【あいつの憂鬱】

有無を言わせぬ力強さに、ターレスの男としての威厳が表れ、妙な気恥ずかしさと、これ以上ターレスの機嫌を損ねたくない心境に、悟飯は無口になる。
久々に味わう、逃げ出してしまいたい空気。
だが、逃げ出すのが不可能だと悟ったのは、自室に辿り着いた時だった。
悟飯の部屋のドアの鍵をターレスが後ろ手に閉める音を聞き、悟飯は総毛立った。
この家には他に住人などいない。
故にターレスが鍵を掛ける必要性はまったくないが、この行動はターレスから悟飯への合図となっていた。

『逃がさない』

二人の間ですでに暗黙の了解となっているターレスの行動に、体はおろか中身まで女の子になったのか、悟飯の心が怯む。
それまでのドタドタに、女の子になった悟飯がターレスにとって性愛の対象に成り得るか否かまでは、考えが及ばなかった。
女の子になった悟飯をターレスがどう思うか、なんてことも。
声をなくして立ち竦む悟飯の手を引き、悟飯をベッドに座らせると、ターレスは華奢な体を背後から抱き締めた。
線の細い体は、余裕でターレスの胸にすっぽりと収まる。
ターレスの意図を悟ってか、か細い方は小刻みに震えていた。
細い、絹糸のような黒髪の向こう側から覗く青褪めた頬に、丁寧に扱ってやりたい愛しさが込み上げてくる。
だが、愛しさと同量に、可愛い悟飯を滅茶苦茶にしてやりたい衝動も湧き上がる。
悟飯を抱く度に、二つの感情はいつもターレスの中でせめぎ合っていた。
常に組み敷かれる側の悟飯は、男の、この複雑なやるせなさを知っているのだろうか。
男の、狂暴で凶悪な衝動性を、果たして理解しているのだろうか。
ターレスは抱いた悟飯の体を自分にもたせ掛けると、たわわに実った二つの果実を鷲掴みにした。
細い体に不似合いなくらいに熟れた果実は、大きなターレスの手にも余る。

「随分とデカイな・・・。Dカップといいたところか」

「Dカップって、何?」

「胸のサイズだ。そんなことも知らんのか?」

「しっ・・・知ってるわけないだろ!僕は男なんだから」

ターレスはどうして知っているのか、という問い掛けは、すぐに愚問であると気付いて悟飯は慌てて声を呑み込んだ。
男も女も星の数ほど抱いてきたターレスが、触っただけで女性の胸のサイズを当てたところで不思議はない。
恋愛経験の豊富さを重宝がられ、『ターレスの恋愛相談室』なんてコーナーを設けた番組が、秋からスタートしたばかりであった。
ファッション雑誌から始まったターレスのモデル稼業は、ここまで順調にきていた。
若い女性達のハートを射抜いたことでメディアの注目を浴び、TVのオファーを受けた途端に人気は一気に鰻登りになった。
ワイルドフェイスとセクシーボイスに加えて上から目線の物言いが若年層に受け、バラエティー番組でゲストのいじりキャラとしてのポジションをみるみるうちに獲得した。
今やレギュラー番組を幾つか掛け持ち、近々CDデビューも囁かれるほどだ。
街ではターレスのファッションを真似た若者が溢れ、何とか異性の気を引こうとする男性陣の涙ぐましい努力が窺われた。
少しでもモテるターレスにあやかりたいという心理は結婚前の年頃の若者ならば当然のものであって、滑稽ではあっても、それを非難するマスコミはなかった。
非難するどころか、発行部数を増やそうと、どの雑誌もこぞってターレスの記事を取り上げた。
だが、あまたの記事の中には、悟飯が目を通すのを憚るものもあった。
年配の女優がターレスにモーションをかけた、若手のアイドルがターレスにアプローチをしている、名家のお嬢様のたっての希望でターレスが上流階級のパーティーに招待された、等々、ここ数年ターレスの身辺は騒がしかった。
それらの記事に悟飯の胸は少しだけ痛んだが、悟飯が浮気性のターレスの浮気を疑ったことは一度もなかった。
信じた結果、裏切られたなら仕方ないが、端から疑いの眼差しをターレスに向けたくなかったから。
それに、浮気を疑う余地がないくらいターレスからの夜の誘いは頻繁であったし、ターレスは悟飯に余計な考え事をする隙も与えなかった。
ターレスに女性からの誘いがかかる度に、悟飯が問い詰めるまでもなく、黙っていればわからないのにターレスはわざわざ悟飯に打ち明けた。
これは悟飯に信用して貰いたい一心からではなく、悟飯にヤキモチを妬かせたい魂胆が見え見えであったから、悟飯は可愛いヤキモチを妬く程度に留まっている。
異常なくらいモテても、ターレスは悟飯以外は眼中にない。
その安心感から、ターレスの過去についても、ターレスの経験だったとして、今では昔のようにいちいち嫉妬はしなくなった。
だから、ターレスが女性の体に詳しくても、まったくと言って良いほど気にならない。
それよりも、女の子になった自分をターレスがどう思っているのかが気になった。

