【背徳の鎖を手繰り寄せし者の名は-前編-】




背徳の鎖に縛られたままの兄。
可哀想な俺の想い人。
兄を縛る鎖を手繰り寄せし者の名は―





「ねぇ、いつまで洗ってる気なのさ」


汚いものじゃあるまいし、そんなにムキになって洗うことないじゃん、と弟は顔を洗う作業をなかなか止めない兄の背中に不満の声を投げた。

「だって、なかなか落ちないんだよ、これ・・・!」

澄んだ川の水でせっせと洗顔していた悟飯は、自分こそ不服を申し立てたいと云わんばかりに、ぷぅと頬を膨らませる悟天に振り返る。
学者という不規則で忙しい仕事を持つ悟飯にとって、今日は2週間振りの休日。
午前中は娘のパンの遊び相手となり、遊び疲れたパンが午睡を貪り始めてからは以前からの約束どおり弟の悟天と街に出掛ける予定になっていた。
出店したばかりの評判の良いシュークリーム屋に行きたいと悟天が言い、手際良くパンを寝かしつけた悟飯がそれに付き合って街に向かう・・・筈だったのだ、本来は。
街とはほど遠い山の中で突然悟天は「ここで降りよう」と言い出した。
何事かと思った悟飯が弟の後に続いて川の側に降り立つと、不覚にも悟天に襲われてしまった。
しまった、こういうことだったのかと後悔した時には遅く、悟天の愛撫に慣れ切った躯はさしたる抵抗も出来ないままその行為を受け入れた。
父の悟空と違って弟の悟天は、悟飯にすれば珍しいプレイを好む。
最初は悟飯が組み敷かれる体勢で喘いでいたのだが、いつの間にか体勢を入れ替えられ気付くと座る悟天の上に、悟天に結合部が見える姿で跨らされていた。
「そこ、いい・・・!」
ただ従うだけの父の時とは違い、悟飯には目下の悟天により深い快感を求められるメリットがあった。
両手を体の後ろに付き、座った姿勢で下から突き上げる悟天の動きに合わせて悟飯は無意識に腰を振った。
先端からは泉のようにとめどなく透明な液体が溢れ、それが悟飯の竿を伝って悟飯の秘部と悟天の性器を濡らす。
透明の液体と悟飯の秘部から漏れる液体が混ざり合って潤滑油代わりとなり、悟天が動く度にグチュグチュと淫猥な音を立てた。
「あ、ふっ・・・!あっ、あっ、あ!」
川のせせらぎと小鳥の鳴き声以外は静かな山の空間に、悟飯の喘ぎ声と二人の動きが醸し出す怪しい音が響く。
兄の痴態に興奮した悟天が悟飯の胸に手を伸ばして突起を弄ぶと、悟飯は背中をのけ反らし脚をガクガクと痙攣させた。
「っ・・・、悟、天っ、もうっ・・・」
兄の訴えと痛い程に張り詰められた悟飯の内股の筋に、悟天は悟飯の限界を知った。
しかし悟天は悟飯の性器には手を伸ばさず、代わりに口元を歪めると意地悪く言い放った。
「自分でやって見せてよ」
「んっ、くぅ・・・んっ」
悟飯は悟天の意地の悪い言葉に一瞬愕然とするが、喘ぎながらも首を横に振る。
「じゃあ、ずっとこのままだね。どうするの、兄ちゃん?」
そう言うと同時に、悟飯に選択肢を与えないように下からぐりぐりと腰を押し付ける。
「はあっ・・・!ああっ!ああっ!」
前立腺を強く擦られる刺激に、悟飯は口端からよだれを垂らして今まで以上に激しく喘いだ。
「あ~あ、上からも下からもヨダレ垂らしちゃって、だらしないね。どうするの、兄ちゃん?このままでいいの?」
更に意地悪く言い募る言葉に、頭の中をスパークする白い火花に占領された悟飯がとうとう折れた。
力の抜けた手で自身の性器に手を伸ばすと、まるで悟天に見せつけるかのように激しく上下に扱く。
その手の内からも粘着質が絡み合う音が聞こえてきた。
「いいね、その格好!まるで兄ちゃんが俺のを使って自慰してるみたいだよ」
「ああんっ!イクぅっ・・・!」
揶揄うような悟天の声に羞恥心と射精感を煽られた悟飯はあられもない声を張り上げると、ギリギリと悟天のものを締め上げながら頂点に達した。
それと同時に悟天は悟飯から自身を引き抜き、悟飯の躯を離すと立ち上がって悟飯の顔面目掛けて己の欲望を放った。
突然のことに避けることも適わず、悟飯は顔中に弟の精を浴び、川での洗顔を余儀なくされた。
このままの姿で人前に出るわけにはいかないと何度も顔を擦るのだが、いつまで経ってもヌルヌルとした感触が消えず、ああ、ここに石鹸があったらいいのに、と、つい無い物ねだりをしてしまう。



