非常勤講師はクルーウェルの仔犬
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生徒たちに聞いた話だが、入学式からほんの数日留守にしていた間に学園では色々なことがあったらしい。
新入生の中にモンスターが混じっていて火を噴いただの、新入生が食堂のシャンデリアを壊しただの。そして、ハーツラビュル寮の寮長がオーバーブロットしただの……。
「オーバーブロット、って何でしたっけ?」
「……はぁ」
「すみません……」
いつものように、クルーウェル先生の部屋でお弁当を広げながら尋ねると、大きなため息を吐かれた。
「俺たちが魔法を使うときにマジカルペンを使うことは知っているな?」
「先生はペンじゃないですけどね」
「あんなセンスのない形のものをいつまでも使っていられるか。魔法石がついていれば何でもいいんだあんなもの」
私の先生は時々すごく口が悪い。
というかなんでも良いのか、あれ。
「重要なのはペンについている魔法石だ」
そう言って先生はいつも持ち歩いている教鞭を示した。持ち手の部分には犬の首輪のようなストラップがついていてそこに石がはめ込まれている。同じようなものが、生徒たちがそれぞれ持っているペンにもついているのだ。
「魔法を使うたびにブロットというものが蓄積される。人体に悪影響を及ぼす物質で、精神汚染や体調不良を引き起こすものだ。量が増えれば最悪死に至る。それを防ぐために石を媒介に使う」
「つまり、本来体に蓄積される汚染物質を、石をフィルター代わりにして防いでいるというわけですね」
「well done.」
なんだか脱臭炭のようだなあと思ったがまた怒られそうなので黙った。
「オーバーということは、石の限界を超えてそのブロットってやつが蓄積されたってことですか?」
「察しがいいな、仔犬。その通りだ。過剰な魔法の使用や当人の魔力に見合わない強力な魔法によって、極まれにだがブロットの量が魔法石の許容範囲を超えることがある。それがオーバーブロットだ。現代においてはきわめて珍しいため報告もそう多くはないがな」
「そんな珍しいことが、なんで……」
ナイトレイブンカレッジの教師たちは私を除いて長く魔法と関わってきている。ブロットとやらについても良く知っているだろうし、そんな大事になるような授業はしないはずだ。
「……リドル・ローズハートの厳格さは俺たちも把握していた。だが、ハーツラビュルの寮長になるくらいだ。それぐらいで当然だと見誤っていたのだろうな」
「それが、リドルのオーバーブロットの原因と関係しているんですか?」
「ああ。ローズハートがオーバーブロットした原因はユニーク魔法の濫用。それに過度なストレスだな。寮生たちの度重なる規則違反とクーデターによって爆発したものと見られている。まあ、詳しいことは学園長がもみ消した後だからよく分からんが」
「うわ、教育現場の闇だ……」
学園長め、私が元の世界に戻る方法についてはいつまで経っても手すら付けてくれてなさそうなのに、こういうことに関しては早いんだから。
「まあ、幸いにも重症というほどのけが人もいないし、ローズハート自身も通常の生活に戻っている。ハーツラビュル寮の在り方については少し見直す必要がありそうだが、それも仔犬どもだけでなんとかなるだろうよ」
「放任主義というかなんというか」
「仔犬なんてものはじゃれ合ううちに手加減を覚えるものだ」
きっとこの人も学生時代はいろいろやんちゃをしていたのだろう。その証拠に、クルーウェル先生はトレイン先生とすれ違う時にほんのちょっとだけ体をこわばらせることがある。
「なるほどな、それで心配して来てくれたのか」
「いや、クルーウェル先生が来れないので代わりに監督」
「ははっ」
その後ハーツラビュルはどう?そうやって聞くとトレイ・クローバーは眉を下げて笑った。特に変わりはないよ。そう言ったけど、なんだか表情がすっきりしているように見えて、おや、と思う。
クルーウェル先生の話を聞いてから、オーバーブロットとは大事件だし、生徒たちにも相当なショックが……なんて考えていたのだが、どうやら違うらしい。基礎教養の授業を受けている1年生も、廊下ですれ違う上回生たちも、果ては副寮長のトレイでさえも何だか前よりも楽しそうなくらい。
「何かもっと落ち込んでると思った」
「なんで残念そうなんだ?」
「いや、こう仮説が覆されたので反応に困っているというか」
「なんだそれ」
クルーウェル先生がサイエンス部の顧問をやっている関係でよく話すせいか、トレイは私にとても気安い。聞けば妹みたいで話しやすいのだとか。私の方が年上なのに。
