【解放者-act.2-堕天使の翼-】

10年ぶりに躰の中心を走る痛みが脳天を貫いたのは、その数秒後のことだった。
そこに数ヶ月のブランクを感じた悟飯は、内心では安堵に胸を撫で下ろしていた。
このままこの行為に苦痛しか感じないのであれば、いつの日にか父と対面した時に、罪悪感を抱かずに済むかも知れない。
他人に聞かれたら笑われそうな、そんな馬鹿馬鹿しい考えが脳裏を過ぎった。
ところが、芥子粒ほどの悟飯の望みを嘲笑うかのように10年ぶりの痛みはたちどころにいつもの快感へとすり替わってゆき、痛みの代わりに息つく間もなく背筋を駆け上ってくる幾筋もの電流に、悟飯は下顎をがくがくと震わせた。
弟が深く侵入してくるにつれて両の手足からは血の気が引き、躰はびくりびくりと、まるで冷水を浴びせられたように大きく竦んだ。

「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ・・・!」

目の前が何度も白く霞む中で、悟飯は堪えきれずに高い嬌声を上げていた。

「・・・痛い?」

弟はそんな、過剰ともとれる悟飯の反応に怖気づいたのか、完全に悟飯の中に腰を沈め終えると、そこから一切の動きを止めて心配そうな声で尋ねてきた。
だが、腰から発生する無数の電気に躰が小刻みに震えて止まらない悟飯は弟の問いに答える余裕はなく、虚空に視線を彷徨わせたまま浅い呼吸を繰り返していただけだった。

「・・・兄ちゃん・・・。兄ちゃん、俺を見て!」

「・・・あ・・・」

秘部を貫かれたことによる快感にブレた視界に怪訝そうな弟の顔がアップで映り込み、悟飯は呆けたような声を漏らした。
間近で悟飯の瞳を覗き込む弟の眼には、愛おしさと慈しみと、懸念がありありと浮かんでいた。
日夜の猛勉強の末に低下した視力でハッキリと弟の輪郭を捉えた悟飯は、いつの間にか愛用の眼鏡が行方不明になっていることに、この段階になってようやく気づいたのだった。

「・・・ゆっくり入ったつもりだったけど、俺、乱暴だった?」

そう問うた弟の声は、どこか心細げだった。
コトを強引に進めはしても、初体験の行為なだけに、やはり不安はあったのだろう。
気に沿わぬ行為ではあったが、弟の問いかけに無視を決め込み兼ねた悟飯は、小さく首を横に振った。
すると弟は安心したのか、ホッと息を吐くのと同時に、肩の力を抜いた。
それを見た悟飯は、たかだか挿入だけでそこまで緊張していた弟に、己の望みを叶えたくも悟飯の躰に髪の毛一筋ほどの傷もつけたくない心境であったのだろうと思った。

「兄ちゃんのナカ、すごく気持ちイイね。想像してたのとは全然違うけど」

すべての懸念材料が排除された安心感からか、不意に弟が話題を変え、悟飯は無反応ながらもそれを聞いていた。

「何度も想像したよ。・・・想像しながら、ひとりで処理してた・・・。でも、今、兄ちゃんは俺の腕の中にいる」

弟の生々しい告白に、悟飯の躰がぎくりと強張った。
弟の想像力が如何ほどのものなのか、それこそ想像したくなかったが、細められた弟の目もとが泣きたくなるくらい優しくて、耳に入れたくない内容であるにも関わらず、悟飯は弟から視線を外せなかった。

「俺を好きになってくれなんて言わない。俺なんかより、仕事と家庭を優先してくれたって構わない。もともと、無理してでも時間を作ってくれなんて言うつもりもなかったし・・・。
兄ちゃんを困らせるようなことはしないから。・・・だから、今だけは俺を感じてて。俺といる時だけは、ツライこと、全部忘れてて」

完敗だった。
弟が本気で悟飯の支えになりたいと願っていることを、悟飯は骨の髄まで感じていた。
すでに僅かに開きかかっていた心の扉から弟が静かに入り込み、父がいなくなって生じた隙間を埋めようとしていた。
弟なら、父のように突然姿を消したりせずに、ずっと傍にいてくれるだろう。
弟なら、父を失った悲しみを忘れさせてくれるだろう。
その確信めいた予感は、悟飯の心を挫くには充分だった。