そうしてどれくらい経っただろうか、ようやく満足したのかそれとも諦めて観念したのか、顔の水を乱雑に拭って悟飯が立ち上がった。
「そろそろ行こうか。大分時間が過ぎちゃったね」
その言葉に兄に近寄ると、悟天は兄の眼鏡を丁寧に差し出した。
悟飯は就寝と入浴以外は滅多に眼鏡を外さない。
その眼鏡を情事の前に兄の顔から外すのは、悟天だけに与えられた特権だった。
これからの情事を期待させてくれるこの行為が、悟天は好きだった。
その悟天が初恋は何歳だったのか、と尋ねられても「さぁ、わかんない」としか答えられない。
兄を慕う気持ちは、それくらい幼い頃からだったと思う。
ただ、『恋』という単語も知らないうちから、兄の肩を抱き、兄の腰に腕を回し、兄の腕を捕らえる父に胸がムカムカしていたのだけは覚えている。
しかし、子煩悩の父は兄と分け隔てなく自分に接してくれたし、何より7年も離れて暮らしていたとは思えないほど注ぎ込まれる父からの愛情に満足していた悟天は、兄に絡む父の行動を、幾多の戦火を共に乗り越えてきた二人の間には自分とは違う絆があるのだと信じて疑いもしなかった。
子供とはいえ、当時の自分の何とおめでたかったことか。
その胸糞が悪くなるような不快な感情に嫉妬という名が与えられ、悟天の中で市民権を得たのは、兄の躯に付けられた小さな赤い痣がどうやってできるのか理解できる年齢に達した頃だった。
出勤前の兄のYシャツの襟元から覗くそれを偶然発見し、何時も兄に付き従い、妻として兄を立てながらも常に優位な立場にある義姉にもこんな情熱的な一面があったのかと、兄を揶揄った時。
何でもないよ、虫にでも刺されたのかな、とベタな言い訳でごまかして慌ててYシャツの襟を引き寄せる兄からバツが悪そうに視線をそらす父の姿を視界の隅に捉え、兄の躯に赤い痣を残した情熱的な相手が義姉ではないと悟った時だった。
これまでの悟天の人生で、あの時ほど強い怒りを感じたことはない。
そこへタイミングよく料理を運んできた母と義姉のおかげで、思わず爪が皮膚を食い破らんかの勢いで強く握り締められた拳を二人に見られずに済んだのだが。
それからというもの、悟天は兄に近付くチャンスを常に窺うようになった。
が、兄には子供まで生まれたというのに執着でもしているのか、父は一向に兄を手放す気配を見せなかった。
どうにもならないジレンマが3年ほど続いたある日、悟天にすれば拍子抜けするほどあっさりと父が兄の元から離れた。
狙っていたチャンスがやっと巡ってきたと喜ぶ悟天とは対照的に、その時の悟飯の落ち込みようはひどかった。
暫くは突然の父の失踪に混乱する兄を宥め、慰める為に労力を費やさなければならなかったほどだ。
何があったのか詳しいことは聞かされていないが、以前の父の不在の原因には兄が関わっていたらしく、兄の心には今なお癒えぬ大きな傷が残されていた。
今回の父の失踪はどうやら、兄のその古傷を刺激したらしい。
かさぶたの上から新たな傷を負ったような兄の精神には応急処置が必要だった。
その手当の為、嬉々として兄へと手を伸ばし、今に至っている。
悟天は自分が間違ったことをしたなどと、微塵も思っていない。
悟天の正当性を証明するかのように、それからというもの徐々に悟飯には以前のような明るい笑顔が戻り、悟飯の回復と共に穏やかな日常も戻ってきた。
今もまた、悟天から受け取った黒縁の眼鏡を顔にかけると、何時もの柔らかい笑顔を浮かべている。
「僕がムキになって顔を洗っていたから、予定より大分遅くなっちゃったね。夕方までには家に帰りたいんだ、急ごうか」
当初の予定を大幅に遅らせる原因となった悟天には一言も触れない物言いに、兄らしい、と悟天は思う。
賢い人間というのは不用意に他人に不快感を与えたりしないものらしく、悟飯は決して相手のプライドを傷付ける言い方はしない。
兄の優秀さは何も勉強の出来、不出来に限ったことではないのだ。
「そうだね。運動したら俺もお腹空いちゃった」
悟天の言葉を合図に二人は一気に空高く舞い上がり、街を目指して加速した。
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