【パレット-ふたりの色-】
「悟飯、ちょっといいか?」
行為の最中に突然尋ねられ、脳が停止した状態の悟飯は、相手の意への承諾を沈黙によって示すしか方法がなかった。
悟空の施す前戯に既に躰も心もとろとろに蕩け、いよいよこれからという段階で、である。
脳が痺れるほどの濃厚なキスと躰中をソフトタッチでまさぐる指先に、悟飯の呼吸は乱れ、体温も上昇し、白い肌には早くも汗が滲んでいた。
虚ろな瞳でぼーっと悟空を見つめ返すだけの悟飯には、何をされようにも抵抗などできよう筈もない。
と知ってか、もどかしい下半身の疼きに悩まし気に細い腰をくねらせる悟飯の両脚を掴むと、よいせ、という短い掛け声と共に悟空は悟飯の躰を転がした。
・・・悟飯は転がされるのかと思った。
だが実際は転がされたのではなく、ストレッチやヨガなどでお馴染みの、身体を逆転させるポーズをとらされただけであった。
上半身はそのままで腰を大きく曲げ、筋肉のついた長い両脚の先が頭の向こう側に到着し、高々と持ち上がった形の良い臀部は天を向いている。
何故この状況で柔軟が必要なのだろうかと情報収集の為にうっすらと開けられた悟飯の眼が、あまりの驚愕に大きく見開かれた。
普段は隠された、行為の度に悟空が『イヤらしい』と評する秘部が悟飯のすぐ目の前にある。
当然だが、自分の秘部を見るのは生まれて初めてであった。
何かの専門書で肛門に関する説明書きを読んだことはあったが、専門科医かそれに準じる者でもなければ他人の肛門ですら目撃する機会など滅多にない。
ましてや己のものなど・・・。
躯の中でも一番恥ずかしい部位が丸見えになっている状態に、悟飯はすぐさま視線を反らす。
どうしてこの男はいつも、自分が羞恥に竦むようなことばかりを好むのだろうか。
いつか専門書で見たものとは、当たり前のことだが色も形も違っていた。
しかも、悟空の訪れを今か今かと待ち侘びて、浅ましくもモノ欲し気にヒクヒクと悟空を誘っている。
「な・・・何を・・・」
する気か、と尋ねる間もなく晒された秘部に悟空が舌を這わせ、悟飯は更なる羞恥に顔面を紅潮させた。
「や・・・!やめて下さい、そんな汚いとこ・・・!」
これまでの経験で性器への口内愛撫は何度もあり、最近では悟飯も要求に応じての奉仕には慣れてきたのだが、排泄器官として認識している部位への口腔愛撫は、ただ単に『初めてだから』などという理由からだけではなく強い抵抗感があった。
人間の体の中で一番汚い部位を悟空が性交渉で使用するのでさえ、悟飯は未だに納得がいかないのだ。
それを、悟飯と接吻を交わす舌と唇で愛撫するというのだから、悟飯の羞恥と抵抗感と嫌悪感は半端ではない。
だが悟空は、悟飯がやっとの思いで上げた抗議の声にきょとんとした反応を返しただけだった。
「汚ねぇとこ・・・?何言ってんだ、オメェ」
黒板に書かれた問題に見当違いの回答をした生徒を見る教師のような表情で悟飯の言葉を一笑し、尚も悟飯の秘部に顔を近付けた悟空は可笑しそうに語を続ける。
「可愛いとこ、の間違ぇだろ」
そう告げた悟空をちらりと悟飯が見遣った瞬間、悟空が尖らせた舌を躰を固くした悟飯の秘部に差し込み、前戯で解す指より柔らかくてぬる付いた感触に、悟飯は背骨が軋むほどのけ反った。
「あっ・・・!ん、んんっ・・・!」
悟飯が思うところの『汚い行為』に何とか嬌声を上げまいと、悟飯は手の甲で必死に自分の口もとを押さえる。
その悟飯の顔のすぐ側には、悟空から施された前戯によって躰以上に硬くなった悟飯のペニスがあった。
与えられた快感に開閉を繰り返すその鈴口からは先走りが銀糸を引いて滴り落ちようとしている。
