非常勤講師はクルーウェルの仔犬
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「先生、動物言語教えてください」
「なんだいきなり。そういうのはトレイン先生にでも教わりなさい」
「トレイン先生に教えてもらったんですけど、よく分からなくて……」
「まったく……どの動物だ?」
「ライオンとハイエナです」
「それは動物言語が必要なのか?」
午前の授業が終わったいわゆる空きコマ。
クルーウェル先生の研究室に飛び込んで泣きつく。
「はあ、それで、サバナクローの仔犬どもがどうした」
「レオナは子猫ですよ、先生」
「余程追い出されたいようだな」
「冗談です」
べそべそと半泣きになりながら私は事の顛末を話し始めた。
最近、サバナクロー寮生の素行が良くない。加えて、サバナクロー以外の寮生の間で事故が多発している。それだけなら、まあ不幸な事故か呪いの類かと思えるのだが……いや、思っちゃダメだけど。怪我を負った生徒を見てサバナクローの生徒がにやにやと笑うのだ。
これはおかしいと思い、レオナとラギーを問い詰めるも知らぬ存ぜぬ。その上、弱肉強食の何たるかを説かれてしまって訳が分からないと来た。
「もしかしたら私たち、違う言語を話しているのではないかと思いまして……」
「安心しろ。学園内では言語統制の魔法がかかっている。少なくとも生徒同士、生徒と教員の間に言語の違いはない」
「ワア、スゴーイ」
わざとであろう見当違いな先生の言葉を受け、机に突っ伏す。
「違うのは考え方だ」
「考え方……」
突っ伏した私の頭のてっぺん付近がじんわりと温かくなった。おってふわりとコーヒーの香りがする。
「大方、マジフト大会に向けての裏工作だろうよ」
「そこまで分かってるのに止めないんですか?」
頭をあげて、傍に置かれたマグカップを手に取る。中にはミルクたっぷりのカフェオレ。
「言っただろう。仔犬はじゃれ合いながら大きくなるものだ」
「……トレイは骨を折りました」
じゃれ合いの範疇を超えている。そう言いたいのだ。
「マジフト大会ってそんなに大事ですか……?」
「少なくともキングスカラーにとってはな」
言われてハッとする。
「レオナともう一度話します」
「動物言語のレクチャーは必要か?」
「あ、じゃあ一言だけ」
お昼休みの植物園。ここに来れば、植物園の王様は必ずと言って良いほど捕まるのだ。
茂みをかき分けて、少し開けた場所を覗き見る。
いた。
「ぐるるる、がぁう!」
「……馬鹿にしてんのか下手くそ」
「あ、伝わった?」
クルーウェル先生に教わったライオン語。「遊ぼう!」の一言だけだったが、一応伝わったようだ。
「これ以上話すことはねぇぞ」
「こっちにあるのよ」
「あ?」
「ごめんなさい」
寝転がったままのレオナが目を見開く。
「私、自分の価値観を君に押し付けた。レオナにとってマジフトの勝敗が大切なのを無視してた。ごめんなさい。でも、世の中には普遍的な価値観もあるとは思う。人を傷つけちゃいけない。そこは私も譲れない。勝つために、他の方法を探してみない?」
見開かれていたレオナの瞳が胡乱気に細められる。
ハッ、と鼻で笑って寝返りを打った。
「お偉い先生様らしい素敵なスピーチをどうも」
「レオナ!」
「お前には分からない……分かれとも言わない。ただ、俺は勝つだけだ。どんな手を使っても」
分かったらさっさとあっちへ行け。そう言わんばかりに尻尾が地面を打つ。これ以上の話し合いは不可能と判断して、私はその場を離れた。
「あれ? いおり先生?」
「ラギー……」
「レオナさんとこっスか?」
「うん」
「シシッ、無駄だったでしょ」
「うん」
唇を引き結んで、あふれ出そうな色々を堪える。
「あんた、どうしても手に入らないものってあった?」
