希う終焉を捧ぐ
「…っ」
ぼんやりと覚醒してきた意識に従い、うっすらと目を開けると…
ソコには見慣れた薄暗い天井が広がっていた。
あぁ、自分は死んだのだ。
姉を助けて…
そうだ…姉は…千歳は無事だっただろうか。
地獄に来てしまった以上、現世での情報は知ることが難しい…
…いや、千歳は有名な歌手だ。
ニュースで報道されるかもしれない。
確か閻魔殿の食堂にテレビがあったはず…
そう思い出して起き上がろうとするも、後頭部に痛みを感じ再び後ろへと倒れた。
石畳の床にぶつかる衝撃を覚悟し、短いため息をつく。
が、次に感じたのはポフンとした柔らかい感触だった。
パチリ、と目を開けると…
そこにはよく見知った女性の顔。
「…お、香…」
「床にぶつけなくて良かったわ…。
…貴方が来るような気がして、待っていたの。
…お帰りなさい…と言ってもいいのかしら?」
「…あぁ…ありがとう。お香。
…それはそうと…その…離してくれ。」
「あら。何故かしら?」
「…何故って…」
今の自分の状態は床に倒れる寸前でお香に抱き止められた形になっている。
つまり、後頭部には冷たい床ではなく…
暖かい膨らみがあるわけ、で…
更に言えば、後ろから彼女の腕にしっかりと抱き締められているのだ。
彼女は衆合地獄で評判の獄卒だ。
美人で性格もおっとりしていて優しく気遣いも回る。
…そんな彼女に恋情を抱く獄卒も少なくはない。
…こんな状況を地獄の住人に…
まして、彼女を慕っている鬼に目撃されたら…
どんな拷問に掛けられることやら…
少なくとも…明日の日の目は拝めないだろう…。
「…お香。」
「…今回は、大人の姿なのね…。
…ずっと貴方は小さなままだったから…
不思議な感じだわ…。」
「あ…あぁ…そうだな。
初めて、だもんな。
…今回も、本当だったら…
子供の頃に死んでいた筈だった…。
でも、助けてくれた…
家族に…姉に救われたんだ…。」
「…そう。
なら千尋は…今回の生では少しでも幸せを感じる事が出来たのね…。
…良かったわね。千尋。」
言葉と共にそっと額に触れた柔らかな頬。
同時に感じる暖かさ。
パサリ、と顔に落ちてきた髪からは懐かしい香りがした。
「…あぁ。」
そう返すと抱きしめられた腕に更に力が籠もった。
それに苦笑いし、腕を上げて彼女の頭をやんわりと撫でる。
「…空気の読めない発言をして悪いんだが…本当にそろそろ離してくれるか?」
「ふふ…あらぁ…残念ね。
でも、確かに…いつまでもここに居るわけにもいかないわね…
千尋はこれから鬼灯様の所に行くのかしら?」
「あぁ。
とりあえず、閻魔大王に報告しにな…。
…皆は元気か?」
「えぇ、元気よぉ。
この前なんか次に地獄に来たとき千尋が何歳か皆で賭け事をしていたわ。」
そう言ってクスクス笑うお香。
…なにやってんだよ。
「鬼灯様だけ、成人枠に賭けていたから…一人勝ちねぇ~。」
…あんにゃろう…。
生前の恥ずかしい過去を小判あたりに暴露してやろうか。
そんな事を若干本気で考えつつ、閻魔殿へと歩き出した。