頼むから顔にだけは付かないでくれよ、の悟飯の願いも虚しく、悟空は先走りに濡れた悟飯のペニスを掴むと口もとを覆う悟飯の手にぐいと押し付けてきた。
「自分で舐めてみっか?」
武道の心得がある為悟飯の躰は柔軟性に富み、物理的には悟空の提案を試みるのは可能な筈だが、ようやく口腔内愛撫に慣れてきたばかりの悟飯の心理的抵抗は言語に絶するものだった。
悟空のモノならともかく、あんなモノを自分で舐めるなんてと、悟飯は嫌悪も露わに口もとを固く引き結ぶと眉根を寄せて顔を背ける。
悟飯にすれば常識ではあり得ない行為を『ちょっといいか』の軽い一言で成し遂げようとする、目の前のとぼけた男を内心で恨めしく思いながら。
「まぁ、いいじゃねぇか。舐めてみろよ」
何が『まぁいい』のかよくわからない悟飯は口もとを覆う手で自身のペニスを向こうに押しやる仕草を見せ、尚も無言の抵抗を示した。
頑として譲らない悟飯の態度に、悟空が諦めてくれるのを願って。
だが悟空は諦めるどころか、自分のペニスを拒絶する悟飯の手を掴むと、悟飯の顔から引
き剥がしにかかった。
咄嗟に悟飯は最強の戦士になってでも抗いたい衝動に駆られるが、快感に蕩け切った躰からは力が抜け、悟飯の希望だけではどうにもままならない。
今や敵う者のない力強さで、己の意思を阻む手を悟飯の顔の脇に固定させた悟空は、無防備になった桜色の唇に悟飯のペニスの先を押し当てた。
鈴口から溢れた先走りが悟飯の唇を濡らし、ペニスの先と唇の間に銀糸を引く。
視覚的に扇情感を煽るその光景と妖しさを増した唇の色に、悟空の双眸がぎらりと光った。
人一倍諦めの悪いこの男が簡単に引き下がろう筈がないと、これまでの経験で悟飯は学習しておくべきだったのだ。
「そんな嫌そうな顔しねぇで、舐めてみろって。・・・その代わり、今日はもうオメェの尻は舐めねぇからよ」
これでも当の本人は譲歩したつもりの交換条件に、悟飯は男の眼をまじまじと見詰め返した。
危険な輝きを放つ、男のその瞳には、不安と躊躇の色を宿した悟飯の顔が心細気に映り込んでいる。
これ以上悟空に『汚い行為』を続けさせて羞恥に身悶えるくらいなら、この際は胸が悪くなるような嫌悪感を堪えて、悟空が提示した無茶苦茶な交換条件を呑むべきか―
迷った挙句、悟飯は後者を選んだ。
もっとも悟空の条件に否やを唱えるのであれば、悟飯自身の口で秘部への口腔愛撫をねだらねばならず、実質的には悟飯に選択肢は与えられていない。
悟飯は震える手を口もとから外すと、己のペニスに舌先を伸ばし、僅かに舌を動かした。
「悟飯、それじゃあ気持ち良くなれねぇだろ。しっかり舐めろよ」
でんぐり返しと一字違いの体勢に内臓と呼吸器官を圧迫される息苦しさと、吐き気を催すほどの嫌悪感に耐えるいじらしい悟飯に、この期に及んでまだ悟空は不満の声を漏らす。
後には引けない悟飯は覚悟を決め、自身のペニスを汚す先走りを舐め取るように亀頭部に舌を這わせると、僅かにへこんだウイークポイントを舌で刺激し始めた。
「んっ・・・、ふぅっ・・・、んんっ・・・!」
自身で施しているとはいえ敏感部への愛撫に悟飯の内股がぴくぴくと震え、快感が濃くなるのにつれて、それまでの嫌悪感は徐々に薄まってゆく。
「あっ・・・、はぁ・・・!あ、んっ!」
悟飯が快感を追い始めるのを確認すると、悟空は片方の口角を釣り上げるだけの笑みを浮かべた。
自慰のような行為に対する羞恥心を無理矢理押さえ込みながら快感に耽る悟飯は、さきほどの悟空の台詞に違和感を覚えていないだろうか。
本来の予定では、今日は悟飯のアナルがふやけるまで徹底的に舐めてやるつもりだったのだ。
ところが予定外にもっと面白いことを思いついた為に、『今日は』断念したのであった。