【蜘蛛の糸-満月の夜に-後編-】
悟飯が達した後、周囲の気温は少しばかり上昇したようだった。
早春の夜の冷気が、ビニールシートの上だけ和らいでいる。
その中央で悟飯は、達した後の余韻に小さく躰を震わせていた。
中でもとりわけ、異物を呑み込んだままの後孔と、ペニスの動きは目に見えてはっきりしていた。
ピッコロは、悟飯の意思を裏切って勝手に快感への条件反射を示すふたつの器官のうち、ステンレス製の医療器具を深々と挿し込まれたまま時折ひきつけを起こしたようにビクビクと震えるペニスには目もくれず、中を刺激して蠢くローターを締め付けてヒクつく後孔の縁を指先で優しくなぞった。
後孔に触れるか触れないかのギリギリのラインを辿る指の動きに合わせて筋伸縮を繰り返す背中に、薄手のセーターの下から肩甲骨が浮かび、ピッコロは厳かな声で筋肉が落ちて薄くなったこの肩甲骨に向かって語りかけた。
「よし、良いだろう。では、ここに入っている物を出せ」
ピッコロの言葉にこの日何度目かの衝撃を受けた悟飯は我が耳を疑い、次いで、ピッコロの命令を正しく咀嚼できないほどに低下した自身の思考力を疑った。
己の聞き違いか、もしくは勘違いだろうと。
「今・・・何、て・・・?」
「聞こえなかったのか?尻の中に入っている物を出せ、と言ったのだ。もちろん、お前自身の力でな」
いささかの淀みもなく至極当然のように話すピッコロの声音に、悟飯はうすら寒さを感じて大きく身震いをした。
悟飯の体温の影響で上昇した外気温が、急激に下降したように思われる。
温まった躰とは反対に、悟飯の心の中にはブリザードが吹き荒れた。
「嫌です!ピッコロさんの前で・・・そんな、排泄みたいなこと・・・!」
人間のあらゆる生理現象の中で、他人に目撃されるのがもっとも恥ずかしい行為に似た要求への反発と抵抗感に、悟飯はすぐさま拒絶の反応を示した。
大人しい性格で、滅多なことでは目上の者に逆らわない悟飯が正面切って『ノー』と言えるところに、浅からぬふたりの関係性が表れている。
悟飯との深い仲が故か、それとも悟飯のこの反応はすでに予測済みだったのが理由なのか、悟飯の拒絶反応にどこ吹く風のピッコロの表情は依然として変わりはなかった。
「悟飯、ありのままの姿をすべてオレに晒け出せ。代わりにオレは、オレのすべてをお前に差し出そう。何、恥ずかしがることはない。これが本物の排泄であっても、相手がお前ならオレは何とも思わん」
神の宮殿で会話を交わす時と同じ口調のピッコロに、悟飯はわずかばかりの譲歩の意思も感じ取れなかった。
どう足掻いても無駄なのだと理性が悟飯の心に妥協を提案したが、言いつけを守れたからにはパーティーさえ終われば体内の異物をピッコロの細長い指で掻き出して貰えるもの、と信じて疑わなかった悟飯の心は聞き入れられなかった。
だが、どんなに心の声が拒絶を訴えても、どのような悟飯の姿も受け入れると決めたピッコロには説得も哀願も通用しそうにはない。
悟飯との磐石な絆に、さらにその先を求めるピッコロに対して、悟飯も覚悟を決める必要があった。
「・・・わかりました。ピッコロさんがそこまで言うなら・・・やってみます。その代わり、僕のこと・・・嫌いになったりしないで下さいね」
ようやく観念した悟飯の声は、風邪のウィルスに冒された為に咽喉に炎症を起こした人間が本来の声を失ったように掠れていた。
悟飯がやっとの思いでどうにか声帯から搾り出した言葉に、ピッコロの優しい声音はさらに深みを増す。
彼の最愛の弟子は、何物にも代え難いほどかけがいのない大切な恋人は、彼が愛を注ぎ込む唇で、彼に愛を囁くその唇で、可愛いことを言う。
