Key.
隣、良いか―――?
それは、氷と氷がぶつかった瞬間だった。
空のグラスを弄んでいたせいだろうか。
風のように通りの良い声は、普段から聞き慣れた声に良く似ていた。
最悪神ケフカの裁きの光により、跡形もなく裂かれた大地。
水も空気も澱み、まっさらな心で過ごすことも叶わないような世界で、その堂々とした声は、不思議と安心感があった。
実際に振り返ればそれは赤の他人だったけれども、その容姿は異様なほどこの世界に溶け込んでいた。
定期船が出ているだけに、サウスフィガロの酒場には、様々な人種がごったがえしている。
「お前、何を呑んでる?」
顔全体を覆っているので性別の判断がつかないが、声質からすると、きっと男だろう。
額から頬にかけて垂れた数本のパールに、表情が見えないくらいに麻布を巻き付けた顔。
口元までもを隠し、その布に絡み付く赤髪のドレッドヘアが背中まである様から、まるで手入れを怠った蔓のようだった。
その風体はどこぞの旅人というよりも、街を追われた流れ者を連想させる。
「そうだな、同じ物をもらおう。―――マスター、十五年もののウイスキーをボトルで持って来てくれ」
素性は分からないが、この者、なかなかの豪遊者だ。
俺、ロック・コールが呑んでいる酒は、なけなしの金をはたいて注文した、一杯千ギル以上もするジドール産の上等なウイスキーだ。
それをボトルで注文するのだから、金銭的にも余裕があると見える。
不便なので、取り敢えず"赤髪"と呼ぶことにする。
「このボトルが気になるようだな。持ち分が空っぽで物足りないのだろう。折角だ、この中身が空になるまで付き合ってくれるなら、お前のグラスにも少し足してやる」
そう言ってこちらの返事を待つこともなく、赤髪は自分からグラスを強引に取り、ボトルセットに付いてきた氷を、トングでひとつひとつ丁寧に入れてくれた。
間近で注がれたお酒は、こちらにも届くほどに芳醇な香りが漂う。
その顎の形、厚い唇。
先ほどから誰かに似ているとは思ったが、その部位を見て、ますます他人の空似とは思えなかった。
「あんた…俺とどこかで会ったことあるか?」
「さあな」
俺は半信半疑で訊いてみたが、赤髪はその質問に、まともに取り合おうとはしなかった。
「俺はロック。トレジャーハンターを生業にしている。あんたは?」
それでも赤髪は答えなかった。
代わりに、「俺に名はない」と答えた。
赤髪はもう一言付け足し、
「ついでに言うならお前とも会ったことはない。だが呼び名がないのはどうも上手くない。……そうだな、俺のことはフーガンとでも呼んでくれ」
「なんだ、適当な奴だな」
「俺が作った、フーテンのガンマンという意味だ。定職などない、単なる雇われガンマンだ」
なるほど、確かに腰の革ベルトには鈍色に光る二丁拳銃が差してあり、予備の銃弾をジャラジャラと肩から斜めに提げている。
「真面目に生きるのも一興だが、ある程度自分を甘やかして適当にやるのが一番気楽なのさ」
フーガンは口一杯に注いだウイスキーを指で掻き混ぜると、俺のグラスにカチリと当てた。
そして視線を俺に戻し、その口元を弛ませた。
「……おい、警戒した目で俺を見るな。まだ乾杯してなかっただけだろうが」
「違う、その……」
「なんだ、俺の職種がそんなに気になるのか。そんな猜疑心など持たなくても、なにも殺しはしない。身動きができない程度にまで追い詰めるのが本来の仕事。殺すのはタブーだ」
そこまで聞いてはいないのだが、フーガンは何を質問するわけでもなく、勝手に身の内話をしてくる。
まぁそれが彼の性分なのだろうと、こちらから敢えて詮索はしなかった。
「なんだか俺の知人と職種が似ているな」
