アレクシス卒業後パロss







職場のクリスマスパーティーにも、友人の所にも顔を出さずに一人でイブを迎えるのは、随分と久しぶりの事だった。



一ミリも信じていない神の教えを聞かされて、ぐちゃぐちゃになったケーキもチキンも食べ残したままそのうち全員が酔いつぶれるまでの退屈な時間を、終始笑顔で乗り切るなんて想像もしたくない。それを毎年、アレクシスは最後までやりきっているのだ。そろそろ給料が出てもいい頃だろう。

何時間もニコニコと外向きの笑顔で愛想を振りまいて媚を売り、世辞でおだてて、パーティーの最後には次のヴァンエル家のスポンサーを獲得するため次回の社交界での約束を取り付けるような「仕事」はもう、遠い昔の思い出だ。
そして、その汚い仕事で鍛えられた話術は、名前も顔もろくに覚えていないただの同じ職場の人間に使うためにわざわざ鍛えた訳ではない。
思い出を汚されるーー理由からではなく、今の職場の人間に媚を売り、アレクシスに良い印象だけ与えることは、全くもって必要無いからだ。だからと言ってクリスマスの夜自分一人で街に飲みに行く気にもなれず、定時過ぎに手渡された書類をじっと睨み付けたままアレクシスは、深い溜め息を漏らした。




病院を出てからまっすぐ自宅へと向かった。既に心も体も疲れきっていた。
マンションに戻ると、今日もリビングに入る前から既に隣人達の騒ぎ声が漏れ出ていた。クリスマスの空気に浮かれた、いつもより騒がしい物音がガンガン頭に響いて、アレクシスはうんざりしたように顔をしかめた。
最低の気分だった。



ディナーの前にさっとシャワーを浴びる。熱いお湯で冷えきった体をながしながら、目を閉じて壁の向こうの騒音と住人の対処法について思考を巡らせていた。
部屋着に着替えて、乾いた髪の毛をひとつにゆるくまとめて、そろそろディナーの準備でもしようかと冷蔵庫を開けたその時だった。
ポン!ポン!ポンポン!と、コルクが飛んでいく音に続くように、わっと大きな歓声が上がったのだ。
汚い笑い声がよりいっそう酷くなりアレクシスは叫び出したい衝動に駆られたが、息が上がるまで深呼吸を十何回と重ねて、なんとか気持ちの昂りを抑え込む。冷静に考えると、あの住人の為にわざわざ喉を枯らせるのはバカバカしいことだと思えた。それに、アレクシスが隣人に迷惑な住人だと思われるのはなんとなく癪だった。
一方で静まる気配のない喧騒に目眩がして、アレクシスはついに壁に向かってクソガキ、と唸るように吐き捨てた。
最悪の気分で、のろのろと薄暗いキッチンに明かりを灯してから、ようやくディナーの準備に取りかかる。

ああ……冷蔵庫の扉………開けっ放しだったのか。
ついさっき、最低の底にまで落下した機嫌が、自己嫌悪で更にその下まで降下していくのを感じた。ぐっと噛み締めた奥歯がギシギシと不快な音を立てて、アレクシスはこれでもかというほどに顔を歪めた。


時刻は二十三時をとっくに過ぎていた。


キンキンに冷えた水で空になった食器をなんとか洗い上げたアレクシスは、疲れた様子でシンクにもたれ掛かり深くため息をついた。
頬の辺りまで伸びてきた前髪に鬱陶しそうに眉を寄せて荒々しく右手でかきあげる。ひとつに結っていた髪を左手でほどくと、長い赤髪がはらりと背中に散った。
ーー美容院に行く時間も無いくらい忙しいのか。と、他人事の様に思いながら、またひとつため息をついた。



いつの間にか窓の向こうでは大粒の雪が地面を白くおおっていた。
……今年はホワイトクリスマスか。そ れでもアレクシスは、今更感傷に浸る事は無かった。
彼にとっては、ただの事実の確認だった。
うっそりと雪を眺めてまたため息をついた、事に気づいたアレクシスは諦めたように窓辺の椅子に腰を下ろした。詰めていた息を吐き出してぼんやりと明日の交通の便について思考をめぐらせる。

そのままアレクシスは、パーティーの声が聞こえなくなるまで椅子に座ったまま、降り続ける雪と白く染まっていく外の景色を、朝までじっと見つめていた。






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