「確かに、事件の日は肝が冷えたし、色々と考えたよ。でもな、終わってみたらこれで良かったのかもしれないと思うんだ」
「というのは?」
「リドルがオーバーブロットでもしなきゃオレもリドルも、寮生たちも本音で話すなんてことなかったと思う。それに、アイツの規範主義が行き過ぎていたのは事実だよ」
「ふうん」
本音の言えない現代っ子たち。
他の先生たちほど彼らと年が離れていないせいか、なんとなくその気持ちも分かる気がした。とはいえ、そんな大変な一年間があったのに、少しも耳に入ってこなかったとは……
「私って先生としてダメなのでしょうか」
「どうしたんだ急に」
「自信をなくした」
「あー……たしかにいおりは他の先生達みたいな威厳とかそういうのはないな」
「うぐ」
「だけど、オレはそういうところが良いところだと思うよ。まあ、なんだ、ダメではないんじゃないか、いおり先生」
そうやってちょっと照れてゴーグルを着けちゃうところなんかを見たらわあ、学生なんだなって思うのに。
「ありがとう、ミスタ・クローバー」
「どういたしまして」
そうやってあっさり返してくると、なんだか可愛げがない。
「クルーウェル先生が、トレイには気を付けるようにって言ってた意味がなんとなく分かったわ」
「はあ!?」
「ミドルスクールのときとかモテたんじゃない?」
「そんなことはないよ」
きっと嘘だ。
そうでなきゃ気づいてないだけ。きっと女の子たちは彼の無意識の優しさとかそんなのにきゃーきゃー言ってたに違いない。
「何はともあれ怪我人が少なくて良かった」
「そうだな。結局リドルも一年生たちも大した怪我は無かったから」
「ユウにもね」
そう、これまで学園であった様々な事件には、彼女の存在があった。
シャンデリアも、ハーツラビュル寮も。だからこそ気になったというのもある。
「いおりは監督生と知り合いだったか」
「うん。基礎教養も見てるし、そうじゃなくてもたまにお茶したり買い物に行ったりするよ」
「へえ、仲が良いんだな」
心底意外そうな顔で言われた。
果たして彼女の素性や性別をバラして良いのか分からなかったから、それ以上は触れずに会話を終えた。
「さて、そろそろあの時期ですね」
放課後、主に座学を受け持つ教師たちが学園長室に集められた。
神妙な顔をして切り出されたのは、そんな一言。
それを受けて他の先生たちが苦い顔をする。クルーウェル先生からは大きな舌打ちが聞こえた。
何があったかしらと思い返してみるもピンとこない。それもそのはず。去年の今頃、私はまだいわば研修期間のようなものだったのだから。
「皆さん、すでに試験は作成できていると思いますが、くれぐれも…くれぐれも!生徒の目には触れないようにお願いしますよ!」
ああ、期末試験だ。私も試験の範囲については生徒たちに広報しているし、問題もあらかた作った。単位に関わる大事な時期とあって生徒たちも何かと必死なようだ。
「今年も、去年同様、オクタヴィネル寮には注意をお願いします。去年の一件でおしまいとは思えません。今年は何を目論んでいるやら……」
げっそりとした様子の学園長を見て思い出す。そう言えば、モストロ・ラウンジは去年のこの時期にできたのだった。そう、学園とひと悶着あった末に掠め取った権利だとフロイドが話してくれた。
「特に!今年初めて試験に臨むいおり先生!絶対に!何があっても!生徒たちに弱みを握られるような真似はしないように!」
「は、はぁい……」
そう言われてしまうと自信がなくなる。
既に生徒たちからは若干舐められて、いやフレンドリーすぎるほどフレンドリーに接してもらっているのだ。学園内でサバナクローの子たちに「いおりちゃん、試験の答え教えてくれよ」なんて絡まれたのを知られたら多分めちゃくちゃ怒られるだろう。
「試験の前にはマジフト大会やハロウィーンウィークも控えています。生徒たちは浮足立つ季節です。くれぐれも……くれぐれも問題など起こさぬよう!!私からは以上です」
ざわめきながら散っていく先生方を眺めながら、試験問題完成させないとな、とぼんやり思う。
「いおり、試験期間中はモストロラウンジには近づかないようにしろ」
「なんでですか?」
「あらぬ疑いをかけられんとは限らんだろう。用心に越したことはない」
まあ、確かに試験期間中に教師が生徒とプライベートで関わるのは宜しくはないかもしれない。特にモストロ・ラウンジは閉じた空間だから、何かあったと言われてしまえばそこまで。
イベントによる繁忙期が過ぎたらしばらく休みをもらった方が賢そうだ。
