【trap-前編-】

加えて、レンタルショップから借りたDVDの観賞の途中で呼び出しを喰らったものだから、叶えられない欲求への不満に、不平を鳴らしているところに悟飯が現れた。

「オレ達、えーぶ・・・映画鑑賞の途中だったから、面倒なことはさっさと終わらせて、早く続きを見たいんだけどさぁ」

「ジースさんとバータさんは映画が好きなんですか?」

聞けばふたりの男子生徒と悟飯は同じ学年で、クラスも隣同士だと判明し、3人はすっかり打ち解けて会話を交わしながら本来の目的の物探しを続行した。
この頃になるとジースにもバータにも初対面の時の苛立った様子は感じられず、ジースと名乗った白い長髪の男子生徒は親切にも『ついでだから』と、悟飯に寄り添って一緒に携帯を探してくれていた。

「うん、まあね。悟飯ちゃん、映画は好き?映画館とか行くことあるの?」

「私も、映画は好き!だから、観たい映画はだいたい彼氏と映画館で観るかなぁ」

「・・・悟飯ちゃん、彼氏いるんだ・・・?」

映画を肴に悟飯をデートに誘おうと目論んだジースは幾分かがっかりした声で聞き返したが、ジースの下心に気付かない悟飯は、懐中電灯のわずかな照り返しでもわかるほど顔を真っ赤に染めて嬉しそうに頷いた。

「高1で、もう彼氏がいるとか、もったいないんじゃないの?悟飯ちゃん、モテるでしょう?」

「ううん、ぜんぜん!高校生になってからは、告白なんてトランクスさんにしかされたことないですよ。友達のビーデルはモテモテですけどね」

「トランクス・・・って、2年の・・・?悟飯ちゃんの彼氏って、トランクス先輩なの?」

校内でも美人で有名なビーデルの名を聞いてもジースはまるで関心を示さず、むしろ悟飯の彼氏について強く反応した。
悟飯が恥ずかしげにこくん、と小さく頷くと、ジースとバータは暗がりで互いに目配せを送った。
このふたりが『トランクス』に反応するのには、理由がある。
今春に学園の中等部から高等部に持ち上がったふたりは、高等部の2年に外部受験で入学したキザでいけ好かない先輩がいると聞き、入学早々に喧嘩をふっかけて返り討ちに遭った経緯があった。
件の先輩というのが、これがまた絵に書いたような嫌味な男で、イケメンの上に頭脳明晰、運動神経抜群、竹を割ったような爽やかな性格に加えてリーダーシップがあり、正義感が強くて女性には紳士的と、女子にモテない男子達にとってはまさに天敵とも言うべき人物だった。
『やさ男、金と力はなかりけり』が世の中の心理と信じたふたりは大恥をかかせるのが目的でトランクスに喧嘩を売り、世の中の心理が決して正論ではない現実を身を持って体験する羽目となった。
トランクスの名声を失墜させるつもりが、予定が狂って当人の腕っぷしの強さを周囲に知らしめる結果となり、悔しさと情けなさで腹わたが煮えくり返るふたりに更に追い討ちをかけたのが、担任である政経の教師だった。
トランクスがこの高校の科学の教師と生物の教師の息子であるのをふたりが知ったのは実にこの時だったが、当然そんな言い訳が通用する筈がなく、当校の教師の子息に手を出すとは何事か、とふたりは政経の教師から大目玉を喰らった。
この一件以来ふたりにとって私怨の残るトランクスの彼女が、目の前の悟飯だという現実がふたりには納得がいかない。
懐中電灯の限られた光源では不確定の要素も多いが、そこそこ顔立ちの整った可愛らしい女子生徒であるのは間違いないと思う。
それに、ふたりが日頃から好んで夜のオカズにしているAV女優に似て、悟飯が清純派のお嬢様タイプなのも、ふたりの下半身をくすぐるには申し分がなかった。
おそらく悟飯が高等部でモテないのは、美人で有名なビーデルの影になっているのが原因なのだろう。
でなければ、頭の中が女の子とのHでいっぱいの男共がこれだけの逸材を放っておく筈がない。
誰にも知られずにひっそりと咲く野の花を見つけた己の千里眼を、ふたりは共に誇らしく思った。
となれば、トランクスのようにすべてに恵まれている男にくれてやるのは、なおさら惜しまれる。
トランクスはすでに、学園中の男子生徒の嫉妬と羨望を一身に浴びていた。

