【解放者-act.2-堕天使の翼-】

だが、悟飯のこの反抗的な態度は長く続かなかった。
なぜなら弟が、この後とんでもないことを口にしたからだった。

「悪いけど、自分でボタンを外して貰える?俺はこの手じゃ外せない」

そう言った弟がズボンから手を引き抜くと、弟の手にはべったりと悟飯の体液が付着していた。
弟に弄られてここまで濡らしていた事実と、弟を受け入れる意思の可否についての問いに、悟飯は戸惑った。
そもそも同性との行為の最中に自ら衣類を脱いだ経験など、妻以外では常に受身に徹していた悟飯にはなかった。
悟飯は得体の知れないものを見るような眼を弟に向け、弟はそんな悟飯の視線を受け止めながら、あろうことか、己の手を汚す悟飯の体液を中指の付け根から指先に向かってゆっくりと舐め取っていった。
弟の舌が口淫を彷彿させるように妖しく動き、エロティシズムなその光景から悟飯は目が離せなかった。
さらには艶っぽい弟の眼差しが、悟飯を禁忌な行為へと誘惑していた。
言うことを聞いてくれたら、イカせてあげる―
瞳でそう語られて、悟飯は震える手で己のズボンのボタンを外した。
ヤメロと頭の片隅で何度も理性が叫んでいたが、悟飯の躰は、数ヶ月ぶりの同性との性交渉と、行為によって得られる快感を求めて喘いでいた。
そもそも快楽を求めるより以前に、それまで父が存在していた場所を埋めてくれるものを、悟飯の心が渇望した。
父の代わりに弟が愛してくれる。
その事実と切実な弟の言葉の数々は、開いた悟飯の傷口を塞ぐガーゼの役割を果たすには充分だった。

「気持ちよくしてあげる・・・」

ことさらゆっくりとズボンのファスナーを下げた後で、弟は満足げに悟飯の耳もとで囁いた。
途端にとんでもない過ちを犯してしまった予感に襲われて、悟飯は不自然なほど大きく咽喉を上下させると、怯えた瞳で弟を凝視した。
弟は悟飯に視線を合わせたまま、汚れていない方の手で下着をずらすと、中から現れた悟飯の昂りに頬に刻まれた笑みを濃くした。

「・・・兄ちゃんの・・・・。やっと・・・」

弟の夢見るような声が悟飯の耳と心にねっとりとまとわりつき、言葉の奥に潜む弟の執念と執着に悟飯は背筋を凍らせた。
いったいいつから自分は、弟の性愛の対象になっていたのだろうか。
いったいいつまで自分は、弟を恋愛の対象とせずにいられるだろうか。

「あ・・・っ!あ、あ、あっ・・・!」

固く反り返ったソレを上下に扱かれ、悟飯は時に腰を浮かせ、時に躰を捩って立て続けに喘ぎ声を上げた。
弟のリズミカルな手の動きに呼吸は乱れ、心臓の鼓動が早まるにつれて徐々に思考力は低下していった。
その間、弟の手の中では粘膜が卑猥な音を立てて、荒い呼吸の合間に小さくふたりの鼓膜を揺らしていた。
腰を浮かせる度に秘部の奥が甘く重く疼き、悟飯は嫌でも躰と心の飢えを自覚せざるを得なかった。
そうして、達するには至らないがうねる快感の波が押し上げられつつある頃、不意に手首を拘束していた弟の手が、悟飯への肉欲を主張して膨らんだ己の股間に悟飯を導いた。

「兄ちゃんのエロい顔見てたら、こんなになっちゃった。コレ・・・兄ちゃんのナカに挿れてもいい・・・?」

悪戯っぽく話した弟のソレは、すぐにも爆発しそうなほど、限界近くまで膨張していた。
狭いGパンの中では、さぞきつくて痛いだろう。
悟飯はその窮屈さから弟を解放してやると、眼前に勢いよく現れたソレを躊躇うことなく口に含んだ。

「うっ・・・!」

その瞬間、弟が大きく体を竦ませると低い呻き声を上げ、悟飯は初めて父に含まれた時を思い出していた。
きっと弟も、あの時の悟飯と同じように脳内に白光が閃いていることだろう。
構わず悟飯が口技を続けると、すぐさま弟は呼吸を荒げて、呻き声とも喘ぎ声ともつかない低い声を何度も漏らした。
これまでの経験から、悟飯はこの行為に対しての自信がある程度はあった。
初体験の弟への刺激には充分だろう、ひょっとすると、このままうまくいけば、との打算も。