「今、兄ちゃんを抱いてるのは、兄ちゃんを世界一愛してる男なんだよ」

だから、と続く言葉はもう必要なかった。
悟飯はくしゃりと歪めた顔を弟の肩口に埋めると、弟の背を抱いた。
それからと言うもの、弟とは何度も抱き合ったが、一度たりとて弟が悟飯を乱暴に扱ったことはなかった。
この時も、弟は悟飯を縋りつかせたまま、悟飯を優しく揺さぶっていた。
緩やかな動きが却って悟飯にくすぐったさを伴った快感を与え、悟飯は己でも驚くほどの甘い声を漏らし続けた。
弟のセックスはソフトだったが、前立腺を狙うのには容赦がなかった。
僅かに体勢を変えたり角度を変えたりしながら、ひたすらそこを責め立てられ、挿入時に感じたブランクが嘘のように秘部から体液が溢れ出して、その晩弟が眠る筈の白いシーツに卑猥なシミを作っていった。
弟は悟飯の体液がふたりの結合部を汚すのも意に介さず、時には腰をローリングさせて直腸をかき混ぜ、時にはグチュグチュと音を立てながら抜き差しを愉しんでいた。
その間に交わされた接吻に悟飯も応え、熱い吐息とぬめった舌と、生暖かい唾液が絡まり合い、ふたり分の興奮を掻き立て、悟飯の脳にふたり分のダメージを負わせた。
数年来の念願がようやく叶ったのにすぐに終わらせてしまうのは勿体ないと思ったのか、時々弟は腰を止め、その都度、悟飯の耳や首筋や乳首や、いろいろなところに齧りついた。
弟に齧られる度に、前立腺を刺激されたことによって腰から発生した電気とは別の電流が脊椎と脳を灼き、悟飯は肉の落ちた背中を仰け反らせながら、白いシーツを掴んだ手を震わせた。
時折父への罪悪感がチクリと胸を刺したが、悟飯はその度に弟の名を呼んで、胸の痛みと父の記憶を消し去った。

「兄ちゃん・・・。兄ちゃん・・・」

弟の悟飯を呼ぶ声には性的興奮と、歓喜と、生き甲斐を見つけた生命の力強さに溢れていた。
熱の篭ったその声がさらに悟飯の心と躰の中をかき乱し、恥も外聞も忘れた悟飯は、ところどころで弟が驚いて動き止めるほど、おおいに乱れに乱れたのだった。
弟の部屋にはふたり分の荒い息と、悟飯の鼻に抜けた声と、液体を弄ぶような音が充満して、卑猥な三重奏を奏でていた。
弟は悟飯に負担をかけないように終始肘をついていたが、胸から下の密着した体も、肌の感触も、甘い吐息も、弟の何もかもが悟飯には心地よかった。
弟の腕の中は、まるで外界の苦痛のすべてをシャットアウトした繭の中のような居心地だった。
こんな感覚は初めてだった。
心を包み込んでくれる弟の優しさにいつしか悟飯は身も心も預け、弟の愛撫に応えていた。
何故、あれほど頑なに弟を拒んでいたのかと、不思議になるほどに。
こうして心の快適さは、弟のスローセックスと相俟って、今までにない快感を徐々に悟飯から引き出していった。
途中から意識とは関係なく腰がびくついて止まらなくなり、悟飯は泣き出しそうになるのを堪える為に何度も頭を振った。
ペニスの先からは相当な量の先走りが溢れ出たのだろう、ふたりの腹の間で擦れて広がったそれがいつまで経ってもふたりにぬるぬるとした感触を与えて、次第にふたりの興奮をクライマックスへと導く役割を果たしていた。
やがて収縮する直腸に秘部をヒクつかせた悟飯の両脚が小刻みに震え出すと、先の経験から悟飯が絶頂を迎えようとしているのを悟った弟が、密着した腹の間から手を差し込んで悟飯のペニスを扱き始めた。

「あっ・・・あ、あ、あっ・・・!」

「すごい、ぬるぬる・・・」

先に達したのは、悟飯の方だった。
弟の甘くて熱い吐息が耳朶を揺らし、それが決定打となった。
胸につくほど脚を折り曲げた状態で腰を浮かし、鈴口から白濁液を吐き出すのに合わせて弟のモノをきつく締めつけながら、悦楽の極みに至った。
その直後、弟も低い呻き声を上げて全身を戦慄かせ、悟飯の躰の最奥に蓄積された長年の想いを吐き出した。
太い電気に脳の大半を支配されている中で、悟飯は、弟の背中の純白な羽根が罪の色に染まってゆくのを感じていた。





【解放者-act.3-】へ
7/7ページ
スキ