【解放者―act.1悟天の邂逅-】
「疲れた?」
悟天が優しく尋ねると、兄は小さく頷いて、愛しい弟の姿を認めるべく気怠げに瞼を開けた。
その瞳に、兄の複雑な心境を表した光が湛えられているのを確認した悟天は、床に脱ぎ捨てられた兄の衣類のひとつを拾うと、汗ばんだ躰を秋の夜の冷気から庇うように肩へそっと掛けてやった。
「こんなハードなことしたのは、初めてだもんね。今日は俺が着替えさせてあげるよ」
「待ってくれ、悟天!」
離れる悟天の手を、兄が追いかけて掴んだ。
この時の兄は、必死だったと思う。
勉強を見てやると云う名目で悟天の部屋を訪れたからには、兄だって期待していた筈だ。
それが、ペニスを弄られるだけ弄られて『はい、終わり』では、躰の奥が疼いてとても安眠など出来ないだろう。
「逆・・・じゃ駄目なのか?」
「逆・・・!?」
悟天が問い返すと、兄は何かを決意したような瞳で大きくこくん、と頷いた。
「その・・・お前が僕に、じゃ駄目か?」
快感の余韻が冷めやらぬだけではなく、どこかハッキリとしない口調で兄はもう一度悟天に尋ねた。
兄の訴えに悟天の脳裏には先日観たビデオのワンシーンがリフレインされ、悟天が兄の言葉の意味を咀嚼して理解するのに悠に数秒の時間を費やした。
(俺、が・・・?兄ちゃん、に・・・?)
接続詞を変えただけで大きく意味を違えた兄の台詞に、悟天の脳内では言葉遊びのパズルような単語の組み換えが行われ、固有名詞と接続詞が正しい位置に組み立てられた刹那、悟天の羞恥が火を噴いた。
『あれ』と同じことを兄に、との発想に至らなかった悟天には、兄の申し出を即座に受け入れるのは容易ではなかった。
だが、立場が逆転したならば、今回も兄は折れてくれると言う。
悟天は迷った。
「お前になら、汚されてもいい。だけど、その逆は嫌だ」
「・・・どうしても?」
「どうしても、だ」
「汚いよ」
「その汚いことを、お前はやりたいんだろう?」
「兄ちゃんのは汚くないけど、俺のは汚いもん」
「どっちも同じだよ」
「同じじゃない!」
当然のことだが兄の認識と悟天の感覚にはズレがあり、悟天の要求と兄が提示した条件は平行線を辿った。
結論として、この状態を脱却する為に悟天は兄に譲歩せざるを得なかった。
その理由のひとつに、兄の発言が悟天を惑わせたのも事実だった。
『お前になら汚されてもいい』と言われ、悪い気がしなかったのである。
これは後日談だが、この件は結局のところ悟天の希望も兄の懇願も叶わないまま落着している。
全裸で鎮座する兄を前にして悟天が平常の状態を保てず、放尿には至らなかったからだ。
兄との話の折り合いがついたところで悟天は自ら己の衣類を剥ぎ取り、好きにしていいよ、とベッドに全裸で横たわった。
その悟天に上から覆い被さり、兄は優しく口付けると慣れたように悟天の舌を絡め取った。
「う、ん・・・。ん・・・っ」
悟天の舌を転がしながら、兄は何度も小さく躰を竦めると、鼻に抜けるくぐもった声を上げた。
兄のキスは決して深くも激しくもない。
悟天は余裕で兄のキスに応え、互いに舌先で相手の舌をなぞり、時には絡ませ合い、時には軽く吸い合った。
キスの合間に兄は剥き出しになった悟天の下半身に手を伸ばし、既にはち切れんばかりに固く反り返ったそれを愛おしげに手のひらで包み込むと優しく上下動させていた。
あまり刺激されると悟天も困るところなのだが、幸か不幸か兄の愛撫はゆるく、兄の手が紡ぎ出す快感の波は絶頂にほど遠かった。
ひとしきりキスを楽しんだ後、兄は離した唇を悟天の耳もとへ寄せたが、悟天は兄の肩をやんわり掴むと耳への愛撫を拒絶した。
「ごめん、俺もうそんなに余裕ない」
これを聞いた兄は『おや』と眉を上げ、不意にふっと笑った。
その笑顔があまりに優しくて、愛しさに悟天が胸を焦がすには十分過ぎるほどだった。
つい先刻まであんなに無茶を強いられていたのに、この期に及んで兄はまだ悟天に甘かった。
