【僕の憂鬱-後編-】


「お前は正義感と責任感が強いな。俺は、お前のその性格を利用した」

「どう・・・して・・・?」

「俺が部屋を綺麗にしておいたら、お前が来なくなる気がした」

「・・・ターレスの、バカ・・・」

「・・・そうくるか」

―どうして、ターレスが部屋を綺麗にしただけで、僕がここに来なくなるなんて思うんだよ―

「もうひとつ、いいことを教えてやろう。初めてお前を抱いたのは、半年ほど前だったな。飽きっぽい俺が、同じ相手と半年も続いたのは、お前だけだ」

悟飯と目を合わせながら先を続けるターレスが更に強く悟飯のペニスを握り締めると、悟飯は痛みに低い呻き声を上げる。
ヒクつく鈴口からはわずかな精液が零れてターレスの手を汚し、急激に狭まった内部はターレスのものをきつく締め付けた。
悟飯に射精を堪えさせているものの、ターレス自身も我慢が限界に近い。
ただでさえ中の狭い悟飯に、攻める度に強く締め付けられてすでに何度も射精を堪えている。
それでもターレスに余裕があるように見えるのは、追い詰められた悟飯に一寸の余裕もなかったからだろう。

「今更お前に『好きだ』と言われたくらいで飽きるなら、とうの昔に飽きてるさ」

ほくそ笑むターレスに、悟飯の中で何かが弾けた。
本来なら甘い言葉を吐くようなターレスではない。
嘘か真実かなどと、考えあぐねている暇はなかった。

「好・・・き・・・ターレスが、好き・・・」

どうしてここまでターレスが悟飯からの言葉を欲しがるのかはわからなかったが、涙に濡れた顔で悟飯は、それまで封印していた心を初めてターレスに解放した。
認めたくなかったのではなくて、認めるのが怖くてターレスに邪険にしていた。
悟飯がターレスのもとへ通い始めて数年来、冗談とも本気ともつかないターレスのちょっかいに怒りを覚えながら。

「・・・本当か?」

「・・・うん・・・」

「嘘じゃないだろうな」

「嘘じゃ・・・ない」

悟飯のか細い告白にターレスは握り締めた悟飯のペニスを放すと、たぎる欲望のまま、抑え切れない衝動のままに悟飯を思うさま突き上げた。
ようやく射精の赦された悟飯のペニスからは、がむしゃらにターレスに腰を打ち付けられる毎に、大量の豪雨に決壊したダムのごとく堰を切ったように精液が流れ出る。
そうして通常より長い悟飯の射精は、ターレスが呻き声を上げて悟飯の中で果てるまで、ダラダラと続いた。










「悟飯、これをやる」

何とか歩行が可能な状態にまで体力が回復して帰り支度を始めた悟飯に、ターレスが言葉と同時に何かを放ってよこした。

「これ・・・マンションの鍵・・・?」

「そうだ。いらなければ捨てろ」

いらなくない、と小さな呟きで答えながら、悟飯は戸惑いを隠せない。
悟飯が初めてターレスのマンションを訪れてから3年ほどの月日が経過していたが、二人の間で合鍵の話が出たことは一度もなかった。
週に一度悟飯が家事の代行の為にここに来る時には、いつもターレスが在宅中で、悟飯が合鍵を預かる必要がなかったからだ。
それが今頃になって何故、とありありと疑問の色を濃くした悟飯に、ターレスはぶっきらぼうに説明した。

「今までは、お前が来る時間の仕事は断っていたが、来週からはそうもいかなくなった。事務所のやつが、『せっかく与えた仕事を断るようなモデルには、もう仕事はやらん』とぬかしやがったからな」

「・・・つまり、来週からは、僕がここに来ても、ターレスがいないかも知れない・・・ってこと?」

「忙しいと言っただろう。・・・そんな寂しそうな顔をするな」

「・・・!そんな顔、してないよッ!」

見抜かれた内心を真っ赤になって否定する悟飯に、ターレスは可笑しそうに咽喉の奥でくっくっと笑う。
二人のこれからを象徴するやり取りを、悟飯もターレスも心地良く感じていた。
ターレスはこれからも事あるごとに悟飯を揶揄い、悟飯はそれにムキになって刃向かい、時として気に喰わぬ出来事に悟飯はターレスに爪を立て、そんな悟飯を甘やかすことなくターレスはすべてを受け止め。
そうしてターレスの貯蓄が目標額に近付くのに比例して、二人の心にも何かが貯まってゆくのだろう。

「ねぇ、ターレスが載ってる雑誌があったら、一冊僕にくれない?ターレスに逢えない時は、それを見てるから」

ターレスが多忙になれば、当然悟飯と逢える時間が減る。
そうなる前に、悟飯の気持ちを確認しておきたかったターレス。
今日に限ってあれほど悟飯からの言葉をターレスが欲した理由を知り、ターレスに対してだけは意地っ張りな悟飯が、少しだけ素直になった。

「いいだろう。昨日郵便で送られてきたばかりのがあるから、それを持って行くがいい」

「うん。ありがとう、ターレス」

「・・・但し、カカロットには見つかるなよ」

冗談っぽくウィンクするターレスに、悟飯は破顔した。
その屈託のないあどけない笑顔に、ターレスの心臓がチクリと痛む。
悟飯はまったく気付いていないのだろう、悟空が、悟飯とターレスの仲を反対する本当の理由に。
おそらくは、悟空本人ですら気付いてはいない。
今はまだ、気づかぬ方が良いのだ。
悟空も、悟飯も。
気付いたら、悟飯は悟空の傍にはいられなくなる。
息子に対して一方的な恋愛感情を抱く父親と寝食を共にする生活など、まず不可能だ。
誰にも望まれぬその日の為に、ターレスはマンションの一室を使用せずに空けていた。
そこはいずれ、孫家に居所のなくなった悟飯の逃げ場となる筈だった。

今はまだ気付くな。

まだ、気付かなくていい。

悟空の為にも、悟飯の為にも。

それに、今はまだ、悟飯が傷つき、打ちのめされる様を見たくない。

「鞄の中にいれておけば、お父さんには見つからないよ。じゃあね、ターレス!」

「おっと」

明るく踵を返す悟飯の腕を掴み、ターレスは優しく、柔らかいキスを悟飯に捧げた。
二人には初めての、ただ触れるだけのキス。
これまでのターレスのキスはいつも深くて激しくて、その長い舌で悟飯の脳髄までも掻き廻していた。

「またな、悟飯」

出逢ってから4年、二人が恋人同士としての初めての別れ。
初めくらい、恋人らしい別れ方をしても良いではないか。
と、ガラにもない自分に、ターレスは少しだけ苦笑を漏らす。
恋人も愛人も、両手両足の指を足しても足りないくらいに大勢いたが、ターレスが愛しさを感じたのは悟飯だけだ。
一体今まで恋愛感情だと思っていたのは何だったのかと不思議になるほど、悟飯への想いは熱く、重い。
本気の度合いが強いほど、苦しみも不安も味わうのだと、初めて知った。
だが今は、ターレスの胸のうちは穏やかに満たされている。
二人の関係は、ようやくスタートを切ったばかり。




手を振り続ける悟飯の姿が見えなくなっても、ベランダの柵に上半身を預ける姿勢で、ターレスは茜色の夕焼けをいつまでも眺めていた。





END

ここまでお読み戴きありがとうございました。
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