番外編
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ナイトレイブンカレッジには季節なんてあってないようなもの。カレンダーの暦を見れば今は冬の終わりだというけれど、気温も湿度も特に変化しなければ草木の様子も変わらない。精々雪が積もる日があったりなかったり。それくらい。そもそも、日本ではないのだから四季はないのだろうけど……。
「皆ってどうやって季節の移り変わりを感じるの?」
「は?」
昼休み。たまには、と朝から作ってみたお弁当を膝に乗せて尋ねる。少し卵が塩辛い。
問いかけた相手はレオナ・キングスカラー。食堂にいたら余計なものを買ってしまいそうだと思い逃げ込んだ植物園にいた王子様である。
何の気なしに訊いてみただけだったが、彼からすれば突拍子もない質問だったらしい。綺麗な顔を歪めて奇妙なものを見る目で見てくる。
「景色も変わらない。暑いとか寒いとかもない。今が春だな、とかああ秋になったんだな、とかどうやって知るの?」
「いおり、お前……カレンダーも読めないのか?」
「読めます。そうじゃなくてね……もう」
もしかするとこちらの世界では月日の過ぎゆくことに大して関心がないのかもしれない。
「何も感じないで過ごしてたら一年なんてあっという間でしょ」
「日の出る時間が違うだろ」
「そう!そういうやつ。他にない?」
「ちっ、めんどくせえ……」
レオナは地面に転がったまま目を閉じる。しっぽがパタパタと揺れているから眠ってしまったわけではない。
「しいて言うなら」
目を閉じたままレオナが口を開く。
「ポムフィオーレの連中だな」
「ポムフィオーレ?」
「春だの秋だの季節が変わるとあいつらの顔が変わる。化粧を変えてんだろうよ」
なるほど。大学の時に周りにいた名前も知らない女の子達も季節に合わせてメイクを変えていた。お洒落な人っていうのは皆そうなのかもしれない。
「じゃあこれからはポムフィオーレ寮生のメイクに注目して過ごすことにするわ」
「好きにしろ」
そんな話をしてからというもの、私の意識はポムフィオーレ寮生に釘付けになってしまった。
あの子、珍しくハーフアップなのね。雨だからか、メイクがマットだ。水色のアイシャドウは今日が暑いから選んだのかしら。
授業の合間にちらちらと彼らを覗き見る。そうやっていると、彼らはとってもお洒落だと改めて思った。天気や気温によってメイクや髪型をかえたり、新発売のコスメやアクセサリーは、チェックしているのかいち早く身につけてくる。中には曜日によってピアスの色を変えている子がいたりして、見ていてとても楽しくなる。
「最近随分と元気なようだな」
放課後、クルーウェル先生の仕事部屋を伺うと、そんなことを言われた。どうやら周りからみても分かるくらい楽しさが溢れてしまっていたらしい。
「えへへ、実は新しい趣味を見つけまして」
「ほう」
「人間観察、というかポムフィオーレ寮生観察ですかね。楽しいんですよ、これが。知ってますか、先生?2年生のルーカス、毎週水曜日だけチョーカーの色が違うんです。何か理由があるんでしょうか?こんど機会があったら聞いてみようと思うんですけど、中々そんな時間がなくて……」
自分一人の趣味を誰かと共有できるかもしれないチャンスに思わずテンションが上がる。元来の研究者気質も手伝い、ここ数日間で十分すぎるほどのデータが集まってしまった。
