「新が出てこないのって、さっきのが原因で怖くなったんじゃないの？」
「勿論それもあります。でも、そもそもそれ以前から既に兄から出席はしないようにと止められているんです」
「ハァ！？何それ理由は！？」
「それが未だに分からなくて……。でも、その男の子の言葉で理解したんです。ああ、それほどまでに酷い顔なんだ。そんな妹と血が繋がっていると思われたくないんだと……！」


　……何というか、聞いていて頭の痛くなる、ひたすらとんでもない話だった。そりゃ認識歪んでも仕方ないのかもしれない。


「お兄さんとは話はしないの？」
「兄は忙しい人ですから。元々あまり多くは話しませんでしたし、何より口数が少ないので……。それなりに歳が離れている所為もあるかもしれません」
「そ、っか……うーん、難しいなー」


　兄弟で全然話さないなんて僕らじゃとても考えられないことだ。これはどうしたものかと頭を捻っていると、何やら新が不思議そうな面持ちでこちらを見ている。気がする。見えないから気がするだけなんだケド。


「どうかした？」
「……その、馨くんは優しいんですね。ずっと怖い人だと思い込んで、実はちょっと避けてたんですけど……」
「いやあ、まあそれについてはさっきハルヒに言われたし」
「ついでに言ってしまうと、ずっと馨くんと光くんに嫉妬してたんです」
「し、嫉妬？」


　さっきから斜め上の回答とか単語ばっかり飛び出るんだけど、今一番落ち込んでるオーラ醸してない？ものすごく雲行きが怪しいのでは？何と言ったらいいのか分からず戸惑う僕を置いて、新はその心中を零し始めた。


「馨くんも光くんも、ホスト部に入ってからハルヒとよく話すようになったでしょう？」
「そ、ソウダネ」
「気付いたらハルヒを連れて行って、ハルヒとどんどん仲良くなって、いつも一緒にいて、楽しそうにしているのを見てると、すごく話しかけづらくて、ハルヒとゆっくりお話しできなくて……うっ……」
「ご　め　ん　な　さ　い　！！！！！」


　何だこのオチは！？ギリギリ泣かせないラインで話が出来たと思ったら、本来心配していた所と全く関係ない所で泣かせてしまった。色々悩んでることは多そうだけど、現状一番悩んでたのは恐らくこれっぽい。ちょっとでも本音を聞けたのは良いとしても、原因が自分(と光)にあったことが判明してしまったのはあまりにも残念すぎないだろうか。


「そ、そうだよね、ハルヒとずっと仲良かったもんネ……」
「私が勝手に避けてただけなので……むしろ謝らなければならないのは私の方です……ごめんなさい……」
「あっ、でもほら！もう怖くないでしょ？今度からは一緒にご飯食べたりしようよ、ハルヒも新と一緒の方が良いって言ってたし！」


　ハルヒという言葉を聞いた瞬間、新は俯いた顔を勢いよく上げた。あ、ちょっとだけ顔見えた。


「……ほんとに？」
「うん、さっき言ってたんだけど……あれ、聞いてなかった？」
「教室に戻った時に、少しだけお話しているのが聞こえたので……その、途中から……歓迎会がどうとか……？」
「あ、そこからか」
「でも、そっか。良かった、もう私のことどうでもよくなっちゃったのかなって、思って、う、うえええ……良かったぁぁ……」
「わーーー、大丈夫ハルヒはずっと新の友達だから！大丈夫だから泣かないで、まじでこのまま戻ったらハルヒに怒られ―――」

『新、馨？いるでしょ、入るよ』
『ねーハルヒ、今なら僕も入って良くない？』
『だめ。せめて一回自分が確認してからね』
『へーい』


　最悪のタイミングだ、おそらく戻りが遅いから探しに来たんだろう。僕が泣かせたわけでもあるけどこれ泣いてる理由の半分はハルヒじゃない！？とも思いつつ、まあそんな言い訳が通用する状況とも思えない。せめてどうにか誤魔化す方法は―――


「……新、ちょっとだけ我慢してね！」
「はい！？」


　ちゃんと断りは入れてから、新を自分の方に引き寄せ抱きしめる。要はしみじみ確認できないようにすればいいよね、今だけ乗り切っちゃえば何とか…！と、あれこれ考えているうちに、扉が開いた。


「…………馨？」
「や、やっほー、ちゃんと新見つけたヨ☆」
「うん、それは良いんだけど……何してるの？」
「ほら、友好の証に記念のハグを……」
「……」


　ハルヒはものすごい怪訝な表情で、つかつかとこちらに近づいてくる。新の姿を確認した後、じろりとこちらを睨む。これはどう考えてもばれてるし、そもそも最初から怒ってる気がする……。


