【ワイングラス】


「ええ、素晴らしいですよ、ブルマさん。・・・ところで、自動操縦の装備は何時から決まってたんですか?」

掠れた声で質問する悟飯を横目で見遣って、トランクスは機敏な動作で躊躇うことなくワインのコルクを抜き始めた。
この作業ばかりはサイヤ人の戦闘力の及ぶ限りではないが、何事もソツなく器用にこなすトランクスは難儀することなくコルク栓を引き抜くと、この時代には貴重なワインの初めの数滴を裸の悟飯の背中に垂らした。
咄嗟に奇声を上げた悟飯に何事かとブルマは問い、何でもない、トランクスの子供じみた悪戯あと説明すると、受話器越しにブルマの安堵の溜め息が聞こえる。
一糸纏わぬ姿で躯を横たえてブルマ声に耳を傾ける悟飯の背中に、今度はトランクスは舌を這わせ始めた。
ワインの雫を舐め取るトランクスの舌が時折弱点を捉え、声を漏らすまいと懸命にこらえる悟飯の腕は、携帯を持ったまま小刻みに震える。
トランクスの舌が徐々に下へと降り、辿り着いた腰を甘噛みされた瞬間、治まった筈の電流が再び悟飯の躯を走り抜け、電話のブルマの声が遠ざかった。
そして悟ったのだ、自動操縦の装備の件は、トランクスによって故意に隠されていたのだと。
「わかりました・・・。それより、すみません、俺、運転中にドライビングシートを汚してしまって・・・。そちらに到着するまでには、綺麗にしておきますから」

汚れた原因がトランクスにあったとしても、まさかブルマに『貴方の息子に襲われて、抵抗も虚しく射精してしまいました』などと説明できるわけがない。
これは、悟飯とトランクスを待ち侘びるブルマへの、悟飯なりの精一杯の謝罪だった。
ところが―。

「いいのよ、気にしないで!それはそのまま、悟飯君に乗って帰って貰うつもりだったんだから。ガラクタ集めた試作品で悪いけど、チチさんへの親孝行に使って貰えたら嬉しいわ。あ、トランクスのヤツはどこか適当な所で降ろしちゃって頂戴」

明るく笑って話すブルマに、再び悟飯はあんぐりと口を開けた。
この後のカプセルコーポレーションの社員による試運転は、と問い質す悟飯に、労を惜しまず協力をしてくれた悟飯の報告を信頼し中止になった、トランクスから聞かなかったのか、とブルマは更に悟飯に衝撃を与える事実を告げた。
その衝撃も束の間、トランクスが放ったものが悟飯の秘部から漏れて悟飯の脚を濡らし、悟飯は返す言葉を失った。
羞恥と嫌悪感に悟飯は眉根を寄せてきつく眼を瞠り、ブルマの一方的な別れの挨拶のみを勝手に耳が拾っていた。
受話器の向こうで音を立てて通話が切れたその瞬間、他人の精液を垂れ流す悟飯の秘部に、トランクスの指が挿入された。

「・・・っ!・・・トラッ・・・!」

寝返りも打てないほど重い躯では到底抵抗など出来ず、言葉による制止も無意味な状態だが、悟飯はトランクスに抗議せずにはいられなかった。
悟飯の躯をひっくり返すトランクスを、ありったけの怒りを篭めて睨み付ける。

「俺を、騙したな!」

「騙してません、黙ってただけです。人聞きの悪いこと言わないで下さい」

「それを騙したって言うんだ!!俺はお前を、そんな屁理屈を言う男に育てた覚えはないっ!」

「覚えがない・・・?」

悟飯の言葉に、この日初めてトランクスは衝撃を受けたらしかった。
一瞬だけ氷の彫刻のように体を硬直させたトランクスが、次の瞬間には噴火したマグマのような怒りを噴射するのを、悟飯は黙って見守った。

「悟飯さんに覚えがないなら、オレがこうなったのは悟飯さんがいなくなった後なんでしょうね」

口早に、どこか憎々し気に、どこか悲し気にトランクスは言い、ワインの瓶に直接口を付けて、血の色にも似た中身を煽った。
ヤケ酒でもする気か、と怪訝がる悟飯に顔を寄せると、トランクスは口移しにアルコール濃度の高い液体を悟飯の咽喉に流し込んだ。

「うっ・・・!んっ、ふっ、うんっ、んっ・・・!」

頭を突き抜ける喘ぎ声を上げながら悶える悟飯を体重をかけて押さえ付けると、トランクスは開かせた脚の間から己の欲望を突き刺した。
先の行為とトランクスの精液により受け入れやすくなった悟飯の秘部は、多少の抵抗はあるものの、ヌルヌルとトランクスのものを迎え入れた。
新たな快感に、血の気が引いた悟飯の指先は痺れ、鈍感になった他の感覚の代わりに悟飯の下部は更に敏感さを増したようだった。

「オレには悟飯さんが必要なのに、悟飯さんがいなくなるからいけないんですよ・・・」

悟飯の口端から零れたワインを舌で掬いながら、トランクスは訴える。
トランクスが緩く動く度に悟飯から上がる声は、甘い色香を含み始めていた。
と、トランクスは、持っていたワインの瓶を傾けて先程と同じく悟飯の胸に垂らしては、ある時は形の良い唇で啜り、ある時には長い舌で綺麗に拭っていった。

「オレにとって悟飯さんは、ワインみたいな人だ」



―熟成されるほどに芳醇な香りを放ち、深い味わいで人々を酔わす―



「オレは、もう何年も前から悟飯さんに酔ってる。悟飯さん、オレの傍に居て下さい!」

トランクスの言葉に悲し気な表情を湛えた悟飯の瞳は、正面のトランクスから簡易テーブルへと逃れていった。
そこには使用されるタイミングを失った二つのワイングラスが、今か今かと出番を待ち侘びている。

「俺がお前にとってワインなら、俺達の関係はまるでワイングラスだな」

「・・・!?・・・どういう意味ですか?」



―美しく磨かれていながら、脆く、壊れやすい―



「こんな関係は、お前の為にはならない・・・!」

悟飯の苦々しい声に、トランクスは失意にも似た想いを抱いた。
また堂々巡りか。
また同じことを繰り返すのか。
これでは悟飯と関係を持つ前と、何も変わらない。
何度抱いても、何度一緒に昇りつめても、彼の心は変えられないのか。
失意と絶望が、トランクスの心を黒く覆う。
それでも、どんな状況に追い詰められても決して希望は捨てるなと、トランクスは何度も悟飯に言い聞かされて育ってきた。

「・・・悟飯さんは間違ってる。いつか壊れるかも知れないからと云って、割れ物すべての存在を否定する悟飯さんの方こそ、言ってることが無茶苦茶だ!」

トランクスの言葉に、悟飯はハッと顔を上げた。
このままトランクスに流されて、肉体的にも精神的にもトランクスを受け入れれば、二人にとっては幸せな未来が待っているのかも知れない。
あるいは断固としてトランクスを拒否し続ければ、重ならない想いに苦しむ地獄の日々が待ち受けているだけなのかも知れない。
悟飯には、どちらを選んでも、自分ではトランクスを幸福に出来ないように思える。
答えはまだ出ない。
角度によって虹色に輝くワイングラスに、若さに葛藤する二人の姿が歪んで映っていた。





END

ここまでお読み戴きありがとうございました。
5/5ページ
スキ