「皆、コスメ一つでも色々拘ってるみたいで……私も見習わないととは思うんですけど」
お金も時間も技量も足りない。
流石にその言葉は留めたが、クルーウェル先生は気付いたのだろう。
「ヴィル・シェーンハイトを頼るといい。あれは努力する者は無碍にしないだろうよ」
そう助言をくれた。
ヴィル・シェーンハイトのことは知っている。歩いているだけで目立つし、授業でも会うことがある。しかし、プライベートでは話したことは無かった。
ドキドキしながらポムフィオーレ寮の談話室に足を踏み入れると、ザッと視線が集まる。サバナクローやオクタヴィネルとはどうも趣がちがうようで思わず一歩後退った。
「……え、と」
やっぱり帰ろう。
後ろに引いた足を軸に振り返ろうとしたその時、場に似合わない明るい声が響いた。
「オーララ!そこにいるのはマダム・シオだね!」
「しお……?」
声の主には見覚えがあった。ルーク・ハント。ヴィル・シェーンハイト同様よく目立つためによく知っている。
「あ……ミスタ・ハント」
「こんなところで出会うとは。さてマダム、何か用だろうか?」
どうやらマダム・シオというのは私のことらしい。
彼が他の生徒を独特な呼び名で呼んでいることは知っていたため、その類だろうと納得する。
それよりもこの北極さながらの冷たい空気をどうにかしてくれそうな人に会えたのだ。しかも、確か彼は、シェーンハイトと仲が良かったはず……。
変な呼び名は気にせず、彼に助けを求めることにした。
「ヴィル・シェーンハイトに用があるのだけど、」
「ヴィルかい?ウィ、少し待っていてくれ」
そちらで、と付け加えて示された椅子に腰掛けて縮こまる。ルークの登場によって談話室はまたざわざわと安定したざわめきを取り返した。
ルークに案内されたのは寮長にのみ与えられる個室。つい先日、寮長に就任したヴィル・シェーンハイトの部屋だ。扉を開くと、豪奢だけれど決して下品ではない調度品たちが目に入る。
「アタシに用って何かしら?」
「突然ごめんなさい」
「本当に。それで?」
手の平で促されるまま椅子に腰掛けると、いつの間に用意したのかルークがお茶を差し出した。
ほんの少しツンとした香りがする。
「ハーブティーよ。ローズヒップにペパーミントとレモングラスを配合して作ったアタシのオリジナル。むくみやすい今の季節にはピッタリでしょ?」
「それ!」
思わず出てしまった大声に、ヴィルとルークが目を丸くする。それからすぐに怪訝そうな顔に変わった。
「何よ?」
美人の不機嫌な顔に気圧されつつ、私は事の次第を話した。
「……つまり、アタシにプロデュースしろって言ってるの?」
「そ、うなるのかしら」
すっかり話し終わるとヴィルは顎に指を添えて何事か考えるポーズをとった。
「アタシはてっきり、好きでそんな格好してるんだと思ってたわ」
「へ?」
「化粧っけ無し。ブランド品無し。インターン生もびっくりするくらいダサいスーツにぺったんこの靴。好きでやってないのなら一体誰からの拷問よ」
酷い言われようだが、今まさに言われた通りの格好をしているから何も言い返せない。
「ずっと勉強ばかりでお洒落とかしたことなくて……興味がないわけじゃないんだけど、メイクも服もTPOに合わせる程度にしか知識がなく……」
もそもそとせめてもの言い訳を重ねると、ヴィルは大きなため息をついた。
「で?アンタはどうなりたいの?」
どう?