正気を疑われても可笑しくないくらいとんでもない要求を突き付けるピッコロこそ、悟飯に嫌われる心配をしなければならないのだろうに。
「オレがお前を嫌う筈がなかろう。例えお前に殺されることがあったとしても、オレは変わらん」
だから無用な心配はするなと、悟飯の臀部を愛撫するピッコロの瞳が告げていたが、背後に立つピッコロの愛おしげに細められた両の眼を、悟飯が見ることは適わなかった。
代わりに顔を上げた悟飯の正面にあるふたつの眼には一片の感情も映し出してはおらず、それが却って悟飯の羞恥心に覆いを被せる効果をもたらした。
「・・・っ・・・!」
意を決した悟飯が下腹部に力を入れると、容量オーバーの為に半分しか挿入されなかったひとつ目が、中から他のローターに押されてあっさりと転がり落ちた。
だが、ふたつ目以降はそうはいかなかった。
大人用の玩具の中では小型であると云えども、変形を許さない固い物質を直腸から体外に排出するにはそれなりの苦労が伴い、ピッコロの常軌を逸した要求に、悟飯は排泄の要領で臨まなければならなかった。
ローターがひとつ、またひとつと尻から産み出される度に悟飯の括約筋が収縮し、後孔が開閉を繰り返す。
ローターが排出される直前のぽっかりと穴が空いたように拡がる後孔が、ピッコロが自身を引き抜いた後のさまに似て、恥辱にまみれた悟飯の姿を後方から腕組みをしたまま見守るピッコロの興奮を掻き立てた。
助けを求めるように分身の首に縋り付いた悟飯の体内から現れたローターはどれも悟飯の腸液で濡れ、月光に反射して妖しい光を放っては膝立ちになった悟飯の脚もとに落ちてビニール製のシートを汚していった。
鈍い音を立てて落下した後、シートの上でうねるように蠢めくローターにイマジネーションを刺激されたピッコロが、揶揄ではなく率直な感想を洩らした。
「まるで産卵だな」
悟飯の膝の間で弱々しく振動するローター達の姿は産まれたての胎児を彷彿とさせ、産卵よりもむしろ出産に近いものがあったが、つるりとした楕円の形がピッコロに胎児よりも卵のような印象を与えた。
ピッコロの声を耳で拾った悟飯が、この行為は産卵なんてそんな良いものじゃない、と真っ向から否定の言葉を浴びせたくなったが、胸に詰まった苦しみにピッコロへの反論は咽喉の奥に引っ掛かったままで終り、悟飯が産み出さなければならない最後のローターも入口付近で引っ掛かったままで止まった。
「どうした、悟飯?まだもうひとつ中に残っているだろう」
声を荒げるでもなく、表情を変えるでもなく、生来の沈着冷静さを保ったままピッコロが優しく次を催促する。
その『次』が最後のひとつであったが、固い異物の排出はピッコロの想像以上に悟飯の体力を削り、悟飯の気力も忍耐もすでに限界を迎えつつあった。
息を切らせて肩で喘ぐ悟飯はもはや反発する気すら起きず、かと云って即座にピッコロの命令に従う体力的余裕もなく、涙の浮かんだ瞳を伏せると黙って俯いた。
束の間の静寂が4人の間をすり抜け、やがて、いつまで経ってもピッコロの声に応じる気配を見せない悟飯に珍しく焦れたのか、ピッコロは組んだ腕を解くと悟飯の後孔に細長い指を挿し込んで中を掻き回し、飽くことなく振動を繰り返すローターを前立腺へと押し当てた。
その行動に感化されたように悟飯の横に膝をついたピッコロが再び金属棒で尿道を引っ掻き始め、前後からの前立腺への責めに悟飯は全身を大きく震わせ、細い腰をびくり、びくりと竦ませた。
「ああっ・・・!あっ、あっ!」
「そら、腰を振っているだけではローターは出て来んぞ」
心身共に消耗した悟飯が快感に翻弄されるさまを愉しむ口ぶりで、ピッコロは悟飯をせき立てる。
悟飯の正面のピッコロもまた、首根っこにしがみつく悟飯の躰へと腕を伸ばして滑らかな白い肌の感触を愉しみ始めた。