「どうしても手に入らないもの?」
「そ。欲しくてほしくて仕方ないけど、どうやったって手に入らないもの」
考えてみる。これまでの人生を思い返してみる。
「……ない、かもしれない」
「シシッ……オレらにはね、あるんスよ」
ラギーは口の端をあげて笑うと、自嘲するように吐き捨てる。
「あの人はここで全部ひっくりかえそうとしてる。オレはそれに乗っかるだけ。ハイエナってそういう生き物っスから。ま、オレらができることなんて大したことじゃないですし?学園には迷惑かけないんで見逃してくださいよ」
ひらひらと手を振って去って行くラギーに、私はなんだかすごく惨めな気持ちになった。
「先生……」
「なんだ、発音に失敗したか?」
「いえ、そっちは……下手くそって言われましたけど」
「ははっ」
「笑いごとじゃないです……」
べしょべしょと濡れた仔犬よろしく研究室に這いずり込む。
「仔犬、お前の入室のバラエティの豊かさには驚かされるな」
「今後とも精進します」
毛足の長いカーペットに体育座りで座り込みいじいじと毛を弄ぶ。
こう言っては何だが、自信があったのだ。
「私、大学で教育学の勉強してたんです」
「ああ」
「心理学も自主的に受講してました。カウンセリングとか、発達とか……」
成績は悪くなかった。特に心理学の教授からは覚えが良くて、大学院ではうちのゼミに来ないかと誘われたくらい。その時は元々師事していた教授を尊敬していたからお断りしたけれど、カウンセラーという進路もいいなと思っていた。
「彼を正せると思った」
「そうか」
「でも、正すって言うこと自体間違ってたかもしれません。そう、考え方が違うんですから」
傲慢。その二文字が頭の中に浮かび上がる。
「仔犬、ソファに座れ。行儀が悪い」
「仔犬は駄犬なのでここで良いです」
「服が汚れると言っているんだ。それともこのクルーウェル様に新しい服を買えという催促か?」
そんなわけない。
のそのそと立ち上がって、ソファの端っこに座った。
「キングスカラーには兄がいる。夕焼けの草原の王だ。ヤツは第二王子。国王には息子がいて、キングスカラーにはもはや王位継承権はない。加えて、キングスカラーのユニーク魔法はかの国では忌み嫌われるものだった」
「レオナのユニーク魔法って……?」
「対象を干上がらせて砂にかえる」
「砂、って……」
「夕焼けの草原は、国土の多くがサバンナだ。干ばつを嫌う。そんな場所において、ヤツのユニーク魔法は不利益以外の何者でもない」
一年彼を見てきて、一度もそのユニーク魔法を目にしたことがなかった。
いつも余裕綽々でその気になればどんな魔法も、課題もこなせてしまうのだ。そんなものを使うまでもないのかと思っていたが、どうやら違ったらしい。
「レオナ・キングスカラーのマジフトの腕は格別だ。チームの統率能力も申し分ない。生まれた順序に恵まれれば王になってもおかしくなかったろうよ。だからこそ、ヤツはマジフトに固執している」
「でも、それなら変な小細工しなくても勝てるんじゃないですか?」
「ああ、普通ならな。だが、昨年普通じゃないのが入ってきただろう」
普通じゃない。昨年の一年生を思い浮かべ、規格外の生徒を探すとすぐに思いついた。
「ドラコニア」
「キングスカラーは昨年のマジフト大会でディアソムニアに敗れた」
納得してしまう。
きっとレオナは全てにおいてマレウス・ドラコニアに敗北感を覚えたんだ。だって彼は……。
「とにかく、これ以上このことには首を突っ込まない方が良い。大会が終わればハロウィンウィーク、その後には期末試験が待っている。お前も、俺も忙しくなるぞ」
「はい……」
「キングスカラーのことだ。やりすぎることはないさ」
私の頭に手をのせて先生はそう言った。
