【解放者―act.1悟天の邂逅-】


「・・・膀・・・胱・・・弁、だ・・・っ」

「・・・膀胱弁!?・・・そんなのがあるの!?」

ようやく聞き取れるほどの掠れた声で、兄が悟天の疑問を解消した。
『弁』と言うからには膀胱に蓋のようなものが存在するのかと悟天が尋ねると兄は僅かに顔を横に振り、尿道への入口周辺の筋肉が閉じて蓋のような役割を果たしているのだと、苦しげな呼吸で途切れ途切れに教えてくれた。
これを聞いた悟天は納得と同時に兄の博識さに舌を巻いた。
なるほど、膀胱に蓋のような機能が備わっていなければ尿はダダ漏れになってしまう。
人体のメカニズムとはかくも巧妙かつ緻密なものだと、唸らざるを得なかった。
だが、人体のメカニズムについての知識を得たところで、問題の解決には至らない。
どうしたよいのかと兄に問うと、兄は自身の双玉に手を伸ばす素振りを見せた。
兄に代わって悟天が兄の双玉を片方の手で持ち上げ、双玉を動かしながらカテーテルの角度を様々に試すと、何度目かのチャレンジで苦心の末にようやくカテーテルが膀胱へと到達した。
悟天の手際の悪さに兄もそうとう神経が過敏になっていたのだろう、悟天がカテーテルから手を離すと兄は安堵のため息を吐いた。
兄がそれまで張り詰めていた気を緩めたのとほぼ同時に、悟天自身も激しい疲労感に襲われていた。
医療用のカテーテルが、医療機関以外で入手困難な理由がよくわかる。
こんなこと、専門的な知識と技術を持つ医療関係者でなければ簡単にできるわけではない、と悟天は思った。
尿道責めはともかく、本格的な導尿は今回限りで終いにしよう。
と悟天が決意してからほどなくしてカテーテルの先から白濁液混じりの尿が零れ出し、赤く腫れた兄の鈴口とその周辺を濡らし始めた。

「・・・見る、なっ・・・!」

本人の意思とは関係なく強制的に体外に排出される体液への嫌悪感に険しく眉を顰めた兄が短く吐き捨てた言葉を、悟天の耳だけが聞いていた。
とうの悟天はと云うと、苦労の甲斐あった眼前の光景を、呆けたようにただ眺めているだけだった。
長い時間をかけて体内に留まっていなかった為か、排出された尿は悟天の予想を裏切って無色透明だった。
つんと鼻をつく、独特の臭いもない。
それでも兄には羞恥の極まりの象徴なのか、兄は固く目を瞑って自身の下半身から顔を背けていた。
唇を引き結んだ悲痛な表情と寒さに凍えるように震え出した肢体に、兄の心境を推し量るのは容易だった。
抵抗する気ならば後ろ手に縛り上げた両手首の紐を切るなど造作もないことだったが、ひたすら羞恥に耐えるだけで、兄はそうしなかった。
カテーテルの使用を承知させた時もそうだ。
弟の頼みに弱い兄を、悟天は半ば泣き落しで口説いたのだった。
不承不承頷いた兄に、悟天はこの件に関して兄が一切の抵抗をしないだろうことを予見していた。
兄にはいつでも悟天の要望を拒絶する権利があるはずだが、兄がその権利を行使した試しはこれまで一度もなかったからだ。
結局のところ、最後の最後で折れるのはいつも兄の方だった。
それだけ兄は悟天に甘かった。

「やめろッ!!」

カテーテルの先から溢れる雫を悟天が舌でひと掬いすると、兄は掠れた怒鳴り声を上げた。
ぬるくて、僅かに塩辛い。
白濁液が混ざった為か、ぬるつきもあった。
兄のものでなければ間違いなく吐き気を催していただろう。
だが悟天にも意外なことに、悟天は『それ』に対して排泄物としての嫌悪感よりも兄の体液としての愛着を感じていた。
兄の体内から排出されたものを、少しも『汚い』とは思わない。 
これから数十年が経過して兄が介護の手を必要とする状態になったと仮定して、悟天ならば少しの苦もなく兄の世話のすべてが賄えるのではないか、そんな馬鹿な考えが脳裏を掠めるほどに。

