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涙色キャンディ
※炭→善→禰 悲恋ぎみ

 ハッカの飴は苦手なんだよな。スースー鼻に抜けてくのが掴みどころなくって、なんだか無性に泣きたくなる。
 せっかくなら口の中全部があまーくあまーく満たされるような、そうだなあ、できれば桃の飴がいいなあ。

 放課後の寄り道でひとしきり駄弁った帰路のこと。ファミレスで貰った飴玉の包装紙を見つめてぼやきながら、善逸は唇を尖らせる。
 きらきら、きらきら。日暮れの光が金の髪に反射するのを直視できず瞼を伏せれば、道路に伸びる二人分の影にいつもと変わらぬ隙間がある。
 俺と善逸の間。手を伸ばせば届くけれど、決して伸ばすことのできない微妙な距離。
 空虚な気持ちでぼうっとそれを眺めていたら、隣から気遣うような優しい声をかけられた。
「炭治郎は?」
「ん?」
「飴、好き?」
「んー……、どうだろう」
 振り向く勇気がなくて、気のない返事をしながら雲を見上げてみたりして。こんなにも広くて素っ気ないただそこにあるだけの空に、つま先立ちしたって届きやしない。
 ああ、じくじくと傷む胸の内を、お前に悟られたくないな。

「禰豆子は、金平糖が好きだよ」

 我ながら卑怯だと思いつつ魔法の言葉を口にすれば、明らかに弾んだ「えっ!」という声。
 善逸は禰豆子の話になると他のことなんて耳に入らないから、きっと質問に応えない俺のことは忘れてくれる。
「そうなの? 禰豆子ちゃんも俺と一緒で甘いものが好きなんだねえ。ふふ。夫婦で食の好みが合うかどうかは大事っていうし、俺たちの結婚生活も安泰かな」
 ちらりと盗み見れば、頬をだらしなく緩ませてへらりへらりと笑っている。交際にすら至ってないのに結婚生活まで飛躍する想像力の高さには感服するが、こっちはいろんな意味で複雑だ。
 人の気も知らないでまったく……と思いつつ、俺はその笑顔が悲しいくらい好きだった。

「たんじろ、大丈夫か?」
 いつまでも視線を合わせない俺を見兼ねてか、突然顔を覗き込まれて心臓が跳ねる。無垢な鼈甲色の瞳に見つめられて動けない。
 やめてくれ。忘れてくれ。俺に構わないでくれ。
「大丈夫だ。なんともないから」
「でもさっきからボーっとしてる」
「それはすまない、けど、待……」
「ん、大人しくしろって」
 離れていたはずの影がひとつになって、善逸の手が俺の額をさする。触れたくて伸ばしたくてでも我慢、我慢の連続だった距離をこんなにもたやすく縮められてしまった。
 存外温かい手のひらからじんわりと熱が移ったみたいに、顔が火照って。もう、勘弁してくれ。
「熱はないみたいだけどな」
 至近距離でかち合った視線にたまらず身を引いた。取り乱したら悟られる。気付かれたらもう二度と、当たり前に隣を歩ける今日と同じ明日は来ない。
 ずっと秘めておくって決めたんだ。
 俺は禰豆子と善逸、どちらかなんて選べないから。

「なんか辛いのか?」
「……、」
「俺にできることあるか?」
 労わるような優しい視線に泣きたくなる。どうかそんな顔をしないでくれ。お前は何も悪くない。お前を好きになってしまった、俺が悪いんだから。
 西に沈んでいく夕日を背にして震えそうな声を飲み込んだ。しばらくしてようやく絞り出したそれはひどく情けなかった。

「飴を」
「へ?」
「舐めてくれないか。そのハッカの」
 苦手だからと手先でもてあそばれてる哀れなその飴玉を。
 甘くもない、お前を満たすこともできない、抜けて消えていくだけのものだとしても。
 もし叶えてくれるなら、一瞬でいいからお前に溶かしてほしい。

 困惑した様子の善逸にやはり黙っておけば良かったと後悔した時だった。
 カサリと音を立てて包装を外された透明な飴玉が、確かに善逸の口内へと吸い込まれていった。形の良い唇が閉じられ、カラコロと舌で転がす音が聞こえる。
 そろそろと視線を上げれば困ったように眉尻を下げた善逸が俺を見ていた。
「やっぱり、泣きたくなるよ。この飴」
 その言葉と同じように俺の鼻もつんとした。込み上げる涙をぐっと堪えてなんとか笑みを作ったけれど、きっと下手くそで見れたものじゃなかったろう。
 頼むよ。
 一生伝えられない想いごとこのまま溶かして嚥下して、なかったことにしてくれ。
 そう強く願いながら黙って隣を歩く俺に、善逸はもう何も言わなかった。
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