。
くい、と顎で示された先には、ボロボロながらも元気に飛び回るレオナとサバナクロー寮生。そして彼らを、並々ならぬ気迫で襲うハーツラビュル寮生。
「これ、マジフトです……?」
去年見たマジフトの試合はここまで執念というか怨念というかを感じなかったのだけど……。
「騒ぎは収まったんだがな、これまでの事故の真相を知った他寮の被害者たちが仕返しをさせろと申し出たらしい」
「仕返し、って……試合で?」
意外にスポーツマンらしいところがあったのだと感心したのも束の間。
「学園内での私闘は禁止しているからな。マジフトの試合中なら合法的に相手を痛めつけられると思ったんだろう」
「感心して損しました」
あちこちで火やら水やら雷やらが立ち上っては消える。
これはいっそ私闘を許してしまった方が健全なのではないかと思える光景にげんなりした。
「怪我人はいないそうだ」
「それは良かったです」
「まあこれから出るだろうがな」
「……」
先生の隣、空いている席の背もたれを叩かれて大人しくそこに座る。
リドルたちと同じ。どこかすっきりとしたレオナの顔に複雑な気持ちになった。
「学園長がオーバーブロットだって言ってました」
魔力の使いすぎによる暴走。
「去年はこんなこと一度も無かったのに」
「今年はイレギュラーが多い」
「……ユウとグリムのことですか?」
それなら私だって条件は同じはずだ。子どもか大人か、生徒か教師かの違いしかない。
いや、違うか。
子ども同士だからこそ影響力は強い。彼女の存在そのものが他の生徒が自らについて鑑みる機会になるのかもしれない。
日もすっかり落ち切った頃、保健室のドアを開いた。
「あれ、 犬丸先生」
「やあトラッポラ、スペード、他の皆さんも」
ずらりと並んだベッドには試合中に怪我をした選手たちが転がっている。その多くはサバナクロー寮生だ。
「ユウ、頭を打ったって?」
「ははは、お恥ずかしい」
「ちゃんと見てもらった?」
「はい」
まだ少し痛むのか、氷嚢で頭を冷やしながらユウが笑う。
そんな彼女に肩を竦めて見せて、少し奥のベッドへ移動した。
「レオナ」
「うるせぇ」
「まだ何も言ってない。さっきチェカくんに会ったよ」
言うと、苦虫を噛みつぶしたような顔をされた。
丁度ここに来る途中にお付きの人に小言を言われる彼の甥っ子に会ったのだ。見慣れないものの、しっかりと頭の上に生えたライオンの耳に覚えがあって声をかけると礼儀正しく挨拶された。
「あれはズルいね」
「はあ?」
「あんな風にいられちゃあ憎みたくても憎めないじゃない」
ぽかん、と間抜けな顔をされる。
「もっと嫌な子なら嫌いになれたのに」
本音だった。レオナがあれほどまでに苦しむ原因の一つなのだから、もっと酷い人なら良かったのに。
でも実際はそうじゃない。それが一層苦しかったのではないだろうか。
「っていう私の感想」
「お前……」
レオナが眉間にしわを寄せる。
「屋台で変なものでも食ったか?」
「どういう意味です!?」
「いつものお利口さんのスピーチはどうした」
「私だって人間だもん。聞き分け良いときばっかじゃないです」
人が心配してやったらこうなんだから。
ぶすくれて、頬を膨らませて見せるとレオナは噴き出した。
「ははっ、その方が良いぜ。この学園の教師らしいじゃねぇか」
「もう就任して一年だもの。そろそろ馴染んでないとおかしいでしょ」
「それもそうだ」
彼がこうやって笑った顔は久しぶりに見たかもしれない。
たった数日間見ていなかっただけで、なんだか懐かしい気持ちになっておかしい。
「ねぇレオナ。私は君を生徒だけじゃなくて友達だと思ってるよ。教師としては失格だろうけど」
「はっ、いい迷惑だ」
「うん。でも友達だから迷惑かけていいの。もちろん、君が私に迷惑かけるのもアリ」
眉をあげて面白そうに口の端を持ち上げる。それで?と促すときの顔。
「だからね。これからもよろしく。君の卒業まで、きっちり迷惑をかけ合いましょう」
「ふざけるなよ。俺がお前に、なら分かるがなんだってお前が俺に迷惑をかけるんだ」
「だって、レオナ物知りでしょ。私決めたの。もっとこの世界のこと知ろうって。だから明日から色々教えて」
「んなことはクルーウェルにでも聞け」
「先生忙しいんだもん。レオナ暇でしょう?」
「忙しい」
ごろりと寝返りをうつ背中に、嘘じゃん、と零せば尻尾が不機嫌そうにマットを叩く。
でも、きっと彼は植物園に行けば色々と教えてくれるのだろう。なんだかんだ言って面倒見のいい人だから。
私は、一年間この世界と関わろうとしていなかった。
授業のために勉強はする。気になったことは図書館で調べたり先生に聞いたりする。でもそれだけ。私とこの世界との繋がりはあくまで教科書の中だけ。
それが、きっと私とユウとの違いだ。
生徒を救う。そんなおこがましいことはもう言わない。だけど、のばされた手を取り逃すことはしたくない。
漠然とそう思った。
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