無陀野無人
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桃との戦闘後、額を伝う血を隊服の袖で雑に拭う。辺り一面に漂う生暖かい血と脂の臭いに、喉の奥から酸っぱいものがせりあがってくる。それを無理やり飲み込んで他の隊員と合流する為に歩き出した。
ひりつく喉に不快感を覚えながら他の隊員を探す道中、白と黒の骸をいくつか通り過ぎる。入隊当初は足を止め泣いていたが、今は涙一つ出てこない。
地面に転がり、虚ろな目を空に向けている、顔見知りを一瞥して、そのままその横通り過ぎた。
それから暫く歩いた所に、桃太郎達の屍が転がる中にその人はいた。
「無陀野先輩」
振り向いた無陀野さんには傷一つなく、返り血と土汚れだけが隊服についていた。
「苗字か」
「お疲れ様です、ここら一帯の桃太郎は一掃し終わりました。本隊と合流しましょう」
「ああ」
並んで歩きながら、私は彼の右頬に刻まれた黒に羨望の眼差しを向けた。
好きな人に刻まれた入れ墨を見たとき、悲しさよりも羨ましいと思ってしまった。
不謹慎な事とは分かってはいる。それでも、羨まずにはいられなかった。私が一瞥しただけで通り過ぎたあの人達は、無陀野さんの身体に刻まれ、この先一生誰よりも近い場所にいるのだろう。
──だからこれはきっと、バチが当たったのだ。死んだ者を羨んだ事への。
出動要請を受け、桃太郎と対峙し刃を交えた。
桃太郎の喉を裂くと同時に、胸と腹を抉られた。
相打ちだった。
桃太郎が崩れ落ちた瞬間、全身に痛みが押し寄せた。
ごろりと仰向けになり、傷口を抑える。抑えた手や指の隙間からは絶えず血が流れ出し、私は自分の死を悟った。
「ヒュ、ヒュー、ヒュー」
(こんな事なら、無陀野さんに告っとけばよかった)
喉が鳴るような、か細い呼吸が漏れる。
霞み始めた視界でぼんやりと、上を見る。
もはや死を待つだけの私の耳に想い人の声が届いた。
幻聴まで聞こえるなんて、いよいよヤバいな。
だが、それは幻聴ではなく現実であるとすぐに分かった。
何度も名前を呼ばれ、体を抱き起こされる。その腕の温かさに、現実なのだと理解した。
無陀野さんは今にも死にそうな私に「大丈夫だ」「今ならまだ助かる」と必死に声をかけ続ける。
もう手遅れなのは、無陀野さんなら誰よりも分かっているはずなのに。
──ふと、一つの考えが浮かんだ。
今ここでこの人に想いを伝えたら、消えない傷を刻めるのではないか?
優しいこの人を傷つけたくない。
でもこの人に、一生消えない傷を刻みたい。
彼の体に刻まれている黒よりも、より深い場所に刻まれたい。
過去の人間として、消費されたくない。
私は決心して、無陀野先輩の隊服の襟を掴む。最期の力を振り絞って引き寄せ、キスをした。
「は」
「せ、ん…ぱい……すき、です。ず、ずっと、っすきでした」
無陀野さんはぽかんとした、呆気にとられたような顔をしている。困惑からか、表情を崩して瞳を揺らしている。
(無陀野さんのこんな顔、初めて見た)
「……何故、今言うんだ」
震える声が落ちてきた。
私はもう、答えられない。
ただ彼の胸元を掴んだ手から力が抜けていく。
「一生、残るぞ」
──それを聞けたことが、少しだけ嬉しかった。
次の瞬間、私の世界は静かに閉じた。
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