希う終焉を捧ぐ






水は嫌いだ


いつも いつも おれを ふかい ふかい そこに 沈めて いく






光が反射をして、水面がキラキラと耀く。

綺麗だと思う反面、また終わりが来たと思った。



必死に腕を伸ばしても、水面に近付く事はなく


水の外、どこか遠くで誰かの悲鳴と


水の中、誰かの笑い声が響く




待っていた…


早く来い…



妾の腕に堕ちてこい…



お前は妾のものじゃ…






…この声は嫌いだ。
いつも俺を水底に沈めていく──…


まるで石のように…

誰かに引きずり込まれるように、俺の体は沈んで行く。



苦しい…ゴボリ、と水泡が目の前を過ぎていく…

俺を置いて、水面を目指し上がっていく…



だけど体はそれとは逆の方向に落ちていく。





誰も俺を助けてくれない…


何度も手を伸ばして助けを求めたのに、



苦しいと声無き声をあげたのに…



誰一人、俺を助けない──



真っ黒い、淀んだ泥が胸に溜まる。



どうして?

どうして助けてくれないの?



こんなに苦しいのに


誰も分かってくれない…




何度繰り返せばいい?

何度同じ結末を迎えればいい?




──何度もじゃ…

お前が妾のものになるまで、何度でも妾はお前を殺す…──



嫌な声が頭の中で反響する。


もう死にたくない…
でもこの声の主のものになりたくない…



この声は、嫌いだ…!








──ヒロっ!!!──






不意に水面が激しく揺れた。

誰かが俺の名前を呼ぶ。


あの嫌な声じゃない。



誰だ?
何度も繰り返したこの結末に、俺とこの嫌な声以外のものが初めて入った。



閉じかけた目を開ける。



水よりも濃い青が揺れる。
太陽のような琥珀色が俺を見る。


俺に向かって必死に腕を伸ばしてる少女がいる……


手を伸ばせ、と少女の強い眼差しが言う。




どうして、


どうしてお前は…



誰も俺を助けてくれないと思ってた。


今回もそうだと思ってた。



なのに……



“  ”は、俺を助けて、くれるのか…?





絶望のままたゆたせていた腕を伸ばす。

“  ”の手が掴むのと、体がさらに沈められたのは同時……いや、“  ”の手の方がほんの一瞬早かった。


ギュッと掴まれた手は暖かくて、まるで太陽の様だと冷えきった体は誤解する。
だけどそれと同時に足先の水温が一気に冷えた。


ゾワリと背中を寒気が駆け上がる。


気持ち悪い、目に見えない触手が体を這うようなその感覚に、繋がれた手を強く握る。



水面が近付く…

もうすぐだ…



…ふと水底を見る。
真っ暗な底に、長い髪を水に漂わせ、その秀麗な顔を憎々しき歪ませた女が見えた。
女はその切れ長の目を細め“  ”を睨んでいる。

そして……




──……なんと憎らしい娘…!
妾から千尋を奪うと言うか…!!


……許さぬ…!妾の邪魔する娘!!



……忘るるな、千尋…お前は妾のものじゃ。



幾度時が廻ろうと、お前は……!!──





それ以上は聞こえなかった。


木々の間から注ぐ暖かい陽射しが、空をゆく鳥達の鳴き声が、俺の生を証明している。



生きている…
決して逃れる事が出来なかった“水”から…


…初めて、助けてくれた…

俺を…



そう理解すると、勝手に涙が溢れて体が震え始めた。



『ヒロ、ヒロ、だいじょーぶ。もう平気よ』

「……っ!ち、ぃ…!っひっく…!」



“千歳”

俺を初めて、助けてくれた人。



『なかない、なかない。イイコ、イイコ』



小さな手が俺の頭を撫でる。何度も、何度も…



『ヒロがおぼれても、またちぃがたすけてあげるよ。だからなかない』

「ひっく…!ちぃ…!」

『ちぃはヒロのおねーちゃんだから、ヒロをまもってあげるのよ』



そう言って千歳は背中を俺に向けた。

乗って、お家に帰ろ。

と。




なんで…こんなに小さいのに、千歳はこんなにも強いんだろう…?

俺の方が大人なのに…



どうしてこんなに千歳の背中が大きくみえるんだ…?




いまだに止まることの知らない涙をそのままに、消耗仕切った体を千歳に預けた。


情けないって思った。
男の癖にって。




でも…


千歳の温もりが


千歳の言葉が


嬉しくて…嬉しくて…




家に着くまで、涙は止まらなかった…



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