そう言われて、どうしてポムフィオーレ寮の彼らに惹かれたのかを思い返した。
「楽しく過ごしたい。毎日、何かに胸を弾ませてみたいの」
口にしてからやらかしたと思う。これじゃあ鼻で笑われて終わりだ。
過ぎた失敗に肩を落とす私に拍手が向けられる。
「100点、だよマダム」
満面の笑みで手を叩くルークと呆れたように、でも
満足そうな顔をするヴィル。
「アンタが下らない男のため、なんて言ったらつまみ出してやろうと思ってたわ」
「いや、そんな人いないし……」
「あら、そう?レオナ先輩と仲良いじゃない」
「レオナ!?」
「違うなら良いわ。さ、まずはアンタの今の状況を教えてちょうだい」
言うと、もはや興味は消え去ったようでまるで美容部員のようなカウンセリングが始まった。
スキンケアはどうしているのか、コスメはどこで、何を基準に選んでいるのか。私服は、ヘアカットは……
それらに一つ一つ答えるにつれ、ヴィルの眉間の皺が深くなっていく。そして、ついに……
「アンタね……」
深いため息。
「今、部屋にあるもの全部処分しなさい」
「え」
「今日中にアタシが全部揃えて届けさせるわ」
「ええっ!」
「それでこの有様か」
「はい……あ、先生に買っていただいた服たちはセンスが良いからとお許しをいただきました」
「ふん、当然だな」
質素な調度品の中にぽつぽつと紛れる高そうなコスメやファッションアイテムたち…
何より目を引くのは大きなドレッサーだ。あら、メイクはどこで?という質問に、手鏡があるのでと答えたのが運の尽きだった。ヴィルがどこかに連絡したかと思うと一時間もしない内に立派な、それでいて派手ではない素敵なドレッサーが運び込まれた。
明るめのブラウンが他の調度とよく馴染む……が、やはり大きさや材質がランク違いなのだからやはり目立ってしまっている。
「すごいですね、ヴィル・シェーンハイト……」
「言っただろう。努力を惜しまない者にはよくしてくれると」
「まさかここまでとは」
「ははっ」
荷物が入り、4時間にも及ぶヴィルのレッスンを受けた身体はくたくただ。だけど、心はなんだかほわほわとしている。
彼が帰ったあと、様子を見に来てくれた先生はドアを開けて目を丸くしていた。それからすぐに
「見違えたな。ああ、毛並みが良くなっている」
と褒めてくれた。
お洒落は自分のためのもの。そう思って頼んだものの、やはり誰かに褒められるのは嬉しい。それが敬愛する先生ならばさらに。
「今度、お給料が出たら街に行きます!ヴィルがおすすめのカフェを教えてくれたので」
「なるほど、それなら車を出してやる」
「え、大丈夫ですよ?」
「良い犬になったからな。誘拐でもされたら困るだろう」
「あはは!なんです、それ?でも、じゃあ、お願いします」
ほわほわとした気持ちのまま、珍しく素直に厚意に甘える。するとヘアオイルでつやつやになった髪をそっと撫でられた。その仕草にまたほわんと心地よい気恥ずかしさが溢れた。思春期の男の子ってこんな気持ちなのかしら。
「先生、私子どもじゃないです」
「レディ扱いしたつもりだったが」
「先生はレディの頭をナチュラルに撫でるんですか……」
「……その目はやめろ」
「皆ってどうやって季節の移り変わりを感じるの?」
「は?」
昼休み。たまには、と朝から作ってみたお弁当を膝に乗せて尋ねる。少し卵が塩辛い。
問いかけた相手はレオナ・キングスカラー。食堂にいたら余計なものを買ってしまいそうだと思い逃げ込んだ植物園にいた王子様である。
何の気なしに訊いてみただけだったが、彼からすれば突拍子もない質問だったらしい。綺麗な顔を歪めて奇妙なものを見る目で見てくる。
「景色も変わらない。暑いとか寒いとかもない。今が春だな、とかああ秋になったんだな、とかどうやって知るの?」
「いおり、お前……カレンダーも読めないのか?」
「読めます。そうじゃなくてね……もう」
もしかするとこちらの世界では月日の過ぎゆくことに大して関心がないのかもしれない。
「何も感じないで過ごしてたら一年なんてあっという間でしょ」
「日の出る時間が違うだろ」
「そう!そういうやつ。他にない?」
「ちっ、めんどくせえ……」
レオナは地面に転がったまま目を閉じる。しっぽがパタパタと揺れているから眠ってしまったわけではない。
「しいて言うなら」
目を閉じたままレオナが口を開く。
「ポムフィオーレの連中だな」
「ポムフィオーレ?」
「春だの秋だの季節が変わるとあいつらの顔が変わる。化粧を変えてんだろうよ」
なるほど。大学の時に周りにいた名前も知らない女の子達も季節に合わせてメイクを変えていた。お洒落な人っていうのは皆そうなのかもしれない。
「じゃあこれからはポムフィオーレ寮生のメイクに注目して過ごすことにするわ」
「好きにしろ」