いつもなら、先生の言う事は絶対で、安心できるのだけど……
なんだかこの時はざわざわと気分が落ち着かなかった。
「なんだいきなり。そういうのはトレイン先生にでも教わりなさい」
「トレイン先生に教えてもらったんですけど、よく分からなくて……」
「まったく……どの動物だ?」
「ライオンとハイエナです」
「それは動物言語が必要なのか?」
午前の授業が終わったいわゆる空きコマ。
クルーウェル先生の研究室に飛び込んで泣きつく。
「はあ、それで、サバナクローの仔犬どもがどうした」
「レオナは子猫ですよ、先生」
「余程追い出されたいようだな」
「冗談です」
べそべそと半泣きになりながら私は事の顛末を話し始めた。
最近、サバナクロー寮生の素行が良くない。加えて、サバナクロー以外の寮生の間で事故が多発している。それだけなら、まあ不幸な事故か呪いの類かと思えるのだが……いや、思っちゃダメだけど。怪我を負った生徒を見てサバナクローの生徒がにやにやと笑うのだ。
これはおかしいと思い、レオナとラギーを問い詰めるも知らぬ存ぜぬ。その上、弱肉強食の何たるかを説かれてしまって訳が分からないと来た。
「もしかしたら私たち、違う言語を話しているのではないかと思いまして……」
「安心しろ。学園内では言語統制の魔法がかかっている。少なくとも生徒同士、生徒と教員の間に言語の違いはない」
「ワア、スゴーイ」
わざとであろう見当違いな先生の言葉を受け、机に突っ伏す。
「違うのは考え方だ」
「考え方……」
突っ伏した私の頭のてっぺん付近がじんわりと温かくなった。おってふわりとコーヒーの香りがする。
「大方、マジフト大会に向けての裏工作だろうよ」
「そこまで分かってるのに止めないんですか?」
頭をあげて、傍に置かれたマグカップを手に取る。中にはミルクたっぷりのカフェオレ。
「言っただろう。仔犬はじゃれ合いながら大きくなるものだ」
「……トレイは骨を折りました」
じゃれ合いの範疇を超えている。そう言いたいのだ。
「マジフト大会ってそんなに大事ですか……?」
「少なくともキングスカラーにとってはな」
言われてハッとする。
「レオナともう一度話します」
「動物言語のレクチャーは必要か?」
「あ、じゃあ一言だけ」
お昼休みの植物園。ここに来れば、植物園の王様は必ずと言って良いほど捕まるのだ。
茂みをかき分けて、少し開けた場所を覗き見る。
いた。
「ぐるるる、がぁう!」
「……馬鹿にしてんのか下手くそ」
「あ、伝わった?」
クルーウェル先生に教わったライオン語。「遊ぼう!」の一言だけだったが、一応伝わったようだ。
「これ以上話すことはねぇぞ」
「こっちにあるのよ」
「あ?」
「ごめんなさい」
寝転がったままのレオナが目を見開く。
「私、自分の価値観を君に押し付けた。レオナにとってマジフトの勝敗が大切なのを無視してた。ごめんなさい。でも、世の中には普遍的な価値観もあるとは思う。人を傷つけちゃいけない。そこは私も譲れない。勝つために、他の方法を探してみない?」
見開かれていたレオナの瞳が胡乱気に細められる。
ハッ、と鼻で笑って寝返りを打った。
「お偉い先生様らしい素敵なスピーチをどうも」
「レオナ!」
「お前には分からない……分かれとも言わない。ただ、俺は勝つだけだ。どんな手を使っても」
分かったらさっさとあっちへ行け。そう言わんばかりに尻尾が地面を打つ。これ以上の話し合いは不可能と判断して、私はその場を離れた。
「あれ? いおり先生?」
「ラギー……」
「レオナさんとこっスか?」
「うん」
「シシッ、無駄だったでしょ」
「うん」
唇を引き結んで、あふれ出そうな色々を堪える。
「あんた、どうしても手に入らないものってあった?」
「どうしても手に入らないもの?」
「そ。欲しくてほしくて仕方ないけど、どうやったって手に入らないもの」