―奪っちゃおうぜ―

チラチラと交互に交わす視線の先で、ふたりは共に同じ胸の内を語り合っていた。

「そのトランクス先輩とはさ、悟飯ちゃんはもう、Hとかしたの?」

「えっ・・・!?ぇ・・・っち、って・・・!・・・わっっ!!」

ジースの発言に驚いて足元がおろそかになった悟飯は何かにつまずき、ふたりの目の前で派手に転倒した。
見れば、発見する度に何故か場所を変える鉄製のドアストッパーが、清掃の際に使用される以外に出番のない己の存在意義を別の案件で見出したかのように、その場に佇んでいた。
この、女子更衣室とシャワールームを隔てる扉のドアストッパーは、年に数える程度にしか実施されないプール清掃に於いては本領を発揮するが、使用目的のない間は存在を疎ましがる者の手によってちょこちょこと移動を余儀なくされている。
授業前にも、空いているロッカーを慌てて探す悟飯はこのドアストッパーにつまずいて転び、黒いビーチバッグの中身を思いっ切り周囲にぶちまけたのだ。
日に二度も同じ物につまずいて転ぶとは、何とも不運としか言い様がない。
だがこの時、二度目の不運は、悟飯にとっては幸運へと転じた。
水泳で疲れた生徒が腰を掛ける為に用意された、壁際に設置された背凭れのない竹製のベンチの下に、悟飯は探し求めた紛失物の姿を認めたのだった。
ついでに、まるで異空間に繋がっているかのように悪意を持ってぽっかりと黒く開いた、壁の穴も。

「大丈夫、悟飯ちゃん?」

「見つ・・・けた・・・」

その気になれば転ぶ前に悟飯を助けることも可能だったのに、故意に助ける気を起こさなかったジースが親切ぶって心配そうにかける声に悟飯は応えず、代わりに、転んだままの姿勢で起き上がるのも忘れて弱々しく呟いた。

「あっ!!痣ができてるよ、悟飯ちゃん!」

悟飯を懐中電灯で照らしたジースが上げた素っ頓狂な声に悟飯はびくりと躰を揺らすと、何でもないと訴えるように手を振った。
彼らに、彼らと悟飯が探し回っていた物が見つかったと教えてあげたい。
それに、大事な物を失ったかも知れない絶望感に比べれば、転倒してできた痣くらい、どうということはない。

「この痣は、授業の前に転んだ時にできた痣だから、大丈夫よ。それより・・・」

「膝もすりむいちゃってるよ!」

「ねぇ、それより・・・!」

「おいおい、大丈夫かよ!」

悟飯の意図を無視して大仰に騒ぎ立てるふたりに、悟飯は戸惑いを感じた。
今はこんな些細な事柄に構っている場合ではないだろうにと思ったが、悟飯は自分が置かれた状況をまるで理解していなかった。
誰も来ない暗い密室に、性衝動を抑えるのが難しい年頃の男子生徒と共にあり、しかも倒れて床に伏したままの悟飯の制服のスカートは、どうぞ襲って下さいと言わんばかりに際どいラインまでめくれ上がっている。
『学校訪問時は制服着用のこと』との校則を律儀に守った悟飯の制服のスカート丈は時代を反映した短さで、それが下着が見えるか見えないかの臨界点で留まっており、ふたりの男子生徒の未知の領域への好奇と探究心と、興奮と欲望をかきたてるには十分過ぎる材料だった。

「他にも怪我とかしていないか、オレ達が調べてあげるよ」

と悟飯のスカートの中を照らすように懐中電灯を床に置いたジースを、この期に及んで悟飯は呑気にも親切な生徒だと感じていた。
背後から抱きかかえるようにしてバータに助け起こされても、そんなに心配してくれなくてもこのくらい平気なのに、と悟飯の瞳は携帯を捉えたままだった。
そうか、あの時確かに携帯を鞄に仕舞ったと思ったのに、実は慌てて隣りのビーチバッグに入れていて、そうとは露知らずに女子更衣室で転んだ拍子に中身を派手にぶち撒け、すべて拾い上げたつもりが携帯だけが床を滑ってベンチの下に潜り込んでいたのか。
自分の身に起こりつつある危険にも気付かず、一連の騒動が収束を見せたことへの安堵感に、悟飯の脳は妙な分析まで始めていた。
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