「分かりました」
少しの間、収入が減るが致し方あるまい。
10月。
学園中が浮足立つ季節。
新入生の中にモンスターが混じっていて火を噴いただの、新入生が食堂のシャンデリアを壊しただの。そして、ハーツラビュル寮の寮長がオーバーブロットしただの……。
「オーバーブロット、って何でしたっけ?」
「……はぁ」
「すみません……」
いつものように、クルーウェル先生の部屋でお弁当を広げながら尋ねると、大きなため息を吐かれた。
「俺たちが魔法を使うときにマジカルペンを使うことは知っているな?」
「先生はペンじゃないですけどね」
「あんなセンスのない形のものをいつまでも使っていられるか。魔法石がついていれば何でもいいんだあんなもの」
私の先生は時々すごく口が悪い。
というかなんでも良いのか、あれ。
「重要なのはペンについている魔法石だ」
そう言って先生はいつも持ち歩いている教鞭を示した。持ち手の部分には犬の首輪のようなストラップがついていてそこに石がはめ込まれている。同じようなものが、生徒たちがそれぞれ持っているペンにもついているのだ。
「魔法を使うたびにブロットというものが蓄積される。人体に悪影響を及ぼす物質で、精神汚染や体調不良を引き起こすものだ。量が増えれば最悪死に至る。それを防ぐために石を媒介に使う」
「つまり、本来体に蓄積される汚染物質を、石をフィルター代わりにして防いでいるというわけですね」
「well done.」
なんだか脱臭炭のようだなあと思ったがまた怒られそうなので黙った。
「オーバーということは、石の限界を超えてそのブロットってやつが蓄積されたってことですか?」
「察しがいいな、仔犬。その通りだ。過剰な魔法の使用や当人の魔力に見合わない強力な魔法によって、極まれにだがブロットの量が魔法石の許容範囲を超えることがある。それがオーバーブロットだ。現代においてはきわめて珍しいため報告もそう多くはないがな」
「そんな珍しいことが、なんで……」
ナイトレイブンカレッジの教師たちは私を除いて長く魔法と関わってきている。ブロットとやらについても良く知っているだろうし、そんな大事になるような授業はしないはずだ。
「……リドル・ローズハートの厳格さは俺たちも把握していた。だが、ハーツラビュルの寮長になるくらいだ。それぐらいで当然だと見誤っていたのだろうな」
「それが、リドルのオーバーブロットの原因と関係しているんですか?」
「ああ。ローズハートがオーバーブロットした原因はユニーク魔法の濫用。それに過度なストレスだな。寮生たちの度重なる規則違反とクーデターによって爆発したものと見られている。まあ、詳しいことは学園長がもみ消した後だからよく分からんが」
「うわ、教育現場の闇だ……」
学園長め、私が元の世界に戻る方法についてはいつまで経っても手すら付けてくれてなさそうなのに、こういうことに関しては早いんだから。
「まあ、幸いにも重症というほどのけが人もいないし、ローズハート自身も通常の生活に戻っている。ハーツラビュル寮の在り方については少し見直す必要がありそうだが、それも仔犬どもだけでなんとかなるだろうよ」
「放任主義というかなんというか」
「仔犬なんてものはじゃれ合ううちに手加減を覚えるものだ」
きっとこの人も学生時代はいろいろやんちゃをしていたのだろう。その証拠に、クルーウェル先生はトレイン先生とすれ違う時にほんのちょっとだけ体をこわばらせることがある。
「なるほどな、それで心配して来てくれたのか」
「いや、クルーウェル先生が来れないので代わりに監督」
「ははっ」
その後ハーツラビュルはどう?そうやって聞くとトレイ・クローバーは眉を下げて笑った。特に変わりはないよ。そう言ったけど、なんだか表情がすっきりしているように見えて、おや、と思う。
クルーウェル先生の話を聞いてから、オーバーブロットとは大事件だし、生徒たちにも相当なショックが……なんて考えていたのだが、どうやら違うらしい。基礎教養の授業を受けている1年生も、廊下ですれ違う上回生たちも、果ては副寮長のトレイでさえも何だか前よりも楽しそうなくらい。
「何かもっと落ち込んでると思った」
「なんで残念そうなんだ?」
「いや、こう仮説が覆されたので反応に困っているというか」
「なんだそれ」
クルーウェル先生がサイエンス部の顧問をやっている関係でよく話すせいか、トレイは私にとても気安い。聞けば妹みたいで話しやすいのだとか。私の方が年上なのに。
「確かに、事件の日は肝が冷えたし、色々と考えたよ。でもな、終わってみたらこれで良かったのかもしれないと思うんだ」