「兄ちゃんが口でしてやるから、これで我慢しろ。・・・な?」

口内でさらに大きさを増した弟を放すと、悟飯は自分でも気持ち悪いくらいの猫なで声で弟を宥めすかした。
限界が近いと思っていた弟の欲望がさらに肥大したのには驚いたが、それは、高校生の弟が男としてすでに完成されていることを証明していた。
しかし、体は青年であっても歳の頃からして若い性を持て余している弟に、この交換条件は魅力的な筈であった。
だが―

「・・・そんなに俺に抱かれるのが嫌なの・・・?」

何度も『気持ちいい』と繰り返しながら撫でていた悟飯の黒髪をやや乱暴に掴んで、弟は沈んだ声で悟飯の薄情さを責めるように問うた。
髪を後ろに引っ張られて顔を上げた悟飯の瞳に映った弟の眼には、絶望感と不信感がたっぷり浮かんでいた。
完全に光を失った黒瞳は深い闇のように暗く、予想に反して己のこずるしさが酷く弟を傷つけてしまったのを知って、悟飯は絶句した。

「・・・ここまできて・・・。期待させておいて・・・。なのに、こんなことしてまで、俺に抱かれるのが嫌なの・・・?」

ここまできて―
弟の言う通りだった。
弟の希望を思えば、先刻の悟飯の行動を弟が了承の意と捉えるのも当然だろう。
ことの背景に複雑な事情が絡んでいるのを思い起こすと軽率だったかも知れない後悔に、弟の黒瞳を直視できなくなった悟飯の視線は宙を彷徨った。

「・・・して・・・?」

「・・・?」

「・・・どうして、お父さんはよくて、俺は駄目なの・・・?」

バツが悪そうに宙を泳ぐ悟飯の視線には気にも留めず、弟はまるで世界中の不幸をひとりで背負い込んだかのような重い声でぼそりと呟いた。
失意と絶望の深淵の一点を見つめるその瞳は悟飯の姿をまったく捉えておらず、悟飯は弟の問いが己に向けられたものなのか、それともただの独り言なのか判別がつかずに戸惑った。

「・・・俺が歳下だから・・・?・・・お父さんみたいに強くないから・・・?・・・だから、兄ちゃんには俺が頼りないの・・・?」

そんな悟飯の様子に構うことなく続けた弟に、サイヤ人の血を引いているから悟飯も近親者との性交渉に抵抗がなく、故に想いを遂げるのは容易な筈だと想定して弟は行動に及んだのか、という悟飯の中に芽生えた仄暗い疑問は即座に解消されることとなった。
それとほぼ同時に、どうやら弟の目的が自身の欲望を満たしたいだけの単純なものではないらしいことも悟った。
もしも、この時の弟の望みが欲にまみれた単純明快なものであったなら、今頃はここまでこじれていなかっただろう。
そもそも想わぬ相手と性交渉に至るのを好まないのだと、この段階ではっきり告げられなかったのを、悟飯は後々まで後悔することとなるのだった。

「俺が兄ちゃんをトラウマから解放してあげる、って決めたんだ。でないと、これからも何かの理由でお父さんがいなくなる度に、兄ちゃんはセルゲームでのトラウマを思い出して、パニック起こして苦しむことになる。・・・兄ちゃんのその苦しみを、俺が終わらせる」

言うが早いか弟が下着ごとズボンを脱がせ始め、悟飯は咄嗟にぶるりと震えながら飛び出した己のペニスを両手で覆った。
その間にズボンが膝まで下ろされ、こんなことをしている場合ではないと気付いた悟飯が弟を止めようと慌てて手を伸ばすと、思いがけない力強さでその手を払いのけられた。

「あんまり暴れると、痛い思いするのは兄ちゃんの方だよ。それでもいいの・・・?」

それまでの暖かさが嘘のような冷たい口調で言い放たれ、底冷えする声音の低さに悟飯は息を飲んだ。
昨日までは笑顔をあどけなく思っていた弟が、すべてのカテゴライズも様々な概念も超えて『男』に豹変したのを感じた悟飯の背筋を戦慄に似たものがひとつ大きく走り抜け、腰に甘い痺れを残した。
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