「ターレス、その・・・変かな?女の子になった僕って・・・」

「・・・変などころか・・・」

先程からターレスは鷲掴みにした悟飯の胸をしきりに優しく揉みしだいたり、時には中央に寄せたりして、柔らかい肉の感触を楽しんでいる。

「この顔にこのボディーは、反則だろ。しかも、こんなデカイものぶら下げて野郎共と一緒に着替えなんかしてみろ、レイプされても文句は言えないぞ」

「えっ!?そ、そんな、あっ・・・!?」

まさかそんなこと、と上げようとした抗議の声は、悟飯の耳たぶを甘く噛んだターレスによって別の声音に変じた。

「むしろ、レイプして下さい、と言ってるようなものだ。・・・お前、他の男にレイプされても良いのか・・?」

耳元で囁くターレスの声が、心配気に揺れていた。
その掠れた低声に、悟飯の背中がゾクリ、と震える。

「へ、平気だよ、ちゃんと抵抗するから」

「抵、抗、ね・・・」

言葉を細かく区切って呟きながら、ターレスは焦らすように薄いロングTシャツの上から、下に隠れる小さな突起の周辺を中指で優しくなぞる。

「ん、んっ・・・!」

途端に悟飯の薄い肩が小刻みに震え、ウィークポイントに直に触れられているわけでもないのに、無意識に悟飯は僅かに腰を引いた。

「こんなに感じやすくて、抵抗なんか出来るのか・・・?」

「出来、る、よ・・・力、使う、か、ら」

疑問を投げかけておきながら、悟飯の耳裏に舌を這わせて抵抗を封じるターレスに、咽喉から声を搾り出すようにして悟飯はようやく答える。
その言葉に何かを思い出したのか、ターレスは悟飯をねぶる顔を上げた。

「力!?」

「そう、だ、よ」

「・・・お前、俺の時には『力』を使わなかったな」

そう云えば、と、唐突に思い出した悟飯との過去の数々が、ターレスの頭の中を過る。
恋人関係になるまではターレスが手を出す度に頑なに抵抗していた悟飯だが、抵抗する際に悟飯が『力』を使ったことは一度もなかった。
ターレスはてっきり、悟飯からパンチやキックの一つや二つは貰うだろうと、あらかじめ覚悟を決めて行為に臨んでいたのだが。
ターレスのテクニックに流される形で抵抗を封じられる悟飯に、ターレスは、敏感な悟飯は快感に弱くて襲われたら抵抗が出来なくなるもの、と思い込んでいた。
それが、もしもターレスの勘違いだったとしたら、悟飯はターレスを本気で拒絶していたわけではなかった、ということになる。
だが、他の男の場合には、『力』を使ってでも抵抗すると言うのか。

「悟飯・・・」

甘い囁きが悟飯の耳に降りて来たかと思うと、いきなり薄いロングTシャツを一気に胸元までたくし上げられ、驚きに悟飯は上げるべき声を呑み込んだ。
ロングTシャツのしたから現れたそれは、雪の降り積もった丘のように盛り上がり、丘と丘の間には深い谷がくっきりと刻まれていた。
丘の中央には小粒の実が、ターレスに食されるのを待ち侘びるように、淡いピンク色の女性用の下着の下から自身の存在をアピールして美味しそうに尖っている。

「女物の下着を買ったのか?」

「うん・・・。上下セットで」

ビーデルが見立ててくれた、とは言わなかった。
女性用の下着の選び方が悟飯にわかろう筈もないことくらい、ターレスは百も承知しているだろう。
ターレスに言う必要もない事柄であったし、今の悟飯には余計なお喋りをする余裕もなかった。
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