「というのは?」
「リドルがオーバーブロットでもしなきゃオレもリドルも、寮生たちも本音で話すなんてことなかったと思う。それに、アイツの規範主義が行き過ぎていたのは事実だよ」
「ふうん」
本音の言えない現代っ子たち。
他の先生たちほど彼らと年が離れていないせいか、なんとなくその気持ちも分かる気がした。とはいえ、そんな大変な一年間があったのに、少しも耳に入ってこなかったとは……
「私って先生としてダメなのでしょうか」
「どうしたんだ急に」
「自信をなくした」
「あー……たしかにいおりは他の先生達みたいな威厳とかそういうのはないな」
「うぐ」
「だけど、オレはそういうところが良いところだと思うよ。まあ、なんだ、ダメではないんじゃないか、いおり先生」
そうやってちょっと照れてゴーグルを着けちゃうところなんかを見たらわあ、学生なんだなって思うのに。
「ありがとう、ミスタ・クローバー」
「どういたしまして」
そうやってあっさり返してくると、なんだか可愛げがない。
「クルーウェル先生が、トレイには気を付けるようにって言ってた意味がなんとなく分かったわ」
「はあ!?」
「ミドルスクールのときとかモテたんじゃない?」
「そんなことはないよ」
きっと嘘だ。
そうでなきゃ気づいてないだけ。きっと女の子たちは彼の無意識の優しさとかそんなのにきゃーきゃー言ってたに違いない。
「何はともあれ怪我人が少なくて良かった」
「そうだな。結局リドルも一年生たちも大した怪我は無かったから」
「ユウにもね」
そう、これまで学園であった様々な事件には、彼女の存在があった。
シャンデリアも、ハーツラビュル寮も。だからこそ気になったというのもある。
「いおりは監督生と知り合いだったか」
「うん。基礎教養も見てるし、そうじゃなくてもたまにお茶したり買い物に行ったりするよ」
「へえ、仲が良いんだな」
心底意外そうな顔で言われた。
果たして彼女の素性や性別をバラして良いのか分からなかったから、それ以上は触れずに会話を終えた。
「さて、そろそろあの時期ですね」
放課後、主に座学を受け持つ教師たちが学園長室に集められた。
神妙な顔をして切り出されたのは、そんな一言。
それを受けて他の先生たちが苦い顔をする。クルーウェル先生からは大きな舌打ちが聞こえた。
何があったかしらと思い返してみるもピンとこない。それもそのはず。去年の今頃、私はまだいわば研修期間のようなものだったのだから。
「皆さん、すでに試験は作成できていると思いますが、くれぐれも…くれぐれも!生徒の目には触れないようにお願いしますよ!」
ああ、期末試験だ。私も試験の範囲については生徒たちに広報しているし、問題もあらかた作った。単位に関わる大事な時期とあって生徒たちも何かと必死なようだ。
「今年も、去年同様、オクタヴィネル寮には注意をお願いします。去年の一件でおしまいとは思えません。今年は何を目論んでいるやら……」
げっそりとした様子の学園長を見て思い出す。そう言えば、モストロ・ラウンジは去年のこの時期にできたのだった。そう、学園とひと悶着あった末に掠め取った権利だとフロイドが話してくれた。
「特に!今年初めて試験に臨むいおり先生!絶対に!何があっても!生徒たちに弱みを握られるような真似はしないように!」
「は、はぁい……」
そう言われてしまうと自信がなくなる。
既に生徒たちからは若干舐められて、いやフレンドリーすぎるほどフレンドリーに接してもらっているのだ。学園内でサバナクローの子たちに「いおりちゃん、試験の答え教えてくれよ」なんて絡まれたのを知られたら多分めちゃくちゃ怒られるだろう。
「試験の前にはマジフト大会やハロウィーンウィークも控えています。生徒たちは浮足立つ季節です。くれぐれも……くれぐれも問題など起こさぬよう!!私からは以上です」
ざわめきながら散っていく先生方を眺めながら、試験問題完成させないとな、とぼんやり思う。
「いおり、試験期間中はモストロラウンジには近づかないようにしろ」
「なんでですか?」
「あらぬ疑いをかけられんとは限らんだろう。用心に越したことはない」
まあ、確かに試験期間中に教師が生徒とプライベートで関わるのは宜しくはないかもしれない。特にモストロ・ラウンジは閉じた空間だから、何かあったと言われてしまえばそこまで。
イベントによる繁忙期が過ぎたらしばらく休みをもらった方が賢そうだ。
「分かりました」
少しの間、収入が減るが致し方あるまい。
10月。
学園中が浮足立つ季節。