考えてみる。これまでの人生を思い返してみる。
「……ない、かもしれない」
「シシッ……オレらにはね、あるんスよ」
ラギーは口の端をあげて笑うと、自嘲するように吐き捨てる。
「あの人はここで全部ひっくりかえそうとしてる。オレはそれに乗っかるだけ。ハイエナってそういう生き物っスから。ま、オレらができることなんて大したことじゃないですし?学園には迷惑かけないんで見逃してくださいよ」
ひらひらと手を振って去って行くラギーに、私はなんだかすごく惨めな気持ちになった。
「先生……」
「なんだ、発音に失敗したか?」
「いえ、そっちは……下手くそって言われましたけど」
「ははっ」
「笑いごとじゃないです……」
べしょべしょと濡れた仔犬よろしく研究室に這いずり込む。
「仔犬、お前の入室のバラエティの豊かさには驚かされるな」
「今後とも精進します」
毛足の長いカーペットに体育座りで座り込みいじいじと毛を弄ぶ。
こう言っては何だが、自信があったのだ。
「私、大学で教育学の勉強してたんです」
「ああ」
「心理学も自主的に受講してました。カウンセリングとか、発達とか……」
成績は悪くなかった。特に心理学の教授からは覚えが良くて、大学院ではうちのゼミに来ないかと誘われたくらい。その時は元々師事していた教授を尊敬していたからお断りしたけれど、カウンセラーという進路もいいなと思っていた。
「彼を正せると思った」
「そうか」
「でも、正すって言うこと自体間違ってたかもしれません。そう、考え方が違うんですから」
傲慢。その二文字が頭の中に浮かび上がる。
「仔犬、ソファに座れ。行儀が悪い」
「仔犬は駄犬なのでここで良いです」
「服が汚れると言っているんだ。それともこのクルーウェル様に新しい服を買えという催促か?」
そんなわけない。
のそのそと立ち上がって、ソファの端っこに座った。
「キングスカラーには兄がいる。夕焼けの草原の王だ。ヤツは第二王子。国王には息子がいて、キングスカラーにはもはや王位継承権はない。加えて、キングスカラーのユニーク魔法はかの国では忌み嫌われるものだった」
「レオナのユニーク魔法って……?」
「対象を干上がらせて砂にかえる」
「砂、って……」
「夕焼けの草原は、国土の多くがサバンナだ。干ばつを嫌う。そんな場所において、ヤツのユニーク魔法は不利益以外の何者でもない」
一年彼を見てきて、一度もそのユニーク魔法を目にしたことがなかった。
いつも余裕綽々でその気になればどんな魔法も、課題もこなせてしまうのだ。そんなものを使うまでもないのかと思っていたが、どうやら違ったらしい。
「レオナ・キングスカラーのマジフトの腕は格別だ。チームの統率能力も申し分ない。生まれた順序に恵まれれば王になってもおかしくなかったろうよ。だからこそ、ヤツはマジフトに固執している」
「でも、それなら変な小細工しなくても勝てるんじゃないですか?」
「ああ、普通ならな。だが、昨年普通じゃないのが入ってきただろう」
普通じゃない。昨年の一年生を思い浮かべ、規格外の生徒を探すとすぐに思いついた。
「ドラコニア」
「キングスカラーは昨年のマジフト大会でディアソムニアに敗れた」
納得してしまう。
きっとレオナは全てにおいてマレウス・ドラコニアに敗北感を覚えたんだ。だって彼は……。
「とにかく、これ以上このことには首を突っ込まない方が良い。大会が終わればハロウィンウィーク、その後には期末試験が待っている。お前も、俺も忙しくなるぞ」
「はい……」
「キングスカラーのことだ。やりすぎることはないさ」
私の頭に手をのせて先生はそう言った。
いつもなら、先生の言う事は絶対で、安心できるのだけど……
なんだかこの時はざわざわと気分が落ち着かなかった。