希う終焉を捧ぐ
俺一人だけで済むならまだ良かったんだ…
最初は町と町を結ぶ大橋が川の増水により何人もの人を巻き込み流された…
何度目かの転生では、家族旅行先で崖から海へ車ごと転落した…
俺の乗った船が津波に襲われてて転覆した事もあった…
‘声’は俺を殺すことだけを考えているんだと…
犠牲になる回りの生き物の事は考えないのだと漸く気付いた。
今までたくさんの人を巻き込んでしまった…。
何度も親を共に死なせた。
何十かの転生を繰り返し、ふと思ったんだ…
俺が家族を望まなければいいのだと。
そうすれば俺は必ず独りで死ねる。
孤児で生まれたり、捨てられたり…
家族に生まれても、家庭内は冷えきっていたり…
そうすれば、俺が死んでも誰も悲しまない。
そう思っていた。
もう家族を死に巻き込みたくなかった。
道連れにしたくなかった。
だけど、そんなの一時的なものにしかならなかったんだ…
ごめん…
耐えられるわけがなかった…
ごめん…
俺は弱いから、結局縋ってしまう…
結局は家族を求め、俺は姉である千歳と双子で生まれた。
そして‘あの日’…
お前は、大嫌いな水から初めて俺を救い上げてくれた。
死ぬはずの俺を守ってくれた。
だから、この命はお前を守るために使う。
それは事務所へ向かう途中
信号待ちの車の中で
俺が車を運転し、千歳は助手席に乗っていた。
反対車線には1台のスポーツカーが走ってくる。
それを見た瞬間、頭の隅で警報が鳴った。
俺はソレを聞き逃す事無く、素直に従う事にした。
その車の色は俺の大嫌いな‘水’の色だったから。
念のために、と俺はシートベルトの金具に手を添える。
いつでも行動を起こせるように。
目の前の信号が赤に変わったので俺はサイドブレーキを下ろし、ゆっくりと停止する。
だが、その異変にはすぐに気づいた。
例のスポーツカーは止まるどころか真っ直ぐ此方に向かってきている。
そのスピードを徐々に加速させて。
まずい
そう思うよりも先に身体が動いていた。
素早くシートベルトを外し、助手席の千歳に覆い被さる。
少しでも衝撃がこないように、頭を抱き込み、腕を固定させて…
視界の端に見えた千歳は目を白黒させて、俺を見上げていた。
その表情が面白くて、この状況にも関わらず吹き出してしまった。
すぐに襲った重い衝撃
どこかで聞こえた誰かの叫び声
何度も車と地面がぶつかる轟音
色々なものが頭に響いて
それだけで意識を飛ばしてしまいそうだった。
音が鳴り止み、静寂が広がる。
一瞬置いて、誰かの呼び掛ける声が聞こえてきた。
俺はうっすらと目を開けて、目の前の姉の姿を見る。
目を凝らして千歳を確認する。
大きな外傷は殆ど無く、気を失ってはいるけれど軽い脳震盪程度で済むだろう…。
…良かった…
千歳の命を救えて。
だけど…
これは、俺の勝手な自己満足だ。
病院で目が覚めた千歳は俺の死を告げられて、きっと悲しむ。
それでも千歳に生きてほしいと思う俺はなんて身勝手なんだろう。
それでも、どうか生きて。
大切な誰かと出会って、結婚して、子供を産んで…
そして、天寿を全うして死んでほしい。
俺のできなかった全部を、お前が経験してほしい。
「ちぃ…千歳…
おれは、お前に出会えて…
お前の…弟になれて…幸せだったよ…
いままで…ありがとう…
サヨナラ…姉ちゃん」
身体のアチコチから血液が外に流れ出ていくのが分かる。
自分の心音が小さくなっていくのが聞こえる。
それとは対照的に、千歳の身体はあたたかくて…
心臓の音もトクリ、トクリ…と心地よくて…
俺は初めて満ち足りた気持ちで死へと沈んだ。