そんな話をしてからというもの、私の意識はポムフィオーレ寮生に釘付けになってしまった。
あの子、珍しくハーフアップなのね。雨だからか、メイクがマットだ。水色のアイシャドウは今日が暑いから選んだのかしら。
授業の合間にちらちらと彼らを覗き見る。そうやっていると、彼らはとってもお洒落だと改めて思った。天気や気温によってメイクや髪型をかえたり、新発売のコスメやアクセサリーは、チェックしているのかいち早く身につけてくる。中には曜日によってピアスの色を変えている子がいたりして、見ていてとても楽しくなる。
「最近随分と元気なようだな」
放課後、クルーウェル先生の仕事部屋を伺うと、そんなことを言われた。どうやら周りからみても分かるくらい楽しさが溢れてしまっていたらしい。
「えへへ、実は新しい趣味を見つけまして」
「ほう」
「人間観察、というかポムフィオーレ寮生観察ですかね。楽しいんですよ、これが。知ってますか、先生?2年生のルーカス、毎週水曜日だけチョーカーの色が違うんです。何か理由があるんでしょうか?こんど機会があったら聞いてみようと思うんですけど、中々そんな時間がなくて……」
自分一人の趣味を誰かと共有できるかもしれないチャンスに思わずテンションが上がる。元来の研究者気質も手伝い、ここ数日間で十分すぎるほどのデータが集まってしまった。
「皆、コスメ一つでも色々拘ってるみたいで……私も見習わないととは思うんですけど」
お金も時間も技量も足りない。
流石にその言葉は留めたが、クルーウェル先生は気付いたのだろう。
「ヴィル・シェーンハイトを頼るといい。あれは努力する者は無碍にしないだろうよ」
そう助言をくれた。
ヴィル・シェーンハイトのことは知っている。歩いているだけで目立つし、授業でも会うことがある。しかし、プライベートでは話したことは無かった。
ドキドキしながらポムフィオーレ寮の談話室に足を踏み入れると、ザッと視線が集まる。サバナクローやオクタヴィネルとはどうも趣がちがうようで思わず一歩後退った。
「……え、と」
やっぱり帰ろう。
後ろに引いた足を軸に振り返ろうとしたその時、場に似合わない明るい声が響いた。
「オーララ!そこにいるのはマダム・シオだね!」
「しお……?」
声の主には見覚えがあった。ルーク・ハント。ヴィル・シェーンハイト同様よく目立つためによく知っている。
「あ……ミスタ・ハント」
「こんなところで出会うとは。さてマダム、何か用だろうか?」
どうやらマダム・シオというのは私のことらしい。
彼が他の生徒を独特な呼び名で呼んでいることは知っていたため、その類だろうと納得する。
それよりもこの北極さながらの冷たい空気をどうにかしてくれそうな人に会えたのだ。しかも、確か彼は、シェーンハイトと仲が良かったはず……。
変な呼び名は気にせず、彼に助けを求めることにした。
「ヴィル・シェーンハイトに用があるのだけど、」
「ヴィルかい?ウィ、少し待っていてくれ」
そちらで、と付け加えて示された椅子に腰掛けて縮こまる。ルークの登場によって談話室はまたざわざわと安定したざわめきを取り返した。
ルークに案内されたのは寮長にのみ与えられる個室。つい先日、寮長に就任したヴィル・シェーンハイトの部屋だ。扉を開くと、豪奢だけれど決して下品ではない調度品たちが目に入る。
「アタシに用って何かしら?」
「突然ごめんなさい」
「本当に。それで?」
手の平で促されるまま椅子に腰掛けると、いつの間に用意したのかルークがお茶を差し出した。
ほんの少しツンとした香りがする。
「ハーブティーよ。ローズヒップにペパーミントとレモングラスを配合して作ったアタシのオリジナル。むくみやすい今の季節にはピッタリでしょ?」
「それ!」
思わず出てしまった大声に、ヴィルとルークが目を丸くする。それからすぐに怪訝そうな顔に変わった。
「何よ?」
美人の不機嫌な顔に気圧されつつ、私は事の次第を話した。
「……つまり、アタシにプロデュースしろって言ってるの?」
「そ、うなるのかしら」
すっかり話し終わるとヴィルは顎に指を添えて何事か考えるポーズをとった。
「アタシはてっきり、好きでそんな格好してるんだと思ってたわ」
「へ?」
「化粧っけ無し。ブランド品無し。インターン生もびっくりするくらいダサいスーツにぺったんこの靴。好きでやってないのなら一体誰からの拷問よ」
酷い言われようだが、今まさに言われた通りの格好をしているから何も言い返せない。
「ずっと勉強ばかりでお洒落とかしたことなくて……興味がないわけじゃないんだけど、メイクも服もTPOに合わせる程度にしか知識がなく……」
もそもそとせめてもの言い訳を重ねると、ヴィルは大きなため息をついた。
「で?アンタはどうなりたいの?」
どう?
