【trap-後編-】


「孫先生は生い立ちの複雑な方でしてね、幼少期にご両親との旅行中にアクシデントでジェットフライヤーから落ちて、長いこと行方不明になっていたそうです。運良くひとり暮らしの老人に助けられて一命は取り留めましたが、頭を強打したせいでそれまでの記憶をなくしてしまいました。勿論ご両親は捜索願を出し、公共の電波を使って情報の提供も呼びかけましたが、孫先生を助けた老人宅は肝心な電波も届かない山奥にありまして、行方知れずのまま歳月だけが流れてしまったのです。その間に『孫悟空』と老人から名付けられた先生はすくすくと育ち、成長して天下一武道会に出場した折に、ご両親と感動の再会を果たしました。それから復学したもののあの通りの御仁ですからね、どこに行ってもトラブルメーカーとなり、どちらの学校でも卒業証書を渡してさっさと先生を追い出・・・卒業させたそうですよ」

「・・・トラブルメーカーなのに、退学にはならなかったんで・・・?」

「・・・トラブルと言っても、必ずしも孫先生が引き起こしたものばかりではありません。他人の悪事に巻き込まれ、騒動にまで発展した挙句に孫先生が解決に導いた事件も幾つかありますからね。はた迷惑な方ではありますが、あれでも正義感が強いのですよ、彼は。その、孫先生が解決した事件のひとつにこの学園の理事長が関わっていたことがありまして、理事長が危うく冤罪となるところを孫先生に助けられたのです。その時の縁あって、教員免許もないのに孫先生はこの学園の教師となったのですが、皆さんも承知の通り、高等部にたまたま孫先生が行方不明になる以前の幼馴染がいまして、その方が孫先生を本名である『カカロット』とお呼びしたことから、いつの間にか『カカ先生』の呼び名が定着したのですよ」

「な、なるほど・・・」

「・・・それで、結局カカ先生は『カカロット』と『孫悟空』と、どちらの名前が正しいんで?」

「正式な書面上では『孫悟空』を名乗っておられます。『カカロット』という名は、今では殆ど愛称のようなものですね。そういえば、孫先生のこの件が高等部の七不思議にもなっているとか」

「あ・・・」

「そういうことだったのか・・・!」



―理由は明かされていないが、何故かふたつの名で呼ばれる教師がいるらしい―



長々とした話の落としどころに、政経の教師は、高等部の七不思議の秘密をひとつだけ明かしてくれる結果となった。
今日の偶然の出会いがなければ、おそらく高等部の七不思議はすべてがふたりにとって永遠に謎のままであっただろう。
だが、先の説明から新たな疑問が生じ、ジースは恐る恐るそれを口にした。

「教員の免許がないのに、教師になれるんですか?」

「公立の学校なら認められませんが、ここは私立高ですからね、必ずしも教員の免許が必要とは限りません。これはあくまでも、雇用主と被雇用者の契約上の問題なのですよ」

だからか。
悟飯の父親と政経の教師の不仲の原因が判明したような気がして、ジースとバータはこっそり視線を合わせると、互いに小さく肩を竦めた。
ふたりが思うに、ルール重視の政経の教師にとって、悟飯の父はイレギュラーな存在この上ないのだろう。
学年主任と生徒指導を兼任する政経の教師には、悟飯の父は教員免許を持たないトラブルメーカーというだけで十分頭が痛いのに、その上どういうわけか学園内の人気者ともなれば厄介者以外の何者でもない。
それに、政経の教師が『カカ先生』の教育指導係兼、お目付け役だと小耳に挟んだことがある。
教育される側の『カカ先生』が自由奔放すぎて、政経の教師をもってしても制御不能らしい、とも。
日頃生徒たちから快く思われていないこの教師の苦労を、初めてふたりは少しだけ垣間見たように思った。

「それはそうとあなたたち、さきほどの態度から悟飯さんに興味をお持ちのように見受けられましたけど・・・」

と、いきなり矛先を変えられたふたりは、欲望に膨れ上がった心臓を洞察力の矢で射抜かれてギクリと体を強張らせた。

「悟飯さんのお父様の正体を知っても、まだアタックなさるおつもりですか?」

「いやいや、滅相もない!」

「そうですよ!カカ先生を怒らせたら学園一恐いっていうのは、有名じゃないですか」

つい先程まで、この次はどうやって悟飯を誘い出そうかと密かに画策していたふたりだったが、眼前の教師によって明かされた内部事情に、一変して己の内心を大慌てで否定した。
ふたりの変わり身の早さに政経の教師は意地悪そうに口もとを釣り上げると、安堵が半分と揶揄が半分の笑顔を閃かせた。

「そうでしょうねぇ。お父様を怒らせる覚悟のある強心臓の持ち主は、2年のトランクスさんくらいだと聞きました。他の生徒は皆、お父様が恐くて悟飯さんに近寄れなかったそうですからね」



『告白なんて、高校生になってからはトランクさんにしかされてないし・・・』



悟飯の言葉を思い出し、ふたりはあんぐりと口を開けた後、落胆して肩を落とした。
今日ふたりが出逢った少女は、誰にも知られずにひっそりと咲く野の花どころか、入口をがっちりガードされた温室に咲く花だったのだ。
そこへの立ち入りを許されたのはたったひとり、トランクスだけで、他の者は入室も叶わず外から眺めるしかなかったのだ。
そうとも知らず、掘り出し物を見つけたつもりで有頂天になっていた己の愚かさに、ふたりは失望のため息を吐いた。
そんなふたりの様子に満足気な表情を浮かべると、政経の教師はここぞとばかりにトドメを刺した。

「何にせよ、身の丈に合わない欲は出さないことですよ。以前にも申し上げた通り、当校の教師の子息への手出しはまかりなりません。あなたたちが悟飯さんとの間に余計なトラブルでも起こそうものなら、今度こそ庇いきれませんからね。私だって孫先生とは揉めたくありませんから」

「・・・もし、俺たちが悟飯ちゃんとトラブルを起こしたら、俺たちはどうなるんですか・・・?」

仮定ではなく既成の事実であったが、それでもとぼけたフリをして、ジースは心境的に尋ねずにはいられなかった。
もしも更衣室での出来事が悟飯の父親の耳に入ったなら、自分たちの処遇はどうなるのだろうか、と。

「・・・まさか、ストーカーにでもなるおつもりですか?」

「そういうわけではないんですけど・・・!・・・ただ、聞いておきたくて・・・」

「ふむ・・・。そうですねぇ・・・。退学届が二通、必要になるでしょうね」

ふたりはこの時、己の欲望を叶える為に悟飯に仕掛けたトラップが、実情は、自分たちの経歴に傷を付けるものだったのを知ったのだった。





END

ここまでお読み戴きありがとうございました。
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