それを兄弟の枠を超えた愛情だと悟天が判断しても、誰も否やは唱えられなかっただろう。
耳への愛撫を拒まれた兄は、今度は先走りに濡れた悟天のペニスの亀頭部を親指の腹で撫でながら固く尖った胸の実を上下の歯で軽く挟んで、コリコリとした感触を楽しみ始めた。
歯先で擦られるだけでなく舌先でもコロコロと転がされ、まるで母乳を欲する乳児のように兄の唇で吸われて背中にゾクゾクと電気が走り、悟天の唇から小さくて甘い声が転がり出る。
同性とのセックスに於いて一方的な愛撫に耐えるだけだった兄は、自ら施す楽しさを覚えてからと云うもの、それまでの反動が手伝ってか弟への愛撫を好んだ。
己を抱く男への愛撫など、父の時には許されなかったのだろう。
そんな兄でも、自らも相手に触れたい欲求を抱えていた。
ある程度のイニシアチブを兄に与えていた悟天はいち早くそのことに気付き、兄の欲求を叶えてあげたのだった。
それからと云うもの、強請るまでもなく兄は自主的に悟天を口に含んでくれるようになった。
今もまた、悟天のペニスを頬張ると先走りで汚れた亀頭部を丹念に舐め上げ、太い血管に沿って舌を這わせ、双玉の裏筋を辿っては時折袋ごと口内に収めている。
この行為に限っては、兄はなかなかのテクニシャンだった。
物事に無頓着なあの父が、よくぞここまで兄を仕込んだと感心するくらいに。
「うっ・・・!・・・くっ・・・」
慈しむような兄の丁寧な絶技に、悟天の内側の筋が収縮と弛緩を繰り返し、収縮時には喰いしばった歯と歯の隙間から呻き声が漏れた。
快感は己でコントロール出来ない時の方が強い。
脳を割いて走る電気に、悟天は己の分身が兄の口内で膨張するのを感じていた。
「・・・悟天・・・」
腰を浮かせて喘ぐ悟天のペニスを離して、兄は熱っぽく可愛い弟の名を呼んだ。
己のテクニックに対する悟天の反応に気分が良くなったのか、その口もとには妖しい笑みが浮かんでいた。
悟天が乱れた呼吸に胸板を大きく上下させながら兄に向かって小さく頷くと、おもむろに兄は悟天の上に跨り、悟天のペニスを掴んで己の秘部に宛てがった。
尿道責めの前にペニスを弄るのと並行して指がふやけるまでたっぷりと秘部をほぐしておいたから、挿入時にさほど兄の躰に負担をかけずに済む筈だった。
悟天が思った通り、兄の秘部の内側の分泌液は乾き切っておらず、さしたる抵抗もなく悟天の分身は兄の体内へとみるみる呑み込まれていった。
兄の括約筋を割って中に押し入る瞬間は、何度味わってもいいものだ。
普段は閉ざされたそこが、悟天の為に道を開け、嬉々として迎え入れてくれる。
「あっ・・・!あっ、あっ!」
かつては兄にもこの瞬間が激痛だった時期もあったのだろうが、父が生き返ってから失踪するまでの10年の長きに渡って父に陵辱され続けた今は、そんな面影すらない。
悟天が兄の秘部にめり込むと、兄はいつも明らかな歓喜の声を上げた。
そしてそれは、苦しそうに眉間に皺を刻んでいるものの、悟天の上にゆっくり腰を降ろす今も変わりはない。
その兄の口もとは、快楽への歓喜だけでなく、ようやく己の希望が叶った安堵の為に僅かに綻んでいた。
それもその筈、今日の機会を逃したら、次はいつ逢えるかわからないのだから。
運がよければ一週間後か、さもなければ二週間後か、タイミングが悪ければ三週間後か。
兄とてそこまで長くは待てないだろう。
悟天と同じく兄もまた、食した禁断の果実の甘さに重度の中毒症状を起こしているのだ。
「あ、あっ・・・!ご、て・・・っ、は、あっ!・・・イイッ!」
(・・・激、し・・・っ!)
悟天の分身を完全に己の体内に収めるや否や、兄は激しい腰使いで悟天を翻弄した。
挿入時の摩擦は時間の経過と共になくなり、兄の秘部から漏れる分泌液のおかげで徐々に動作がスムーズになってゆく。
先の責めのせいでそうとう待ちくたびれたのか、不自由さを味わった時間を取り戻そうと目論んでいるかのように、兄は夢中で快感を追い掛けていた。