そう言われて、どうしてポムフィオーレ寮の彼らに惹かれたのかを思い返した。
「楽しく過ごしたい。毎日、何かに胸を弾ませてみたいの」
口にしてからやらかしたと思う。これじゃあ鼻で笑われて終わりだ。
過ぎた失敗に肩を落とす私に拍手が向けられる。
「100点、だよマダム」
満面の笑みで手を叩くルークと呆れたように、でも
満足そうな顔をするヴィル。
「アンタが下らない男のため、なんて言ったらつまみ出してやろうと思ってたわ」
「いや、そんな人いないし……」
「あら、そう?レオナ先輩と仲良いじゃない」
「レオナ!?」
「違うなら良いわ。さ、まずはアンタの今の状況を教えてちょうだい」
言うと、もはや興味は消え去ったようでまるで美容部員のようなカウンセリングが始まった。
スキンケアはどうしているのか、コスメはどこで、何を基準に選んでいるのか。私服は、ヘアカットは……
それらに一つ一つ答えるにつれ、ヴィルの眉間の皺が深くなっていく。そして、ついに……
「アンタね……」
深いため息。
「今、部屋にあるもの全部処分しなさい」
「え」
「今日中にアタシが全部揃えて届けさせるわ」
「ええっ!」
「それでこの有様か」
「はい……あ、先生に買っていただいた服たちはセンスが良いからとお許しをいただきました」
「ふん、当然だな」
質素な調度品の中にぽつぽつと紛れる高そうなコスメやファッションアイテムたち…
何より目を引くのは大きなドレッサーだ。あら、メイクはどこで?という質問に、手鏡があるのでと答えたのが運の尽きだった。ヴィルがどこかに連絡したかと思うと一時間もしない内に立派な、それでいて派手ではない素敵なドレッサーが運び込まれた。
明るめのブラウンが他の調度とよく馴染む……が、やはり大きさや材質がランク違いなのだからやはり目立ってしまっている。
「すごいですね、ヴィル・シェーンハイト……」
「言っただろう。努力を惜しまない者にはよくしてくれると」
「まさかここまでとは」
「ははっ」
荷物が入り、4時間にも及ぶヴィルのレッスンを受けた身体はくたくただ。だけど、心はなんだかほわほわとしている。
彼が帰ったあと、様子を見に来てくれた先生はドアを開けて目を丸くしていた。それからすぐに
「見違えたな。ああ、毛並みが良くなっている」
と褒めてくれた。
お洒落は自分のためのもの。そう思って頼んだものの、やはり誰かに褒められるのは嬉しい。それが敬愛する先生ならばさらに。
「今度、お給料が出たら街に行きます!ヴィルがおすすめのカフェを教えてくれたので」
「なるほど、それなら車を出してやる」
「え、大丈夫ですよ?」
「良い犬になったからな。誘拐でもされたら困るだろう」
「あはは!なんです、それ?でも、じゃあ、お願いします」
ほわほわとした気持ちのまま、珍しく素直に厚意に甘える。するとヘアオイルでつやつやになった髪をそっと撫でられた。その仕草にまたほわんと心地よい気恥ずかしさが溢れた。思春期の男の子ってこんな気持ちなのかしら。
「先生、私子どもじゃないです」
「レディ扱いしたつもりだったが」
「先生はレディの頭をナチュラルに撫でるんですか……」
「……その目はやめろ」