「ねぇ、兄ちゃん」

この時、ある閃きが起こった悟天の脳の半分を占めていたのは、つい先日友人宅で鑑賞したばかりのビデオのワンシーンだった。
あの時は興奮した友人たちと口々にあれこれ宣ったが、モニターに映し出された行為に対して肯定的な意見はひとつもなかったように思う。
だが、兄とならばどうだろうか。
兄の放尿シーンならば、嫌悪どころか興味がある。

「今度バスルームでさ、俺の顔面に向かってオシッコしてみてよ」

悟天の発言を聞き咎めた兄は途端に青褪め、弟の正気を疑う眼差しでまじまじと悟天の顔を見詰め返した。
まるで絶望感に打ちひしがれたように愕然とした兄の表情に興奮と戦慄が背筋を走り抜け、
悟天は己の中の獣がゆっくりと立ち上がるのを感じていた。

(いいね、その顔!ゾクゾクする・・・!)

実際に兄を嬲るのに、肉体的苦痛を加える必要はない。
今みたいに、精神的に追い詰めるだけでいいのだ。
それだけで兄は打ちのめされ、悟天の中の獣が喜ぶ表情を見せてくれる。
兄のその顔に悟天の中の獣は双眸をぎらつかせ、悠然と下舐めずりをするのだ。
いや、現実にも無意識に舌舐りをしていたのかも知れない。
悟天を見る兄の瞳が、懐疑の色を濃くしていたから。

「・・・何を・・・言ってるんだ、お前・・・」

「オシッコの顔面シャワー、なんちゃってね」

わざとおどける悟天とは対照的に兄は青褪めた顔を引き攣らせ、弟の精神構造にたっぷりと不信感を抱いてからぎこちなく首を横に振った。

「たまにはいいじゃん。やってみようよ」

「・・・無理、だ・・・。でき、ない・・・」

色を失った唇を微かに震わせながら、兄は悲痛な面持ちで小さく拒絶の言葉を口にした。
聞き取るのがやっとなその声と全身の戦慄きから、悟天にはこれ以上兄を追い詰めるのはよくないとわかっていた。
今回ばかりは、兄は本心から嫌がっている。

「そんな顔しないでよ」

そんな兄の瞳を優しく覗き込んで、悟天は同情するような甘い声で囁いた。
この声に弟が考えを改めたのを期待した兄の縋るような視線を浴び、悟天は己の優越感がひたひたと満たされてゆく一方で、エスカレートしていく兄への欲求が抑えらなくなりつつあるのを自覚した。

―よけいに苛めたくなっちゃうからさ―

口に出すのが憚れる本心を呑み込むと、兄の手首の戒めを解いて悟天はあっさりとした口調でこう提案した。
今日はもう終わりにしようと。

「俺もやりたいことが出来て満足したし、兄ちゃんもたくさんイッたでしょう?」

優しい声音でそう言いながらカテーテルをゆっくり引き抜き始めると、再び兄の下肢が幾度となく竦んだ。
艶を含んだハスキーな声が切羽詰まってゆく様に、兄の快感がボルテージを上げていくのが手に取るようにわかった。

「ああっ・・・!で、出る・・・っ!」

兄が最後の悲鳴を上げたのは、ペニスに溜まった白濁液が勢いよく赤く腫れた鈴口から吹き出すのと、カテーテルが兄の体内から完全に姿を現したのとほぼ同時だった。
達しても達してもどこか不完全燃焼だった今までと違い、ようやく射精に至った今回のエクスタシーは、兄には極上のご褒美だったことだろう。
恐怖と不自由、不安と精神的苦痛をたっぷりと味わった後なだけに、尚更。
これは後になって兄から聞いた話だが、この尿道責めの最中、カテーテルが前立腺に到達してから兄は達しているような状態がずっと続いていたそうだ。
それも人体のメカニズムの神秘さの一旦なのだろうか、兄の快感はまさに天井知らずだった。

「いっぱい出たね、あちこちドロドロだよ」

ティッシュペーパーでは賄えきれないほど大量に放出された白濁液を予め用意していたタオルで拭いながら、悟天はまるで己が兄の保護者になったような口調で笑顔を向けた。
兄はと云えば、なかなか治まらない脚の痙攣に時折眉を顰め、荒い呼吸と心臓の動悸が静まるまで椅子の背凭れにぐったりと躰を預けたままだった。
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