それは、氷と氷がぶつかった瞬間だった。
空のグラスを弄んでいたせいだろうか。
風のように通りの良い声は、普段から聞き慣れた声に良く似ていた。
最悪神ケフカの裁きの光により、跡形もなく裂かれた大地。
水も空気も澱み、まっさらな心で過ごすことも叶わないような世界で、その堂々とした声は、不思議と安心感があった。
実際に振り返ればそれは赤の他人だったけれども、その容姿は異様なほどこの世界に溶け込んでいた。
定期船が出ているだけに、サウスフィガロの酒場には、様々な人種がごったがえしている。
「お前、何を呑んでる?」
顔全体を覆っているので性別の判断がつかないが、声質からすると、きっと男だろう。
額から頬にかけて垂れた数本のパールに、表情が見えないくらいに麻布を巻き付けた顔。
口元までもを隠し、その布に絡み付く赤髪のドレッドヘアが背中まである様から、まるで手入れを怠った蔓のようだった。
その風体はどこぞの旅人というよりも、街を追われた流れ者を連想させる。
「そうだな、同じ物をもらおう。―――マスター、十五年もののウイスキーをボトルで持って来てくれ」
素性は分からないが、この者、なかなかの豪遊者だ。
俺、ロック・コールが呑んでいる酒は、なけなしの金をはたいて注文した、一杯千ギル以上もするジドール産の上等なウイスキーだ。
それをボトルで注文するのだから、金銭的にも余裕があると見える。
不便なので、取り敢えず"赤髪"と呼ぶことにする。
「このボトルが気になるようだな。持ち分が空っぽで物足りないのだろう。折角だ、この中身が空になるまで付き合ってくれるなら、お前のグラスにも少し足してやる」
そう言ってこちらの返事を待つこともなく、赤髪は自分からグラスを強引に取り、ボトルセットに付いてきた氷を、トングでひとつひとつ丁寧に入れてくれた。
間近で注がれたお酒は、こちらにも届くほどに芳醇な香りが漂う。
その顎の形、厚い唇。
先ほどから誰かに似ているとは思ったが、その部位を見て、ますます他人の空似とは思えなかった。
「あんた…俺とどこかで会ったことあるか?」
「さあな」
俺は半信半疑で訊いてみたが、赤髪はその質問に、まともに取り合おうとはしなかった。
「俺はロック。トレジャーハンターを生業にしている。あんたは?」
それでも赤髪は答えなかった。
代わりに、「俺に名はない」と答えた。
赤髪はもう一言付け足し、
「ついでに言うならお前とも会ったことはない。だが呼び名がないのはどうも上手くない。……そうだな、俺のことはフーガンとでも呼んでくれ」
「なんだ、適当な奴だな」
「俺が作った、フーテンのガンマンという意味だ。定職などない、単なる雇われガンマンだ」
なるほど、確かに腰の革ベルトには鈍色に光る二丁拳銃が差してあり、予備の銃弾をジャラジャラと肩から斜めに提げている。
「真面目に生きるのも一興だが、ある程度自分を甘やかして適当にやるのが一番気楽なのさ」
フーガンは口一杯に注いだウイスキーを指で掻き混ぜると、俺のグラスにカチリと当てた。
そして視線を俺に戻し、その口元を弛ませた。
「……おい、警戒した目で俺を見るな。まだ乾杯してなかっただけだろうが」
「違う、その……」
「なんだ、俺の職種がそんなに気になるのか。そんな猜疑心など持たなくても、なにも殺しはしない。身動きができない程度にまで追い詰めるのが本来の仕事。殺すのはタブーだ」
そこまで聞いてはいないのだが、フーガンは何を質問するわけでもなく、勝手に身の内話をしてくる。
まぁそれが彼の性分なのだろうと、こちらから敢えて詮索はしなかった。
「なんだか俺の知人と職種が似ているな」