「光、入っていいよ。……あと馨、離れて」
「おっけー？新大丈夫かー……って何、どういうこと！？僕を差し置いて修羅場してる気配！？」
「かーおーるー……？」


　言い逃れ出来ない状況と圧に負け、渋々新から離れる。ハルヒはすぐさま新の前に立ち、光から見えないようにその顔を覗き込んだ。何か話してるっぽいけど、小声でよく聞き取れない。結構頑張ったんだし、ちょっとくらいは弁明させてくれないかなぁ……なんてやや諦め気味にその様子を見ていると、ハルヒがこちらを振り返る。


「……とりあえず、何があったのか簡潔に教えて」
「え、う、うん」


　怒ってはいるみたいだけど、何とか話は聞いてくれる雰囲気だ。ひとまずハルヒ達が来るまでの経緯を、出来る限り誤魔化さずに伝えた。勿論デリケートな部分は上手く伏せて。最後に新にも確認をして、完全には納得は出来ないと言ったな表情だったけど、何とか現状では良しとしてくれた。


「僕頑張ったんだよ！むしろ褒めてくれても良いんじゃない！？」
「うーん。まあ自分も原因ではあったし、あんまり強くは怒れないけど……」
「ち、違うの、私が1人で拗ねてただけだから、3人とも悪くない……」
「あのさー、とりあえず話は落ち着いたんデショ。だったらここですっぱり切り替えた方が楽じゃない？」


　そう言って光は新に近づいて、そのまま抱きしめ…………いや何で！？光の思わぬ行動に僕もハルヒもぎょっとしてしまった。新にいたっては完全に固まってる。そりゃそうだ、光とはそんなに話してないもんね！？


「光まで何してるの！？離れて、ほら！」
「何って、僕も友好の証として記念のハグしただけじゃん。馨ばっかりずるい！」
「ずるい、じゃない！」


　何とか駄々をこねる光から引き剥がし、ハルヒは新を守るように立つ。


「2人はしばらく新にスキンシップするの禁止！仲良くするのは結構だけど、いきなり馴れ馴れしくするのは無しだからね！」
「ハルヒのケチー！」
「我儘言わない。余計に新に避けられても知らないし、そうなったら自分も避けるからね！」
「ぐぬ……」


　仕方ないと言えば仕方ないけど、頑張った結果がコレというのもなかなか悲しい。とはいえ近づくなと言われるよりは幾分かマシだろう。やや遠い目をしながら光とハルヒのやり取りと眺めていると、ハルヒの後ろに隠れていた新が恐る恐るこちらに近づいて来た。


「あの……」
「どうしたの、っていうか大丈夫？」
「はい。ちょっとびっくりしましたけど、気にしていません。むしろ私なんかで大変申し訳ないくらいで……」


　ここまであっさり気にしていないと言われると、安心すべきなのか心配すべきなのかで悩んでしまう。やっぱりこの自己評価の低さがネックなんだろう。どうも自分の周りが清々しいほどに自信家ばっかり集まってるから、真逆のパターンへの対策が全く思いつかない。でもまあ今回で多少は進歩した気がするし、僕もなかなか成長したのではないだろうか。流石僕。


「……ハッ」
「な、何か……？」
「いや、僕のこのポジティブ思考を新に分けてあげられたらちょうどいいんじゃない？って思って」
「う、うーん……今のままポジティブが加算されたとしても、『これはだめだ！ちょっと富士の樹海に行ってくる！』っていう方向性にしかならない気がします……」
「ぶふっ、何その例え」
「心境としてはそんな感じかなと……」
「アハハ、確かにそりゃだめだ」


　まあ、要はポジティブ成分を足していくんじゃなくて、ネガティブ成分を引いていけばいいってことだ。今のところは特に思いつかないけど、まあこれから考えていけばいいよね。今までハルヒ達以外と積極的に仲良くすることってなかったし、今後の為にも良い勉強になるかも。


「それはさておき、やっぱりモデルやる気ない？」
「ひえ、やりませんよ……」
「残念。また慣れてきた頃にでもお願いするネ☆」
「ハルヒに言ってください……」


　ひとまずは、宝の持ち腐れをしてる超ネガティブお嬢様を、かわいく着飾ることを目標としよう。何が似合うかなー、なんて今から考えるのがちょっと楽しくなってきた僕なのであった。